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日本最大の産業に膨張中の「医療・介護」で儲けているのは誰か

プレジデントオンライン / 2020年1月30日 11時15分

撮影=プレジデントオンライン編集部

日本の医療・介護費が膨れ上がっている。額にして年間55兆円。GDPの1割を占め、自動車産業にも匹敵する規模だ。このままでいいのか。『日本国・不安の研究 「医療・介護産業」のタブーに斬りこむ!』(PHP研究所)を出した作家の猪瀬直樹氏に聞いた——。(前編/全2回)

■年間55兆円、膨れ上がる医療・介護費

——『日本国・不安の研究』では、医療・介護費が膨れ上がる構造に着目しました。日本が抱える医療や介護の課題に目に向けたいきさつを教えてください。

2017年度の国民医療費は43兆円、介護費は12兆円にのぼっています。医療・介護費だけで、日本のGDP550兆円の1割を占めている。経済規模だけで言えば、自動車産業と同等です。

さらに、われわれ団塊世代が後期高齢者になる2025年には、医療・介護費は48兆円、15兆円になると考えられている。

にもかかわらず、医療・介護費は、税や保険、補助金などで賄われているから、市場のチェック機能が働かない。なぜそんなに金がかかっているのかも分かりにくい。そんな不透明な医療・介護業界に、人生100年時代の後半部分をまかせているんです。国民が不安を抱くのもムリはない。

もう忘れられていますが、私たちが先頭に立って、東京オリンピックを招致した理由も、そこなんです。都民だけでなく、国民みんながスポーツに親しんで健康寿命を延ばし、医療費を抑えたい、と。

スポーツに親しめば、健康を維持できるということは、私が身をもって証明しています。実は9年間、毎月必ず50キロ以上走っているんですよ。昨年の大晦日(みそか)も、ノルマの50キロまで少し足りなくて、夕方に3キロ走ったんだから。ヒマを見つけては走ってスマホに記録するのが日課になっているんです。

■人間ドッグで判明した血糖値の異常

——なにかきっかけがあったんですか?

知り合いの医者に勧められて60歳から人間ドックを受診しはじめたんだけど、9年前の64歳のときに、血糖値が少し高いと指摘されました。医者に「このまま運動もせず、食って飲んでいると、そのうち(糖尿病になって)失明するぞ」と脅された。

目が見えなくなって原稿が書けなくなっては困るし、いままで通りに食事もしたい。タバコも吸いたい。だったら、運動してみるか、と走りはじめました。

中学時代の運動会以来に走ったけど、実際に続けてみると、糖尿の数値が平常に戻った。そして1年半後、一念発起して東京マラソンに出てみたら完走できました。

——42.195キロのフルマラソン……。

もちろん、フルマラソンですよ。東京マラソンなんだから(苦笑)。

撮影=プレジデントオンライン編集部

——還暦を過ぎてからマラソン初挑戦。しかも、完走したということですね。

タバコを吸っている私でも6時間半で走りきったからね。マラソンには、心臓や肺よりも筋力が重要なのかもしれない。東京マラソンは、約5キロごとにチェックポイントがあるんですよ。制限時間をオーバーすると足きりされ、はとバスに乗せられる。

当時、私は副都知事だったでしょう。みんなが見ている前で、はとバスに収容されるわけにはいかない。もしも棄権したら都の職員に「猪瀬は口ばっかりだ」と陰口を叩(たた)かれるのに決まっているんだから、本当に大変でしたよ(笑)。

■「人生100年時代」を不安なく過ごすためには

——医療・介護費の削減案はご自身の実感から生まれているんですね。

健康寿命が延びて、70歳、75歳になってもみんなが元気に働ければ、いまほど医療費・介護費もかからなくなるだけでなく、税収も見込める。生きがいをもって元気に働く高齢者が納税者になってくれるかもしれない。そこが、人生100年時代を迎える少子高齢社会で大切なポイントなんです。

1960年の一般的なサラリーマンは55歳で定年でした。そのころの平均寿命は、男性が65歳で、女性が70歳。それから60年が過ぎたいま、平均寿命は男性で81歳に、女性で87歳に延びた。

本来、平均寿命が十数年も長くなっているのだから定年も同じくらい延びないと辻褄(つじつま)が合わない。だけど、1980年ころから定年は5年延長された60歳のまま。そこで、定年後の二十数年間はどうするのか……という不安が生まれる。

それなら働けばいいと考えて、政権は年金受給開始額を65歳から70歳、75歳へと繰り下げる提案をしている。しかし現実の高齢者の就労状態はどうなっているのか。65歳から69歳の就業率は47%。この数字には、自営業者や町工場など、もともと定年と関係のない人たちも含まれています。

65歳までの定年延長の企業は全体の16%にすぎません。とするなら、健康寿命を延ばす施策を取り入れながら、70歳、あるいは80歳まで仕事ができる労働市場を整えていく必要がある。

■精神病床数「ダントツ世界一」の日本

——高齢の親と引きこもりの子どもが同居し、生活に行き詰まる現象である「8050問題」が注目を集めています。猪瀬さんは本の中で解決策を提案していますね。

昨年3月、内閣府が40歳から60歳の引きこもりが全国で61万人と発表して話題になりました。そのうち、精神的な病気で、通院・入院経験がある人は33%にのぼる。関係機関に相談した経験がある人が44%です。日本の精神医療システムがうまく機能していればこうした事態は避けられていたかもしれない。

欧米と日本の精神病床数の推移を比べると日本の精神医療の問題点がはっきりと分かります。まず主要な欧米諸国の精神病床数は右肩下がりです。反面、日本は1960年代から極端な右肩上がりになっている。人口1000人あたりの精神病床数はダントツで世界1です。

人口1000人当たり精神病床数の推移(国際比較)

日本の国民医療費43兆円のなかで、最大を占める医科診療費の31兆円のうち1兆4000億円が精神科入院費用になっている。精神病患者1人あたり精神科入院費は年間552万円にのぼります。実は、精神病院からグループホームに移行すると、1人あたりにかかる費用は年間275万円、1年間で、約半額の7000億円で済むんです。

ヨーロッパでは、施設に隔離するのではなく、地域社会のなかに居場所と働ける場を用意する政策が主流です。支援される側から、自立して納税する側への移行を目指すという考え方ですね。

■いまだに描けていない出口戦略

(撮影=プレジデントオンライン編集部)

——精神病床数が「ダントツで世界一」の背景には、日本固有の問題があるのでしょうか。

精神科病院側は自嘲的に「薄利多売」と評していますね。通常の一般医療なら月額入院費100万円。ところが精神科では月額45万円と保険点数が低い。ベッド数を多くして稼ぐモデルになっているんです。

突き詰めれば、日本にとって近代とは何か、なんですよ。ヨーロッパの近代は、アルコール中毒患者や精神障害者を施設に収容する隔離政策を行った。極端な例が、ナチスドイツのユダヤ人の強制収容施設です。ヒトラーの狂った命令だったとはいえ、巨大な施設を準備し、手足となったのは、ヨーロッパ近代の思想と技術、官僚です。

第2次大戦後、ヨーロッパはポスト近代に入り、施設への隔離収容から地域での医療、介護へと転換しました。専門のスタッフがいるグループホームを受け皿にして、社会復帰を目指す出口戦略をつくったのです。

一方、かつての日本では、精神病患者を座敷牢に閉じ込めて隔離していました。戦後になって座敷牢はコンクリートの病院に変わりましたが、精神病患者を隔離収容するという考え方は同じです。精神病院は、ヨーロッパの国家政策と違い、ほとんどが私立病院の営利政策任せ。近代からの超克の過程を踏まず今日まで至ったと言えます。

撮影=プレジデントオンライン編集部

そう見ていくと、日本はまだ遅れてきた近代を引きずっていると言わざるをえません。その視点で見れば、中国もやはり遅れてきた近代国家なんです。ウイグル族の強制収容施設が世界的な問題になっていますが、少数民族の隔離政策は典型的な「近代」の発想といえます。

■8050問題の原因は「精神医療システムの機能不全」

——「8050問題」の引きこもりも、ある意味、座敷牢的な対症療法の被害者といえるかもしれませんね。

昨年、元農林水産事務次官が家庭内暴力の息子を刺殺した事件が起きました。ほかにも、カリタス学園バス停死傷事件や、吹田市の交番襲撃事件にも共通項があると思います。

それは、居場所がないから起こされた事件ということ。事件の背景にはさまざまな要因がありますが、その3つは孤独が引き起こしたとも言えると思うのです。

■生き生きと働き、納税者になる

——『日本国・不安の研究』では、そうした状況を変える可能性を持つ、新しいスタイルで活動するグループホームの事例が紹介されています。

猪瀬直樹『日本国・不安の研究 「医療・介護産業」のタブーに斬りこむ!』(PHP研究所)

全国でフランチャイズ展開している「わおん障害者グループホーム」ですね。私は千葉県八千代市のグループホームを見学しました。住宅街を訪ねると、7軒の空き家を利用したグループホームが点在していました。

3人から5人が暮らすふつうの木造2階建てには、リビングやキッチン、風呂、トイレなどの共有スペースのほか、それぞれの個室がある。その7軒を生活支援者ら7人のスタッフがサポートする仕組みになっていました。

入居者は、精神障害、知的障害、身体障害、発達障害などさまざまな障害を持っていますが、ほとんどは障害者雇用枠で企業に雇用されて、収入を得ています。家賃や光熱費などの自己負担金はかかりますが、障害者年金と収入を合わせれば、余裕を持って暮らせる。こうした取り組みが、1兆4000億円の精神科入院費用削減につながっていくんですよ。

■「わおん」が示す問題解決の可能性

「わおん障害者グループホーム」がユニークなのは、アニマルセラピーによる癒やしの効果を期待し、1軒につき犬を1匹飼っていること。年間1万6000頭も殺処分されている保護犬を引き取り、各グループホームに供給しているんです。同時に、一軒家を借り上げるから最近問題になっている空き家対策にもなると思います。

「わおん障害者グループホーム」の取り組みは、医療費削減だけでなく、障害者の就労や自立、動物の殺処分問題、空き家問題、地域コミュニティの問題まで、日本が抱える不安を連鎖的に解決できる1つの処方箋になる可能性があるのです。(後編に続く)

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猪瀬 直樹(いのせ・なおき)
作家
大阪府・市特別顧問。1946年、長野県生まれ。1987年『ミカドの肖像』で第18回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『日本国の研究』で1996年度文藝春秋読者賞受賞。2002年6月末、小泉首相より道路関係四公団民営化推進委員会委員に任命される。2007年6月、東京都副知事に任命される。2012年12月、東京都知事に就任。2013年12月、辞任。2015年12月、大阪府・市特別顧問就任。主な著書に『天皇の影法師』『昭和16年夏の敗戦』(以上、中公文庫)、『ペルソナ 三島由紀夫伝』(文春文庫)、『黒船の世紀』(角川ソフィア文庫)、『猪瀬直樹著作集「日本の近代」全12巻』(小学館)。

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(作家 猪瀬 直樹 構成=山川 徹)

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