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神戸のシェラトンが「温泉&浴衣」になった納得の事情

プレジデントオンライン / 2020年2月12日 9時15分

ホテルニューアワジグループが買収し、再生させた「神戸ベイシェラトンホテル&タワーズ」 - 写真=神戸ベイシェラトン ホテル&タワーズ提供

年商160億円を超える関西有数のホテル会社「ホテルニューアワジ」。2011年には「神戸ベイシェラトンホテル&タワーズ」を買収。シティホテルの経営に参入し、規模を急拡大させた。神戸大学大学院・栗木契教授は、「シティホテルの最大顧客であるビジネス客を追わず、『温泉と浴衣を導入する』というレジャー客向けの戦略が当たった」と分析する——。

ホテルニューアワジグループ(以下ホテルニューアワジ)は、関西では有数のリゾートホテル・グループである。1961年に兵庫県洲本市で温泉旅館として創業。1990年代ばまで年商は約25億円だったが、この20年で急拡大し、現在の年商は約160億円だ。

躍進を支えたのは、正しい戦略判断と着実な実行力だった。そのいたずらにボリュームゾーンを追わないマーケティング戦略の妙について、ホテルニューアワジの木下学社長にうかがった話をもとに解説する。

■笑われながらの挑戦

ホテルニューアワジは関西圏では「♪ほてる、にゅ〜う、あわぁ〜じぃ!」というテレビCMで高い知名度がある。創業は1953年で、淡路島・洲本温泉で旅館を経営してきた。転機は1998年。2軒目のホテル経営に乗り出したことだった。「プラザ淡路島」である。

1998年に淡路島と本州をつなぐ明石海峡大橋が開通。淡路島観光の将来をにらみ、1994年に閉鎖されていた旧ホテルプラザ淡路島の土地と建物を買い取った。だが、この投資判断に対して周囲の目は冷たかった。

旧ホテルプラザ淡路島の開業は1988年。経営母体は大阪の名門「ホテルプラザ」だった。このため、「あのホテルプラザでも駄目だったのに!」と笑われたという。

■引き受けた施設の数は淡路島のなかだけで10軒

プラザ淡路島の再建にあたり、ホテルニューアワジはその恵まれた景観に着目した。景観を活かすため温泉施設の宿泊客無料利用化と客室などの軽改装を施した。さらに食事では新鮮な魚介類を仕入れるための新しいルートを確立し素材を活かした和洋折衷の創作料理を開発した。これが当たり、プラザ淡路は食と景観を売りにしたホテルとして、みごとに再生する。

ここからホテルニューアワジの快進撃が始まる。

ホテルや旅館を取り巻く環境は、2000年代に入ると一段と悪化し、全国で老舗旅館の破綻が相次いだ。洲本の温泉街も例外ではなかった。

かつては洲本で一番といわれていた老舗旅館「四州園」も営業の継続が難しくなっていく。ホテルニューアワジは、こうした旅館やホテルや保養所などを、経営者や所有者から要請を受けたり、銀行などからの紹介を受けたりしながら買収していった。

行き詰まっている施設を買い取るのであり、リスクは少なくない。しかし洲本の温泉街が、そして淡路島がゴーストタウン化してしまえば、街は廃墟になってしまう。そこでホテルニューアワジが一軒だけ生き残ることは難しい。覚悟を決めて引き受けた施設の数は、淡路島のなかだけでも10軒になる。

■ホテルの施設群がひとつの街のように連なる

ホテルニューアワジが引き受けた観光施設の多くは、同じ温泉街の隣接地に並ぶ。そうなると、同じようなグランドホテルが横並びという状態になる。これではそれぞれの施設を選ぶ理由がなくなってしまう。

このため当時の淡路島にはなかった新しい仕掛けを一つひとつ導入していった。たとえば淡路夢泉景では、癒やし満足度をアップさせるため外に広がる海の眺望に包まれる露天風呂を新設。ヴィラ楽園ではラグジュアリー層向けに専有露天風呂を備えた1泊1人5万円以上の客室をつくった。2010年にはヨットハーバーに面した海のホテル島花を開業。2011年にはヨットハーバーもグループ化した。

さらに、これらの施設を渡り廊下や渡し船でつなぎ、宿泊客が自由に行き来できるようにした。その結果、ホテルニューアワジの施設群がひとつの街のように連なり、宿泊客に全天候型の湯巡りの空間が提供されている。

■「ここは無理だろう」と、また笑われる

年商が75億円を超えるようになっていた2011年、ホテルニューアワジは神戸市の「神戸ベイシェラトンホテル&タワーズ」を買収した。淡路島の島外では香川県の琴平に続く2軒目のホテル経営だった。

このホテルがある六甲アイランドは、神戸市の東部にある人口島である。神戸都心からは公共交通や車を利用して20~30分ほど。日本の都市が膨張していたバブル期のホテルであり、都心回帰がトレンドとなっていく2000年代に入ると、集客には不利な立地となっており、赤字が続いていた。

そのホテルを買い取った。「ここは無理だろう」と、また笑われた。

■再建に力を発揮する温泉ホテルで培ったDNA

神戸ベイシェラトンを引き継ぐなかでホテルニューアワジが気づいたのは、高コスト体質だった。当時の神戸ベイシェラトンは一部屋あたりの平均単価は1万円程度、年間稼働率は70%と低迷していた。この集客力の弱さが赤字の要因とみられていた。

どうすれば黒字に転換できるか。これまでホテルニューアワジが手がけてきた地方のリゾートホテルであれば、年間稼働率が70%もあれば御の字である。シティホテルとすれば稼働率は低いかもしれないが、リゾートホテルとすれば決して悪い数字ではない。リゾートホテルで確立したオペレーションを持ち込めば、集客改善は難しくても、黒字転換は可能ではないか。このような見通しでの買収だった。

例えば、以前の神戸ベイシェラトンでは、水道光熱費が売上高比で14%だったが、現在では8%におさえている。ヒートポンプを導入して廃熱利用を進めたことなどの効果だという。

スタッフの勤務形態についても、リゾートホテルのやり方がある。繁閑に応じてレストラン部門、宴会部門、宿泊部門、管理部門の垣根を越えてシフトさせる体制を整えた。

■「和」を感じることができるシェラトンに

また食については、神戸ベイシェラトンの魅力を高めるため、兵庫県全体の食材を活用するようにした。神戸は兵庫県の県庁所在地である。それ以前のホテルニューアワジのホテルでは淡路島にこだわった食材を使っていたが、神戸ベイシェラトンでは瀬戸内海の鯛、但馬牛、日本海のカニと兵庫県全体に広げた。

リラクゼーションについては、新たに温泉を掘り、天然温泉掛け流しの浴場を開設した。神戸は長らく、異国文化と日本の窓口となる港町だった。このことを踏まえて、シェラトンというグローバル・チェーンのなかにあって和を感じてもらうための施策だ。

写真=神戸ベイシェラトン ホテル&タワーズ提供
「シェラトン」という高級ホテルブランドながら、浴衣姿で温泉に行ける - 写真=神戸ベイシェラトン ホテル&タワーズ提供

とはいえ、単に温泉があるというだけでは、同種の施設をもつビジネスホテルなどとの差別化ができない。このためシェラトンでありながら、宿泊客は温泉へ浴衣にスリッパ履きで出かけられるようにした。

しかし一方で、シティホテルらしい品位も保たたければならない。そこで客室フロアから浴場階への専用エレベーターを用意した。ロビー空間に浴衣姿の客が現れるのを防ぐ工夫である。なお、この専用エレベーターは、裏にあった従業員用エレベーターのひとつを転用したものであり、新設ではないという。

■ボリュームゾーンを追いたくなる誘惑を断つ

神戸ベイシェラトンが、努力を重ねながら獲得していった顧客の中心はレジャー客だ。神戸や大阪のホテル需要の主流はビジネスだが、そこは大きな都市圏であり、懐は深い。ホテルでゆっくりすごしながらの観光を楽しみたいという需要も十分ある。

改革を重ねたことで、当初は24億円程度だった神戸ベイシェラトンの売り上げは、主に宿泊売上の増加から2015年以降は32億円を超えている。客室稼働率は当初の1.3倍の90%近くに高まった。温浴施設がオープンした2014年以降は、客室単価も上昇している。

ビジネス利用においても、便利さだけが求められるわけではない。たとえばエグゼクティブ層が、神戸や大阪での重要な商談や会合を前に、気持ちを整えるためにホテルに前泊することもある。朝には緑の多いホテルの周辺でウオーキングやランニングを行い、温泉に入り、地産地消の朝食をとる。ビジネス利用の主流ではないが、こうした宿泊にこたえることにも神戸ベイシェラトンは向いている。

2020年からは、ホテルに隣接するモールにドッグホテルをオープンさせるなど、さらに新しいスタイルの宿泊にこたえる取り組みも続けている。神戸ベイシェラトンは高速道路でのアクセスがよく、関西国際空港からのリムジンバスなどもある。ペットとの旅には都心のホテルにはない利点がある。

ボリュームゾーンの顧客に殺到しなくても、施設や環境の特性にあった旅の需要に一つひとつこたえていけば、赤字ホテルの再生は不可能ではない。これは神戸だけではなく、淡路島でもホテルニューアワジがとってきたアプローチである。

2019年にホテルニューアワジは、岡山県の津山国際ホテルを引き継ぎ、ザ・シロヤマテラス津山別邸を開業した。ここは旧市街地の中心部にある。この施設と環境の特性を活かした新たな取り組みがはじまっている。

■バカなと思われる戦略でレッドオーシャンへの突入を回避

ホテルだけではない。これからの日本においては、赤字転落していく地域の事業を、いかに新たな時代環境に合わせて再生していくかが、マーケティングのひとつの重要課題となっていくだろう。

ボリュームゾーンを追わない戦略を選択することは意外に難しい。誰もが期待したくなる顧客に頼らないわけだから、「バカな」と笑われる。しかし、このバカな戦略を選ぶ方が競合するホテルと顧客を奪い合うレッドオーシャン(競争の激しい市場)への突入を避けられる。

人と違ったことをするには覚悟がいる。しかし常識にこだわらない方が、自らの設備や環境に合った対応ができるのであれば、この選択は理にかなったものとなる。「バカな」と「なるほど」の組み合わせである。この非常識の合理性というマーケティングの要諦は、広く知られているように、経営学の泰斗である神戸大学名誉教授の吉原英樹氏が示したものである(『「バカな」と「なるほど」』同文館、1988年)。

この吉原氏のエッセイは、高度経済成長期の温泉ホテルの事例をもとに書かれた。時代の条件は変わったが、このマーケティングの要諦については、成長の時代が終わった今も通用する。

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栗木 契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)

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