なぜ人事部は「無意味なスキル評価」が大好きなのか
プレジデントオンライン / 2020年2月14日 9時0分
■「Aさん」に対する評価が評価者によって大きく異なる
【山口周(コンサルタント)】前回、楠木さんと議論したスキルとセンスの問題に関連して、不思議に思うことがひとつあるんです。これは5年ほど前に人事の世界で、かなりインパクトのあるニュースとして共有されたことなのですが、デロイトという大きなコンサルティング会社が人事評価の研究を行ったんですね。
【楠木建(一橋大学大学院 教授)】一般的にコンサルティング会社というのは、徹底したスキル評価の世界ですね。
【山口】おっしゃる通り、僕の経験でもプロジェクトが終わるたびに、プレゼンテーションがうまいとか、ロジックが優れているとか、ペーパーが書けるとか、顧客開拓能力が高いとかいった、まさにスキルに関する項目を評価されます。評価対象者がマネジャーであれば、上司であるパートナーや部下から点数をつけられます。
【楠木】業態から考えて、そういう評価方法になるのは仕方のないことかもしれませんね。
【山口】ところが、デロイトが行った研究によれば、この評価の結果がめちゃくちゃバラつくというわけです。
【楠木】ほう。
【山口】僕の体験からしてもこれはアリだと思いましたが、評価のバラつきが非常に大きいと。
【楠木】バラつくというのは、Aさんに対する評価が評価者によって大きく異なるということですね。
【山口】そうなんです。Aさんはプレゼンテーションがうまいかどうかという項目に、5をつけている人もいれば1の人もいる。もちろんバラつきの程度にも差があるわけですが、問題は「平均点がこのレベルに達しているから、そろそろAさんをシニアパートナーに上げるか」という判断を下していいのか、ということなのです。なぜなら、デロイトではこのやり方で昇進を決めた結果、「こいつ、結局パフォームしないじゃないか」という事態がけっこうな頻度で起きていたというのです。
【楠木】なるほどねぇ。
■スキル評価をやめて、「この人を昇進させるべきか」に変えた
【山口】これはマズイというので、デロイトはスキル評価をやめていろいろな評価方法を試すわけですが、最もうまくいったのが「この人をマネジャーに昇進させたほうがいいと思いますか?」という設問に対して、①いますぐ昇進させたほうがいい、②まあいいと思う、③やめたほうがいい、④絶対やめたほうがいい、という4段階で答えてもらう方法だったと。
【楠木】あー、わかりますね。ようするに総体丸ごとの総合評価。評価を要素分解しない。
【山口】この評価方法に変えて以降、「この人はマネジャーに昇進させたほうがいい」と評価をされた人で、昇進後にパフォームしない人は出なくなったというのです。
前回、スキルというものは、たとえばアカデミズムの世界でいえばジャーナルに載った論文の本数や論文の引用回数といった指標で、疑いようもなく計量できるけれど、センスを計るのは難しいというお話が出ましたよね。「この研究者の論文を世の中に出したらインパクトがある」という判断はとても難しい。ところがデロイトの研究によれば、「あの人は多分マネジャーをやれると思う」といった、非常に漠とした評価方法のほうが、クリアなスキル評価よりもはるかに高い精度で的中するということなんです。不思議じゃありませんか?
■「この人、ピンとくるね」のほうが、たぶん正しい
【楠木】そのやり方ですべてを切っていければ、(人事や評価に関する)さまざまな課題がかなり単純に解決できますね。ただし、そこには大きな問題があって、評価した人が「なんでAさんはマネジャーになれると思うのか?」と突っ込まれたとき、「そう思うから」としか答えようがない。
【山口】たしかに、×をつけられた人へのフィードバックが厳しいですね。「Bさんはマネジャーにはなれないと思う」としか伝えようがない。
【楠木】アカウンタビリティーがない。何事もby nameになってしまう。「うちの部署にはこういう能力を持った人がほしい」ではなく、「山口さんがほしい」といくことになってしまう。ところが組織はアカウンタビリティーを求めるものだから、どうしても要素分解をしてスキル評価をしてしまう。
【山口】人間が持っている能力を科学的に細大漏らさず要素分解して、片や、あるプロジェクトで要求される能力も徹底的に洗い出し、このふたつを照らし合わせて、最もよくマッチする人をそのプロジェクトのリーダーに据えるという方法をとったら、きっと世の中のあちらこちらで悲劇が起こります。「なんとなくこの人がいいんじゃないの」とか「この人、ピンとくるね」といった直観的な判断のほうが、たぶん正しいんです。
■「エリートはなぜ美意識を鍛えるのか」はインパクトがあり過ぎた
【楠木】ところが会社の人事部は、要素分解とかスキル評価が大好きなんですよね。なぜかといえば、人事という仕事は「スキル優先、センス劣後」になりがち。会社組織は商売でパフォーマンスを出すためのもので、人事は組織の最終成果物から最も遠い部署であり、しかも職業領域として相当に確立されている。企業をまたいだ横のつながりがとても強い。「ベストプラクティスの共有」といったことが、かなり進んでいる世界です。
【山口】アカデミズムにおける「学会」のようになってしまうんですね。
【楠木】おっしゃる通り、人事部は「学会化」するんです。その結果として、スキル評価がどんどん優勢になっていき、センスの評価からどんどん外れていってしまうということが起きやすい。
若い人が会社に入って5年ぐらいはスキルを身に着けることが必要だと思いますが、それ以降は、評価の軸だけでなく、意識とか議論の軸もセンスに移すべきだと僕は思います。アートを見るとか哲学を学ぶとか(笑)。
【山口】みなさん僕の本にだまされちゃって(笑)。
【楠木】山口さんの本(山口には『世界のエリートはなぜ美意識を鍛えるのか?』『武器になる哲学』などの著書がある)にインパクトがあり過ぎたんですよ。ただ残念なことに、山口さんの本の主張とはまったく無関係に、「アートスキルを磨く」などという本末転倒な受け取り方をしている人もいるようですね。美術館は最低でもこことここは見ておかなければいけない、なんて。現代の「スキル化欲求」はそれほどまでに強いということの証しです。
【山口】実は僕、次の本のタイトルを決めているんです。『年収が10倍になるアートの見方』(笑)。
【楠木】いやー、職業生活に終止符を打つような素晴らしいタイトルですね(笑)。ぜひアタマに「5分でわかる」とつけ加えてください。
■僕も「コンペに出れば必ず勝てる」という時期があったが…
【山口】われわれの『仕事ができるとはどういうことか?』(宝島社)の中に、電通のCMプランナーだった白土謙二さんの話が出てきます。白土さんは言うまでもなくものすごくセンスのある人なのですが、クリエイターやプランナーといったモロにセンスが出る世界ってとても残酷で、業界のトップランナーを10年以上続けた人はほぼいません。白土さんも例外ではないんです。
彼らは時代の文脈にバチッと合った瞬間に特大のホームランを放って、そこから徹夜徹夜の日々が続くわけですが、たいていの場合4~5年でピークアウトしてしまいます。佐藤雅彦さんだって90年が「ポリンキー」、94年が「ドンタコス」で、現在もCMとは違うジャンルで活躍なさってはいますけれど、さすがに出力が落ちてきた気がします。
全盛期の業界トップのCMプランナーには、おそらく年収5億円を払ってもペイします。なぜなら「○○さんがやってくれるなら100億出してもいい」なんて話を取ってきてくれるからです。ところが4~5年たつと、急激にマーケットバリューが下がってしまう人が多い。僕もコンペに出れば必ず勝てるという時期があって……。
【楠木】俗に言う「ボールが止まって見える」というやつですね。
■「なぜAC/DCは12枚も同じアルバムを出すんだ?」
【山口】あれは、明らかにスキルではないですね。だって、どうすれば止まって見えるのか自分でもわからないんです。「止まって見えちゃうんだもん」としか言いようがない。目をつぶってバットを振ったら、場外ホームランだったという感じです。だから怖い面もあったんですね。センスって果たして恒久的なものなのか、それとも4、5年しかもたない性質のものなのかって……。
【楠木】CMプランナーは外的なものとの相互作用で作品をつくっていく仕事だから、旬というか賞味期限が決まってしまうという特殊な面があると思います。
『仕事ができるとはどういうことか?』の中でもお話ししましたが、僕が「こうありたい」と思っているのは、ピークの時のハマり方をちょっと抑制してでも長続きするようなスタイルです。モデルにしているのはAC/DCというバンド(1973年に結成され現在も活動を継続している)です。アンガス・ヤングというギタリストが「なぜAC/DCは12枚も同じアルバムを出すんだ?」と質問されて「いや違う。13枚だ!」と答えたという逸話があるのですが、たしかに、傍から見れば彼らは何十年も同じ音楽をやっている。僕が思うに、あれは意識的に抑えている面があると思うんです。
【山口】別な言い方をすれば、マーケティングをしないということかもしれませんね。
【楠木】マーケットからのニーズに対して、フルスロットルで応えないと言ってもいい。たとえば山口さんの本が大ベストセラーになって山口さんの本をもっと読みたいという人が急激に増えてきたとき、それにフルスロットルで応えようとすると、それこそ『年収が10倍になるアートの見方』を出すことになってしまう。しかし、われわれのような仕事の場合、それをやらないという選択が定説な気がする。
■無印良品の戦略には「ジワーッと行く」という原則がある
【山口】小室哲哉さんと坂本龍一さんの違いといってもいいかもしれませんね。小室さんの本当のピークはやはり4~5年でしたが、坂本さんはずっと変わらない。ボリュームゾーンとして顧客がついているわけではないけれど、世界中の国々に一定のファンが散らばっている。
【楠木】そのファンを積分していくと、けっこう大きなボリュームになる。
【山口】一方の小室さんは1億7000万枚以上のCDを売り上げたわけですが、急激に時代にフィットしなくなってしまいました。
【楠木】そういうレベルになるともはや自分自身がひとつの「産業」みたいになってしまって、小室哲哉で飯を食っているという人が大勢いる状態なわけで、ちょっと気の毒だとは思いますが……。
【山口】フルスロットルをやめた瞬間に、産業構造が崩壊してしまうわけですからね。
【楠木】ただ、ブワーッと行くものが急激に失速し、ジワーッと行くものが長くもつということは、けっこういろいろな場所で観察される現象で、たとえば無印良品の戦略ってジワーッと行くという原則1本で組み上がっています。絶対にジワジワ行かないとダメ! という。
ありとあらゆるものが短期へ短期へと流れていく中で、自分の仕事をジワーッと長くもたせるということはとても難しいことだと思います。「○○はしない」「××は断る」というポリシーを貫くことでしか、達成できない。マーケットに合わせようすると、どうしてもサーブ権が向こうに行ってしまうのです。
【山口】そういう戦略を選び取れるかどうかも、センスの問題なのかもしれませんね。
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一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授
1964年生まれ。92年、一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学。一橋大学商学部助教授、同イノベーション研究センター助教授などを経て現職。『ストーリーとしての競争戦略』『すべては「好き嫌い」から始まる』など著書多数。
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コンサルタント
1970年生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科卒業、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン・コンサルティング・グループなどを経て、組織開発・人材育成を専門とするコーン・フェリー・ヘイグループに参画。現在、同社のシニア・クライアント・パートナー。著書に『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書)などがある。
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(一橋大学大学院 国際企業戦略研究科教授 楠木 建、コンサルタント 山口 周 構成=山田清機)
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