移民の受け入れは「高学歴女性がさらに豊かになるだけ」か
プレジデントオンライン / 2020年2月20日 11時15分
※本稿は、友原章典『移民の経済学』(中公新書)の一部を再編集したものです。
■移民が増えると高給女性の勤務時間も増える
日本では、いろいろな分野で人手不足が懸念されているが、その打開策として女性の活躍が提言されている。男女平等なキャリア形成のあり方とも相まって、女性の社会進出が課題となっているが、移民受け入れがその促進に一役買うと期待されている。移民が増えると、女性の家事負担が減り、働きやすくなると考えられているからだ。
ボストン大学のコルテスとチリ・カトリック大学のテサーダによる研究は、こうした見解を支持している(注1)。アメリカにおけるデータを分析した結果、家事代行サービスなどに従事する移民が増えることによって、働く女性の後押しをするというのだ。ただし、恩恵を受けるのは限られた女性のようだ。詳しく見ていこう。
ここでの議論は単純労働者である移民を考えている。彼らの研究では、単純労働者とは高校を卒業していない人のことで、帰化して市民になった人、または市民でない人を移民とする。年齢は16歳から64歳までで、進学しておらず、労働力として申告した移民が分析の対象だ。単純労働者である移民は、彼らが全人口に占める割合に比べ、家事代行や育児支援などのサービス産業で働く割合が、非常に高いことが知られている。分析には、1980年、90年、2000年に実施された国勢調査による移民データを使用している。
分析の結果、1980年から2000年までに流入した単純労働者である移民は、賃金の高い女性(女性の時給分布の上位25%)が職場で働く時間を、週当たり20分増やしていた。女性の賃金が低下するほど、労働時間の増加の程度は小さくなり、賃金の低い女性(女性の時給分布の中央値より下)には影響が見られない。時給を高い人から順番に並べ、真ん中より下にあたる女性、つまり、半分の女性の労働時間には影響がないのだ。
注1:Cortés, P. and J. Tessada, 2011, Low‐Skilled Immigration and the Labor Supply of Highly Skilled Women, American Economic Journal: Applied Economics 3(3), 88‐123.
■家事代行サービスに任せ、より働くようになる
こうした結果は、高時給のため時間が大事である(経済学では、時間の機会費用が高いという)女性ほど、単純労働者である移民の流入の影響を受けて、時間の使い方を変えると解釈されている。時給が高ければ、家事代行サービスにお金を払っても、元がとれるというわけだ。
それだけではない。最近まで働いていたが、現在働いていない女性への影響も考察している。それは職業に基づいた分析だ。まず、男性の賃金水準に基づいて、賃金の高い順番に職業を並べる。すると、もっとも賃金が高い職業(たとえば、医者や弁護士)の女性は、労働時間を増やしていた。しかし、現在働いていない女性が、働くようになるわけではなかった。時給が高い職業に就くような人たちは、すでに働いている割合が高いからではないかと推測されている。
また、潜在的に長時間労働が一般的である職業についても、似たような結果が出ている。男性が長時間労働(週に50時間や60時間以上)をしている割合が高い職業で働く女性の場合には、単純労働者である移民が増えると、長時間働く確率が増えていた。
さらに、教育水準が高い女性にも同様な影響が見られる。高度な技能を有する女性の労働時間が増えるのだ。特に、博士号や専門職学位(法曹や医師・薬剤師などへの学位)を持つ女性の労働時間への影響が大きくなっている。一方で、教育水準が高い女性の労働参加(働いていない人が働き始める)は認められなかった。
■“移民の恩恵”にあずかれる女性は上位25%
単純労働者である移民の増加によって、一部の女性の勤務時間が増えることは分かった。では、家事に費やす時間はどうだろう。コルテスとのテサーダの仮説は、移民が女性の家事を肩代わりしてくれるので、長時間働けるというものだ。勤務時間は増えても、家事の時間が変わっていなければ、働きやすい環境になったとはいえない。コインの表と裏を見てみよう。
コルテスとのテサーダの分析によると、賃金の高い女性(世帯主である妻または女性の時給が上位25%に入る場合)は、1980年から2000年にかけて流入した単純労働者である移民の影響で、家事の時間を週当たり約7分減らしていた。
また、彼女らが家事代行サービスへ支出する確率やその支出額も増えた。ただし、支出額は、四半期で約200円増えたにすぎない。かなり少額の変化だ。増加額が少ない理由については、分析の対象となった家事代行サービス(ハウスキーピング)には、データの制約により造園、食料品の買い物、洗濯などが含まれておらず、限定的なサービスだからだと説明している(一方、先述の家事時間の分析では、これらの家事も含まれている)。
さらに、家事代行サービスへ支出する確率やその支出額の増加は、賃金の高い女性に限られており、それ以外の女性、つまり、全体の75%の女性には認められなかった。
■移民の存在は女性の社会進出を後押しするか
まとめると、単純労働者である移民が増えると、一部の女性は家事代行サービスなどを利用して勤務時間を増やしている。それは、賃金や教育水準が高く、高度な技能を必要とする職業で働いている女性だ。しかし、それ以外のほとんどの女性には、こうした影響はない。恩恵を受けている人とそうでない人がいるのだ。
こうした研究を見ると、日本において家事代行や育児支援サービスの分野で外国人労働者の受け入れを拡大しても、恩恵を受けるのは一部の女性かもしれない。また、現在働いていない女性が働くようになる可能性も、あまり高くないことになる。ただ、受け入れる外国人数や女性の社会進出を支援する政府からの補助金などによって、周辺環境は大きく変わる。将来的な諸要因の変化により、実際にどのような効果があるかは不明だ。
■男性の所得格差が拡大してしまうワケ
ここまでの議論では、女性の社会進出は推進すべき目標ととらえている(現在の日本政府のように)。その目標達成のため、移民が役立つかどうかを考えてきた。
ここからは、女性の社会進出に関連して、面白い研究結果を少しだけ見てみよう。移民とは直接関係ないが、女性の社会進出がもたらす影響についてである。女性の社会進出が急激に進むと、思わぬ影響があるかもしれない。
マサチューセッツ工科大学のアセモグルらは、女性が働くようになったことで、男性・女性の賃金が下がっただけでなく、男性の間で所得格差が拡大した事例を紹介している(注2)。女性が高卒男性と競合したため、高卒男子の賃金が低下し、高卒男性と大卒男性の格差が開いてしまったというのだ。
これは、第二次世界大戦によって引き起こされたアメリカにおける女性の労働力参加について研究した結果だ。戦争によって多くの男性が徴兵されたが、男性の動員が多い州ほど、戦後や1950年には、より多くの女性が働くようになっていた。40年には見られなかった傾向である。戦争を契機に、女性が社会に進出したのである。
その結果、労働市場において、いくつかの大きな変化があった。まず、多くの女性が働くようになったことで、女性の賃金が低下したことだ。推計では、男性労働者に対する女性労働者の割合(女性の労働者数を男性の労働者数で割ったもの)が10%増えると、女性の賃金が7%から8%低下する。
注2:Acemoglu, D., D.H. Autor, and D. Lyle, 2004, Women, War, and Wages: The Effect of Female Labor Supply on the Wage Structure at Midcentury, Journal of Political Economy 112(3), 497‐551.
■女性と競合する高卒男性の賃金は最大で4%下がる
また、平均的な男性の賃金も低下した。ただし、その影響は女性よりも小さく、男性労働者に対する女性労働者の割合が10%増えたとき、男性の賃金の低下は3%から5%程度だ。女性労働者は、完全ではないにせよ、ある程度、男性労働者にとって代わることが分かる。経済学では、女性労働者と男性労働者は不完全代替であるという。
さらに、女性の労働供給が男性の賃金に与える影響は、すべての男性に一律ではない。戦争を契機に働き出した女性は、大学卒業や義務教育だけの男性よりも、中程度の技能を持つ高校卒業レベルの男性と競合していた。女性の労働供給が10%増えると、高卒男性の賃金は2.5%から4%低下するのに対し、大卒男子の賃金は1%から2.5%しか低下しない。
その結果、男性の間で所得格差が拡大するのだ。同じように、女性の労働供給が増えると、義務教育だけの男性よりも、高校卒業の男性の方が、賃金の低下が大きくなる可能性も示されている。義務教育だけの男性は、肉体労働に従事することが多く、女性と仕事が競合しなかったためではないかと考えられている。
この論文を読むと、良かれと思って推進している政策が、予期せぬ副作用を生む可能性に気づく。もちろん、ここでの分析結果は、あくまで短期の影響である。戦後間もなくの労働市場を考察しているからだ。移民や技術革新などの影響を考慮した長期の影響は、もっと複雑になり、短期の影響と違うかもしれないとされている。
ただ、1980年代や90年代を対象にした研究でも、女性の賃金上昇と男性の格差拡大の関係を示唆する論文がある。どのような政策でもそうだが、利益を享受する人がいる一方で、不利益を被る人もいる。いいことずくめではなさそうだ。
■結果として少子化を推し進める事態になりかねない
杞憂かもしれないが、日本でも外国人労働者の受け入れによって家事代行や育児支援サービスが拡大し、女性の社会進出が進むと、男性の経済格差が拡大するかもしれない。収入の低い男性が増えると、晩婚化や未婚化を加速させるだろう。
内閣府の調査によると、若い世代で未婚・晩婚が増えている理由について、独身男性では、経済的に余裕がないからという回答が52%もあり、もっとも多い回答になっている(「家族と地域における子育てに関する意識調査」平成26年)。すると、少子化がますます進み、せっかく育児支援サービスが利用しやすくなっても、子供の数が減ってしまっているという本末転倒な事態になりかねない。
移民が家事代行や育児支援サービスに従事することによる恩恵は、長時間働けることだけではない。それ以外の活動も増える可能性がある。女性の社会進出とセットで議論されることの多い政策課題には出産もある。続いて、移民による家事代行や育児支援サービスの充実によって、出生数が増えるのかを考えてみよう。
■労働力率と出産率はそれほど関係しなくなっている
自分の限られた時間を、働くことと子育てに割り振らないといけない女性は大変だ。もちろん、就業と養育の両立は性別を問わない問題だが、これまでの研究を見ても、世界的に「育児負担が女性に偏っている」という認識がうかがえる。
たとえば、働くことと子育てを両立する難しさは、しばしば女性の労働力参加と出産の間の相関によって分析される。そして、個人レベルで女性の労働力参加と出産の関係を見てみると、負の相関があることが知られている。つまり、働くほど出産が減る、もしくは、出産が増えると働かなくなる。どちらかの選択をあきらめないといけないわけだ。
しかし、過去50年を通じて、国家内における労働力率と出産率の相関はかなり弱まっている。働くことと子育て、どちらかを選ぶともう一つを犠牲にしなくてはいけないわけではなくなってきているのだ。
■米国では移民が子育て費用を下げている可能性がある
こうした現象の理由の一つとして、単純労働に従事する移民の安定的な流入が寄与しているという見解がある。単純労働者の移民の流入が、技能労働者である市民の子育てに関わる費用負担を減らしたというものだ。
1980年から2000年までの国勢調査のデータを使って、アメリカにおける70の大都市の状況を検証した研究がある(注3、図表1)。アメリカの大都市では、その都市における大卒男性の1人当たり所得と比べて、育児支援分野での賃金が低下している。特に、生産活動に従事する人口である「生産年齢人口」に占める単純労働者の移民割合が増えているほど、こうした賃金の低下も大きくなっている。つまり、アメリカでは、単純労働者である移民が子育て費用を下げている可能性がある。
この研究では、仕事と出産の両立がしやすくなっていることを検証するにあたり、「大卒である非ヒスパニック系の女性」に分析対象が限定されている。これは、労働市場において、移民と競争することで生じる影響をできるだけ排除するためだ。移民によって子育て費用が下がっても、移民と競合することで市民の賃金も下がれば、彼らの仕事や出産に影響を与えるかもしれない。この研究では、移民による子育て費用低下の影響に集中したいわけだ。
注3:Furtado, D. and H. Hock, 2010, Low Skilled Immigration and Work‐Fertility Tradeoffs Among High Skilled US Natives, American Economic Review 100(2), 224‐228.
また、単純労働者である移民とは、高卒もしくはそれ以下の学歴である移民を意味し、ドミニカ共和国、エクアドル、ハイチ、メキシコ、ポルトガルの出身者となっている。彼らは、大卒である非ヒスパニック系の女性と労働市場で競争することが少ないと想定されている。
■移民の増加で市民間の格差が広がるかもしれない
分析の結果、移民のおかげで、高学歴の女性市民は、仕事も出産も両立しやすくなると指摘している。ある都市において大部分がヒスパニック系である単純労働者移民の割合が増えると、その都市に住んでいる大卒でヒスパニック系でない女性市民の労働参加と出産の兼ね合いが弱まるのだ。つまり、移民が主要な役割を担っている育児支援サービスを利用できるので、出産しても仕事をあきらめなくてよくなったのだ。
女性の社会進出についてと同じような結論になっているのが分かる。恩恵を受けるのは高学歴の女性だということだ。移民の増加が、それ以外の女性にとって、仕事と出産の両立に役立つかどうかは不明だ。移民と仕事を奪い合うような女性には、どのような影響があるかは分析されていないからだ。
ただ、技能を持たず、賃金が低い女性には、移民の増加による家事代行サービスの恩恵があまりないことや、自分たちの雇用や賃金に影響が出る可能性も考えると、高学歴でない女性には仕事と出産の両立という恩恵はあまりなさそうだ。また、恩恵を受ける人とそうでない人の間で、格差が開くかもしれないことにも注意が必要である。
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青山学院大学国際政治経済学部教授
東京都生まれ。2002年、ジョンズ・ホプキンス大学大学院よりPh.D.(経済学)取得。世界銀行や米州開発銀行にてコンサルタントを経験。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)経営大学院エコノミスト、ピッツバーグ大学大学院客員助教授およびニューヨーク市立大学助教授等を経て、現職。著書に『国際経済学へのいざない(第2版)』日本評論社、『理論と実証で学ぶ 新しい国際経済学』ミネルヴァ書房、『実践 幸福学』NHK出版新書など。
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(青山学院大学国際政治経済学部教授 友原 章典)
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