解体危機だった「赤い電車」を再生させた京急の狙い
プレジデントオンライン / 2020年1月31日 15時15分
■目玉は戦中・戦後の時代に走った「元祖赤い電車」
京浜急行電鉄は1月21日、横浜・みなとみらいの本社ビルの1階に「京急ミュージアム」をオープンした。2019年に創立120周年を迎えた京急が、記念事業の一環として整備したこの施設。「『本物』を見て、触れて、楽しむ」をコンセプトに、京急のこだわりが随所に現れた仕上がりとなっている。ミュージアムの目玉が、1929年に製造された「デハ236号車(デハ230形)」の展示だ。
1899年、関東初の電車として、また日本初の標準軌(新幹線と同じ1435mmの幅の線路)の鉄道として開業した京急は、1905年に品川―神奈川駅間を開業し、東京・横浜の都市間輸送を開始する。開業当初は路面電車に近い運行形態だったが、徐々に路線の高速化を進めていき、1931年に急行運転、1933年に国鉄品川駅(現在のJR品川駅)乗り入れと品川―浦賀駅間の直通運転を開始。現在の骨格を作り上げた。
デハ230形は、京急が高速電車として変貌を遂げた1930年代から、戦中・戦後の激動の時代を経て1970年代まで活躍。そのうち一部の車両は香川県の高松琴平電気鉄道(ことでん)に譲渡された後、21世紀まで走り抜けた歴史的な名車であった。
今回復元されたデハ236号車は1978年に引退した後、埼玉県川口市で保存・展示されていたが、後年は放置状態となり解体の危機に瀕していた。そこで川口市は2017年、車両の譲渡先を公募。京急がこれに応じて引き取り、同社OBなどの協力の下、2年の歳月をかけて修復した。
■2月24日までは入場規制をかけるほどの人気ぶり
京急がデハ236号車の復元にこだわったのは、眺望のよい大きな窓に、軽量な車体と優れた走行性能を誇ったデハ230形が、品川から三浦半島まで高速運転をする「赤い電車」という現在の京急のスタイルを形作った、ルーツとも言える車両だからだ。
京急ミュージアムにはその他、京急沿線を再現した「京急ラインジオラマ」、本物の電車運転台を使用した運転シミュレーション、京急バスの運転台を再現したコーナーに加え、オリジナルデザインのプラレールを制作して持ち帰ることができる「マイ車両工場」など体験型のコンテンツが用意されている。
入館は無料だが、運転シミュレーターとマイ車両工場は有料の定員制。2月24日まで入館制限を実施しており、抽選応募の受付は既に終了している。2月26日以降、平日(火曜日は休館)は当日受付で入館可能だが、土休日と春休み期間(3月26日~4月5日)はインターネットによる事前申し込み・抽選制となっている。詳細は京急のウェブサイトを確認してほしい。
■小田急も「ロマンスカーミュージアム」をオープン
京急に続いて鉄道ミュージアムを開設するのが小田急電鉄だ。小田急は2021年春のオープンを目指して、海老名駅の隣接地に「ロマンスカーミュージアム」の建設を進めている。
こちらは「“子ども”も“大人”も楽しめる鉄道ミュージアム」をコンセプトに、「初代ロマンスカー」こと「SE(3000形)」や、初めて展望席を設置した「NSE(3100形)」など歴代ロマンスカーの展示や、沿線風景を再現したジオラマや運転シミュレーターなど定番コンテンツに加え、子どもが自由に遊べるキッズゾーンや、小田急線の眺望を楽しめる屋上ビュースポット、カフェなど幅広い年代が楽しめる施設になるという。
この他、大手私鉄の鉄道ミュージアムとしては、1982年に東急電鉄が創立60周年を記念して開設した「電車とバスの博物館」、1986年に営団地下鉄(現東京メトロ)が開業60周年を記念して開設した「地下鉄博物館」、1989年に東武鉄道が開業90周年を記念して開設した「東武博物館」、2013年に京王電鉄が開業100周年を記念して開設した「京王れーるランド」がある。
■鉄道各社はなぜ博物館をつくるのか
鉄道事業者の博物館・企業ミュージアムは当初、公共交通整備や沿線開発を担ってきた公益企業としての社会的責任から、企業の理念や事業内容、歴史などを利用者や地域、社会に認知、理解してもらうための「コーポレート・コミュニケーション」の中核を担う施設として設置されることが多かった。
特に鉄道事業者は地域性が強く、また事業領域も多岐にわたるため、沿線利用者であっても全容が見えにくい。そこで過去から現在まで、また本業の鉄道事業から関連事業まで網羅的に解説するショーケースとなることで、地域や利用者との関わりや、社会への貢献を示す役割を可視化するのである。これは前述の施設が、いずれも周年事業として開設されていることからも読み取ることができるだろう。
しかし、ここにきて企業ミュージアムの役割は、より積極的な「マーケティング・コミュニケーション」の領域に踏み込もうとしている。京急と小田急の取り組みに共通しているのは、「赤い電車」や「ロマンスカー」といった自社のイメージリーダーをコンセプトの中心に据え、そのルーツの紹介に特化しようとしている点だ。これにより企業ミュージアムは、自社のブランドを積極的に打ち出し、認知から愛着へと一段進むことで、その価値をさらに高めていく「ブランディング」の中心を担う存在へと変わろうとしている。
■日本の近代化に貢献した“遺産”が注目されるように
こうした鉄道ミュージアムが注目を集めるきっかけとなったのは、2007年10月、さいたま市にオープンした「鉄道博物館」だ。折しも2000年代初頭は、「鉄子」と呼ばれる女性鉄道ファンや、子どもとともに鉄道を追いかける「ママ鉄」など、これまでとは異なるすそ野の広い「鉄道ブーム」が到来していたこともあり、鉄道博物館の入館者は開館から半年で100万人を突破する大ブームとなった。
またこの頃、文化財としての鉄道遺産に目が向けられるようになったことの影響も大きいだろう。2007年に経済産業省は、明治維新から戦前にかけて日本の産業近代化に貢献した「近代化産業遺産」を文化遺産として認定し、地域活性化に活用しようという事業を開始。また日本機械学会も同年から、機械技術の発展に貢献した機械、機器、システム類を「機械遺産」として認定し、保存、継承を目指している。
さらに2017年には日本初の地下鉄車両である銀座線「1001号車(地下鉄博物館所蔵)」、国鉄最初期の電車である「ナデ6141号車(鉄道博物館所蔵)」が国の重要文化財に指定されている。
こうした動きを背景に、鉄道施設、鉄道車両を鉄道遺産して保存、活用しようという動きはますます強くなっていくものと思われる。
■ミュージアムが担うべき本当の役割とは
ただ、課題も少なくない。現状では、どの車両や施設を、どのような形で保存するのかは、鉄道事業者の判断に委ねられることになる。仮に保存するとしても、修復や維持には専門的な技術と多大な費用を要することから、歴史的・技術的に価値のある鉄道車両、施設でも解体されてしまうことが多い。産業遺産の認定と維持、管理をどのような体制で、誰の費用負担で進めていくかという問題は、鉄道事業の経営環境が厳しくなっていく中で、ますます問われることになるだろう。
また、こうした文化遺産・産業遺産は鉄道事業者だけにあるわけではない。今回、京急が復元したデハ236号車がそうだったように、鉄道事業者の手から離れて以降、管理が行き届かず朽ち果てようとしていたり、ボランティアの献身的努力によって、なんとか維持されている鉄道文化財は多い。
鉄道事業者の協力なくしては鉄道遺産の維持、管理は不可能である。しかし、鉄道事業者だけに任せていては、守られる文化財は限られてしまう。事業者と地域、利用者が資金や人手、技術などを持ち寄り、協力して文化を守り、伝えていくことができれば、それこそが最高のブランドの育成につながるはずだ。企業ミュージアムがそうした活動の中心となっていくことを期待したい。
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鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家
1982年生まれ。東京メトロ勤務を経て2017年に独立。各種メディアでの執筆の他、江東区・江戸川区を走った幻の電車「城東電気軌道」の研究や、東京の都市交通史を中心としたブログ「Rail to Utopia」で活動中。鉄道史学会所属。
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(鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家 枝久保 達也)
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