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"コロナウイルス感染の温床"でも鉄道が運休に踏み切らないワケ

プレジデントオンライン / 2020年2月7日 15時15分

2020年2月2日、人がまばらな北京市内の地下鉄でマスクを着ける乗客(中国・北京) - 写真=AFP/時事通信フォト

■日本での感染者数は中国に次ぐ多さに

中国湖北省武漢で発生した新型肺炎(新型コロナウイルス)の影響が世界に広がっている。本稿を執筆した2月6日時点で、中国では2万8018人が感染し、死亡者数は560人を超えている。

昨年12月からヒトからヒトへの感染が起こり、感染者はアジア各国のみならず、アメリカ、ヨーロッパなど27カ国・地域で確認されている。当初、静観を決めていた世界保健機関(WHO)も1月30日、ついに「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言するに至った。

日本でも45人の感染が確認されており、中国に次ぐ多さとなった。仮に感染流行期に入った場合、5月ごろにピークを迎えるという観測もある。これを受けて鉄道業界でも対策本部を設置する動きが広まっており、駅員にマスクの着用を指示するとともに、乗客向けに消毒液を設置したり、咳エチケットの呼びかけを強化していく方針という。

狭い空間に多くの人が乗車する鉄道は、感染拡大の大きな要因になるといわれている。今後、感染が広がった場合、鉄道車内における感染予防は重要な課題になる。鉄道各社はどこまで対策ができるのか、また乗客はどのような自衛手段を取ることができるのだろうか。

■致死率は「新型インフル」以上だがSARS未満

ただし、あらかじめ断っておきたいのは、新型コロナウイルスの感染力や毒性の強さは未解明の点が多く、現時点では日本でパンデミックが発生し、多数の死者が出るような事態にエスカレートすると断定はできないことだ。

現在、中国で判明している範囲では、感染者の致死率は約2%で、2009年に世界的にパンデミックを引き起こした新型インフルエンザの致死率は上回るが、2002年から2003年にかけてアジアで猛威を振るったSARS(重症急性呼吸器症候群)の9.6%と比較すれば低い。症状の出ない感染者も多くいるとみられ、実際の致死率はまだ明らかになってはいない。

衛生状態がよく、医療体制も優れる日本では、新型インフルエンザ流行の際も致死率は世界の平均値を大きく下回っていた。また例年、日本国内の季節性インフルエンザ感染者数は1000万人を超え、最高で約1万人が死亡しているという推計もある。

その他の感染症でも年齢や基礎疾患の有無によって重篤化リスクはあり、新型コロナウイルスだけを必要以上に恐れ、パニックを起こす必要はない。本稿の趣旨は、あくまでも国内が感染流行期に入った場合、どのような対策が可能であるかを考察したものであることを重ねて記しておく。

■「新感染症」の行動計画は策定済みだが…

さて、本題に戻ろう。新型インフルエンザや新型コロナウイルスなどの感染症対策について、鉄道事業者の備えはどうなっているのだろうか。

2012年に制定された「新型インフルエンザ等対策特別措置法」では、医療、医薬品・医療機器の製造・販売、電力、ガス、輸送などの指定公共機関は、新型インフルエンザ等発生時の業務計画を作成することとされており、鉄道各社はこれに基づき、緊急事態に備えたBCP(事業継続計画)を制定している。

特措法では「新型インフルエンザ等」を「感染症法第六条第七項に規定する新型インフルエンザ等感染症及び同条第九項に規定する新感染症」と定義している。

前者は新型インフルエンザと、過去に世界的規模で流行した再興型インフルエンザを指し、後者の「新感染症」は「人から人に伝染すると認められる疾病であって、既に知られている感染性の疾病とその病状又は治療の結果が明らかに異なるもので、当該疾病にかかった場合の病状の程度が重篤であり、かつ、当該疾病のまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められるもの」と定義されている。

政府は2月1日、今回の新型コロナウイルスを感染症法に基づく「指定感染症」に指定したが、まだ「新感染症」には指定していない。国会では、政府や都道府県、指定公共機関が行動計画を策定済みで、より強制力のある措置が可能な「新感染症」に指定すべきではないかとの議論もされている。今後、事態がエスカレートした場合、新感染症に指定される可能性もあるが、いずれにせよ、鉄道各社の対応は新型インフルエンザ等に備えたBCPに沿って進んでいくものと思われる。

■運転士や車掌が感染したら運行はどうなる?

ただ、実際のところ、鉄道各社が取り得る対応は限られているのが実情だ。BCPとは緊急時でも最低限の業務を遂行できる体制を取るための計画で、鉄道会社の場合は社員に感染が広がり、多くの欠勤者が出た場合の対応が計画の中心となる。

国土交通省が2014年に報告した「公共交通機関における新型インフルエンザ等対策に関する調査研究」によれば、国内でパンデミックが発生し、最大で社員の4割が欠勤する状況になった場合、調査対象となった25事業者のうち半分以上が、朝ラッシュ時間帯の運行本数は通常の20%~50%になると回答している。

これは1時間当たり20本(3分間隔)を運行している路線であれば、50%で10本(6分間隔)、20%で4本(15分間隔)となる計算だから、到底朝ラッシュ時の輸送を賄いきれる輸送力ではない。

同調査研究では、流行のピーク時に鉄道の輸送力が低下した場合、朝ラッシュ時の駅や車内での混雑状況についてもシミュレーションを行った。これによると1時間あたり6本(10分間隔)の運転になった場合、外出自粛の呼びかけなどにより利用者が通常の6割程度に減ったとしても、列車の混雑率は2時間から3時間にわたって250%に達するほか、多数の駅で列車に乗り切れない人が発生するなど、朝ラッシュ輸送は破綻状態に陥るとの結果が出ている。しかも、混雑が激しくなればなるほど、乗客は密着することになり、感染リスクは高まるのである。

■「乗客の間隔を1~2m空ける」ことなんてできない

仮に、感染リスクを最小限にしつつ輸送を継続する場合、どのような対応になるのだろうか。国土交通省国土交通政策研究所は2011年、感染症の拡大を抑制するため、列車内で乗客の間隔を1~2m確保した場合の輸送のシミュレーションを行っている。

これによると、首都圏で一般的に使われている20m車両の1両あたりの乗車人員は、1mの間隔を確保した場合で40人、2mの間隔を確保した場合で18人まで減少すると試算されている。

通常、混雑率150%の列車であれば1両あたり200人以上が乗車していることや、駅のホームや乗降時には他の乗客に接近せざるを得ないことを考えると、あまりに非現実的な想定である。一切の交通を遮断するならともかく、感染を防ぎつつ、輸送を継続するという選択肢は成り立たないことが分かる。

■社会全体で議論がまだまだ進んでいない

中国では感染拡大が確認されるや、1000万人都市である武漢をはじめとする周辺地域の公共交通を遮断し、街ごと隔離して封じ込めにかかった。日本の感染症法や新型インフルエンザ等対策特別措置法でも、感染症の種類や状況によっては、外出自粛の呼び掛けや、人が集まる施設の使用制限、交通遮断を実施できるようにはなっているものの、私権の制限がどこまで認められるかという議論や、都市機能・経済への影響を考慮すると、一企業の判断として輸送を停止するのは言うに及ばず、政府や都道府県が強制力をもって交通機関を遮断することも現実的とは言えないだろう。

結局、鉄道事業者は最低限の輸送を確保することしかできず、最終的には企業や利用者に協力とマスク着用などの自衛を求めるほかないのである。

2014年の国交省の調査研究報告では都内の企業にも感染症対策の検討状況についてアンケートを行っているが、感染症の流行ピーク時に鉄道の運行本数が減り、混雑する可能性があることをあらかじめ想定していると回答した企業は半数に満たず、混雑を避けるための在宅勤務や時差出勤などの対策を講じている企業もごく一部にとどまった。

感染症流行時の鉄道利用に関する問題意識は、まだ一般に共有されておらず、対策も進んでいない。今のうちに、こうした検討と準備を進めておくことが、新型コロナウイルスに対する最大の備えになるのではないだろうか。

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枝久保 達也(えだくぼ・たつや)
鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家
1982年生まれ。東京メトロ勤務を経て2017年に独立。各種メディアでの執筆の他、江東区・江戸川区を走った幻の電車「城東電気軌道」の研究や、東京の都市交通史を中心としたブログ「Rail to Utopia」で活動中。鉄道史学会所属。

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(鉄道ジャーナリスト・都市交通史研究家 枝久保 達也)

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