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受け継いだ財産は「人」。タニタ三代目として新事業に挑戦

プレジデントオンライン / 2020年2月12日 11時15分

タニタが健康的な食のあり方を提案する事業として展開している「タニタ食堂」。 - 写真=タニタ提供

学生時代はタニタ以外で働くことを目指し、紆余曲折を経て経営コンサルタントとして思いをかなえた谷田千里社長。異色の経歴はタニタに転じてから経営にどう役立ったのか、そして受け継いだ「谷田家のDNA」とは──。社長就任から現在に至るまでの歩みを聞く。(第2回/全2回)
写真=タニタ提供
丸の内タニタ食堂で提供している洋食ごはんのローストビーフ。 - 写真=タニタ提供

■就任して初めてわかった社長の重圧

——谷田社長はタニタアメリカに約5年駐在したのち、取締役を経て2008年に現職に就任されました。この時の経緯をお聞かせください。

【谷田】アメリカで猛烈に働いていたある日、父から「本社の取締役に」という話がありました。私には遠いアメリカの地より日本の経営に関わることには無理があり、断りましたが、辞令ですから受けるしかありません。受けたからにはきちんとやらなければと思い、それから1年間アメリカと日本を往復しながら仕事をしていました。

そのような1年が終わるかと思った頃、突然社長の父から「来年から社長をやるように」と言われたのです。いきなりの就任要請に驚きました。私は次男で他にもきょうだいがいるので、「社長レース」をしたうえで後継者を決めるのかなと、単純に思っていたからです。

日本で取締役として会社の状況を知るうち、このままではタニタは危ないかもしれないと思い始めていました。主力だった体組成計は売り場を同業他社に奪われつつあり、新たにヒットを見込める商品も開発されていない。こうした危機的状況は、海外にいたからこそ見えたのかもしれません。自分が思い切った改革をして、再びタニタを成長軌道に乗せるしかない──。そんな思いと、4年ぶりに会った父になんとなく老いを感じたことが背中を押しました。

——それまでずっと、先代の姿を見てこられたかと思いますが、ご自身が経営者になって初めて気づいたことはありましたか?

【谷田】経営者の責任というものはある程度わかっているつもりだったのですが、実際にその立場になった瞬間、それまで経験したことのない重圧を感じました。祖父や父はこんな重圧の下で仕事をしていたのかと。入社以降、自分としては責任を持ってさまざまな決断を下していたつもりだったのですが、それは父の庇護下にあったからできていたのだと痛感しました。

経営者になると、どんな決断も最終責任は自分が負わなければなりません。迷ったり悩んだりする度合いも、社員だった頃とは大きく違います。そんな時には決断のよりどころが必要ですが、幸い私には父という先輩経営者がいました。今も、迷ったときや悩んだときは、父から言われたことをよりどころにしています。

■受け継いだ「谷田家のDNA」とは

——そのよりどころというのは何でしょうか。

【谷田】父は「経営者になると、どの方策をとるかで迷う局面が多くなる。自分はそんな時、自己の欲が入っていないかどうか、世のためになるかどうかを考えて決断してきた」と教えてくれました。私は今もこの通りにしています。

当初悩んだのは、後継者として何を受け継ぎ、何を変えるかということでした。ただ、自分が受け継いだものに気づくには時間がかかりませんでした。最初は「お金」など「資産」を受け継いだと思っていましたが、それらは会社の成長に対して勝手に動いてくれるわけではない。だからこれらではないなと思って、考えた末に「人」に行き着きました。

私が父から引き継いだのは「人」なのです。これこそタニタの力です。何か失敗があったとしても、まず守るべきは社員です。社長就任後は、社員がパフォーマンスを発揮できるよう本社のリニューアルに伴い、フリーアドレスの導入や人事制度の改革などさまざまな施策を実施してきました。

社員食堂のレシピをまとめた料理『体脂肪計タニタの社員食堂』(大和書房刊)は、シリーズ累計発行部数続々篇まで続く544万部を超える大ベストセラーとなった。「タニタ食堂」事業もここから生まれた。

——先代からは、決断のよりどころや人材を受け継がれたのですね。ほかに「谷田家のDNA」が受け継がれていると思うことはありますか。

【谷田】弊社が2015年に施行した行動指針の一つめは、祖父が座右の銘にしていた言葉「人生万事因己(じんせいばんじおのれがもと)」です。他責の心を捨て、自ら進んで状況を改善し、周囲に影響を与えていくという心構えを表したもので、見た瞬間に「これだ!」と思いました。私自身はもちろん、社員にもこうした心を持ってほしいと願っています。

また、祖父とは経営の話をしたことがないのですが、今になって同じ考え方をすることがたびたびあります。例えば、私の座右の銘は「一粒で二、三度おいしい」です。何かの改善や一つの事業や行動において一つの目的で行うことは非効率であり失敗しやすく、意図して二つ、三つの成果を生み出すように行動、リスク対応もせよということです。

昨年、弊社が設立75周年にあたって社史を編纂(へんさん)したところ、祖父が常々「二段構え、三段構え」と言っていたことがわかりました。私の座右の銘とまったく同じような意味で、それを知ったときはゾクッとしたものです。祖父から直接聞いた記憶はないので、これがDNAというものかと。こうした理念的な部分は、祖父から受け継いだものだと思っています。

■社内の反対を押し切って新事業に挑む

——経営者としての信条は受け継ぎながら、事業面ではさまざまな新機軸を打ち出してこられました。社内の反発や失敗もあり得る中、どんな思いで挑戦されてきたのでしょうか。

【谷田】例えば社長就任の約2年後に発売したレシピ本『体脂肪計タニタの社員食堂』は、社員食堂で提供していたメニューをまとめたものです。社外の方々の健康づくりにも貢献したい、自分の調理師や栄養士の知識も生かせると思って出版社さんのお話し(売り込み)に快諾したのですが、ヒットするまで社内では誰も興味を持ちませんでした。おかげで反対の声もなかったので、比較的自由に進めることができたのです。

猛反対にあったのはレシピ本のヒット後です。「このメニューはどこで食べられるのか」という問い合わせが殺到したため、それなら一般の人が食べられる食堂をつくろうと考えたのですが、飲食業への進出はタニタ史上初。幹部全員から反対の声が上がりました。

でも、それならやめようとはまったく思いませんでした。何とか彼らを説得しようと、綿密に市場調査をし、損益分岐点もはじき出して、一企画者として取締役会でプレゼンしたのです。それでやっとOKが出て、今に至るというわけです。企業の健康経営を支援する「タニタ健康プログラム」も、今でこそ高い評価をいただいていますが、同じような壁を乗り越えてきた経緯があります。

「タニタの健康プログラム」概念図
タニタが提案する「タニタ健康プラグラム」。自治体や企業に向けて医療費を適正化するパッケージとして提供している。(図表=タニタ提供)

——新事業が絶対成功するという自信はあったのでしょうか。

【谷田】自信というよりも、一度こうと決めたら押し通すタイプなので(笑)。よく言えば経営者タイプですが、実はこうした性向は父もまったく同じなんです。父も、経営者として事業の方針転換や海外進出といった改革を実行してきた人ですから、私の行動は「谷田家のDNA」によるものとも言えるでしょう。

手前みそですが自分では、市場を先読みする才覚や企画力はあると思っています。その上、やると言い出したらきかない性格ですから、反対されても「どう妥協するか」より「どう押し通すか」を一番に考えますね。ただし、それはサブプランをしっかり持った上でのこと。売れなかった場合は柔軟に路線変更できるよう、常に準備はしています。これまでもそうやって実績を上げてきました。

そもそも、反対の声が上がるのは新しい発想であることの証しです。まだ誰もやっていない、つまり成功事例がなくそれを理解できないから反対するわけです。裏を返せば、皆が賛成するような事業は、すでに市場にあって誰かが成功しているもの。

ですから、私は皆に賛成されたら、もう世にあるのかと不安になりますね。逆に反対されたら、これは行けるぞと自信を深めます。取締役会で新事業を提案する際も、常々「皆さんからすぐOKが出るような事業は、もう参入するには遅いんですよ」と言って説得しています。

■新しい働き方「日本活性化プロジェクト」を推進

——働き方改革にも積極的に取り組まれていますね。

【谷田】2017年から実践を始めた「日本活性化プロジェクト」は、希望する社員を雇用契約から業務委託契約に転換できるようにする仕組みです。個人事業主として弊社で働きながら、新しい領域にもチャレンジできます。まさに社員とフリーランスのいいとこどりです。私がこれを導入したのには二つの理由があります。

第一は、会社が逆境にあるときこそ優秀な人材が必要になりますが、どうすれば彼ら彼女らの力を借り続けられるかということでした。こうした社員はロイヤルティも高いので、会社が傾いても逃げたりはしません。しかし、彼ら彼女らにも守らなければならない生活や家庭があります。これが維持できなくなれば、やむを得ず会社を去っていくでしょう。個人事業主になることで、報酬を確保し、一緒に働き続けられる仕組みができないかと考えました。

第二は、健康経営をさらに推進したいという思いです。社員が精神的に健康な状態で働き続けるためには、やりがいが欠かせません。個人事業主という立場になれば、仕事は「やらされる」ものから「主体的に取り組む」ものに変わっていくでしょう。この二つに加えて国の働き方改革の方針もあり、自分なりに考えた末、こうした形をとることに決めました。

希望する社員を雇用契約から業務委託契約に転換できるタニタの「日本活性化プロジェクト」。どう実践してきたのか、その経緯をまとめた本『タニタの働き方革命』(日本経済新聞社刊)が2019年に刊行された。

——従来の仕組みを大きく変えるわけですから、社内の反発も大きかっただろうと思います。

【谷田】反発は乗り越えられないとわかっていたので、初めから人事制度とは別立てにしました。弊社には労働組合がありますから、ここの賛同を得るのは不可能だろうと思っていたのです。そんな工夫もあって実践にこぎつけたのですが、1年目は8人が応募してくれたのに2年目はゼロ。不思議に思って社員たちにこっそり聞いてみたら、上司から止められていると言うんですよ。

そこでまずは上司らにこの制度をきちんと理解してもらえるよう再度話し合いの場を設けて、2年目からは私を含む取締役4人もプロジェクトメンバーに加わりました。これで社員たちへの説得力が増し、その後は反対していた人たちも「いい制度だね」と言ってくれるようになりました。

このプロジェクトは、今後も発展させていきたいと思っています。そのため、2021年度からの新卒採用では、この制度に賛同できる人材を採用するつもりです。主体的に働きたい人だけが入社してくるでしょうから、社内の活性化にもつながるだろうと期待しています。

——最後に、ファミリービジネス三代目社長として、同じ立場の方々にメッセージをお願いします。

【谷田】ファミリービジネスには、先人から意識的にも無意識的にも多くのことを学び、受け継いでいけるという強みがあります。しかし課題も多く、私自身、タニタがずっとこの経営形態でいいのかどうか、日々迷いながら考え続けています。

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谷田 千里(たにだ・せんり)
タニタ 代表取締役社長
1972年、大阪府生まれ。佐賀大学理工学部卒業後に船井総合研究所などを経て、2001年タニタ入社。05年タニタアメリカINC取締役、07年タニタ取締役を経て、08年より現職。レシピ本のヒットで話題となった社員食堂のメニューを提供する「タニタ食堂」や、企業や自治体の健康づくりを支援する「タニタ健康プログラム」などの事業を展開し、タニタを健康総合企業へと変貌させた。近年は働き方改革にも取り組み、希望社員を雇用契約から業務委託契約に転換する「日本活性化プロジェクト」を開始。編著に『タニタの働き方革命』(日本経済新聞出版社刊)がある。

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(タニタ 代表取締役社長 谷田 千里 構成=辻村 洋子 撮影=小川 聡)

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