日本一の絵本作家が「創作に知識はいらない」と強く思うワケ
プレジデントオンライン / 2020年2月20日 15時15分
■30歳で「売れないイラスト集」を出版
自分が絵本作家になるなんて想像したこともありませんでした。40歳で絵本作家としてデビューするまではイラストレーターをしていたのですが、30歳の時にはじめて出版したイラスト集はまったく売れなかった。
その時は「そりゃそうだろうな」と思いましたよ。自分が好き勝手に書き溜めていたイラストをまとめた本でしたから、読んだ人は「なんだこりゃ、よくわからん」と思って当然ですよね。ただその後、イラスト集を見た編集者の方から絵本のオファーをいただくことになった。
それをきっかけに児童書のプロにアドバイスをしてもらいながら、「どうすれば人に伝わるか」をはじめて真剣に考えて出した最初の絵本がヒットになった。僕が物事を面白がるポイントは30代の頃と何も変わっていませんが、商品としてどう見えるかを意識して伝え方を変えれば届く人にはちゃんと届くんだとわかったんです。
■いかに「ものを知らない状態」でいられるか
僕が誰にでも伝わる表現をするために最も大切にしているのは、「自分はものを知らないという状態」で居続けることです。もし僕がすごく勉強ができたり、なんでも詳しかったりしたら、ものを知らない人の気持ちがわからなくなってしまう。
知識で勝負しないのはイラストでも同じです。資料や画像を確認するための検索はしないことをマイルールにしています。もし消防服を描く必要があったら、何も見ずにとりあえず想像だけで描いてみる。
すると実物とはまるで似ていない物体になるわけですが、だからこそ自分が消防服について何をわかっていないのかがわかる。その上で実物の消防服を見ると、「裾がこういう形をしているとそれっぽく見えるんだな」とよく理解できます。
こうして情報を見ないで描くことを繰り返していると、何かをはじめて目にしたときに、そのものの“それっぽさ”がどこに由来するかのポイントが押さえられるようになるんです。そして、それっぽいものがどんどん描けるようになる。
正確さや精密さが求められる専門的なイラストは上手な方にお任せして、僕は自分が持っている知識だけで、誰にでもそれっぽさが伝わる絵を描くことに面白みを見いだしたい。
ただこうやって話してみると、すべては僕が単に勉強したくないための言い訳なのかもしれませんね(笑)。
■息子が輪ゴムを喜ぶ姿が物語の着想に
主人公の女の子は、部屋の隅にぽつんと落ちていた輪ゴムを「わたしにちょうだい!」とお母さんにねだる。許しをもらって輪ゴムを手に入れた彼女は、それを愛おしそうに握りしめ、何をしようかと想像を巡らせる。輪ゴムと一緒にお風呂に入る。輪ゴムで悪い人を捕まえる。もしかしたらこの輪ゴムで空だって飛べるかもしれない――。
どこにでもあるごく普通の輪ゴムを“自分のもの”として宝物のように大事にするというこの物語の着想は、ヨシタケ家で実際に起こったエピソードがもとになっている。
![きょうはいっしょにおフロにはいるわ。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/f/670/img_bfda73e1114d737bab0ddc25e8433fb4164330.jpg)
![輪ゴムで空を飛ぶ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/8/670/img_88d19d7721471855315fbc65b65f89a2226489.jpg)
今から3年ほど前、まだ小学校に上がる前だった僕の次男がゴミ箱から輪ゴムを拾ってきて、「これを僕にちょうだい」と言ったんです。
こちらとしては捨てるつもりのものだったので、「ああ、どうぞ」と返したら、息子が「やったー!」とものすごく喜んで。その反応がとても新鮮で面白かったんですよ。そうか、何かの所有権が自分に移ったことを認めてもらうのって嬉しいことなんだなって。それは自分が子供だった頃を思い出しても、よくわかる感情でした。
どんなに素敵なおもちゃでも、それが友達のものだったり、人に貸してもらって遊ぶものだったら、気分は盛り上がらない。「何をするか」より「誰のものか」が大事なことってよくあるし、「自分のものかどうか」は大人にとっても大きな問題ですよね。
これはつまり「自分にとって大事なものってなんだろう?」という価値観の話だし、大人にも子供にも共通するテーマじゃないか。そんな思いからこの絵本が生まれました。
■人間はいい加減だからこそ面白い
子供には「自分が大事にしたいから大事なんだ」という独特の価値観がありますよね。それは情報量が少ないために、ごく限られた判断基準で大事なものを選べるということでもある。
一方で大人は情報量が多いので、「有名な芸能人が褒めていた」とか「100万個売れてます!」といった情報が入ってくるたびに判断基準があっちこっち揺れ動いてしまう。すごく大事だと思っていたものなのに、あまり好きじゃない芸能人が褒めていたら急に嫌になったりとか(笑)。
僕は、そういう人間のいい加減なところこそ、本来なら面白がるポイントじゃないかと思うんです。「実は価値観ってすごくふわふわしたものだよね?」って。「大事なものは何か」と考えて答えを出したとしても、それは確固たる裏付けがあるわけではなくて、自分の気持ちひとつで価値が上がったり下がったりする。
この絵本でも、女の子の輪ゴムに対する愛情はどんどん膨らんだかと思えば、いきなり急降下したりします。それを悪いことだとは思わないし、僕だってかなり周囲に流されやすい。だからそういう人間の弱さに興味があるし、それを否定するのではなく面白がってしまうことも必要じゃないかと思うんです。
![だからみんないつもなにかをさがしているんだわ。わたしは、もうみつけたけどね](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/a/670/img_4a6b5d1a101bcceaee1655794975d71e337096.jpg)
■僕は答えのないものしか書けない
そもそも僕は答えのないものしか書けない。勉強が嫌いだし、知識量も少ないから、「これが答えだ」なんて言い切る自信がないんです。それに、もし答えを出したとしても「もうネットでは答えが出てるよ」とか「その説はこの前、覆されたよ」と言われるかもしれない。僕がものを知らない状態でいたいのもありますが、勉強はキリがないと思っています。
となると、ものすごく当たり前のことをテーマにせざるを得ない。「お腹が空くとしょんぼりするよね」とか「好きな人に褒められたら嬉しいよね」とか「背中ってかゆいときに掻きにくいよね」とか。それなら知識は関係ない。100年前の人でも、地球の裏側にいる人でも、きっと同じことを言うはずです。
結局、僕にわかることってそれくらいなんですよ。そういう“あるあるネタ”を拾うのが楽しいし、自分にはこれしかできない。
■突拍子なく思えるネタの裏側に地道で泥臭い作業
主人公の女の子は「この輪ゴムを使って何をしようか」と想像の翼を広げるのだが、それは「えっ、輪ゴムでそんなことする?!」という突拍子のないものに読める。バリエーション豊かな「輪ゴムの使い方」はぜひ絵本を読んでいただくとして、どうやったらこんなアイデアを思いつくのだろうか。
![ヨシタケ シンスケ『わたしのわごむはわたさない』(PHP研究所)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/7/200/img_375b4193be40481cb4078284848e6f46161283.jpg)
これは別に天才的なひらめきとかではなくて、実はすごく理屈っぽい考え方をしているんです。輪ゴムを構成する要素を洗い出すと、「丸い」「伸びる」「束ねる」などが出てきますよね。それらの要素を取り出して、「輪ゴムがものすごく大きな丸になったらどうなるか」「輪ゴムがどこまでも伸びるとしたら何が束ねられるか」といったネタを書き出していく。
これとこれは同じ「伸びる」のネタだから一つでいいなとか、あるいは「伸びる」のネタはすでに決まったから、もう一回「伸びる」のネタを使うなら並べて出すよりは少し距離を離した方が新鮮に映るなとか、絵本に載せる要素を一つひとつ吟味していく。かなり地道で泥臭い作業をしています。
■世間の“当たり前”との距離感
なぜそんなことをするかといえば、僕は小さい頃から常識を気にする子だったからです。「こんなことをしたら怒られるんじゃないか」とか「普通はどうしているんだろう?」とか、そんなことばかり心配していた。だから世間の“当たり前”が気になって仕方ない。
すると今度は、「どれくらいズレると普通じゃなくなるのか」を考えるようになる。“普通”からどれくらい離れると面白いと笑ってもらえて、どれくらい離れすぎると周囲を不安にさせてしまうのか。その距離感を意識するクセがついてしまいました。
![毎日のように手帳に描く気付きや妄想が創作の支えになることも。写真の右イラストには「一人だけにもつが大きいとはずかしい」とあり、当たり前との距離感を観察していることが分かる](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/b/670/img_bb44ceda2d8206b9cbe1cc26d47872e1301178.jpg)
だから今回の輪ゴムにしても、「どこまで伸ばしていいか」「何だったら束ねてもいいか」と問いかけながら、ちょうどいい面白みの距離感を作っていったんです。
僕がやっていることはビジネス書に書かれている「フレームワーク」そのもの。構成要素を書き出してさまざまな問いかけをしながらアイデアを出し集約させていきます。きっとみなさんもオフィスで似たようなことをしていると思いますし、僕自身が何か特別なことをしているわけではありません。
絵本の内容だって突飛なことを表現しようとは思っていなくて、むしろ「人から怒られないように無難なことをしよう」というのがもともとの目的だったわけです。でもそれが、結果的に絵本やイラストを描く仕事で役に立った。
だから僕が話していることは、すべて結果論なんですよ。たまたま僕はこれでうまくいっただけで、「みんなも僕と同じようにやれば成功するよ」なんてとても言えないです。
■僕が子供の時に、大人に言ってほしかったこと
もともと僕は、「俺のいうことを聞いてくれ!」と駅前でギターをかき鳴らすようなタイプでないと作家になれないと思っていました。それに対して、自分は「どうすれば人に怒られないか」ばかり考えてきた。
![絵本作家のヨシタケシンスケさん](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/3/5/250/img_35df21fd287b19939898aa2755f97447484235.jpg)
でも、そんな僕でも「自分には言いたいことはない!」ということは言えるわけです。「僕は答えなんか持ってない。他人から何か言われたら、すぐ“そうだよね”って思っちゃうくらい流されやすいんだよ!」ってことは堂々と言える(笑)。だから自分に自信がないと何も表現できないわけではないんですよね。
自分自身は何が正解かもわからないから、ぼんやりとしたものを描くしかないのですが、そういうぼんやりとしたところで生きている人もたくさんいる。
大人は分かったようなことを言わなければいけない立場だとしたら、そのままの部分を子供に伝えてもいいはずです。自分が子供の時にそれを言ってもらえたら少しホッとしたと思います。子供側も、だったら大人にもう少し優しくしようかなとなるかもしれない。
だから僕がそのぼんやりとした部分を描くことで、救われる人もいるんじゃないか。何より僕自身が、「正論としてはわかるけど、でもそれってできないよね」と傷を舐(な)め合って生きていきたいなと思っているんです。
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1973年神奈川県生まれ。筑波大学大学院芸術研究科総合造形コース修了。2013年、『りんごかもしれない』(ブロンズ新社)で絵本作家としてデビュー。第61回産経児童出版文化賞美術賞を受賞。『りゆうがあります』(PHP研究所)『おしっこちょっぴりもれたろう』(PHP研究所)などでMOE絵本屋さん大賞第1位を通算5回受賞。『つまんない つまんない』(白泉社)で、2019年ニューヨークタイムズ最優秀絵本賞を受賞。2児の父。
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(絵本作家 ヨシタケシンスケ 文・構成=塚田有香)
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