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読書会でも講演会でもない「人文カフェ」に人が集まる理由

プレジデントオンライン / 2020年2月21日 11時15分

代官山人文カフェでは参加者同士が同じテーマをめぐって「言葉をかわすこと」を大切にしている。第11回目のこの日は学校や企業で取り入られはじめている哲学対話の実践者4人が登壇した - 撮影=吉田直人

読書会でも講演会でもない。代官山 蔦屋書店で3カ月に1度開催されている「代官山人文カフェ」は人文書で扱われるテーマを著者と参加者で語り合う場だ。「分析的実存哲学」や「思想史的考察」といった一見近づきがたい内容の本を扱いながら、なぜ毎回数十名もの人が集まるのか。イベントを主催する代官山 蔦屋書店人文コンシェルジュの宮台由美子さんに聞いた――。

■与えられた場で自由に考え、自由に話すことはできるのか

「与えられた場で自由に考え、自由に話すことはできるのか?」

そんな問いかけからイベントははじまった。代官山 蔦屋書店で3カ月に1度ほど開催されている「代官山人文カフェ」の一幕だ。この日のゲストは、学校や企業で哲学対話を実践する「こども哲学おとな哲学アーダコーダ」のメンバー4名だ。

書店でのイベントを「もう一工夫できないか」といつも考えている宮台由美子さんもヒントがたくさんあったとお薦めの一冊です。
書店でのイベントを「もう一工夫できないか」といつも考えている宮台由美子さんもヒントがたくさんあったとお薦めの一冊

「自由に話すことより、考えることが大事では?」
「じゃあ、“自由に考える”って、どういうこと?」
「与えられたテーマがある時点で、“自由”と言えるの?」

ゲスト同士の会話が深まる中、30名ほどの参加者は、ただじっと聴いている。会の中盤、おもむろに一人の参加者が立ち上がって言った。「もう(店を)出ないといけないけれど、1つだけいいですか……」。会場の均衡が破られた。男性は続けた。

「この場をすごく不自由に感じていました。ルールがないと、身体は不自由になる。会のはじめにルールが明示されていれば、それに対する何らかの反応を起こすことができた。ルールがないことによる抑圧もある」

登壇者は、場のルールを決めずに自分たちだけで対話に入った。そのことが、参加者の身体を縛っていたのではないか――。この日のテーマである「与えられた場で自由に考え、自由に話すことはできるのか?」に対する男性なりの答えだったのだろう。この発言を境に登壇者と参加者の間に対話の水路ができ、次々と発言が続いた。

「今日はスリリングな会でしたね……」

イベントの企画をした代官山 蔦屋書店の人文コンシェルジュ、宮台由美子さんは、終了後に静かにそう言った。

“そこに自分がいた”という重み

代官山人文カフェは2018年10月にはじまり、今年1月に11回目を迎えた。会の主旨は、人文書で扱われるテーマを、共に考えるというもの。かといって読書会のように事前に本を読んでくる必要はなく、本のテーマにもとづく対話がベースだ。

代官山 蔦屋書店人文コンシェルジュの宮台由美子さん。大手書店の哲学思想担当後10年ぶりに書店に復帰、2016年4月より現職。哲学、思想、心理、社会など人文書の選書展開を行う。「代官山人文カフェ」の企画人
撮影=吉田直人
代官山 蔦屋書店人文コンシェルジュの宮台由美子さん。大手書店の哲学思想担当後10年ぶりに書店に復帰、2016年4月より現職。哲学、思想、心理、社会など人文書の選書展開を行う。「代官山人文カフェ」の企画人 - 撮影=吉田直人

テーマや登壇者の好みによって、椅子の並べ方や、飲み物のあるなしなど、やり方は少しずつ異なるが、「相手の話を否定しない」「話を聴くだけでもいい」「知識の披露でなく自分の経験に沿って話す」などは、共通のルールだ。会場にはホワイトボードが置かれ、ファシリテーターや参加者が書き込む。終了時には、表裏がびっしり埋まることもあるという。

代官山 蔦屋書店では、ひと月に4~5本の書籍イベントを開催している。イベントの充実は店のウリでもあるが、「もうひと工夫できないものか」という宮台さんの思いが、人文カフェの企画に繋がった。

「トークイベントで著者の話を聴くのは面白い。でも、『面白かったね』と言って帰る以外に、楽しみ方はないのかな、と」

イベントの参加者は、どんな時に楽しいと感じるのか。同じ時間を過ごしても、満足感に差が出るポイントはどこか。気づいたのが「言葉をかわすこと」だった。

「お客さまにとっては、著者と話したり、質疑応答で発言したりすると、“そこに自分がいた”ということが印象に残る。ただ話を聴いて帰るよりも、参加したことの重みが違うのではないかなと思ったんです」

著者と話さなくても、参加者同士で感想を話し合ったり、意見を交換したりするのでもいい。少しでも言葉をかわすだけで、トークイベントの満足度が違うのでは――。それが、対話形式で行う、人文カフェのヒントになった。

「読書会」にしなかった理由

本を読んでから参加する「読書会」という形式をとらなかった背景には、この書店ならではの事情もあった。代官山 蔦屋書店は、暮らしや料理、旅行といったジャンルの書籍販売が中心で、宮台さんも、「人文書は得意ジャンルではない」と話す。3棟の店舗の中でも、人文書の棚は最寄りの代官山駅から見て一番奥にある。そこで、こう考えた。

「人文書の読者の間口を広げることを大きな目標に据えました。難しそうな本でも中身を見れば、じつは普段の生活と密接に関係していることがわかってもらえると思ったからです」

表紙をめくってもらうまでのハードルが高いからこそ、読んでから参加してもらうのが難しい。だから、本のエッセンスを抽出し、イベントのテーマに落とし込む“テーマ先行型”をとった。本のタイトルではなく、特定のテーマにピンとくる人に参加してもらおうというのが狙いだ。

たとえば初回のテーマは、「人生を変える選択にベストアンサーはあるか?」。ほかにも「人生を左右しない偶然について考えよう」「言葉が<しっくりこない>とはどういうことか」「体験していないものを想像できるか?」など、誰もが会話に参加できるような間口の広いテーマで開催してきた。

「自分の人生にちょっと引っかかるテーマなら、話を聴いてみたい、してみたいと思うはず。その場で本の内容も噛み砕いて知ることができれば、結果として人文書に繋がる道ができるかもしれない。著者にも、(本を)読んでいない方もいます、と伝えてあります」(宮台さん)

“居場所”としての書籍イベント

毎回のテーマは、宮台さんと司会役、著者(あるいは訳者、紹介者)の密なやり取りを経て構成される。

「各々が普段ぼんやり考えていることを持ち寄って、ああでもない、こうでもないと言いながら、何日もかけてテーマが決まる時もあります」

初回のテーマ「人生を変える選択肢にベストアンサーはあるか?」は、米国の哲学者L・A・ポールの著書『今夜ヴァンパイアになる前に』(名古屋大学出版会)をもとに、結婚や就職など人生の岐路における選択について、訳者の奥田太郎氏らと考えた。

よく練られた普遍的なテーマが設定されるためか、イベント中だけでなく、終了後その場に留まって話す参加者も少なくない。リピーターも増えてきた。

「お客さま同士の交流を見ると、場が少しずつ育っているなと思います。人文カフェは、今自分が考えていることや、困っていることを話し合える場です。饒舌に話す必要はありません。人生のごく一部だとしても、互いにその人を少し知れたような心地になり、安心して話せる居場所ができていく。人文カフェにいるだけで、誰かに受け入れられる身でもあり、誰かを受け入れる身でもあるんです」

「その場を信じて、待つ」ことの大切さ

イベント中は、基本的に黒子に徹する宮台さんだが、その目は著者や参加者の機微を捉え続けている。時には場がなかなか温まらなかったり、「講演者と参加者」という上下の構図ができてしまったりすることもある。そんな時宮台さんは、「基本的にはその場を信じて、待つ」という。

「著者(登壇者)と話したくてお客さまは参加してくださっている。著者が話題を広げるのか、お客さま自身が『こんなこと言っていいか分からないけれど』と口火を切るのか。私が介入して何かをするよりも、その場で誰かが出てくるのを待ちます」

もちろん、必要に応じて介入することもある。1つ思い出すのはある女性作家のトークイベントでのできごとだ。「作家さんへの質疑で、参加者の1人が『期待していた話がひとつも出ず残念だった』と言った時、作家さんが泣いてしまったんです。彼女が亡くなった父との思い出を別の場所で語っていて、その話を聴きたかったんだ、と」。

質問したのは年配の男性だったが、思わぬ言葉に傍らにいた家族が止めようとした。しかし宮台さんは、男性ではなく家族の方を止めた。

「作家さんの表情を見て『彼女なら大丈夫だ』と思ったんです。その後、お父さんの話をしてから、作家さんの良さがより引き立って、場がすごく柔らかくなりました」

人と人が交われば摩擦も起きる。でもそれが熱量の源になる時もある。宮台さんは「その場の流れをなるべく遮らないように意識している」という。待つか、入るかの見極めは容易ではない。事前に登壇者とフラットな立場でコミュニケーションを取っているからこそ、勘所を察知することができるのだろう。

ルーツになった真夜中の会合

宮台さんの過去を遡ると、「代官山人文カフェ」のルーツが見えてくる。14年ほど前まで、大手書店・三省堂の神保町本店で思想・哲学書の担当として勤務していた宮台さん。当時、書店イベントと言えば著者による「サイン会」が主流だった中で、「人文書はサインより著者の話を聴いた方が面白い」と、講演会やトークイベントを立ち上げた。

多忙な日々の中、書店員としてこのうえなく幸せに感じる瞬間があった。

「閉店後に棚の整理をしている時に、夜の静かな店内で本に囲まれているのがすごく幸せで。だから、お客さんにもその雰囲気を味わってもらいたいと思っていました」

そうして企画したのが、閉店後に著者を招いて行う「ミッドナイト・セッション」だった。イベントの参加者は、閉店後に裏口から入店。仄明るくした店内で、書棚に囲まれて著者の話を聴く。その場で書籍を購入することもできた。

閉店後に著者を招いて書籍を売るなど前代未聞の企画だったが、神保町の店舗が自社ビルであったことが幸いし、また、面白がってくれる著者も何人か出てきて、実現にこぎつけることができた。

「何度も開催できたわけじゃないんですが、毎回とても好評で。“自分たちだけの特別な空間”ということで、お客さまも著者もワクワクするんです。当時は出版記念イベントといえば70~80人集めて昼間にサイン会をやることが多かった。でも別の方法や、工夫の余地があるのでは、ということは当時から考えていましたね」

もどかしさもお土産のひとつ

「代官山人文カフェ」が提供するのは、「答え」ではなく「視点」だ。答えのない問いについて考えることで、参加者が他者の視点や新たな選択肢に気づいていく。その延長線上に、より深く潜るための人文書の存在が際立つ。

「人文書を読むことでメガネが増えるというか、『こういう世界の見方もあるんだ』とお客さまに気づいてもらうのが究極の目標です」と宮台さんは言う。

「なかなか答えが出ないもどかしさも、イベントのお土産。『そういえばこんな話があった』、『あの人が言っていたことは違うと思う』……。普段考えなかったことに触れて、ある時ふと思い出して本を開いてみる。一冊一冊は難解でも、キーワードだけでも頭に入ると人生がより面白くなっていく。人文カフェがそのきっかけになれば一番だと思います」

それにしても、なぜこうも本にまつわるさまざまなアイデアが次々と思い浮かぶのだろうか――。

宮台さんは、「自分の欲望じゃないですかね?」と笑う。

「著者と一緒に本についてお話したり、書棚を回ったりしたら楽しいじゃないですか」

「代官山人文カフェ」では、イベントの前に著者と一緒に書棚を回る「オーサー・ビジット」を開催することもある。“人文書の伝道師”として、宮台さんはかたちにとらわれない本と人の出会いの場を探求し続けている。

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吉田 直人(よしだ・なおと)
フリーライター
千葉県生まれ。中央大学卒業。大学時代は学内のスポーツ機関紙記者として、箱根駅伝などを取材。広告代理店勤務を経て、2017年よりフリーランス・ライターとして活動。

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(フリーライター 吉田 直人)

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