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打ち上げ回数でついに世界一「中国の宇宙力」本当の実力

プレジデントオンライン / 2020年2月6日 11時15分

2018年12月8日未明、中国四川省の西昌衛星発射センターから無人月探査機「嫦娥4号」を載せて打ち上げられる「長征3Bロケット」。 - 写真=AFP/時事通信フォト

中国の宇宙開発の発展がすさまじい。2019年の中国のロケット打ち上げ回数は、2年連続で米国やロシアを抜いて世界一となった。中国の本当の実力はどれぐらいなのか。元JAXA副理事長の林幸秀氏が解説する――。

2003年に世界で3番目の自国ロケットでの有人宇宙に成功して以来、中国の宇宙開発の発展はすさまじい。2019年の中国のロケット打ち上げ回数は、2年連続で米国やロシアを抜いて世界一となっている。本稿では、中国の宇宙開発力が米国、ロシア、欧州、日本などと比較してどの程度なのか、中国の強みや課題は何か、日本はどう対応すべきかについて述べる。

■軍事利用を中心に発展してきた中国の宇宙開発

新中国の建国直後の1950年に勃発した朝鮮戦争で、マッカーサー国連軍司令官が中国への原爆による攻撃を米国大統領に進言したことを聞き、毛沢東は核兵器・ミサイルの両弾と人工衛星の一星(両弾一星)を開発することを決断した。

ミサイルやロケット開発のため、1956年に国防部に第五研究所(現在の中国運載火箭技術研究院)が設置され、初代の所長に米国カリフォルニア工科大学で博士号を取得した銭学森博士が就任した。銭博士は、「中国宇宙開発の父」、「ロケット王」などと呼ばれている。人民解放軍や政府は、大躍進政策などの混乱期にあっても両弾一星政策を進め、1964年に原爆実験と東風ミサイルの発射実験に成功した。東風ミサイルは、ソ連から支援を受けた技術をベースとし独自開発を加えた技術であった。

1970年には、この技術を発展させた長征1号ロケットにより、中国初の人工衛星東方紅1号の打ち上げに成功し、両弾一星は完成した。

世界的に見ると、宇宙開発競争は1957年のソ連の人工衛星・スプートニク打ち上げから始まり、翌1958年米国、1965年フランス、1970年日本と続いた。中国は、日本の人工衛星打ち上げの2カ月後で、世界5番目とそれほど早くなかった。1970年はアポロ11号が月への有人飛行・着陸を行った1年後であり、米ソから大きく離されていた。当時中国は、文化大革命(文革)の只中にあり、人工衛星打ち上げを成功させたものの、宇宙開発を加速度的に発展させる余力はなかった。

しかし文革が終了した1977年以降は、長征ロケットの開発がシリーズ的に進められ、軍事的な目的だけではなく民生利用のための人工衛星の開発と打ち上げが活発化した。偵察衛星や軍事通信衛星だけではなく、気象衛星や民生用の通信放送衛星などが次々に打ち上げられた。

■打ち上げ回数で米国とロシアを追い越す

1990年代後半からの経済発展に伴い、軍事費の飛躍的な増大と科学技術の急激な発展を受け、軍民両用での宇宙開発が加速した。

その象徴的な出来事が、有人宇宙飛行技術の進展である。中国では1999年に建国50周年に合わせて中国初の宇宙船神舟1号の打ち上げに成功し、2003年10月には宇宙飛行士・楊利偉を乗せた神舟5号の打ち上げに成功した。これにより中国は、自国のロケットによる有人宇宙飛行に成功した世界で3番目の国となった。さらに中国は、米国、ロシア、日本などが協力している国際宇宙ステーションに対抗して、中国一カ国のみで宇宙ステーション天宮の建設を進めており、2022年には運用を開始する予定である。

またカーナビなどに広く利用される衛星測位システムは、米国がGPSを1980年代に導入し、ロシアもグロナスを2012年に完成させたが、中国も北斗衛星測位システムを独自に構築しており、2020年から運用を行う予定である。

中国は、遅れていた科学探査や技術開発にも力を入れており、2013年に探査機を月面に軟着陸させ、2019年には世界で初めて月の裏側への探査機の着陸を成功させた。また、解読が不可能と言われる量子暗号通信技術の開発を行う衛星である墨子を、世界に先駆けて2016年に打ち上げた。

このような背景から中国ではロケットの打ち上げ回数が非常に多くなっており、図表1に見るとおり2018年、2019年には米国やロシアを抜いて2年連続で世界一となっている。この打ち上げ回数には軍事衛星打ち上げも含まれており、宇宙活動のレベルが世界トップとなっていることを示す。

■技術的には経験不足や未熟な点も見える

しかし、この打ち上げ回数が本当に中国の実力を示すものであろうか。図表1には失敗回数も示されており、ここ4年間の失敗数は米国ゼロ、日本およびインド1回、欧州2回、ロシア3回に対し、中国は7回となっており、技術的に安定していないことを示している。

もう一つ別の視点からの数字を示したい。図表2は現時点における主要国の現役主力ロケットの性能比較である。これで見ると、中国の長征3号ロケットは米国、欧州、ロシア、日本の主力ロケットと比較して見劣りがする。

実は図表2にある長征3号ロケットよりはるかに強力な長征5号ロケットを、中国はほぼ開発している。長征5号ロケットは、2016年に初号機打ち上げに成功したものの、2017年の打ち上げに失敗し2年半にわたって原因究明を行っていたが、昨年12月にようやく打ち上げ再成功にこぎ着けた。公表されている長征5号ロケットの性能は、5Bで低軌道打ち上げ能力が25t、5Eで静止トランスファー軌道打ち上げ能力が14tであり、この運用が定常化すればようやく米国などの現役主力ロケットの性能に追いついたことになる。

ただし、約50年前のアポロ計画で活躍したサターンVロケットは史上最強で、低軌道に118tと各国の現役ロケットの5倍程度の打ち上げ能力を有していた。米国の技術的優位性は歴然としている。

さらに現在までの宇宙飛行士の累計数を各国別にまとめた図表3をご覧いただきたい。宇宙飛行士累積数は宇宙有人活動の蓄積であるため、各国の有人活動能力の指標となる。これを見ると、中国は独自の有人宇宙飛行ロケットを有するとはいえ、米国やロシアとの実績の差は歴然としている。

■頭抜けた米国、総合力の欧州、蓄積依存のロシア

では、宇宙開発主要国の現状はどうなっているのか、概観してみよう。

米国は、宇宙開発の技術力において世界一であり、当分この座は揺らがないと思われる。米国の強さの理由として、これまでの宇宙開発の実績、宇宙開発資金の豊富さ、斬新なアイディアを産み出し実現するシステム、安全保障を最重要任務と考える国の政策、科学技術や産業技術レベルの全般的な高さなどを挙げることができる。

旧ソ連によるスプートニクの打ち上げやガガーリンの初有人宇宙飛行などで、屈辱的な敗北を味わった米国は、アポロ計画などによりソ連を完全に圧倒した。人工衛星を用いた宇宙利用においても、通信放送、航行測位、気象観測、地球観測などのあらゆる分野でその先鞭をつけている。さらに各国がほとんど行っていない太陽系の外惑星などの探査や、高性能なハッブル望遠鏡を宇宙に据えるという画期的な手段で、世界の宇宙科学を牽引してきている。

欧州は、総合力で優れている。欧州の場合、フランス、ドイツ、英国など、いずれも一カ国ではロシア、日本、中国などの国に劣ると考えられるが、欧州宇宙機関(ESA)として資金や人材を共有できている。宇宙市場規模も一カ国では中国や日本などに劣るものの、欧州全体では米国をも凌駕する。欧州には科学技術や産業技術の歴史と蓄積があり、これがロケットや人工衛星の開発において、米国に劣らない競争力を有している理由となっている。また、ESAとは別にフランスなど各国が、自国の宇宙開発機関で軍事的な開発を独自に進めている点にも注意を払う必要がある。

旧ソ連は宇宙開発の先鞭を付けた国であり、その後も宇宙開発のいくつかの場面で米国を凌駕した実績も有している。しかし、ソ連が崩壊し経済的に不況に陥ったため、宇宙活動の縮小を余儀なくされた。プーチン大統領の登場と資源価格高騰によりロシア経済は持ち直したが、宇宙開発への投資は増加していない。現在のロシアの宇宙開発にとって、スプートニク以来の圧倒的な蓄積が財産となっている。

ロシアの宇宙技術を評して枯れた技術と呼ぶ人が多いが、これまでの蓄積に大きく依存しているからである。現在のロシアの経済規模は小さいが、それでも軍事技術開発はそれなりの規模となっている。しかし、将来にわたって、米国や中国、あるいは欧州全体と競争していくには、資金面で足りないと考えられる。

日本は、欧州と並んで総合力は高いと評価されている。研究開発資金が小さいにもかかわらず総合力で優れているのは、日本の科学技術や一般産業の技術力の強さによる。例えば人工衛星バスや通信放送衛星などを設計・製造する場合の部品や材料で、世界的にも競争力のあるメーカーが日本国内に多く存在している。

また、科学分野のレベルも高く、近年のはやぶさの宇宙からの帰還は世界を唸らせた。日本の大きな課題は宇宙開発規模である。米国はもちろん、欧州、中国に比較して研究開発資金や市場の規模が小さい。

■中国の宇宙開発予算は欧州をはるかに超える

中国は、両弾一星政策に基づきロケットと人工衛星の開発に成功し、経済的な発展を受けて軍事的な開発の成功を民生用に転化させ、世界で3番目となる有人宇宙飛行技術を有するに至った。現在の経済発展や宇宙開発への投資拡大が今後も続けば、欧州を凌駕して米国に近づくことも想定される。

中国の宇宙開発の特徴は、軍事的な開発利用が前面にあることであろう。現在の中国の宇宙開発を支える中心的な部局は、人民解放軍の装備などの技術開発を進める国務院の「国家国防科技工業局」である。ここがロケットや衛星にかかわる政策を立案し、政府の予算を確保している。この部局の下に、ロケットや衛星の開発・製造を担当する「中国航天科技集団有限公司」と「中国航天科工集団有限公司」があり、いずれも十数万人の職員を擁する巨大な国営軍需企業である。

これとは別に、人民解放軍がロケットの打ち上げ基地の運営や衛星追跡などを行っており、また宇宙飛行士も全て人民解放軍の兵士である。外交面での宇宙開発の貢献も大きく、例えば協力国の宇宙飛行士養成訓練や宇宙利用の援助などを行い、一帯一路政策に対する強力なサポートとなっている。

米国の宇宙財団(Space Foundation)発行の「宇宙報告書2017(The Space Report 2017)」で2017年の各国宇宙開発予算を見ると、米国約4兆7000億円、欧州(ESA)約6200億円、中国約4600億円、日本約3400億円、ロシア約1700億円となっている(ドルベースの元データを円換算している)。米国は国防総省とNASAを含む政府全体の額であり、中国は国防予算が含まれていない。

中国の宇宙開発が人民解放軍に深く依存していることや、国防予算が急激に増大していることを考慮すると、中国は欧州をはるかに超える額を宇宙開発に投入している可能性が高い。

■今後の中国の宇宙開発をどう見るか

米国は中国との協力に関し、一般科学技術では積極的であったが、宇宙開発分野では一貫して否定的であった。米国と中国の宇宙技術力での比較はすでに見たように相当の格差があるが、現在の宇宙やサイバー空間における戦闘は必ずしも純粋技術だけで推し量れないことを米国が考慮しているからと考えられる。さらにトランプ政権となって、一般科学技術の米中協力についても否定的な動きが目立ち、宇宙開発での協力は当面考えられない状況となっている。

各国の宇宙開発を規定する国際的な取り決めとして宇宙条約があり、宇宙空間の領有の禁止や宇宙平和利用の原則などが定められ、主要国は中国も含めて全てこの条約に加盟している。しかし、この条約での制約はそれほど厳しいものではなく、また月や他の天体の探査活動や土地・資源の所有権設定などを規制しようとした月協定は、米ロなどの主要国の拒絶にあって死文化している。

中国はかつて2003年に衛星破壊実験を実施し、宇宙空間に膨大なスペースデブリを発生させた。衛星破壊実験そのものは宇宙条約の禁止対象ではなく、かつて米ロも実施したことがあるが、民生用の宇宙活動の活発化に伴い自粛してきた経緯がある。軍事利用を優先的に進めてきた中国は、宇宙空間での軍事的な優越性確保を念頭に、世界の宇宙開発にとってマイナスとなるような乱暴な行動をとる可能性は今後とも否定できない。

現在活動中の国際宇宙ステーションは、ソ連に対抗し西側諸国の結束を目指してレーガン大統領により構想されたが、ソ連崩壊を受けてロシアを参加させ、結果としてロシアの宇宙活動をある程度透明化させることに成功した。米国、欧州諸国、日本は、このような先人の知恵を活かして中国とも協調し、中国の宇宙開発の意図と現状をきちんと把握する努力を続ける必要があろう。

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林 幸秀(はやし・ゆきひで)
ライフサイエンス振興財団理事長
1948年生まれ。1973年東京大学大学院修士課程原子力工学専攻卒。文部科学省科学技術・学術政策局長、文部科学審議官などを歴任。宇宙航空研究開発機構(JAXA)副理事長などを経て、2017年よりライフサイエンス振興財団理事長。

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(ライフサイエンス振興財団理事長 林 幸秀)

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