「1回250円」ヘルパーを家事手伝いとみなす要介護者たち
プレジデントオンライン / 2020年1月31日 9時15分
■在宅介護サービスを頼んでもやってもらえなくなる日が来る
「食事づくり、入浴・排泄のサポート、部屋の掃除……在宅介護サービスを頼んでもやってもらえなくなる時がそう遠くない時期に来ますね」
キャリア15年のベテランケアマネジャーのTさんは不吉なことを語り始めました。どういうことかと聞くと、国が訪問介護のホームヘルパーが行う「生活援助」に制限をかけたこと、そしてそのヘルパー自体も足りなくなりそうな状況だという。詳しく尋ねれば、そこには介護現場を知るケアマネジャーが直面する「不都合の真実」があったのです。
■「1割負担」を悪用して日に何度も介護サービスを頼む利用者
親などの身内が要介護認定を受けた時、まず始まるのが在宅での介護です。ケアマネジャーが作成するケアプランには要介護になった人の心身状態や家族の事情・要望に添ったサービスが組まれます。
これは自立支援のためで、サービスを受けたことによって状態が良くなれば元の生活に戻れるし、良くならなかったとしても介護保険適用サービスなら原則1割負担だから、なんとか自宅での生活を続けることはできる。
特別養護老人ホームなどの施設入所を考えるのは、それができなくなった時であり、そうなるまでは在宅での介護をしてもらおうというわけです。
この在宅介護サービスの中心になる存在が、訪問介護のホームヘルパーです。
ホームヘルパーが提供するサービスは「身体介護」と「生活援助」に分けられます。身体介護は食事、着替え、歩行、入浴、排泄の介助など、生活援助は掃除やゴミ出し、洗濯、食事の準備、買い物などです。
家族がいても付きっきりで介護をするのは難しいし、仕事がある場合はなおさらです。そうした家族で対応しきれない部分を補ってくれる存在が訪問介護のホームヘルパー。在宅介護を支える柱といってもいい重要な役割を果たす人たちです。
■1時間たった250円で食事を作ったり洗濯をしてくれたり
ところが、このホームヘルパーのサービスが十分受けられなくなる事態が差し迫っているらしいのです。
「その理由のひとつとしてあげられるのが、介護業界に生活援助削減の流れがあることです」と語るのは前出のTさんです。
2018年10月から厚生労働省は要介護度に応じてひと月あたりの生活援助の回数を設定、その回数を超える場合、ケアマネジャーは市町村に届け出をしなければならないという規定を設けました。
その回数は要介護度1が27回、2が34回、3が43回、4が38回、5が31回です。厚労省がこの規定を設けたのは「必要以上に生活援助サービスを使う利用者が多く、福祉財政を圧迫する原因になっている」からです。
どういうことなのか、Tさんが具体的に説明してくれました。
「生活援助には45分未満、45分以上といった時間での区分けがありますし、介護報酬の単位も複雑なので、ここでは分かりやすさ優先で大雑把に説明します。ヘルパーに生活援助を1時間してもらったとすると、1割負担の利用者さんが払う費用は約250円です。介護の専門技術を持ち、家事にも手慣れているヘルパーさんが自宅まで来てくれて1時間250円で食事を作ったり洗濯をしてくれたりするのです。一方、厚労省からすれば、その1回に残りの9割の2000円以上を介護保険などの福祉財源から出すことになる。“家事手伝いのためにヘルパーを安く使っている”と見ているわけです。そこで財政健全化のため生活援助削減の方針が打ち出され、その流れからこの規定がつくられたといえます」
■福祉財源が枯渇している国が「悪質利用者」対策に乗り出した
Tさんによれば、確かに日常生活のことは自力でできるにもかかわらずヘルパーのサービスに頼ろうとする利用者がいることも事実だといいます。1日3回、月にすれば90回近く、ヘルパーの生活援助を入れてほしいとケアマネジャーに言ってくる人もいるそうです。厚労省の設けた回数規定なら、1日1回から1.5回程度。そうした無駄使いは防げるわけです。
「しかし、認知症や寝たきりの方など、ヘルパーさんが来てくれなければ生活できないケースもあるんです。一律に回数を決めるのは問題があると思います」(Tさん)
この規定が巧妙なのは“回数制限”ではなく“届け出が必要”としている点です。必要な人は回数を超えてもいい。ただし、その場合は届け出をしてください、としているのです。
「われわれケアマネからすれば、これは制限と同じなんです。30人以上の利用者さんを担当し、すべての方の状態を日々チェックしているうえ、数多くの事務処理に日々追われている。本音をいえば届け出という仕事を新たに背負いたくないんです。加えて福祉財政がひっ迫していることや行政サイドが生活援助削減の方向性を打ち出していることも理解しており、心理的に生活援助サービスは設定された回数以内で収めようとするわけです」
■業者側には利幅の大きい介護サービスをしたい思惑がある
こうした生活援助削減の流れがあることを補強する話をしてくれたのが、同僚のケアマネジャーIさんです。
「訪問介護の事業所も最近は生活援助の仕事を受けたがらなくなっています。介護報酬の単価が安いからです。生活援助の利用者負担は1時間250円という話が出ましたが、身体介護は約400円、生活援助と身体介護を合わせた複合サービスは約350円。1回のサービスの報酬はそれぞれ約4000円と約3500円になりますから、事業所の売り上げを考えると身体介護、あるいは複合サービスの仕事をしたほうがいいわけです」
とはいえ利用者が生活援助を必要としていれば、ケアマネジャーは事業所に依頼することになる。「報酬は少ないのですが、築いてきた信頼関係で引き受けてもらっている状況です」といいます。
洗濯、食事の準備、買い物など生活援助サービスを受けなければ介護生活が続けられない人も多いですが、今後はそれすら満足に受けられなくなる可能性が高いのです。
■セクハラ・パワハラの横行でホームヘルパーになり手がいない
Tさんは「もうひとつ在宅介護が成り立たなくなる原因がある」と言います。ホームヘルパーの人手不足が深刻なのだそうです。
「ホームヘルパーの9割は女性です。女性が利用者さんの自宅にひとりで行って身体介護や生活援助のサービスを行うわけです。なかには『掃除の仕方が悪い』とか、『食事がまずい』とかとキツい言葉を投げかけてくる人もいる。モラハラですよね。また、男性の利用者さんには女性を蔑視するタイプもいますし、セクハラまがいの行為をする人もいる。そんな目に遭う可能性がある仕事をしているにもかかわらず平均時給は1200円から1500円といったところ。これでは続けたくなくなる人が出ますよ」
厚労省が発表した2018年度の統計によればホームヘルパーの平均年齢が46.8歳ですが、TさんもIさんも首をひねります。ふたりが仕事を依頼している人は50代以上の方ばかりなのだそうです。
「若い人は利用者さんから受けたハラスメントなどが原因で、すぐに辞めてしまうケースが多いのです。その結果、残るのは長年経験を積み、少々のハラスメントを受けても、うまくかわす術を身につけていて、精神的にも耐性のあるベテランということになるのです」(Tさん)
そのためヘルパーの高齢化が進んでいるといいます。
「70代の方も珍しくありません。これでは“老々介護”ですよ。つい最近までヘルパーをしていた方が、今は介護される側になっているということもよくあります。でも、そうした高齢のヘルパーさんにも頼らなければならないのが在宅介護の現実なんです」
■人材不足対策は、ヘルパーの報酬を上げることしかない
ホームヘルパーは健康でなければ務まりません。高齢化が進めば引退する人も増える。しかし、若い人は定着しない。ヘルパー不足は今後ますます深刻化するというわけです。
「団塊の世代が後期高齢者になる2025年は近づいており、要介護人口が増える一方なのにこの事態なのです。今のままでは近い将来、在宅介護は成り立たなくなるでしょう。そうならないための手だては月並みですがヘルパーさんの待遇改善しかありません。利用者さんのハラスメントは止めようがないですから、その大変さに見合う給与を保証することだと思います」(Tさん)
なお、ハラスメントなどで問題のある利用者は事業所やヘルパーに情報が伝わり、サービス提供を断られることも多いそうです。「在宅介護を続けるには利用者がモラルを守ってホームヘルパーと接することも心に留めておいてほしいですね」と、Tさんは最後につけ加えました。
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ライター
1956年生まれ。月刊誌を主に取材・執筆を行ってきた。得意とするジャンルはスポーツ全般、人物インタビュー、ビジネス。著書にアメリカンフットボールのマネジメントをテーマとした『勝利者』などがある。
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(ライター 相沢 光一)
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