健康な人を病院に誘導する「煽り番組」の罪深さ
プレジデントオンライン / 2020年2月20日 9時15分
※本稿は、木村知『病気は社会が引き起こす』(角川新書)の一部を再編集したものです。
■テレビの影響で「不必要な受診」をする人々
著名人が白血病や膵臓(すいぞう)がんなどの闘病生活を告白したり、めずらしい感染症が国内で発生した、との情報がテレビで取り上げられたりすると、直後から数日間、心配のあまり続々と医療機関を訪れる人が急増するという現象が、ここ数年、後を絶たない。「新型インフルエンザ騒動」の火付け役でもあるが、このような患者さんの受療行動に多大な影響を及ぼしているのが、テレビの情報バラエティと呼ばれる分野の番組だろう。
MCが深刻な表情で病気に対する不安をあおりつつ、スタジオに登場した白衣の医師がわかりやすい言葉で医学的解説を付け加えて箔(はく)を付け、「このような症状に心あたりがある人は、早めにお医者さんへ」というお決まりのパターンが放送されると、翌日の外来は私の予想した通りの状態となる。
もちろんそのほとんどは、著名人が告白したような疾患とも稀(まれ)な感染症ともまったく関係ない不必要な受診だ。不安をかき立てられ、本来であれば消費する必要のない時間と費用を使ってしまったのだから、テレビの被害者といってもいいだろう。
わかりにくいニュースを視聴者にわかりやすく伝えるというのが情報バラエティ番組のコンセプトなのだろうが、わかりやすい言葉を使うあまり、間違った知識を視聴者に植え付けることが懸念されるシーンも多々見受けられる。ぜひこのような番組を視聴する際には、鵜呑(うの)みにしないよう気をつけてほしい。
■「今年のインフルは熱が出ない」とテレビが発信した結果…
専門家としてコメントしている医師も、必ずしも番組で取り上げている疾患や話題に関する専門家であるとは限らない。数年前、インフルエンザの流行期にある情報バラエティ番組を観ていたところ、たまたま出身大学の先輩外科医が「インフルエンザに詳しい○○クリニックの○○先生」という肩書きで画面に登場し、インフルエンザに関する解説をしていた。
当時開業したばかりという話は聞いていたが、その直前までバリバリの外科医としてオペをしていた方だった。番組制作者は、いったい視聴者のことをどう思っているのだろうか。
このような番組のあり方に違和感と不信感を抱いていた私は、次のようにツイッターに投稿した。
この投稿は4万回以上リツイート(ほかのユーザーが行った投稿を、自分のフォロワーに拡散するために投稿すること)され、のべ1000万回以上閲覧された。反響の大きさは、多くの人が関心を持ったからだと思う。視聴者は正しい情報を望んでいるのだ。番組制作担当者には、恐怖と不安を煽る番組構成になっていないか、内容は適正か、かえってインフルエンザの流行を助長してしまっていないか、ぜひ慎重に考えていただきたい。これは今後、新型コロナウイルスの流行が拡大してきたときにも当てはまる懸念である。
■インフルエンザは自然治癒する病気である
番組制作者にしてみれば、冬場のインフルエンザ情報は格好の題材だ。流行情報や、典型的なインフルエンザの症状に関する情報はたしかに有益だろう。しかしこれらの番組が、インフルエンザが自然治癒する疾患であるという情報提供を行ったことがあるかといえば、私の知る限りにおいては聞いたことがない。
診察時にインフルエンザが自然治癒する疾患であるとの説明をすると、「タミフル飲まないと治らないんじゃないんですか」
と、ほとんどの人に驚かれるのも無理ないことだ。テレビでは、その事実を教えてくれないからだ。タミフルは、インフルエンザウイルスを殺してしまう薬ではなく、人体の細胞内に侵入してきたウイルスが、その細胞を利用して新たなウイルスを自己複製し、細胞外へと拡がっていくことを感染後の初期段階で抑えるものに過ぎない。何も服用しない場合に比べて発熱期間が1~2日短くなる程度だ。
熱は若干早めに下がるものの、その時点では体内から完全にウイルスが排除されている状態ではなく、他人に感染させるリスクがある。仮に1~2日早めに解熱したにせよ、社会復帰に要する期間は何も服用しない場合とほぼ同じだ。タミフルを飲んでも飲まなくても、発症から1週間程度は人に接触しないで自宅療養しなければならない。
■まるで薬の宣伝をするかのような番組
そもそもインフルエンザ治療に抗ウイルス薬を処方すべきか否かの議論が臨床医の間でも存在するのだから、番組で特集を組むなら、視聴者にはその議論の存在から知らせるべきだと思う。しかし番組では抗ウイルス薬使用を前提として、さらに特定の薬の商品名を取り上げ、その宣伝をするかのようなコメントを行う医師さえも登場するため、とても驚かされる。
抗インフルエンザウイルス薬には、内服薬で原則5日間服用するタミフル、吸入薬で原則5日間吸入するリレンザ、1日単回吸入するだけのイナビル、点滴注射薬のラピアクタなどが保険適用とされていたが、2018年3月からゾフルーザという新薬が適用となった。
ゾフルーザは、今までの抗インフルエンザウイルス薬とは作用機序(仕組み)が異なることと、1回の内服で治療が完結するという簡便性から、一気に使用する医師が増え、2018年10~12月の国内シェアは2位以下を大きく引き離す47%と一躍トップとなった。「夢の新薬登場か」と情報バラエティ番組でも多く取り上げられ、医療機関には「ゾフルーザでお願いします」と銘柄指定する患者さんも後を絶たなかった。
■ゾフルーザの耐性ウイルス問題
このゾフルーザ騒動は、「安易な使用は控えるべき。当院では採用しない」という冷静な感染症専門医の勇気ある提言と、ゾフルーザを投与された患者さんからの検出が相次いだ耐性ウイルスの発覚により、徐々に積極的に処方する医師が減ったことで、ようやく沈静化をみた。
やや専門的になるが、このゾフルーザの耐性ウイルス問題についても、少し説明しておきたい。(*)参考資料:「バロキサビル(ゾフルーザ)を季節性インフルエンザ治療に使うことはできない」(菅谷憲夫、週刊日本医事新報、2019年6月1週号)
実は、このゾフルーザ(一般名バロキサビル マルボキシル)は治験時から高い確率で耐性が生じることが指摘されていた。成人では、A香港型陽性者のうち10.9%(36/330)、2009年に「新型インフルエンザ」として流行したウイルス株の陽性者で3.6%(4/112)に耐性ウイルスが検出されたとのことだ。前者についてはタミフルなどのノイラミニダーゼ阻害薬では耐性ウイルスが発生したことはなく、後者についても、成人で0.5%程度の耐性変異であることから、これらはかなり高い数字だといえる。
■安易に使うべきでないゾフルーザ
さらに問題なのは、ゾフルーザ投与1日後に、いったん著しく低下するインフルエンザウイルスの力価(ウイルスが細胞に感染できる最低濃度)が、耐性ウイルスが出ると、投与3日後から、プラセボ(偽薬)を使用した場合を上回るレベルまで再上昇することだ。いったん感染力がおさまったように見えて、実はその後に感染力が再燃していたとでもいえばいいだろうか。いったん熱が下がったところで、職場や学校に行ってしまうと耐性ウイルスを周囲にバラまいてしまうことになる。
私自身が患者さんにゾフルーザを処方したことは、1例を除いてない。その1例は、患者さんからの強い希望で仕方なく行ったものだ。逆に、他医でゾフルーザを処方され、服用して2~3日後にいったん下がったはずの熱が再度上がった、あるいはまったく症状が改善せず、当院に転医して精査したところ肺炎を併発していた、という例を数例経験した。これらの知見を踏まえて、私は今のところ、ゾフルーザを積極的に処方することは適切ではないと考えている。
そもそも日本の医療現場では、検査でインフルエンザとの診断がつけば、ほぼ全例で当たり前のように抗インフルエンザウイルス薬が使用されているが、これは決して国際的スタンダードではない。今から10年以上前の時点でさえ、全世界のタミフルの実に約75%が日本で消費されていたのだ(IT mediaビジネスONLiNE)。
■薬が過剰に処方される日本
米国感染症学会のガイドラインは、慢性疾患や免疫低下状態の人、妊婦及び産後2週間以内の女性あるいは2歳未満および65歳以上を除いては、抗インフルエンザウイルス薬の積極的使用を推奨していない。さらに発症して2日以上経過している人への使用も原則考慮されない。
このガイドラインを踏まえれば、現在の日本ではインフルエンザ治療に際して過剰な処方が日常的に行われているといってもいいだろう。
テレビの情報が誘発する薬剤の過剰処方は、抗インフルエンザ薬に限ったことではない。
「その症状、もしかしたら○○かもしれません。思い当たる方は、すぐお医者さんへ。○○を検索」
このようなテレビCMを見たことはあるだろうか。薬剤の商品名は流れないが、これは製薬会社のCMだ。CMを通じて、視聴者の心あたりを喚起するような症状を提示すれば、不安を感じた視聴者は医療機関を受診する。
事前に製薬会社の担当者が医師に対して「CMを見て受診した患者さんには、ぜひ当社の△△という商品の処方をご検討ください」と頼んでおけば、その製薬会社の商品が売れるというカラクリだ。典型的なステルスマーケティングといえるだろう。
■医療機関と製薬会社の癒着が過剰処方を誘発する
2019年6月3日の東京新聞が1面トップで報じた記事によれば、日本製薬工業協会に加盟する製薬会社71社が、2017年度に、大学病院や医療系の各学会に288億円を寄付していたことが明らかになった。
協会側は「寄付金は医療機関の教育・研究に重要な役割を果たしている。透明性ガイドラインで、営業部門から切り離した組織が、提供の是非を判断している」などとして、利害関係を否定しているが、額面通りには受け取れない。
かつて大学病院に所属していた私から見れば、昔ほどではないにせよ、医療機関と製薬会社の癒着がなくなったと考える方が不自然だ。
「このあいだA製薬の方に世話になったから、今月はA製薬の処方、強化月間な。みんなよろしく」
このような先輩医師からの指令は、日常的だった。
製薬会社の収益は窓口負担・税金・医療保険料が原資となっているのだから、製薬会社が誘発する需要というのも医療費問題を考える上では決して無視できない。
相次ぐ新薬の登場に、医師である私たちでさえ、期待と不安に翻弄されているのが現状だ。薬剤に対する過度な忌避も問題だが、過剰な期待も依存も禁物であることを、自戒を込めて再度確認しておきたい。
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医師
医学博士、2級ファイナンシャル・プランニング技能士。1968年、カナダ生まれ。2004年まで外科医として大学病院等に勤務後、大学組織を離れ、総合診療、在宅医療に従事。診療のかたわら、医療者ならではの視点で、時事・政治問題などについて論考を発信している。ウェブマガジンfoomiiで「ツイートDr.きむらともの時事放言」を連載中。
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(医師 木村 知)
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