「味の素、ゼロベースからの改革」昇進したくない女性の意識を変えた唯一の方法
プレジデントオンライン / 2020年2月8日 6時15分
■全社員の働き方改革から女性活躍推進を図る ―味の素―
「ダイバーシティを推し進めるには、女性や国籍、専門性など多様な人材の個々のキャリアをつなぎ、生かす仕組みづくりと組織風土づくりが不可欠です。そのために、特定の女性だけにとどまらない、全社員を対象とした働き方改革が必要でした」
そう語るのは味の素の人事部で労政グループシニアマネージャーを務める菊地さや子さん。同社は現在までに「いつでも」「どこでも」働ける施策を数多く制度化してきた。
同社が特に「女性活躍」を意識し始めたのは、味の素・ウーマンズ・カウンシルの活動をもって行われた2016年4月の経営答申だった。
「そのときに出た課題が、女性管理職は遠い存在で身近に感じられないこと、そして、女性管理職自身も男性に囲まれマイノリティーな存在の中で悩んでいることだったのです」
その頃行った意識調査では、「この会社では従業員が性別に関係なく活躍できている」という設問に対して、ポジティブ回答をした女性管理職は39%。一方の男性管理職は67%で、男女間の意識の差は歴然だった。
また当時は、出産・育児での退職は少なくなっていたものの、配偶者の転勤、転居を伴う結婚が退職理由の約半分を占め、特に全国転勤を伴う営業女性の離職率が高かった。世の中の流れも共働きが当たり前となる中、それだけキャリアかライフかを悩む女性も多かったのだろう。
「テレワーク、コアタイムなしのスーパーフレックス、時間単位有給休暇制度なども導入していたのですが、組織の生産性を第一に掲げ、専用のシステムで業務の開始時刻や成果を報告する制約の多い制度だったためか、浸透しづらかったのは事実です」
そこで打ち出されたのが、「ゼロベースでの働き方改革&ダイバーシティ推進」だった。翌年の17年には、所定労働時間を20分短縮して1日7時間15分勤務に。基本となる始業時刻も30分前倒しした午前8時15分とし、終業時刻は午後4時30分に変更した。本社では午後7時退館も併せて行い、在館申請しても午後9時には完全退館が鉄則だ。
「仕事を効率化するために、会議ルールの抜本的な見直し(会議改革)も必要でした。また、残業の削減で収入が減る不安を解消するために、先行投資として1万円のベースアップも同時期に行っています」
「どこでもオフィス」を導入したことも大きい。それまでのテレワークのルールを大幅に緩和し、週1回の出社以外は利用制限をなくした。これに併せて軽量PCを全社員に配布、セキュリティー管理の強化も図った。
「直接顔を合わせなければできないという仕事はない、と会社が振り切ったんですね。一見マネジメントが難しいと思われがちですが、PCのログと勤務システムがひもづいていればそれも可能。WEB会議など補う方法はいくらでもあるのですから」
これらの施策で時間生産性の意識が全社員に広がり、働き方の概念が大きく変わった。会社の本気度が伝わったのだと菊地さんは振り返る。
■行動を変えることで意識は変わる
長時間労働からの脱却は、女性リーダーを育てるうえでも大事なことだった。長時間労働を前提にしていると「ああまでして管理職になりたくない」「管理職は大変そう」ということになるからだ。
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「意識を変えて行動を変えるより、行動を変えてから意識を変えるほうがうまくいくのです。強制的でも早く帰れば体は楽だし、充実した時間が持てます。制度ができたから利用してくださいではなく、行動が変われば制度を活用する人も増えていく。キャリア形成に対しても前向きになれるのだと思います」
18年には、女性の管理職層を増やすべく、将来グループ長になるような人材がどこにどのくらいいるのかを見定める「女性人財の育成委員会」を新設。それと相まって、女性シニアマネージャーへの役員によるメンタープログラムをトライアルで実施した。働き方改革とダイバーシティの取り組みを両輪でやっていく方針だ。
また最近、企業の女性役員比率を30%に引き上げることを目標としたイギリス発の世界的キャンペーン「30% Club Japan」への参画を表明した。もともと20年度までに女性管理職をグローバルで20%、国内で12%輩出することを目標に立てているが、その先を見据え、より女性に選ばれる会社をめざしていく。
主に首都圏では待機児童の問題で育休取得後の戻り方が難しいという課題もある。その施策として、18年3月には小さな子どもを育てる社員が安心して復職しキャリアを継続できるよう、川崎事業所に企業主導型保育事業を活用した事業所内保育所「アジパンダ®KIDS」を開設した。
「近隣保育園に入園がかなわず、退職を余儀なくされてしまう場合もあるでしょう。それでは会社の損失にもなります。セーフティーネットとしてここがあるという安心感につながるのでは」と菊地さん。保育時間は午前7時30分~午後6時30分、現在10人の社員が利用中だ。一般の保育園と違い、希望時期に入所できるのが特徴で、自分のキャリアを考えて復職できるのは非常にありがたい。
新たな価値観を創造し、全社員が活躍していこう! 味の素の施策からはそんなストーリーが見えてくる。
■自由度の高い働き方でライフイベントと向き合う
「何かあってもすぐに駆けつけられる安心感があります」
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バイオ・ファイン研究所で電子材料の研究を行う藤原ちひろさんは、19年4月に育児休職から復帰し、川崎事業所内の保育所「アジパンダ®KIDS」に1歳の子どもを預けて就業している。会社の保育所だけにサービスが充実しており、オムツの持ち込みは不要、汚れた衣類も洗濯してくれる。翌日の準備や通勤時の荷物が少なく済むのはうれしい。
「何より子どもと長くいられる選択肢ができたことは大きかったですね。希望どおり育児休職を期間いっぱいまで取った後に復帰できました」
一般に保育園は0歳児でないと入りにくいという現実があり、復職を考えて泣く泣く0歳で預ける人も多い。藤原さん自身も「1歳で入れる保育園が見つからなければ退職するしか道がない」と思っていたそう。
藤原さんは現在、元の職場に戻り育児短時間勤務をしているが、良い意味で以前と変わらないと話す。産休・育休取得前から復職に関する相談を上司と重ねてきたからだ。
「仕事量や割り振りの配慮はしてもらえますが、過剰な雰囲気はないですね。当然戻ってくるし、戻ってきたら何をするというのは想定されていた状態。こうした復職への理解はここ数年で劇的に変わった印象です」
育児に関わる新しい制度をフルに活用している人はまだ少ない。1つのロールモデルとなれるような働き方をしたいと藤原さんは話す。
■産休・育休明けすぐに通常勤務に戻る
産休・育休明けすぐに通常勤務に戻るという働き方を選択できるのも同社の強みだ。経営企画部で全社対象の戦略的プロジェクトに携わる鞍掛(くらかけ)朋子さんも実践者の1人。働き方改革を推し進める当事者だ。
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「職場復帰したのは子どもが生後7カ月のとき。母親になっても仕事への意識や役割期待は変化していないですね。ただ、男性管理職が主体の部署で、乳幼児を育てながら経営戦略プロジェクトを担当する女性管理職は、私が初めてかもしれません」と鞍掛さんは想像する。
だが、子育てには感染症の流行など予期せぬ事態が起こる。そこはスーパーフレックス、どこでもオフィスなどの制度をフル活用。
「管理職は育児短時間勤務の対象外なのですが、『いつでも』『どこでも』働ける施策を活用すれば、定時終了で保育園のお迎えも可能です。子どもが病気になり、オフィスに出社できないときでもリモートワークやWEB会議などで対応できるので、働き方の自由度は飛躍的に上がっています」
復帰直後はマミートラックに乗ってしまうのではという心配もあったという鞍掛さん。自身の積極的意思と得意分野での貢献を心がけ、変わらぬ役割を得ていると語る。
「制度や周囲の理解を享受するばかりでなく、職場の仲間に対してギブ&テイクの関係を築き、ライフイベント前から自分の信用残高を積み重ねておくことが必要」。鞍掛さんはそれを体現していた。
2016年にテスト運用を開始し、17年4月に導入したテレワークの呼称。顔を合わせないと仕事ができないという概念を取り払い、場所や時間帯を問わない、文字どおり仕事はどこでやってもよいという柔軟な働き方を進めた。ルール規定も緩和され、原則週1回の出社以外は利用制限なし。現在は契約した社外サテライトオフィスも使用できる。前日までに申請が必要。
女性人財の育成委員会
女性管理職層を深めるために2017年に立ち上げた施策。女性の登用計画およびキャリア形成に向けた具体的な支援を行う委員会として設立された。同社では19年5月に発足した「30% Club Japan」のメンバーとして、将来的に女性の管理職、経営を担えるグローバルな「人財」をより増やし育て、女性役員比率のさらなる向上をめざしている。
(横山 久美子 撮影=田子芙蓉)
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