港区の女子校が「入試前日の大掃除」を生徒たちにやらせる理由
プレジデントオンライン / 2020年2月4日 18時15分
■港区の普連土学園、中学受験の前日の「準備」に完全密着
1月31日午後2時。
わたしは東京都港区にある普連土(ふれんど)学園という女子中高一貫校の校舎にいた。在校生たちがていねいに掃除をしている。付き添いの教員は「入学試験会場づくりチェックシート」と書かれたプリントを手に持っている。
翌日2月1日から東京・神奈川の私立中学校で受験がはじまる。同校では入学試験に先立ち、「大掃除」をする。普段は当番制で教員と生徒が一緒になって掃除をする。そのうち年5回ある「大掃除」のひとつが入試準備にあたる。この日は金曜日だったので、生徒たちは午前に授業を受け、午後から大掃除に取り掛かる。
中1の教室をのぞいてみると、教員と生徒たちが和気あいあいと語らっていた。いつもこんな雰囲気で掃除をしているのだろうか。生徒に「受験生に対してどう思う?」と声をかけてみると、こんな答えが返ってきた。
「(昨年)わたしは入試でとても緊張して、前日の晩はなかなか寝られなかったです。とにかく明日はがんばってほしいです」
■「解答作業に集中できる場を整えることです」
会場設営の指示を出していた中1主任の阿部えみ先生は言う。
「明日やってくる受験生たちの中には2カ月後にこの教室で制服を着て学び始める子が大勢いるでしょう。わたしたちがいまできることは、試験時に一切不快な思いをすることなく、解答作業に集中できる場を整えることです」
掃除の様子を観察していて、気づいたことがあった。机や椅子、床などの受験生が使用する室内の掃除だけでなく、教室外のベランダ側の窓枠などもていねいに拭いていたのだ。受験生の目に触れるとは思えない。だが、生徒たちは一心不乱に拭き上げている。わたしは胸を打たれた。この学校の入試に臨む思いが透けて見えるように感じたのだ。
■学年の4割がMARCH以上の大学に進学する理由
この普連土学園は1887年(明治20年)創立のミッション校だ。新渡戸稲造と内村鑑三の助言のもと、キリスト教フレンド派(クエーカー)に属する人々によってつくられた。「フレンド」を「普連土」という漢字にあてたのは津田梅子の父、津田仙である。
わたしが普連土学園を取材先に選んだ理由は3つある。
1点目は、普連土学園はその少人数教育(1学年130人)のためか、多くの私学がある都内では目立つ存在ではなく、ベールに包まれているところがあること。
2点目は、同校をかつて受験した子どもたち、保護者の多くが、「この学校の入試運営はとてもいい」と語っている点。入試にやってきた受験生が「普連土学園に入りたい」と思わせる魅力があるようなのだ。
3点目は、大学合格実績が安定して好調だということだ。2019年度の実績では国公立大、および私立の早慶を含むMARCH以上の大学に計50人以上(学年の約4割)が進学している。中学受験の難易度としては中程度だが、高校卒業の「出口」では上位校にひけをとらない。その秘密は何なのか。
■まさに「おもてなし」窓枠もピカピカに磨き上げる
「入試というのは、長年彼女たちが受験勉強に打ち込んできた成果をほんの数時間で判定する場です。その重みを十分に感じて細心の注意を払い準備をおこなっています」
そう話すのは同校広報部長で今回の入試委員長も務める池田雄史先生。手にしていたのは「入学試験会場づくりチェックシート」など複数のプリントだった。
チェックリストの項目に目を向けると、その細かさに驚いた。
「机の中、椅子の下などもきれいに水拭きされているか」
「掲示板には何もない状態か」
「黒板のサンの隅にチョークの粉はたまっていないか」
「窓枠もきれいに水拭きされているか」
「(教室外の)ベランダはきれいに掃かれているか、ゴミは落ちていないか」
「ゴミ箱の中はきれいになっているか」
「机の右上の座席番号カードは、落ちないように2箇所をテープで留めてあるか」
「(お手洗の)ハンドソープはきちんと補充されているか」
チェック項目はなんと48項目。これを教員だけでなく、入試会場設営に携わる高校2年の生徒たちも確認する。「Wチェック体制」だ。
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受験生たちが当日の試験会場で全力を尽くせるよう、学校は隅々まで気を配って環境整備していることが分かる。まさに「おもてなし」である。
■心を込めた掃除習慣が安定した大学進学実績につながっている
同校では、誤って裏門から入試会場へとやってきた親子を、応援に来た塾講師が並んでいる正門まで1組ずつ案内する姿が例年見られる。裏門からも入試会場には入れるが、正門から入り直すことで受験生が少しでもリラックスできればという思いがあるのだろう。
また「掃除」には、人への配慮や思いやりの気持ちを養い、心と頭を整える効果があると言われる。ひょっとすると、同校の安定した大学実績はそうした習慣にあるのかもしれない。
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取材して意外だったのは、前出・池田先生が、「学校にとって入試運営は緊張するもの」と語ったことだった。入試は、文化祭などと同様に学校における年1回の「恒例行事」で、入試を運営する側はすっかり慣れているものと考えていたからだ。
「たとえば、入試問題です。これはいや応にも外の目に触れるものです。わたしは入試問題とは教員の思い、教育観が現出していると考えています。当然、教員の科目指導の力量も如実に表れます。わたしたちは各科目『一体感』のある入試問題内容、体裁でなければいけないと強く考えます。そのためには教員たちがしっかりとしたコミュニケーションを図らないといけません。もし、その一体感が感じられない入試問題であれば、外から『ああ、あの学校は教員同士のつながりが希薄なんだろうな』と思われかねませんしね」
■入試でその学校のクオリティが判断できる
入試問題は、学校が「こんな生徒を求めています」という受験生へのメッセージである。受験生たちはどんな入試問題を解くことになるのかドキドキするのだろうが、同様に学校の教員たちも、自分たちの「プレゼンテーション」を受験生がどう受け止めてくれるかハラハラしているのである。
例年、入試で出題ミスをおかす学校があるが、そうなれば学校の評判は落ちる。だから、担当教員たちは何カ月も前から出題問題を練りに練って作り上げる。
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普連土学園の入試問題にはユニークな面がある。国語の読解問題では、正解の選択肢だけでなく、△(正解でも不正解でもない)に相当する選択肢(これにも配点がある)を設けている。また、算数では会話文形式の問題が必ずある。計算の力だけではなく、論理的に問題を解いていくそのプロセスを問うというのが、普連土スタイルなのだ。
前出の池田先生は、採点の様子について、こう教えてくれた。
「採点は大変ではありますが、楽しい時間です。たとえば、国語ですばらしい記述を書いている子などがいると、『こんな答案を作成する子に来てほしいなあ』なんて教員たちで盛り上がることもしばしばです」
■どんな子が入学するのかが楽しみ!
入試には合格・不合格という非情な結果がつきものだ。受験する側が学校に抱くイメージとしては、「学校=受験生ふるいにかける組織」というものがあるかもしれない。だが、同校はすごくアットホームなのだ。だから、入試の日にミスは許されないし、不測の事態にもしっかり対応できるよう準備していると、教頭の大井治先生は言う。
「たとえば、体調不良の子がいたら養護教諭から直接アドバイスをして親子ともに安心してもらった上で別室に移動して受験してもらったり、早く到着してしまった親子には暖房のきいた講堂に待機してもらって体が冷えないように配慮したり」
入試とは言い換えれば、新入生たちとの「初対面」の場である。この点を在校生たちはどう感じているのだろうか。入試会場の設営を手伝っている高校2年の生徒は受験生にこんな言葉を送る。
「この学校は明るくて優しい人たちばかりなので、ぜひ来てほしいと思います。入試のときはリラックスしていままでの勉強の成果を出してほしいですね」
入試に臨む受験生は緊張しているだろう。しかし、保護者や塾だけでなく、学校側も当日の試験がうまくいくよう、受験生たちを応援しているのである。そのことがよく理解できた取材だった。
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中学受験専門塾スタジオキャンパス代表
1973年生まれ。大手進学塾で十数年勤めた後にスタジオキャンパスを設立。東京・自由が丘と三田に校舎を展開。学童保育施設ABI-STAの特別顧問も務める。主な著書に『中学受験で子どもを伸ばす親ダメにする親』(ダイヤモンド社)、『13歳からのことば事典』(メイツ出版)、『女子御三家 桜蔭・女子学院・雙葉の秘密』(文春新書)、『LINEで子どもがバカになる「日本語」大崩壊』(講談社+α新書)、『旧名門校vs.新名門校』』(SB新書)など。
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(中学受験専門塾スタジオキャンパス代表 矢野 耕平)
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