ネット企業がこぞってTVでCMを打つ納得の理由
プレジデントオンライン / 2020年1月28日 9時15分
■存在感を増すデジタル企業
デジタル企業の存在感が増しています。米フォーブス社集計の2000年の米国企業の時価総額ランキングTop10にはデジタル企業はマイクロソフト1社のみだったものの、2019年のランキングでは、アップル、マイクロソフト、アマゾン、アルファベット(グーグル)、フェイスブック、とウェブサービスを祖業とする、いわゆる“ネット系企業”が5社もランクインしています。
日本でも、楽天、メルカリ、ZOZOなどデジタルを主たる事業領域としている企業のサービスが日常生活に浸透しています。
これらデジタル企業は広告費に対する顧客流入率が定量的に算出できるデジタルなマーケティング手法を重視しています。
■なぜデジタル企業がテレビへ先祖返りしているのか
しかしながら、これらWeb広告に長けているはずのデジタル企業が、広告効果をデジタルに算定しづらいテレビCMを活用している例を多く目にします。例えば、メルカリ、楽天カード、トリバゴなどは記憶に残る読者も多いのではないでしょうか。テレビCM調査を行っているサイカ社調査によれば、2018年テレビCMの出稿の伸びを示したランキングでは、ネットサービスを出自とする企業がトップ15社中6社ランクインしています。
本来、Webマーケティング手法に強みを持つはずのデジタル系企業が、なぜ効果計測が難しいとされているテレビCMの出稿量を増やしているのか。この矛盾とも取れるマーケティング戦略とその背景は、ビジネスモデルと広告特性の2つの観点からひもとくことができます。
■デジタル企業は新規顧客数と離脱数がキモ
まず、デジタル企業のビジネスモデルは大きく3つ分類できます。1つめは、転職や旅行など一つ領域の情報を集めて掲載するバーティカルと呼ばれるモデル。2つめはSNSです。最後に、月額や年会費などの期間で費用を払うことでサービスが使い放題になるサブスクリプションです。
そして、この3つのモデルに共通して言えることは、一定規模の新規ユーザー数が不可欠なモデルであるということです。
バーティカル型やSNS型は、一定規模のユーザー数を確保しなければ、経営に不可欠な広告主を確保できません。広告主からすれば、一定数以上のユーザーがいないサービス上に、広告を載せても効果は望めないため、PV数やユーザー数が多い媒体を優先します。
サブスクリプション型では、放映権や版権、オリジナルコンテンツへ初期投資がかかりますが、これらの累積負債を回収できなくなる恐れがあります。
また、これらのサービスは、ユーザー数が増えれば増えるほどサービスの利便性が向上する「ネットワーク外部性」が働きやすいモデルです。従って、正の循環を作るためにも、最初に利用者を大きく拡大しておくことは不可欠です。例えば、転職サイトのビズリーチは、登録ユーザーが増えるほど、登録企業数も増えて利便性が向上し、さらにユーザーが増えるといった具合です。
■解約者数を抑えることがなぜ大事なのか
これらのような、ユーザー数が重要な経営指標であるビジネスにおいては、新規契約数のほかにもう一つ重要な指標があります。それは、既存顧客の離脱をいかに下げるか、つまり、どのように継続してそのサービスを利用し続けてもらうかです。
具体的にみてみます。例えば、一人当たりのユーザーを獲得するための広告費が30,000円として、そのユーザーから得られる利益を12,000円/年としてみます。そうすると、広告費を回収するためには、最低でも2.5年はサービスを継続してもらう必要があります。
たとえ新規契約を多く獲得できても、早々と離脱する人が多ければ、広告費のもとがとれず損失となります。従って、「新規契約数の増加」と「解約数の減少」の2つが売上を伸ばすポイントになります。
■テレビCMは新規顧客開拓と離脱防止の両方に有効
それではなぜ、ユーザー数が重要指標である企業は、テレビCMを活用するのでしょうか。それは、テレビCMの強みが、「圧倒的な発信力」と「強制的に視聴させること」の2点にあるためです
テレビCMは、地域や年齢にとらわれることなく幅広い層に訴求することができます。従って、もともとは興味がなかった層のニーズ掘り起こしにも有効です。また、基本的に文字情報だけのWeb広告と異なり、動画と音声を活用した豊かな表現力を有しており、直感的に消費者に伝わりやすいという特性もあります。
一方、Web広告は、特定の単語で検索した場合に広告を表示させることができるので、興味関心がありそうな層に向けて効率的に広告配信ができます。しかし、インターネット上にある無数のウェブサイトに埋もれてしまい、テレビCMのように国民全体に広く訴求することはできないという欠点があります。加えて、リスティング広告やディスプレイ広告は、一部の動画広告を除き、15秒間の映像を流すテレビCMと比べてメッセージ性に欠けています。
また、テレビCMはWeb広告とは異なり、テレビを見ているだけで強制的に視聴させることができることも挙げられます。そのため、テレビCMは、サービスの利用率が低下し解約を検討していたユーザーの繋ぎ止めにも一役買います。
代表的な例として、ネットフリックスがあります。新作の「全裸監督」や「アイリッシュマン」の告知CMを大量出稿するのは、両作品を観たい新規のユーザーの会員化を促すだけではありません。それ以前の代表作である「ハウス・オブ・カード 野望の階段」や「ナルコス」で有料会員になった既存ユーザーに対して、新作を視聴してもらうことで退会抑制を短期間に実現させる意図のもとに行われているのです。その他、パズドラやグラブルなど、ゲームアプリがイベントごとにテレビCMを打ち、既存ユーザーの興味を改めて喚起するのも同様です。
確かに、テレビCMは、Web広告と比較して、ターゲットの絞り込みが弱く、また一部の視聴データに依存した測定能力の低さが課題として残ります。片や、Web広告は興味がありそうな層をターゲットに広告を打ちやすく、また広告効果の測定も容易です。
しかし、テレビCMは、「圧倒的な発信力」と「強制力のある視聴」というWeb広告にはないリーチ力の強さという、圧倒的なメリットがあるからこそ、新規顧客獲得と離脱防止策として活用されているのです。
■ビジネス構造を理解すれば企業戦略の意図も理解できる
このようにテレビCMは発信力と視聴への強制力を武器にデジタル企業のマーケティング戦略においても存在感を示していますが、テレビCMへの過度な依存は、サービスの値上げや品質低下という形でユーザーにしわ寄せが起きます。
テレビCMに比べてWeb広告は圧倒的に費用が少なくて済みます。従って、テレビCMへの依存度を高めすぎると、1ユーザーあたりの採算が取れず、値上げまたはサービス提供コストの抑制へ繋がります。ネットフリックスの値上げ、元々は無料会計ソフトを提供していたfreeeの有料化などが例として挙げられます。
テレビCMのコストは、将来的にユーザーが負担するコストだと言っても過言ではなく、テレビCMへ過度に依存すれば、そのぶんユーザーへのしわ寄せも大きくなります。
デジタル企業がテレビCMを打つ背景には、実はビジネスモデル上の重要指標である、「広く新規顧客を獲得」することと「既存顧客を離脱防止」を目的としています。一見すると矛盾するかのように見える企業行動の裏には、ビジネスモデルの構造をひもとくと、実は戦略的な意図があることが理解できます。
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鳥山総合公認会計士事務所(KT Total A&C)代表
1985年生まれ。公認会計士、行政書士。慶應義塾大学卒業。Big4(大手会計士事務所)で、法定監査、IPO支援、ターンアラウンド、事業承継等を経験。その後、外資系戦略コンサルティング会社でM&A戦略、費用削減戦略、新規事業立案等に従事。
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(鳥山総合公認会計士事務所(KT Total A&C)代表 鳥山 慶)
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