勉強嫌いな「のび太」ほど、勉強はスマホでやったほうがいい
プレジデントオンライン / 2020年2月19日 9時15分
■深刻化する生徒たちの「二極化」問題
インターネットなどの通信情報技術(ICT)を教育に活用し、紙と鉛筆が中心だった教育をアップデートしようという動きが世界的に広がっている。これは「エドテック」(EdTech)と呼ばれている。文字通り教育(Education)と技術(Technology)を組み合わせた造語だ。
こうした動きに合わせて、今、「学習アプリ」に熱い視線が向けられている。教員不足と言われる中、生徒一人ひとりの習熟度に合わせた「オーダーメイド教育」を実現できると期待されているからだ。
学校現場では、学力や学習意欲の二極化が問題になっている。有名なアニメである「ドラえもん」の中に出てくる出来杉くんのような「勉強する意欲がある子ども」のグループと、のび太くんのような「まったく勉強する意欲のない子ども」のグループが同じクラスの中に存在するというわけだ。
教室の中には習熟度も学習意欲も異なる生徒がいる。そこで、生徒全員にタブレットやパソコンを提供し、学習アプリを用いれば、生徒一人ひとりに適した学習が可能になるのではないか。こうした見解が、学習アプリに期待が寄せられる背景にある。
■学習アプリの効果検証は未開拓分野
しかし、こうした新技術が「二極化」を拡大させる恐れもある。そうなれば、まさに本末転倒。勉強する意欲がないのび太くんグループの学力や学習意欲をいかに引き上げることができるかが課題となろう。
ここで、エドテックがどのように効果があるのか先行研究を紹介したい。もともとの「学力」の高さとエドテックの効果の関係性についての研究はいくつか存在するが、分析結果のコンセンサスは確立していない。また、もともとの「学習意欲」の差がどのように影響するかは、これまであまり研究されてこなかった。
エクアドルでマス・テクノロギアという数学ソフトウェアを用いた研究では、高い成績を修めている生徒にエドテックの効果があったと結論付けられた(Carrillo et al. 2011)。一方で、成績が低い生徒にエドテックの効果が大きく現れたとするインドの100以上の小学校を対象とした研究もある(Linden. 2008)。
学習アプリの効果を明らかにするためには、アプリを用いて学習をする生徒と、紙と鉛筆を用いた通常の授業で学習する生徒をランダムにわけて同時に比較することが望ましい。
こうした実験を日本国内で行うことは難しいことから、慶應義塾大学総合政策学部の中室牧子研究室は、パズルや迷路、図形などを用いた、思考力育成アプリの開発を手がける「花まるラボ」の協力を得て、2018年4月から8月にカンボジアの小学生約1600人を対象にした大規模な調査を行い、学習アプリの効果について検証した。
■日本よりも深刻なカンボジアの学力格差、教員不足
カンボジアは東南アジアで最も貧しい国だ。小学校に通っているものの、生活に最低限必要な読み書きや計算ができない生徒が多い。カンボジアの有力紙プノンペン・ポストも2018年に、「小学2年生の30%が単語の読みができない」と報じた。世界銀行はこの事態を「学習危機だ」と警鐘を鳴らす。
この学習危機の要因は、学力格差の拡大に加えて教員の不足が挙げられる。カンボジアの初等教育は、教員1人あたりの生徒数が約44人で、世界各国の平均(約24人)と比べて担当する生徒数がかなり多い。このため、生徒一人ひとりに目が行き届かなくなることが問題視されている。
教員不足は他の途上国でも見られる問題だ。世界銀行の資料によると、多くの途上国で、実際の授業時間が規定された授業時間を下回っていることがわかる(図表1)。
所得の低い国、特にサハラ砂漠以南に位置するアフリカ諸国を中心に、学校に通っているものの最低限の読み書き計算の能力が持たない生徒の数が目立っている(図表2)。途上国の教育の質の低さがうかがえる。
■カンボジアでの大規模調査で分かったこと
今回の学習アプリを使った独自調査では、カンボジアの首都プノンペン周辺にある5つの小学校に通う小学1~4年生1600人を対象に行った。学習アプリを用いるクラスと、アプリを用いないクラスに生徒をランダムに振り分け、3カ月にわたって授業を行い、アプリが生徒の「学力」と「学習意欲」に与えた効果を検証した(ランダム化比較試験)。
学習アプリは、株式会社花まるラボ(現・ワンダーラボ株式会社)から提供された小学生向けの「Think!Think!」という思考力育成アプリを使用した。このアプリの特徴は、利用者である児童一人ひとりの思考力に合わせた難易度の出題ができるという点だ。
調査の結果、学習アプリを用いたクラスの生徒の学力テストやIQ(知能指数)テストの点数は大きく向上した。具体的には、学習アプリを用いたクラスの生徒は、アプリを用いなかったクラスの生徒と比べて、全国学力テスト(NAT)の結果は偏差値が約6.7上昇した。
代表的な国際学力調査の一つである国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)の結果も、偏差値6.0、IQスコアは約9ポイント高くなった。学習アプリは学力向上にとって有効なツールだということが改めて確認できる。
■「学力の底上げ」と「二極化解消」に効果的
しかし、私が今回の調査で強調したいのは、もともと学習意欲の低い生徒たちにより大きなメリットがあるという点が明らかになったことだ。今回の調査では、あらかじめ生徒の学習意欲を心理学の方法で計測し、意欲が高いグループと低いグループに分けてアプリの効果を検証した結論だ。
私たちは、「IQ」「全国学力テスト」「学習意欲」の3指標について、意欲の高いグループと低いグループの3カ月間の変化を比較した。すると、意欲の低いグループは、意欲の高いグループに比べて「学習意欲」と「全国学力テスト」の点数により大きな上昇が確認できた。意欲が高いグループにより大きな効果が出たのは「IQ」だった(図表4)。
「IQ」も「学力テスト」も賢さを表す指標だが、「IQ」はより純粋に認知能力(いわゆる地頭)を計測しているが、「学力テスト」は地頭だけでなくテストで問題を解くスキルや事前に準備したかなどいくつかの要因が合わさった結果だと言える。つまり、学習アプリを活用することで、意欲の低い生徒たちのモチベーションを高めて学力の底上げを促すことができる可能性を示していると言えよう。
■日本の教育現場の救世主になれる
この調査で、学習アプリを使えば、もともと勉強のやる気のある生徒だけでなく、意欲の低い生徒のやる気や学力を高めることができることが分かった。これはカンボジアの小学校で行った独自調査であるが、日本の教育現場にも当てはめて考えることができる。
現在、日本でも教員不足が叫ばれている。朝日新聞が行った全国調査によると、2019年5月1日時点で、1241件の「未配置」があった。教育委員会が独自に進める少人数学級の担当や、病休や産休・育休をとっている教員の代役などの非正規教員が見つからないことが大きな要因だった。
そのため、教員不足は教師一人あたりの生徒数の増加につながり、生徒一人ひとりへのきめ細やかな対応を困難にするのではないだろうか。授業について行けず、置いてけぼりの生徒のフォローに手が回らず、学力のばらつき具合の拡大を引き起こすと予想される。
調査で明らかになったように、学習アプリは学力の底上げを通じてクラス内の学力格差を緩和し、「学習危機」の解決に大いに役立つ。学習意欲のある優秀な生徒にも、やる気がなくて授業内容への理解が遅れがちな生徒にも、それぞれに合った学習の進め方を行うことができる。教師が不足し、一人ひとりの生徒をケアしきれていない教育現場を中心に活用をより一層、積極的に推進していくことが必要である。
参考資料
・Banerjee, Abhijit V, Shawn Cole, Esther Duflo, and Leigh Linden. 2007. "Remedying education: Evidence from two randomized experiments in India." The Quarterly Journal of Economics, 122(3): 1235-1264
・Carrillo, Paul E, Mercedes Onofa, and Juan Ponce. 2011. "Information technology and student achievement: Evidence from a randomized experiment in Ecuador."
・Barrow, Lisa, Lisa Markman, and Cecilia Elena Rouse. 2009. "Technology's edge: The educational benefits of computer-aided instruction." American Economic Journal: Economic Policy, 1(1): 52-74.
・Linden, Leigh L. 2008. Complement or substitute?: The effect of technology on student achievement in India. InfoDev Working Paper, Columbia University.
・World Bank. 2017. World Development Report 2018: "Learning to Realize Education's Promise." The World Bank.
・Yasenia, A.(2018). Region in 'learning crises'
・Gneezy, U., List, J. A., Livingston, J. A., Qin, X., Sadoff, S., & Xu, Y.(2019). "Measuring success in education: the role of effort on the test itself." American Economic Review: Insights, 1(3), 291-308.
・朝日新聞2019年8月5日付朝刊1面「公立小中、教員不足1241件 代役の非正規見つからず 朝日新聞社調査」、3面「教員穴埋め、非正規頼み限界 特別支援学級増、産休も育休も増」
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慶應義塾大学総合政策学部生
1998年、兵庫県生まれ。2016年、慶應義塾大学総合政策学部入学。中室牧子ゼミで、途上国の開発問題を中心に実証研究に取り組む。途上国の情報を発信するメディア「ganas」でのライターや、インドネシアに1年留学した経験を持ち、インドネシア語や留学先の街で使われていた民族語も話す。
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(慶應義塾大学総合政策学部生 土屋 優介)
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