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なぜ薬物中毒者は犯罪に手を染めてしまうのか

プレジデントオンライン / 2020年1月24日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/BlakeDavidTaylor

高額な覚醒剤を入手するために、犯罪に手を染める中毒者がいる。では、覚醒剤が高値で取引されているのは、なぜか。経済学者のウォルター・ブロック氏は「法律で禁じられているから、付加的な費用が多額になる。もし、キュウリが違法化されたらどうなるか、想像してみるといい」という――。

※本稿は、ウォルター・ブロック著、橘玲訳『不道徳な経済学 転売屋は社会に役立つ』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)の一部を再編集したものです。

■覚醒剤取締法がもたらした悲劇

覚醒剤(かくせいざい)(シャブ)の密売人ほど、世の中で忌(い)み嫌われている商売はない。多量の覚醒剤は悲惨な死を招くこともある。窃盗や強盗、奴隷(どれい)的な売春行為などの犯罪に結びつくことも多い。そのうえ「足を洗った」後でも、その影響は一生ついてまわる。中毒者はシャブの奴隷であり、「今日の一発」を得るためならどんな奈落(ならく)にも喜んで落ちる。

いったい、覚醒剤密売人の邪悪な本性に疑問符をつけることなど、可能なのだろうか。

ましてや、彼らが好ましい人間だなんて──。だれだってそう考えるだろう。

ところで、シャブ中が邪悪な存在として社会から非難されるのは、彼が薬物中毒になったからではなく、覚醒剤取締法に違反したためである。そこで、この法律がもたらした悲劇的な状況を検証することで、シャブの売人こそが、憐(あわ)れな隣人たちを救済するただ一人の人間であることを論証してみよう。

法による覚醒剤の禁止は、「天文学的」としか形容するほかない水準までその末端価格を引き上げる破壊的な効果を持つ。

■もし、キュウリが違法化されたら価格はどうなるか

もしもキュウリが違法化されたらどうなるか、考えてみてほしい。種を蒔(ま)いたり、肥料をやったり、収穫したり、市場に運搬したり、販売したりする費用に加え、法から巧(たく)みに逃れるコストや、不法栽培が発覚したときに科(か)せられる罰金の支払いも、キュウリの価格に上乗せされるにちがいない。

こうしたことは禁酒法時代の密造酒で実際に起きたが、それでも当時、付加的な費用はそれほど多額にはならなかった。なぜなら、法の執行はそれほど厳しいわけではなく、広く一般大衆の支持を得ているわけでもなかったからだ。

一方、覚醒剤については、その付加的なコストは絶大である。覚醒剤取締法は大半の国民から支持されており、いま以上に厳格に取り締まるよう要求する声もある。ヤクザや暴走族のなかにはシャブを厳禁とするところも多く、「法と秩序」を守るべく、警察官に代わって組織内の覚醒剤密売人や中毒者にリンチを加えてきた。警察官にしても、覚醒剤に対する忌避(きひ)感がこれほど強いと、発覚したときの社会的制裁を恐れて、おいそれとは収賄(しゅうわい)に応じなくなる。

ドラッグ密売の元締めは、警察官に多額の賄賂(わいろ)を支払うだけでなく、従業員──覚醒剤の製造や密輸、販売に従事する人たち──に対して高額の危険手当を支給しなければならない。さらには、彼らが逮捕された際には、弁護士を雇ったり、残された家族の面倒を見たりする必要も生じる。

こうした諸要素が、覚醒剤の価格を高騰させる理由である。

■中毒者は年間400万を支払っている

しかしこれら付加的コストは、法によって覚醒剤を禁止したことで生じたものであり、覚醒剤自体の製造価格は風邪薬やビタミン剤とたいしてちがいはない。覚醒剤が合法化されたならば、中毒者はオロナミンC一本と同程度のコストで一発キメられるようになるにちがいない。

覚醒剤の禁止された社会では、重度の中毒者は、すくなくとも1日に1万円はシャブの購入に費(つい)やさなければならない。覚醒剤中毒者は、シャブを入手するために年間400万円ちかい大金を支払っていることになる。この多額のコストが、「人間やめますか」とまで言われる覚醒剤中毒者の悲劇的な状況を生み出している。

一般に覚醒剤中毒者は無学な若者であり、まともな仕事では自分の習慣を維持するだけの金を稼(かせ)ぐことができない。もし彼が医学的・心理学的な援助を求めないならば、残された唯一の選択肢は「一発」を確実にキメるために犯罪に手を染め、警察官に逮捕されたり、仲間からリンチされたりすることだ。

さらに言えば、シャブ中による犯罪は、薬物依存症でない者が手がける犯罪よりもはるかに悲惨な結末を迎えやすい。中毒者でない犯罪者は、盗みをはたらくのにもっともよい時と場所を選ぶことができる。しかし中毒者は、「一発」が必要になったらじっくり考えている余裕などなく、しかもそういうときにかぎってドラッグの副作用で頭が鈍(にぶ)くなっているのである。

■覚醒剤を禁止したから、中毒者は盗みを働く

「盗品売買の経済学」に照らして考えれば、一人の中毒者が彼の習慣を維持するために手当たり次第に犯罪に手を染めるのは明白である。シャブを手に入れるのに必要な年間400万円を稼ぐために、中毒者はその5倍、おおよそ2000万円分の盗みをはたらかなければならない。なぜなら盗品の故買人は、小売価格の20パーセント以下しか支払わないからだ。仮に犯罪を厭(いと)わない1万人の覚醒剤中毒者がいれば、彼らによる被害は年間で総額2000億円を超えることになる。

こうした被害は、覚醒剤による中毒のためではなく法によって覚醒剤を禁止した結果だということは、どれほど強調してもしすぎることはない。シャブの末端価格を容易に手が届かないところにまで引き上げ、中毒者たちを自分か被害者の死をもって終わりを迎えるほかない犯罪者人生に駆(か)り立てるものこそ、覚醒剤取締法なのである。

■麻酔剤中毒の医師や糖尿病患者と何が違うのか

この点を証明するために、麻酔剤中毒の医師について考えてみよう。麻酔科医を中心に、医師による麻酔剤の濫用(らんよう)は深刻な問題になっているが、彼らが吸引する麻薬は合法的に購入されたものであり、病院の管理部門をうまくごまかせば無料(ただ)で入手することができる。この「薬物中毒」状態は、医学的には彼が糖尿病でインシュリンに依存しているのとたいしたちがいはない。いずれの「依存症」も、この医者がプロフェッショナルとして仕事をするのになんの支障もなく、事実、彼らのほとんどは優秀な医師であり、患者から慕(した)われ、同僚からも信頼されている。

だが、もし合法的な麻酔薬の供給が断たれれば(あるいはインシュリンが突然、違法化されれば)、この状況は一変する。麻薬中毒の医師は路上の密売人のなすがままとなり、ドラッグの質を確かめることもできずに、必要を満たすために法外な対価を支払わされることになる。

こうした環境のもとでは、薬物中毒の医師の人生はより厳しいものになるだろうが、しかし壊滅的というわけではない。彼らの職業は、薬物依存の習慣を維持するために必要な年間400万円の費用を比較的容易に賄(まかな)うことができるからだ。しかし、それがなんの資格も経験も持たないフリーターやニートの若者たちであったらどうだろう?

■真のヒーローは「密売人」だ

シャブの売人の役割とは、彼がこの業界に参入してくる目論見(もくろみ)とは裏腹に、覚醒剤の末端価格を引き下げることである。新しい売人が一人路上に立つたびに、需要と供給の法則によってシャブの販売価格は下落する。一方、警察当局による規制や取り締まり強化によって、売人の数が一人減るごとにシャブの価格は上昇する。

中毒者の陥(おちい)る窮状(きゅうじょう)や彼が手を染める犯罪は、覚醒剤の販売や濫用(らんよう)が理由なのではない。その原因が法的禁止の結果、シャブの価格が通常の方法では入手不可能なところまで上昇したことにあるのならば、価格を引き下げるあらゆる試みは麻薬問題の緩和(かんわ)に寄与(きよ)するだろう。

シャブの密売人が覚醒剤の価格を下落させる一方で、「法と秩序を守る」と称する人々は、彼らの商売を邪魔することで末端価格を引き上げている。そう考えれば、ヒーローと目(もく)される人物は広く愛されている麻薬取締官ではなく、悪名高きシャブの売人だと気づくだろう。

■「進歩に反する」のは休暇も同じだ

ドラッグ合法化は、「文明の進歩に反する」という理由でこれまでずっと相手にされてこなかった。「麻薬」と聞くと、人々は大英帝国が阿片(あへん)を中国侵略に利用した歴史とか、正体を失って道端に倒れている中毒者の写真とかを思い浮かべる。こうして、「人類の進歩を阻(はば)む麻薬は禁止すべきである」との「正論」が声高(こわだか)に主張されるのであるが、ドラッグ以外にも進歩の障害となる悪弊(あくへい)はいろいろある。

たとえば余暇はどうだろう。もしも従業員が一年のうち半年を休暇ですごしたら、「進歩」は間違いなく停滞するだろう。では、法律によって長期休暇を禁止すべきなのか。そんなことは不可能だろう。

そのうえ法律によっていくら禁止しても、現実には、市民の覚醒剤への接触を断ち切ることはできない。覚醒剤はかつてはあやしげな盛り場でしか手に入らなかったが、いまでは家庭の主婦や中高生でも簡単に入手できるようになった。

阿片戦争において、中国はイギリスの砲艦外交によって麻薬を受け入れるよう強制された。だが麻薬合法化は、個人に麻薬の使用を強制するものではない。そればかりか、覚醒剤取締法の廃止は、個人を国家による強制(麻薬を使用してはならない)から解放することなのである。

■イギリスで麻薬中毒者が“増えた”理由

イギリスでは麻薬中毒者の更生プログラムの一環として、医師の処方によって合法的に安価な麻薬が提供されている。その結果、中毒者の数が急増したと批判されているが、すこし考えればわかるように、これは典型的な統計の作為である。

麻薬が違法であったときは、人々は自分が中毒者であると積極的に認めようとは思わなかった。麻薬が一部合法化され、安価に入手できるとなれば、中毒者数が増加するのは当然である。政府は認定された中毒者にのみ、ドラッグを支給するからだ。この条件で「中毒者」が増えなかったら、そのほうが驚くべきことである。

イギリスで統計上の中毒者が増えたもうひとつの理由は、英連邦諸国からの移民の急増であろう。こうした移民が、定着の過程で一時的な問題を起こすのは十分にありうることであり、だからといってイギリスの麻薬合法化プログラムを非難するにはあたらない。

中毒者数の増加は、逆にこのプログラムの先見性や進歩性を示す十分な根拠となっている。クリスチャン・バーナード博士(心臓移植をはじめて行った南アフリカの医師)によって南アで心臓手術を望む患者が増えたとしても、心臓病患者の増加は博士のせいではない。

■アルコールやセックスに依存する人もいる

ウォルター・ブロック著、橘玲訳『不道徳な経済学 転売屋は社会に役立つ』(ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

覚醒剤が依存症の唯一の対象ならば、それは絶対的な悪になりうるかもしれない。そうであれば、シャブの邪悪さを広く伝えようとする努力はひたすら賞賛されるべきであろう。

しかしながら、人はアルコールやギャンブルやセックスなど、違法とは見なされないさまざまな依存症を患(わずら)うこともある。そのなかで覚醒剤など一部の麻薬のみを対象とする禁止は、なんら有益な目的を提供しないばかりか、耐えられないほどの苦しみや大きな社会的混乱の原因になってきた。

この悪法を維持するために警察当局はたえず覚醒剤の価格を引き上げ、さらなる悲劇を招いている。そのなかでシャブの売人だけが、個人的なリスクを負(お)って末端価格を引き下げることで中毒者や犯罪被害者の生命を守り、いくばくかの悲劇を防いでいるのである。

世界的には麻薬を大麻・ハシシュなどのソフトドラッグと、ヘロイン・覚醒剤などのハードドラッグに分け、前者を合法化し後者を禁止しようとする議論が主流になりつつある。1996年にソフトドラッグの個人使用を解禁したオランダにつづき、2000年代に入るとスペイン、チェコ、ウルグアイ、チリ、コロンビア、カナダが次々と大麻合法化に踏み切り、アメリカでは2014年のコロラド州を皮切りに、カリフォルニア州など計10州と(首都ワシントンがある)コロンビア自治区で娯楽用大麻が認められている。
一方、ハードドラッグ解禁の過激な主張がアメリカで力を持つようになったのは、数十年に及ぶ「麻薬戦争」にアメリカが敗北しつつあることがだれの目にも明らかになってきたからだ。連邦政府の麻薬統制予算は年間200億ドルにも達するが、刑務所を満員にする以外になんの効果も発揮していない。
ドラッグをめぐるこうした事情は、スティーヴン・ソダーバーグがアカデミー監督賞を受賞した映画『トラフィック』によく描かれている。連邦政府の麻薬取締最高責任者に就任したマイケル・ダグラスが、娘のドラッグ中毒をきっかけに「麻薬戦争」の無意味さに気づき、記者会見の席上で職を辞す場面が印象的だ。(訳者註)

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ウォルター・ブロック ロヨラ大学教授(経済学)
1941年生まれ。ブルックリン大学で哲学の学士号を、コロンビア大学で経済学の博士号を取得。アメリカを代表するリバタリアン(自由原理主義者)の一人。1976年に発表した本書はノーベル経済学賞受賞者のフリードリッヒ・フォン・ハイエクに絶賛されるなど大きな話題を呼び、10カ国語に翻訳されるベストセラーとなった。他の著書に"Building Blocks for Liberty"、"The Case for Discrimination"など多数。

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橘 玲(たちばな・あきら)
作家
『マネーロンダリング』などの国際金融小説のほか、『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『幸福の「資本」論』など、金融・人生設計に関する著書多数。近著に『上級国民/下級国民』。

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(ロヨラ大学教授(経済学) ウォルター・ブロック、作家 橘 玲)

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