市販のカゼ薬も医師の処方するカゼ薬も、どちらもカゼは治せない
プレジデントオンライン / 2020年2月19日 9時15分
※本稿は、木村知『病気は社会が引き起こす』(角川新書)の一部を再編集したものです。
■あのCMは真っ赤なウソ
カゼの症状が出たときに、医療機関にかかる前に、とりあえず市販の薬を飲むという人もいるだろう。総合感冒薬のCMで、「速攻◯◯アタック」とか「効いたよね、早めの◯◯」というキャッチコピーを繰り返し聞かされ続けていれば、「カゼを引いたら早めに薬で症状を抑えないと長引いてしまう」「早く治すためには、症状の出始めに薬を飲むべきだ」と思ってしまっても仕方ない。
たしかにこれらの総合感冒薬に含まれている成分は、解熱鎮痛剤、鎮咳薬、去痰剤、抗ヒスタミン剤、気管支拡張薬など、カゼの諸症状を力尽ずくで抑え込もうとミックスされた最強の布陣ともいえる。
しかし、これらの総合感冒薬がカゼに著効したという経験を持っている人は、多くないはずだ。それもそのはず、これら各々の薬剤はカゼを治す効能を持っていない。長引かせない効能もない。つまり早めに飲んだからといって早く治るわけでもないのだ。多少は症状が一時的に緩和されることもあろうが、大した効果を期待できるものではない。
事実、2017年、米国胸部医学会の専門家委員会は、「カゼに効く」とされているあらゆる治療法には、効果を裏付ける質の高いエビデンスがあるものは一つもなかったとし、「カゼによる咳を抑えるために市販の咳止めやカゼ薬を飲むことは推奨されない」との見解を示している。つまり、これらの薬の服用は無意味であり、CMのキャッチコピーは真っ赤なウソ、効能・効果に関して虚偽または誇大な広告の流布を禁ずる薬事法第66条に抵触し得るのだ。
■「市販薬は弱いから効かない」は誤解
患者さんの中には、市販薬は「弱い薬」だから効かない、医療機関で処方される薬は「強い薬」だから効くと思っている人も少なくないのだが、市販の総合感冒薬に入っている個々の成分と、医師がカゼの患者さんに出す処方薬の成分とに大きな違いはない。むしろ私はカゼの患者さんに、ここまで多くの薬を組み合わせた最強の処方をしたことはかつてない。
いくらこれらの薬を組み合わせたところで、カゼの症状を早期に改善させることが不可能であると知っているからだ。そもそも自己防衛反応ともいえる発熱や咳を、解熱剤や鎮咳薬で無理やり抑え込もうとしてはならないのだ。
効かないばかりか、各々の成分による副作用の方が懸念される。特に乳幼児には市販の総合感冒薬シロップは飲ませてはならない。これらの多くの製品には、解熱剤がすでに混入されているからだ。解熱剤はできるだけ使用しないか、仕方なく使用する場合でも、頓服とすべきである。朝、昼、晩など定時で飲ませるべき薬ではない。
どうしても何か処方するならば、市販薬のミックスされた成分のうち、症状から見て不要な成分を抜いて処方するということになるだろう。乳幼児をカゼと診断した場合には、私は薬を出さないか、出しても去痰剤の一剤くらいとしている。
いずれにせよ、市販薬にも医療機関で処方される薬にも、カゼを早く治す効果は一切期待できないのである。
■ウイルス感染症であるカゼに抗菌薬は効かない
なぜカゼを治せる薬はないのだろうか。いわゆるカゼというのは、ウイルスによる感染症だ。原因となるウイルスは、少なくとも200種類は存在するといわれており、しかも、カゼの半数以上の原因ウイルスであるといわれるライノウイルスには、それだけでも、少なくとも100種類の遺伝学的に異なるウイルス株があるとされる。
この数百というウイルスをすべて個別に識別して駆逐してくれる薬剤を作ることは事実上、不可能であるし、そもそもカゼという自然治癒する病気を根絶するために、多額の研究開発費を投じて薬を開発しようと考える製薬会社が現れることもないだろう。ウイルスゆえに抗菌薬(抗生物質)も効かない。抗菌薬が効くのは、ウイルスとはまったく異なる構造を持った病原体である「細菌」に対してだ。
昔はカゼの場合でも、医師から抗菌薬が処方されるケースが多かった。私の祖父は父方・母方の2人とも医師(内科・小児科と耳鼻科)だったが、幼いころ頻繁にカゼを引いていた私も、そのたびに抗菌薬を飲まされていた。明治時代生まれの医師たちには、抗菌薬濫用による薬剤耐性菌発生リスクという認識がなく、むしろ抗菌薬に対する期待の方が強かったのかもしれない。
■説得に時間をかけずに不必要な処方をしてしまう医師
実は、現在もルーチンワークのようにカゼに抗菌薬の処方をする医師はいる。抗菌薬信仰ともいえるような科学的根拠に乏しい慣習が代々引き継がれてきているのだ。加えて、「せっかく医療機関に来たのだから、市販では買えない成分である抗菌薬を処方してあげないと、患者さんは満足して帰ってくれないだろう」という、極めて非科学的なサービス精神によるものである可能性もある。
診察所見からはまったく抗菌薬を必要としない患者さんから、抗菌薬の処方を強く要求されることも少なくない。抗菌薬が不要であることを説明しても納得してもらえないときに、さらに時間をかけて理由を説明するよりも、要求のままに処方してしまったほうが時間的ロスも精神的ストレスもない、という医師の声も聞く。
実際の現場を知っている私自身、そのような処方を頭ごなしに非難できない。特に、冬場などインフルエンザやカゼといった発熱を伴う急性疾患が急増する時期には、一人ひとりに十分な時間をかけていられないため、押し問答になるくらいなら、要求のままに処方してしまうという致し方ない状況もあるだろう。しかし、そのような悪循環をどこかで断ち切らないと、不要な抗菌薬の使用が今後も続けられてしまうことになる。
■医療機関はカゼを治すための場所ではない
行政は薬剤耐性菌対策として、2018年の診療報酬改定で「小児抗菌薬適正使用支援加算」を導入した。具体的には、一定の施設基準を満たした小児医療機関に、カゼ症状または下痢で受診した子どもについて、診察の結果、抗菌薬の使用が必要でないという説明や療養上必要な指導を保護者などに対して行った上で、抗菌薬の処方を行わなかった場合に、初診時に限って医療機関側に診療報酬として80点(800円)を加算するというシステムだ。
小児科専門医による時間をかけた丁寧な説明を評価する加算ともいえるが、抗菌薬の適正投与は、これら小児医療に精通した専門医においてはすでに実施されているはずである。むしろ非専門医に適正投与を促す施策を講じなければならないだろう。
私たち医師はカゼを治すことはできない。あくまで医療機関は、カゼかカゼでない疾患であるかを鑑別するための機関であって、カゼを早く治すためにある機関ではない。そのことをまずは知ってもらいたい。
しかし一部には、カゼを力尽くの処方で治せると考えている医師もいるようだ。
いわゆるカゼ症状でほかの医師に薬を処方されたにもかかわらず、「薬を数日飲んだが、鼻汁や咳の症状が全然よくならない」と来院する患者さんがときどきいる。お薬手帳を見てみると、重症感染症に使ってもおかしくないような抗菌薬と、強力な鎮咳薬、去痰剤2種類、抗ヒスタミン剤、気管支拡張剤、そして解熱鎮痛剤など、フルコースの処方をされていることがあるのだ。繰り返すが、これらを服用してもカゼを治すことはできない。
■カゼの治療は「ゆっくり休むこと」しかない
これらフルコースの処方でも改善しないのは、それが特殊な病気だからではない。逆説的だが、いかなる最強の布陣の処方をもってしてもすぐ治らないのは、それが普通のカゼの症状であることを証明しているといってもよいだろう。
![木村知『病気は社会が引き起こす』(角川新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/9/200/img_79d139488b02834f40861fbaf9e5b6ca208992.jpg)
とはいえ「こんなつらい症状では、仕事にならない。やっぱり早く治してくれないと」という方も多いと思う。診察室で患者さんと話していても要望のほとんどがそれだ。多くの人の関心事は「いつから仕事に復帰できるのか」「いつから学校に行けるようになるのか」ということなのである。
しかしカゼやインフルエンザでつらい間は、そもそも「仕事にならない」のだ。つらい間は身体を休めるしかない。罹かかった人は、自身の安静のためと、周囲に感染を拡げないためという2つの理由のもと、仕事や勉強など気にせず堂々と休んだ方がいい。いや、休まねばならないのだ。
政府は、セルフメディケーションといって、カゼの治療は医療機関でなく、市販薬を買って対処するよう推し進めているが、効くはずもない薬を買うより、効果的でムダがなく、身体にも負担をかけないのは、焦らずゆっくり身体を休める「セルフケア」だ。水分を十分に摂とって、嫌いでなければ温かいチキンスープでも飲んで、夜の咳込みがつらければ寝る前にティースプーン1杯のハチミツを舐(な)めて、ゆっくりと身体を休めよう。その「ゆっくり休める」という社会をいかに作っていくかが重要なのだ。
■カゼの諸症状こそ一番の「薬」だ
当然ながらこのような「カゼへの対処法は服薬ではなく休息だ」という知識が常識となれば、カゼを早く治すために、との意図で受診する人、市販薬を買って飲む人は激減し、医療機関や薬局の収益は減るだろう。製薬会社も、一般用医薬品の国内市場約6500億円のうち1000億円を超える規模とされるカゼ薬関連市場を失いたくないかもしれない。
しかしカゼという自然治癒する疾患を治すために、効かない薬、副作用が出るかもしれない薬を追い求めて、貴重なお金と時間と体力を使って右往左往する人たちを、このまま放置しておいて良いとは思えない。そもそも熱、ノドの痛み、鼻汁、咳、痰といった、あの不愉快なカゼの症状は、ウイルスを排除するための免疫反応の結果、すなわち自分で自分を守るための自己防衛反応ともいえるものだ。
発熱で体温を上げてウイルスの活動を抑え、鼻づまりでさらなる異物の侵入を防いで、鼻汁とくしゃみと咳で異物を体外に排除する。あの不愉快な症状は、自己の自浄力が最大限に発揮されたがゆえの結果であるといえるだろう。
その自浄作用である症状を、薬でなくそうと考えること自体がナンセンスではないか。総合感冒薬や抗菌薬という人間が作り出したいかなる化学薬品よりも、効果的かつ理にかなった方法、「カゼ症状という薬」を用いて自分自身でカゼを治している最中なのだ。
そう考えると、カゼの諸症状こそ最強布陣の薬といえる。ヒトの身体が生まれながらに備え持つ能力のすばらしさともいえるのではなかろうか。
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医師
医学博士、2級ファイナンシャル・プランニング技能士。1968年、カナダ生まれ。2004年まで外科医として大学病院等に勤務後、大学組織を離れ、総合診療、在宅医療に従事。診療のかたわら、医療者ならではの視点で、時事・政治問題などについて論考を発信している。ウェブマガジンfoomiiで「ツイートDr.きむらともの時事放言」を連載中。
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(医師 木村 知)
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