「8割超」20~40代のほとんどがIターン移住者の東京の島をご存じか
プレジデントオンライン / 2020年2月8日 9時15分
■高速艇で2時間半、東京の小さな離島「利島」に引っ越す人が多いワケ
伊豆諸島と小笠原諸島を合わせた11の島々(父島、母島、八丈島、三宅島、神津島、大島など)は、東京都に含まれる。小池百合子都知事はかねてこれらの島を「東京宝島」と命名し、その魅力を発信している。
その島々の中に、ひときわ小さな「利島(としま)」(東京都利島村)がある。島の形は「アポロチョコ」のような円錐形。1周8km、面積4.12平方kmで、都内の市区町村の中で一番小さい。人口は322人、世帯数は176世帯(令和2年1月1日現在)。港に立てば島内すべてが視界に入るほどで、なんともこぢんまりしている。
東京・竹芝から南へ140km、高速艇で2時間半。断崖絶壁のため船の接岸は難しく、そう簡単には上陸できない。冬になると西風の影響で着岸率は50%以下になる。時間や距離で考える以上に「閉ざされた島」といえる。
この島を知る人は極めて少ない。私も、訪れるまで「利島」の呼び方だけでなく、島の存在すら知らなかった。しかし、縁あって昨年、夏、秋、冬と3回訪れたが、行くたびに魅力は増すばかりだ。
■「椿油」の生産量日本一を誇るTOKYO宝島
訪れる者を引き付ける要素は数えきれない。
実は、小さい島ながらその8割は椿(つばき)で覆われていて、植えられた椿は20万本。食用のほか、化粧品、食用、石鹸(せっけん)などの原料としても用いられる植物性油脂「椿油」の生産量は日本一を誇る。
オーガニックの椿油は、ヨーロッパの「コスモス認証」(世界的に厳しい基準のオーガニック認証)を取っている。聞けば、300年の歴史があるという。日本庭園のように整えられた椿林は、2月ごろには当たり一面に花びらが散って幻想的だ。
また、島の近海にはイルカが数多くすみついており、夏にはイルカの間近で泳ぐこともできる。昨夏、島を訪れた筆者の目の前をイルカの大群が通り過ぎたときは「わあ~」と思わず声を上げてしまった。
利島はサクユリ(伊豆諸島に固有のユリ、カサブランカの原種)が有名だ。伊豆諸島に自生する固有種は利島が原産で、夏になるとあちこちで甘い香りを放つ。かつて存在した皇室の宮家・高松宮の献上花だったそうだ。ユリ根からつくられる焼酎は島の名産だ。
漁業も盛んだ。伊勢エビやアワビ、サザエがよく捕れる。黒潮にもまれた玉石(たまいし)の石垣は神々しい。海に日が沈む姿は涙が出そうにくらいに美しく、晴れた夜には満天の星空を楽しめる。
遊びに行くといつも心が満たされる。そして思う。ここが、東京都の一部とはとても思えない、と。
■20~40代の8割超は島外出身「利島は“Iターン”でできている」
自然の魅力にあふれた利島に関して、私が最も驚いた事実は、「島民322人のうち約半数がIターン」ということだ。このIターン比率は、20代~40代になるとさらに高くなる。
役場に調べてもらったところ、20代~40代の島民124人のうち、104人が島外からやってたIターンだった(令和2年1月現在・村役場調べ)。
教員や医者、警察など異動付きの人も込みの数値ではあるが、これはすごい。島に住む若者の8割以上が外からの移住者ということになる。全国の有人離島にこんな島はないのではないか。
彼らはなぜ、この島にたどり着いたのか。
遊びに行くのと、住むのとはわけが違う。いくらイルカがいようと椿が咲こうと、コンビニも映画館もカフェもない。そしてWi-Fi環境もいいとはいえない。普通、そんな「閉ざされた島」で生活しようとは思わないだろう。島には学校は中学までしかないので、子供たちは高校進学時に島を出てしまう。そして一度出るとほとんど戻らない。
ところが、彼らはやってきた。家族で来る人も多い。いったい何があったのか。
■20~40代のIターン移住者5人へのインタビュー
★加藤大樹さん(40)
JAで椿油の仕事に携わる加藤大樹さん(40)は、利島歴5年目とまだ浅いが、すっかり島の人といった感じだ。狭い急勾配の坂道運転もお手の物。すれ違う島民はみんな知り合いだ。
もともとは自然豊かな埼玉・長瀞の出身。美容院を経営していた母親の影響で、自分も美容師となり東京に出店もしたが、「一生の仕事とは思えなかった」という。憧れて出た都会の生活にも違和感を覚え、結婚を機に妻の田舎へ。そこで地域おこしを通して一次産業の重要性に目覚め、農業生産法人で農業に関わる基礎を5年あまり学んだ。
そして、地域活性化や地域再生に興味を持ち、利島のJAの求人に応募した。35歳、運命の利島との出会いに、家族3人での移住を決めた。
「江戸時代から続く椿の生産地で、長い間日本一を守ってきたというところにすごく引かれました。それ以外の利島の知識はゼロに近かったです。でも、現在は仕事がとても楽しいです。椿という稀有(けう)な環境は仕事としてやりがいがあります。椿産業を次世代に繋(つな)げられる環境を整えるまで頑張りたい」
★柴田敦史さん(44)
同じくJAで働く柴田敦史さん(44)は、この島に住んで12年だ。大学卒業後、サラリーマンとして15年勤めたが、「仕事のストレスも大きく転職を考えていたところ、昼休みに転職雑誌をみていたら、たまたま利島の漁業組合を見つけました。軽い気持ちで応募したら受かってしまったので行こうかなって感じです」とのこと。
しばらく漁業の仕事に携わるが、教師をしている妻(島で出会った)の転勤で、いったん島を出て奥多摩へ。数年後、利島に戻ってきたとき今度はJAに就職したという。加藤さんと椿油の販促事業に日々力を注いでいる。一人っ子の息子はもうすぐ高校進学で島を出ていくけれど「私は一生ここでやっていくと思う」と話す。
★荻野了さん(41)
村役場の産業・環境課で働く荻野了さん(41)は、28歳で利島に移住した。島歴13年のベテランだ。家族は、島に移住してから島で出会った妻と子供2人。次男が昨年産まれたばかりだ。移住のきっかけについてはこう話す。
「たまたまハローワークで見つけて履歴書を送って面接で初めて行きました。東京に300人しか住んでいない島があったのか、ということに興味が湧いて勢いだけで移住した感じです」
広告代理店で5年ほど働いた後、北海道や屋久島のツアーに一人で参加し、もっと自然を感じられる場所で働きたいと考えるようになった。そのときたまたま見つけたのが利島のJAの求人だったそうだ。しばらくJAで働いた後、現在の役場に転職した。
「全く知らない人だらけのところに飛び込んで生活できるものなのかということにも興味がありました。島暮らしの理想とかをあまり考えてなかったので、ギャップは感じたことがないというか、もともとないですね。何かあっても、あぁ利島ではこうなんだなぁとか、やっぱり酒強い人が多いなぁとか(笑)」
■「一生、利島に住み続けます」昨夏に都内から移ってきた27歳独身女性
★清水恵介さん(40)
現在、利島の椿油工場で工場長を務める清水恵介さん(40)もIターンで利島に来て、もう14年目になる。東京・渋谷でITの専門学校に通っていたとき、利島出身の友達に誘われて遊びに来た。19歳だった。それから何度か通った後、26歳の時に利島で「1カ月住み込みのプール監視員のアルバイト」をやった。そして島から帰ろうとしたタイミングで、ある会社の人に声をかけられ、しばらく延長して住むことに。「だから、勢いで決めた感じですね」。
その後、決心して島に移住したそうだ。都会の生活には不満はなかったけれど満足も感じていなかったという。島では、海の仕事、山の仕事、椿油工場の仕事と経験してきて、自然の魅力=利島の魅力を肌で感じ、ここでの暮らしや仕事が、興味から少しずつ楽しさに変わっていったそうだ。今は、椿油でつくる石鹸の開発にも余念がない。
「緩やかな成長していくのが自分に合っていて、いまの生活には大満足です。働けるうちはずっとこの島に住み、椿産業を発展させ利島に貢献していきたいです」
■★後藤由実さん(27)
JAの販売部で働く後藤由実さん(27)は、去年の7月に都内から島に移ってきた。「島に移住する決断をしたときに、何も捨てるものがない」と思ったのが一番の決め手だったという。27歳というと、周りの友人は結婚・出産し、社会経験も5年がたって仕事も軌道に乗る年齢だ。なぜ決断できたのか。
「私は彼氏もいなかったし、居酒屋でアルバイトをしながら、転職先を探していました。だから何も捨てるものがないと思っていたんです。来てみたら、ファミレスもコンビニも、何にもなくて不便なことも多いけれど、不便なことを少しでも改善できるように今の職場で頑張りたいです。たぶん、一生、利島に住み続けると思います」
島民に必要不可欠なJAに就職できたことも、利島永住の決心の背景にあるようだ。
「とにかく人がいいんです。釣った魚をお裾分けしてくれたり、ご飯をつくって家に招待してくれたり、都会では味わえない環境がここにはあります。移住者を引き付けるものは人なんだと思います。島の人たちはみな温厚で、困ったときは助け合い、家族みたいです。利島は島が小さい分、結束が強く、若者もつながりを大切にする人が多いですね」
まだ一年もたっていないが、一生住み続けるという決意は固そうだ。
以上、インタビューした5人の共通点は、「明るくていい人」ということだ。みな、島との出会いは偶然だったというが、最終的に移住してきたのは、「島の引力」が強くて離れられなくなったからだろう。異口同音に話した「利島に貢献したい」という言葉が印象に残る。
若者が利島に引きつけられる理由は、以下の5つに整理できる。
■利島にIターン移住者が多い5つの理由
【理由1:人口300人というこぢんまり感がいい】
「島のサイズ感や顔と名前が一致できる人数を考えるとちょうど良い大きさ」(荻野さん)。島民の多くは港側に建つ学校付近に住んでおり、「仲間」という感覚が強い。
【理由2:島民は温かく、家族のように暮らしている】
「島民の皆さんは排他的ではありません」(柴田さん)
「人との距離が近く、他人なのに深くつながっている」(加藤さん)
Iターン者も分け隔てなく受け入れ、家族のように助け合って暮らす。子供も大人もすれ違えば挨拶(あいさつ)を交わす。それがデフォルトの島なのだ。また、生まれた子供の子守役を決める「ポイ」という制度など、独自の風習が現在まで受け継がれている。
【理由3:子育て環境が最高】
目の前に海と山があり、子供を産み育てやすい。このご時世において子供が事件や事故に巻き込まれるリスクもほぼ0に近いのは親にとっても安心だろう。学校では、島民全員で運動会をしたり、放課後には誰でも参加できる部活があったり。中にはかけ持ちで入部する人もいるそうだ。
【理由4:通勤ストレスゼロ】
「集落は一つで、通勤時間はほぼ0に近く、通勤ストレスは全くない」(荻野さん)
仕事が忙しいときでも夕食は家族と食べて、その後仕事に戻ることも可能だ(車なら往復5分以内)。
【理由5:安定した、やりがいのある仕事がある】
漁業、椿産業、役場、学校、JA、民宿など、この島で仕事に困ることはないという。夏のプール監視員、勤労福祉会館の受付、給食の調理など島内のバイト代は平均1150円。JA関係は1200円だという。人手不足のため、時給は高めに設定されている。また島内で転職したり副業したりする人も多い。
■2020年から年齢制限なし「ふるさとワーキングホリデー」も
島の引力はこの5つだけではない。
利島では、椿農家の高齢化(平均年齢69歳)で安定しない椿産業を支えるために、夏季の下草刈り作業の手伝いや椿の実の収穫作業で、学生ボランティアを毎年一定数募るなど「利島活性化活動」を継続し行っている。
2020年からは、年齢制限なしの「ふるさとワーキングホリデー」も始まるそうだ。これは東京では初めての試みだそうだ。夏の間ボランティアにきて、そのまま移住した人は、今年に入って早くも2人いるという。
ちなみにボランティア希望者は女性が多い。役場がシェアハウスを借りて受け入れたり、椿農家の自宅に泊まったりするそうだ。
島内には平地が少なく、住める土地は限られている。そのため今後も人口が大きく増えることはない。不動産屋も大工さんもいない。この先、しゃれた宿泊施設やカフェなどができることもなさそうだ。でも、そういう「ずっと素朴なまま」がきっといいのだろう。
都会から消えた何かがここには数多く残っていて、それが島外の人を引き付ける。そしてもともとの島の住人と外からの風が混ざり、新たなパワーを生む。
「東京宝島」のひとつである利島が、この先どう輝き変化していくのか。日本のこの先の暮らしのモデルになっていく気がしていて、かなり楽しみである。
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女の欲望ラボ代表、女性生活アナリスト
静岡県出身。聖心女子大学卒業後、1988年博報堂入社。コピーライターを経て、1994年~2009年まで博報堂生活総合研究所上席研究員。その後、博報堂研究開発局上席研究員。2009年より「女の欲望ラボ」代表(https://www.onnanoyokuboulab.com/)。専門は、女性の意識行動研究。著書に『女子と出産』(日本経済新聞出版社)、『晩嬢という生き方』(プレジデント社)、『ノンパラ』(マガジンハウス)、『探犬しわパグ』(NHK出版)。共著に『黒リッチってなんですか?』(集英社)『団塊サードウェーブ』(弘文堂)など多数。
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(女の欲望ラボ代表、女性生活アナリスト 山本 貴代)
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