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今どきの若い部下を持つ人必読「選手にメダルを獲らせたコーチの短い言葉」

プレジデントオンライン / 2020年3月1日 11時15分

人を奮い立たせる言葉がある。困難に向かう勇気を与えてくれる言葉がある。選手をメダルに導いた指導者は何を語ったのか? スポーツジャーナリストが「ひと言」の共通点を探る。

■心に刺さった名将の教え

これまで夏季オリンピックで日本選手は金142、銀134、銅163の計439個のメダルを獲得してきた。もちろん、これは選手の功績なのだが、指導者の存在も見逃すことはできない。厳しい練習に選手が音を上げそうになったとき、不調に陥ったとき、プレッシャーがかかる五輪の戦いに臨むとき、選手の支えになるのが指導者の言葉だ。その「ひと言」はどのような効果をもたらすのだろうか。

日本五輪史上で厳しい指導者といえば、まず名前があがるのが大松博文氏だ。前回の東京五輪の女子バレーボールで金メダルを獲得した全日本チーム、有名な“東洋の魔女”の監督である。

大松監督が決勝のソ連戦の前に選手に言った言葉が「おまえたちほど練習を激しくやったチームは世界のどこを探してもない。だから、どんなときでも練習のプレーを試合で発揮することだ。そうすれば必ず勝てる」だ。

■世間から「鬼の大松」と呼ばれた

その言葉通り、大松監督の練習は壮絶だった。たとえばレシーブ。大松監督が投げたボールを10本連続して上げられた選手は終了になるのだが、一本でもミスをすれば、できるまで終わらない。練習は延々と続き、翌日の明け方におよぶこともあった。疲れて立てなくなった選手にも容赦なくボールを投げつける大松監督の姿はテレビでも流れ、世間から「鬼の大松」と呼ばれた。

ソ連との優勝決定戦は視聴率66.8%を記録。空前のバレーボール・ブームが起こり、テレビドラマ『サインはV』などが生まれた。(AFLO=写真)

しかしソ連戦の前に言った言葉には選手に対する思いやりが感じられる。日本中の期待を背負ってガチガチになっている選手に「世界一の練習をやったのだから勝てる」と太鼓判を押し、自信をつけさせているのだ。

有無を言わせず選手を引っ張っていく強権発動型の指導者と思われているが、実際は体罰もなかったし、嫌う選手もいなかった。選手も「できるまで終われないというのは、勝負どころの一本を絶対にミスしない強い気持ちを養うためであり、やる意味はあったと思います」と語っている。

指導の方向性も理屈が通っている。金メダルを獲るには世界一の練習量が必要と考えて実行。本番ではそれを自信にして勝つ、というわけだ。選手たちも、大松監督の信念がわかっていたから厳しい練習にもついていったのだろう。

現役にも厳しい練習を課すことで知られる指導者がいる。アーティスティックスイミング(旧シンクロナイズドスイミング)の日本代表ヘッドコーチを務める井村雅代氏だ。

厳しい指導の一方で、選手を手書きのメッセージで激励するなど、愛情を注ぐことを忘れなかった。(時事通信フォト=写真)

7大会にわたって日本選手に銀4個、銅9個のメダルを獲らせ、中国代表監督時代も銀1個、銅2個を獲得させた実績を持つ。

その井村氏がシドニー五輪で銀メダルを獲得した武田美保が練習についていけず、やる気を失いかけたときに言った言葉が「できないままで悔しくないのか? あなたにできる能力があると私は知っているから要求しているんや」だ。

井村氏の練習は連日12時間以上におよぶ。しかも投げかける言葉がきつい。あまりの辛さに泣き出す選手もいるが、「泣いていいのは親が死んだときとメダルを獲ったとき。練習で泣いても、なんの解決にもならん」と突き放す。

しかし、武田に言った言葉にはちゃんとフォローが入っている。“あなたにできる能力があると私は知っている”という部分だ。叱咤のなかにも選手の気持ちを支えるひと言を含ませる。これが井村氏の選手のやる気を引き出す秘訣なのかもしれない。

対照的に選手を褒めてやる気を引き出してきたのが、有森裕子、高橋尚子らメダリストを育てた女子長距離指導者、小出義雄氏だ。

小出氏は選手の潜在能力を見抜き、引き出すのが巧みだ。有森は大学時代までこれといった記録もなく実業団に入れなかったため、小出氏が監督を務めていたリクルートに押しかけて教え子になった。高橋も活躍していたのは中長距離であり、マラソンの才能があるとは思われていなかった。ほかの教え子も若くして才能を見せたエリートは少ない。

■ほかの人と比較するんじゃないよ

そんな教え子に、よくかけていた言葉が「ほかの人と比較するんじゃないよ。いつでも、自分が今より強くなることだけを考えなさい」。

選手には笑顔でソフトに接することが多かった小出氏だが、選手に課す練習は厳しかった。長距離選手は30キロ、40キロといった距離をひたすら走り込まなければならない。そんなとき、ついほかの選手と比較し、劣っていると“自分には才能がないのではないか”と考えてしまうわけだ。そうなったら競技への意欲を失い、伸びる者も伸びずに終わる。そんな気持ちになるのを防ぎ、自分の可能性を信じて走り続けさせるために“自分が今より強くなることだけを考えなさい”と言ったのだ。

タイムが伸びない選手に対しても「おまえが全力で走っている姿はすばらしい。強くなるよ」と言い続けた。すると調子が悪そうだから「無理するな」と小出氏が言っても、選手は休まず走ったそうだ。長距離ランナーの心理を知り尽くし、褒めて伸ばす小出監督の真骨頂といえる。

ただ、高橋尚子が大事にしている言葉は「何も咲かない寒い日は、下へ下へと根を伸ばせ。やがて大きな花が咲く」だ。頑張っても結果が出ないときはある。それでも努力を続ければ花を咲かせることができるということだ。

実はこの言葉は小出監督のものではなく、県立岐阜商業高校時代の恩師、中澤正仁監督の言葉だという。偉大なアスリートは成長過程で、多くの人物からさまざまなことを学び、力に変える素直さと貪欲さがあるのだろう。

五輪は4年に1度の世界一決定戦だ。同じ世界一を決める大会に毎年行われる世界選手権があるが、五輪は注目度も国民からの期待度もはるかに高い。選手にかかるプレッシャーは別格といっていいほど大きくなる。

メダリストを生んだ名指導者は選手を試合に送り出すとき、そうしたプレッシャーを軽減させるための言葉をしっかりかけている。

アテネ五輪と北京五輪の平泳ぎで金メダルを2個ずつ獲得した北島康介や、リオ五輪の400メートル個人メドレーで金メダルを獲った萩野公介らを指導した平井伯昌コーチはレース前、こんな言葉をかけたという。

「自分を崩したやつが負けていくんだ。自分のレースをすればいい」

また、女子ソフトボール日本代表監督としてシドニー五輪で銀、アテネ五輪で銅メダルに導いた宇津木妙子氏は試合に臨む選手たちにこう語った。

「自分を信じ自分のためにやりな。それがチームのためになるんだよ」

試合を前にすると選手はどうしてもいろいろなことを考えてしまう。国民の期待、ライバルの調子、チームに迷惑をかけないか……。その一つ一つがプレッシャーになり、本来の実力が出せなくなる。

2人の指導者が意識させたのが“自分のため”だ。平井コーチの「自分のレースをすればいい」も宇津木監督の「自分のためにやりな」も、自分のためと思えば、余計なことを考えずにプレーに集中できる。

リオ五輪で全階級メダル獲得を果たした柔道男子日本代表・井上康生監督も「メダルは気にせず、自分がやってきたことを精一杯出してほしい」と言って選手を送り出した。“自分”はメダル獲得を目指す選手のプレッシャーのもとになる雑念を振り切る魔法の言葉なのかもしれない。

■選手でも指導者でも金メダルを経験

選手と指導者の両方でメダルを獲ったことがある人は、その辺の機微がわかるに違いない。バルセロナ五輪の柔道で、大会直前に負った左ヒザの故障を克服して金メダルを獲り、アテネ五輪では指導者として教え子の谷本歩実を金メダルに導いた古賀稔彦氏に選手にかける言葉の重要性を聞いた。

「私が選手時代、大事にしてきた言葉は“決心”です。中学入学時に五輪で金メダルを獲ると心に決め、佐賀から東京の講道学舎に入りました。その時点で目標達成のためにはどんな厳しい稽古にも耐える覚悟はあったのですが、講道学舎の創設者、横地治男先生から“試合に臨むときは命がけで戦い勝つ、という決心をしろ”と言われ、金メダルへの意志がさらに強固になりました」

古賀氏は現役引退後の2000年、アテネ五輪を目指す柔道女子日本代表チームのコーチに就任。当初は自分が受けてきた指導と同様、厳しく重い言葉で選手を引っ張っていこうとした。

「ところが、選手たちは“はぁ?”という感じで言葉を全然受け入れてくれないんです。今の子、とくに女子には、そういう言葉は全然響かないんだなと思いました」

しかし同チームの吉村和郎監督には選手も心を開いて指導を受けている。そこで古賀氏は吉村監督の接し方を観察したという。

「指導者は上から目線で自分の考えを押しつけがちです。でも、吉村先生は日常的に“どうした?”と問いかけ、選手の話を聞いていたんです」

指導者が自分の考えを一方的に語るのは自己満足でしかないと古賀氏は言う。主役は試合に出場する選手であって指導者ではない。指導者が聞く姿勢を持つことで、その関係性が逆転する。それを吉村氏から学んだのだ。ただ、この問いかけもタイミングが重要だという。

「のべつ口にしていたら“また言ってるよ、面倒くせえな、どうしたオジサン”って思われるだけです(笑)。言うのはいつもと様子が違うときです」

表情が暗かったり練習で覇気が感じられなかったり。そうした異変を察知するために普段から選手のことを観察し、個性を知ったうえで問いかけた。

これに加えて、先に褒めることも常に意識したそうだ。

「選手本人が気づいていない部分を見つけて褒めるようにしていました。強みにしている技などは褒められ慣れているから、評価してもそれほど響かない。たとえば“おまえの笑顔はチームを明るくするよな”とか“元気一杯のかけ声を聞くと、こっちも気合が入るぞ”とか。自分のことをしっかり見てくれている、と思ってもらったところで発する“どうした?”がいいんです。褒めることと選手の話を聞くことはワンセットだと思います」

現在は、自ら運営する古賀塾で後進の育成を行っているが、この指導スタイルは今の若者にも通用するという。

「私の少年時代は上からものを言って従わせる指導者ばかりでしたし、教わる側もそれが当たり前と思っていたから指導が成立したのでしょう。でも、今の子どもたちに、そのやり方では通用しません」

こう語る古賀氏だが、コーチ時代、五輪の舞台に立つ選手には、自らを奮い立たせた決心の話もし、「練習でやってきたことを出せばいいから」と言って送り出したという。「勝利がすべてなのではない。勝利に向かって努力することがすべてなのだ」と古賀氏は言う。選手との信頼関係があれば、若い選手たちもコーチの言葉を受け止めるのだ。

アテネ五輪で柔道女子日本代表チームは、7階級あるなか、金5個、銀1個のメダルを獲得する快挙を成し遂げた。選手に寄り添い、信頼関係を築く指導が好結果を生んだといえる。

■答えはすべて選手のなかにある

メジャーリーガーなど数多くのアスリートのトレーナーを務め、最先端をいくアメリカのコーチングにも詳しい森本貴義氏が指導者が語る言葉について解説してくれた。

「良いコーチングというのは、選手から答えを引き出すことなんです。試合で戦うのは選手、目標を定め勝つために厳しい練習をするのも選手、その道を歩む決断をするのも選手、解答はすべて選手のなかにあります。アメリカでは選手から答えを引き出すためのコーチング理論があり、多くの指導者が学び現場で実践しています」

メダリストを生んだ指導者は、もともとその能力を備えており、指導に生かされていると森本氏は見ている。

■主役は選手であり、答えを出すのも選手である

「叱咤しながら厳しい練習を課すタイプ、褒めてやる気を引き出すタイプなどアプローチの仕方はさまざまですが、主役は選手であり、答えを出すのも選手であることをわかっていて、そのための言葉を持っているという点で一致しています」

コーチングの方法論はスポーツの世界に限らず、ビジネスや家庭でも活用できるという。

「上司と部下、あるいは親子、この関係は指導者と選手になぞらえることができます。部下に対して一方的に言葉を発する上司は少なくありません。ビジネスでは仕方のない面もありますが、こればかりでは部下の仕事に対するモチベーションは上がらない。時には部下の声を聞く姿勢を見せるべきです。そして仕事に対する意欲、コーチングでいう答えを自ら引き出すようにする。モチベーションの高低が結果に結びつくのはスポーツと同じなんです」

たとえば古賀氏の指導法。部下や子どもに“どうした?”と声をかけることはすぐにでもできる。試してみてはいかがだろうか。

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古賀稔彦
1967年、佐賀県出身。柔道家。古賀塾塾長。バルセロナ五輪柔道男子71kg級金メダリスト。アトランタ五輪銀メダル。得意技は切れ味鋭い豪快な一本背負い投げで「平成の三四郎」の異名をとった。
 

森本貴義
1973年、京都府生まれ。シアトル・マリナーズアシスタントアスレティックトレーナー。『一流の思考法』『“出世”したければ週2回筋トレすればいい』『新しい呼吸の教科書』ほか著書多数。
 

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相沢 光一(あいざわ・こういち)
スポーツジャーナリスト
1956年生まれ。月刊誌を主に取材・執筆を行ってきた。得意とするジャンルはスポーツ全般、人物インタビュー、ビジネス。著書にアメリカンフットボールのマネジメントをテーマとした『勝利者』などがある。

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(スポーツジャーナリスト 相沢 光一 構成・撮影=遠藤 成 写真=AFLO、時事通信フォト 協力=㈱日本スポーツエージェント)

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