優秀な社員ほど流出する会社は「ジャニーズ事務所」と同じだ
プレジデントオンライン / 2020年2月19日 15時15分
■芸能界の「闇営業」問題に絡んだ“予兆”
2019年、世間で盛んに話題にされたことのひとつが、芸能界の「闇営業」である。
この闇営業について「タレントが反社会勢力の仕事を受注すること」と理解している人も少なくないが、本来の意味は「タレントが事務所を通さずに仕事を受注し、中間マージンを抜かれることなく報酬を得ること」を指している。
昨年は多くの芸人が謹慎処分をくらったが、なかには事務所からマージンとして抜かれる額が多過ぎて、困窮のあまり闇営業に手を染めた者もいた。
そして2020年、闇営業問題でもっとも目立った吉本興業は(ロンドンブーツ1号2号の田村淳がコメントしていたことによると)、報酬が5万円までの仕事であれば、事務所を通さずに引き受けてもよいことになったという。これは、芸能事務所としては大幅な譲歩といえる。
こうした動きは、今後、芸能人と事務所の関係性が変わっていくことの予兆と捉えてもよいだろう。そしてこの機運を、単に芸能界だけの変化として、対岸の火事のように眺めているだけではいけないとも思う。むしろ、効果的な人材マネジメントのヒントとして、一般企業としても動向を注視しておく必要があると、私は考えている。
■ひとたび売れたら大金持ち。だから耐える
芸人の貧乏話はいろいろ耳にするが、私が聞いたなかでもっともすさまじかったのは「1カ月の給料が13円」というものだ。2000年代半ばごろ、芸能人がこぞって参入していた「着ボイス」のダウンロード1回分の印税額だという。しかもこれは芸人本人が自腹でダウンロードしたものらしい。仮に販売額が100円だったとしたら、87円は本人の「持ち出し」に相当することになる。
「芸能人」という職業は当たれば超大金持ちになれるだけに、売れていない時代の極貧も「自分はまだ下積み中だから」などと甘んじて受け入れる素地がある。さらに事務所は「貧乏がつらい? オマエが売れないのが悪い」「オマエを育てるためにこれまでいくらかかったと思っているのだ」といった調子で、時には突き放すようなことすら言ってくる。確かに正論なのだが、やりがいを搾取していると見ることもできそうだ。
とはいえ、ひとたび売れてしまえば月収が何千万単位、億単位になったりすることもある世界。だから彼らは事務所の方針に従い、売れる日を夢みて働き続ける。
■ギャラを3~4割、事務所に抜かれ続けて
しかしながら、事務所にギャラの3~4割を抜き取られる日々が続くと、次第に不満がたまってくることは容易に想像できる。なかには9割取られる事務所もある、とも報じられている。一方で、仮に売れているのがタレント1人程度の事務所に、とくに売れてもいないその他のタレントが十数人もいたら、正直なところ売れっ子のギャラを3~4割を抜く程度では運営もギリギリになることだろう。結局、その売れている1人に頼り切りとなり、他はどうにか「売れっ子のバーター」で露出を増やしていくしかない。
育ててもらった恩、仕事を獲得してきてくれた恩は感じつつも、ギャラの中間搾取に悩む売れっ子タレントと、ごく一部の売れっ子に頼り切りで、万が一独立でもされようものなら一気に経営が火の車になってしまいかねない事務所。それが人気芸能人と事務所のあいだでわりとよく見かける関係性なのである。
■独立劇が目立つ最近のジャニーズ
そうはいうものの、近年、売れっ子芸能人の独立が目立つのも事実だ。とりわけジャニーズ事務所の所属タレントが目につくが、筆頭は元SMAPの3人──稲垣吾郎・草なぎ剛・香取慎吾による「新しい地図」だろう。
独立後、3人での活動を開始してから2年5カ月ほど経過した彼らだが、香取慎吾が週刊誌『女性セブン』のインタビューで「3人で話したことが全部叶った」と語っているように、順風満帆な第二の人生を送っている様子だ。香取以外の2人にしても、SNSやブログで充実した生活を報告しており、「ああ、ようやく自由になったのだな」「身軽になれてよかったね」と言いたくなる。
その他にも元KAT-TUNの赤西仁に億単位の収入があると報じられたり、元関ジャニ∞の錦戸亮が再始動後に順調な滑り出しを見せたりと、話題には事欠かない。ジャニーズに絡む話題としては、2020年をもって活動休止となる嵐の動向も注目されているところだが、このままいくとジャニーズは「超絶優秀な人材育成機関、かつ抜群の売り込み力とタレントブランディング力を備えたプロ集団」といった様相を強めていくのかもしれない。そうなると、入所前からすでに独立後のことまで視野に入れつつジャニーズに所属し、芸能人としてのキャリアプランを長いスパンで考えるような人まで出てきてもおかしくはないだろう。
■YouTuberにオンラインサロン……芸能人が稼ぐ方法も増えた
事務所に属していないと芸能活動もままならず、下手に独立しても仕事は先細っていくばかりで、結局、自分のやりたいことなんてできない──かつては、確かにそういうものだったのかもしれない。
ただ、いまの時代はなにしろインターネットが存在する。すでにある程度の知名度を得ている芸能人であれば、ブログをまめに更新して広告費を稼いでもいいし、YouTuberとして好きな企画を自分のやりたいように表現しながら稼ぐ方法もある。今年2月1日のYouTubeチャンネル開設から、わずか9日で100万登録を達成した江頭2:50がその好例といえよう。ファンクラブやオンラインサロン、ファンミーティング、クラウドファンディングなど、自分を応援してくれる人と直接向き合いながらカネを稼ぐ手段の選択肢も増えた。
もちろん皆が皆、独立して成功するわけではない。ただ、ネットの普及、SNSの進化などに伴って、稼ぎ方の幅が広がったのは間違いない。芸能人が古巣の事務所を離れて、最低限のマネジメント業務をしてくれる人物に月額35万~50万円ほどを支払い、自分は月に1000万円以上の手取りを獲得する……なんてことも決して夢物語ではないのだ。
■芸能人事務所の待遇改善策から学べること
組織から有能な人材が流出してしまう動きを阻むには、待遇を上げるしかないのだが、果たして芸能事務所にそれができるのか。最近はコンプライアンスの観点に加えて、ネットで暴露されるリスクを軽減する意味でも、つい昔からの慣習で「オマエ、独立したら干してやるからな」といったパワハラ発言などは、決して口にできない状況になった。そうした意識の変革は、他の業種業態ではもう何年も前から当たり前のことになっていたわけだが、ついに芸能界もその大波に飲み込まれ始めた、と見てもいいだろう。
ここで私が強調したいのは「これから芸能界の待遇改善がどうなっていくのか、ビジネスパーソン諸氏は注視しておくほうがいい」ということだ。冒頭で紹介した吉本興業の「ギャラ5万円までの直営業は黙認」も、ひとつの参考事例になる。
なぜ芸能事務所の待遇改善について、その動向をチェックしておくべきなのか。それは、芸能事務所以外の組織においても、人材の流出阻止策として応用できるなど、非常に参考になる部分が多いと考えるからだ。たとえば、広告業界のクリエイターやIT業界のプログラマーといった世界では、スター社員ともいうべき優秀な人材が独立を決断して、会社から離れていくような場面がよくある。会社にとって、こうした独立は大損失だ。
■優秀な社員の流出を抑えるために
いかにすればスター社員たちがより長く会社に在籍してくれるのか。そうしたことを考えるのは、全社的な人材育成や待遇改善を検討することにもつながってくる。
もちろん、独立の意志を強く持った人材を確実に引き留められる方法などは存在しない。だが、彼らに少しでも長く在籍してもらうために、また、残った社員のモチベーションを下げないために、どんな取り組みが有効なのか、さまざまな側面から考えることはできるはずだ。
人材の流動性が高まるばかりの時代にあって、芸能事務所の待遇改善は、人事担当者に多少なりともヒントを与えてくれるのではなかろうか。
■「独立すれば、いまの10倍稼げるかもしれない」
広告業界の話に限定するが、エースと呼ばれるようなクリエイターやプランナーは、大切な競合プレゼンに駆り出され、それで勝利しようものならば社内外で高い名声を獲得する。大型予算を使った派手な企画を手掛ければ、「あのような企画をウチでもやってみたい」とまねされたりして、ますますその人物の名声は高まっていく。
そうしてエースの心のなかで膨らみだすのが「ここまで評価してもらっているのだから、独立すれば自分も1億円プレーヤーになれるのでは」「そろそろ、この会社を出てもいいのかもしれない」といった考えだ。いまの組織人としての年収が1000万円であったとしたら、それが10倍に膨れ上がる計算だ。これは大きなモチベーションになる。
「いま自分は35歳。会社に残れば、役員にはなれるかもしれない。そうなると年間数千万円の役員報酬は得られるが、早くても40代後半~50代前半になってからだろう。30代のうちに1億円プレーヤーになれる可能性があるのに、これをみすみす棒に振ってもいいのか……」
そう葛藤するようになったら、もう止まらない。もはやこの人のなかでは「南青山のカッコいいオフィスでクリエイティブな仕事を楽しみながらこなす、オレと素敵(すてき)な仲間たち」といったイメージができあがりつつある。独立した諸先輩のキラキラした交友関係や手掛けた大きな仕事などを見てきただけに、こうした憧れを抱くのは自然なことだ。そしてまた、優秀な人材が1人、会社を離れていくのである。
■独立は、報酬に対する不満から始まる
話を戻そう。冒頭で述べた吉本興業の待遇改善だが、この流れに他の芸能事務所も追随する可能性は高いだろう。そこで私が注目しているのは、近い将来「5万円」の壁が取り払われた後、「タレントが自分で直接取ってきた仕事のギャラは、9割タレントがもらえる」といったところまでいくかどうかである。
先述した「直営業のギャラは5万円まで黙認」ルールは、あくまでも売れていない芸能人向けの対策であり、果たして売れっ子に対しても同様のことができるかどうか──そのあたりにも注目している。
事務所は、芸能人本人の営業力を評価して直営業を容認し、事務所の施設や稽古場の使用も許可。並行して、事務所が獲得してきた仕事については、引き続きマネジメントなどを行う。そうしたやり方が実現すれば、事務所としても売れっ子が独立するリスクを下げられるだろうし、タレントとしてもいざというときに頼れる後ろ盾を持ちつつ、大金を稼げるようになる。
これだけ事務所からの人材流出が続いている芸能界だからこそ、私は思い切った施策を取り入れるべきだと思うし、そうする可能性も高いと考えている。私はいま「芸能界における人材マネジメント」に本気で注目しているのだ。もしも芸能界で、人材流出を抑えるための新しい動きが出てきたら、一般企業でも同様のことを試す価値は十分にあるだろう。
たとえば、会社の給与規定を「年俸の7倍の売り上げを達成できたら、それ以降は売り上げの60%を受け取ってよい」などと変更してみるのだ。具体的な数字は業界や会社によって異なってくるだろうが、こうしたメリットを設定すれば、社員としては「会社の看板や組織力を使って自分のポケットマネーを大幅に増やせる!」とモチベーションが高まるだろうし、この会社に残るほうが有利だと考えるようになるかもしれない。
とどのつまり、独立するかどうかの最大のポイントは「本当であれば、オレはもっと収入を得ているはずなのに……」といった、報酬に対する違和感、不信感を抱くかどうかなのだ。そんなとき、自分の才覚ひとつでもっと稼げる制度が社内に存在していたら、それを活用することでモヤモヤを払拭できるかもしれない。役員よりも稼ぐような平社員が出てきたら、これはこれで痛快である。
■芸能界の報酬制度改革、待遇改善の取り組みを見逃すな
ここまで書いてきたことは荒唐無稽に思えるかもしれない。ただ、芸能界は明石家さんまのような大物が、事務所に所属しながら個人事務所も立ち上げることを容認するなど、実は人事面で進んでいるところがあるのだ。
私は社員が自分も含めて2人だけの零細企業を営んでいるが、報酬制度については若干芸能事務所を参考にしている部分がある。
私が社長だが、報酬額を決める際に一切口を挟まない。現場業務を見事にさばきつつ、経理業務も担当してくれている社員のY嬢と税理士が2人で相談し、その年の貢献ポイントにより私とY嬢の報酬を決めていくのだ。
ときどきY嬢が「社長、ボーナスをもらってもいいでしょうか」などと相談してくることもあるが、私は「おぉ、いくらでもいいぞ」とだけ言う。彼女は「では、税理士と相談しますね」と返して、話は終わりだ。あとは後日「社長! ボーナスもらえました」「で、いくらだった?」「外車が買えるくらいでしょうか」「おぉ、よくやった!」といった会話で盛り上がるくらいである。
この「貢献ポイントを、数字にもとづいて第三者が判定する」「それにより、報酬額を決めていく」というやり方で11年やってきたが、Y嬢と私のあいだでトラブルになったことはまったくないし、2人とも報酬額に不満を持ったこともない。弊社としては、今後とも芸能事務所の報酬制度を常に注視し、よいと思われる仕組みは積極的に導入していくつもりだ。
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・旧態依然としていて、ブラックボックスの多そうな芸能事務所の報酬制度だが、闇営業や独立ラッシュなどを経て、変化の兆しが見られるようになった。
・社員のモチベーション向上や人材流出を抑えるために、芸能事務所の新たな施策がヒントになるかもしれない。今後の動向に注目だ。
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ネットニュース編集者/PRプランナー
1973年東京都生まれ。ネットニュース編集者/PRプランナー。1997年一橋大学商学部卒業後、博報堂入社。博報堂ではCC局(現PR戦略局)に配属され、企業のPR業務に携わる。2001年に退社後、雑誌ライター、「TVブロス」編集者などを経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『ウェブでメシを食うということ』『バカざんまい』など多数。
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(ネットニュース編集者/PRプランナー 中川 淳一郎)
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