柔道選手の減量法には一般人向けダイエットのヒントが詰まっている
プレジデントオンライン / 2020年3月14日 11時15分
2012年のロンドン五輪で、日本男子柔道は金メダルがゼロに終わった。柔道は1964年の東京大会で初めて組み込まれ、11度目の参加で初めての屈辱だった。「柔よく剛を制す」が本家の理想だが、パワー負けは顕著で剛に屈したことになる。危機感を覚えた柔道全日本男子代表チームの井上康生監督は、日本体育大学准教授のボディビルダーで、「バズーカ」の異名を持つ岡田隆に体力強化の大任を託した。お家芸の復活を支えた体づくりの達人に、その極意を聞いた。
■筋トレで躍進した日本柔道勢
岡田は、柔道全日本男子代表チームの体力強化部門長に着任したころの記憶を淀みなく辿り始めた。
「当時は筋トレでビッグ3といわれるベンチプレス、スクワット、デッドリフトの正しいフォームも浸透していなくて、柔道そのものの練習以外は走っておけばいいという認識でした。食事面も同様で、体づくりについては本当に基本的なことから説明することになりました」
まず岡田は、ロンドン五輪翌年に開催された世界柔道選手権で道着を脱いだ外国人選手たちの写真を片っ端から撮りまくり、日本代表チームの選手たちに見せた。元来日本の選手たちは技術水準が高く、それを過信している傾向があった。しかし一目瞭然の彼我の差が危機感を煽った。
■筋トレの重要性には気づいていた
「柔道の創始者・嘉納治五郎先生は、海外から筋トレの著書を持ち帰り、翻訳出版しているんです。そのころから筋トレの重要性には気づいていた。しかし技術だけでも戦える時代があり、筋トレを重視する時期と流れが交互に巡るようになったんです」
井上監督自身は積極的に筋トレに取り組み、世界を制した。だからこそ日本勢が筋力で圧倒され技術を発揮できなくなった状況に直面し、変革の必要性を痛感した。
「最初の2年間ほどは、食事面の改善も含めて何度も講習会を開き、筋肉がなぜ必要なのか、洗脳をしたつもりです。オフ明けには体重チェックもしていましたが、選手たちの意識が高まると必要がなくなり、ビュッフェ形式の食事でもバランスのいい選び方ができるようになりました。大きな刺激を与えたのが七戸龍の存在です。
筋トレをしまくると瞬く間に強くなり、世界選手権の100キロ超級で2年連続して決勝に進出。世界中の柔道家が目標にするテディ・リネール(フランス=世界選手権10連覇、五輪連覇)をギリギリまで追い込んだ。そんな七戸を見て、全く筋トレをしていなかった原沢久喜(100キロ超級リオ五輪銀、グランドスラム5度制覇)も取り組むようになり台頭してきたんです」
体づくりの重要性の自覚が浸透すると、選手たちは平常から体重をコントロールし、試合に近い状態で練習にも臨むようになった。
「16年のリオ五輪のころには、どの階級でも外国勢と比べて体で見劣りすることはなくなり、むしろ大野将平(73キロ級)のように上回る選手も出てきました。彼の場合は、もともと筋トレをやっていたので劇変ではありませんが、まったく軸がぶれず組み負けすることもなく、危なげなく金メダルを獲得しました。
同じ体つきなら、日本選手のほうが技術で上回る分だけ有利になりますからね。ただ100キロ超級だけは日本人の骨格では難しい。リネールなどは140キロ台の肉体を自在に操る。日本人だと120~130キロくらいが限度という選手が多い。それを超えると“あんこ体形”になってしまうので、現行の技をかけ続けないとすぐに指導が出るルールでは生き残り難いですね」
筋トレや食事改善を軸とした体づくりは、アスリート化を促す新ルールに即した必然の選択だった。こうして4年前のリオ五輪では一気に巻き返し、全階級でメダルを獲得。だが半面日本陣営には、優勝候補たちが金を取り逃したという反省もあり、次の東京大会へ向けて「さらに一歩先に行くために」施策が講じられた。
「リオ五輪を検証し、体力面では問題がなかった。次はその上の肉体を目指すとともに、メンタルを鍛える必要性も感じました。さすがに五輪の舞台では、金メダルを有力視された選手たちに緊張が見られて力を出し切れなかった。あの異常な状況でも勝つには普通のことをやっていてもダメ。突き抜けなければいけないと考えたんです」
筋力は増した。そこで今度は、その筋力に頼るのではなく、武装した体をしなやかに使いこなすことがテーマになった。
「筋トレを例にとれば、同じ重量でも、いかにスピーディーに正確に挙げるかを求めました。一方で代表チームとしては、茶道、座禅、ヨガなど“静の世界”で自分と向き合い、自衛隊の訓練を導入するなど様々な試みを実践してきました」
ロンドン五輪からリオ五輪までの4年間で、日本柔道は体づくりに焦点を絞り復活した。だがそれは必ずしも誰にでも当てはまる成功の方程式ではない。
「阿部一二三(66キロ級世界選手権連覇)は日体大入学時から見ていますが、良い食事と睡眠をとり、誰よりも激しく柔道の稽古に集中しています。それだけで海外へ出てもまったく力負けしない。まだ筋肉は成長すると思いましたが、それを早める必要はないと筋トレを重視してこなかった特殊なケース。ここまで理想的な成長をしていると思います」
岡田は、筋トレの導入には「繊細な判断が必要」と強調する。
「筋肉だけに負荷が集中するので、成長も速い分ダメージも大きい。筋肉痛がある状態で、効果的にスキルを磨けるのか、という問題があります。原沢やベイカー茉秋(リオ五輪90キロ級金)の強みは、もともと軽いクラスのときにいろんな身のこなしを覚えたことです。だから体重が増えても、軽量級並みの動きができる。やはり若いときはスキルを磨くことを優先するべきでしょうね。なるべく筋力は伸びしろとして残しておくほうがいい」
■よく噛んで食べる人は太らない
トップアスリートの強化は一見別世界の出来事のように映るが、実は根の部分で一般人の健康管理に通じている。例えば効率を追求する柔道の減量には、ダイエットへのヒントが詰まっているのだ。
「柔道の代表選手たちも1週間に400~500グラム程度しか落としません。最終段階で水抜きをしますが、抜きすぎてはいけない。試合前日の計量でリミットを下回るわけですが、翌日のリバウンドは制限体重の5%まで認められています。60キロ級なら計量の後に、炭水化物、糖質などの栄養素を入れて3キロリバウンドをして強くなるわけです」
■ストレスを最小限にとどめて少しずつ進める
当然一般人に最後の水抜きは禁物。ストレスを最小限にとどめて少しずつ進めるのが、ダイエットを成功させるコツだという。
「とにかくカードは1枚ずつ切る。例えば体脂肪を落とすと、最初は効果がてきめんに表れますが、だんだん体が慣れてくると止まってしまう。そうしたら次のカードを切ればいいんです。いっぺんにいろんなカードを切り一気にガクンと落とすと、逆にヤケ食いを誘発しリバウンドに繋がりますからね」
一般人へ推奨するカードは次の3枚。くれぐれも1枚ずつクリアしていくのが肝要だ。
「筋トレすらしたくない人は、まず食物繊維の摂取量を増やす。ここは柔道選手も一緒。便通がスムーズになり、腸の状態が良好になる。これだけで痩せる人も結構います。ただし野菜を大量に食べるのは難しいし、野菜で摂取できる食物繊維の量にも限界がある。そこでお勧めなのが大麦。高密度の食物繊維が入っています。こうして穀物からしっかり食物繊維を摂るだけで、だいぶ変わってきます」
2枚目のカードは、脂質を減らし、代わりにタンパク質を増やしていくことだ。
「もしイタリアン、フレンチなどドロドロしたドレッシングを使っていたなら、ノンオイルの青じそなどに替える。あるいはフライにしていた魚を焼く。それだけでもだいぶ脂質をカットできます。アスリートのタンパク質摂取量は体重1キロあたり2グラムが目安。70キロの人なら140グラムの摂取が要る。でも一般人はその半分でいい。腹が減ったらタンパク質。これなら同じカロリーを摂取していても痩せます」
そして3枚目のカードは、単純によく噛むことである。
「25回以上噛むグループと、それ以下のグループを比較し、前者のほうが、代謝が上がったというデータがあります。概して丁寧に噛む人は太らない。だから逆に噛まざるをえない食材を選べばいい。鶏の胸肉、スーパー大麦、ブロッコリーなどを摂り、噛むことを習慣づけていくことが大切です」
最後に岡田は、簡単で効率的な運動も紹介してくれた。
「柔道家が足腰を鍛えるのに最も効果的なのが階段ダッシュです。一般の方も、エレベーターやエスカレーターをやめて階段を上るだけで物凄く足腰が強くなるはずです」
アスリートの辿る道をなぞるだけで、元気に五輪を楽しめそうである。
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日本体育大学体育学部准教授
日本オリンピック委員会強化スタッフ(柔道)、柔道全日本男子チーム体力強化部門長を務め、リオ五輪では、7階級制となってから初となる柔道男子全階級メダル制覇に貢献。
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(加部 究)
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