陸上・桐生祥秀「東京オリンピックまでの成功ストーリー」
プレジデントオンライン / 2020年3月3日 11時15分
■自分を客観的に見つめ直す
陸上には、サッカーや野球のような「ホーム試合」がありません。ホームもアウェーも競技場を選べないスポーツなのです。そのため、自己ベストを更新できないときも、「今日の競技場は慣れない場所だったから仕方ない」と環境のせいにすることができません。結果がすべてです。
2017年に9秒台のタイムを出して以来、タイムが更新されない期間が続いています。メディアからは「スランプでは?」という声もありましたが、まったくそんな気分になることはありません。なぜなら、9秒台を出したときも、それまでの4年間は自己ベストを更新できないでいましたし、選手としては常に毎日の練習や大会で試行錯誤を繰り返しているからです。だから、陸上選手を続けている以上、この実験が続くだけで、「スランプ」というわけではないというのが私の認識です。
一時期、世界選手権の代表に選ばれなかったことがありましたが、そういうときでも「スランプ」とは思わないで「今の練習だと、この記録なんだな」と客観的に自分を見つめるようにしています。
それに、1年間にわたって全試合で良い記録が出るということはほぼありません。1年の中で何試合か良い記録が出れば、そのシーズンは上出来だという感覚を持っています。
そのため、タイムが縮まないからといって1日中ハードに練習することもありません。朝に練習をスタートしても15時には終えて、それ以降はゆっくり休む時間に充てています。「大会に向けて万全の準備をしよう」と思って負荷をかけると怪我をするし、短距離走は練習量を増やしたからといって足が速くなるものではないのです。
![陸上競技選手 桐生祥秀氏](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/9/e/220/img_9ea97b645bd54c7cce529bded63cdd8d246535.jpg)
そして、なんといっても今の目標は東京オリンピック出場です。五輪に出場したら、決勝に残ってメダルを獲りたい。その間の試行錯誤はスランプではないのです。
五輪前ということもあり、メディアから注目が集まると、「モチベーションが低下する時期はありますか?」と聞かれることがあります。その答えは、明確にあると言えます。本当は練習をしたくない日もあります。ずっとモチベーションが高いわけではありません。
しかし、そんなときも、やることは変わりません。自己を客観的に見つめ直して、体や精神の状態を見てトレーニングを変えるだけ。短距離走の場合、ふくらはぎと前腿に筋肉痛ができるのは絶対に避けたいので、そうなったら無理をしない。これもまた客観的な視点を持っているからこそのものだと思います。
■成功までのストーリーを考える
「外から自分を見るようにしている」という意識は、最近私がYouTubeでの動画投稿を始めたことにもつながります。フラッと思いつきで投稿した動画の再生数が伸びたり、これはヒットすると思ったものがそうでもなかったり。こうした自己検証は陸上だけでなく、YouTubeも一緒です。今は一線でオリンピックを目指して陸上選手をしていますが、どうやったらプロとして長くやっていけるかを指導者になる未来も含めてずっと考えています。
今、私は自分より何歳も年上の方や異業種で働く同級生からビジネスについて教えてもらっています。かつては、アスリートは1つのことだけを極めろというようなイメージがありましたが、それは言われなくてもアスリートならやると思うんです。だから、より長期的なキャリアを考えています。私は陸上選手だから陸上をやっているだけ。そういう客観的認識を持つことが不安定な精神状態にならないことにもつながります。
「プレジデント」の読者の方はチームで仕事に取り組んでいるケースが多いと思います。しかし、陸上短距離選手はチームで競技に参加することはリレーのときくらいです。リレーは短距離走選手の中から、記録が良い選手が選ばれます。そのため、メンバー選考の段階では、相手に負けない気持ちで挑みます。日本代表の場合、4人しか選ばれないですから、どうしても競争になります。私は小学校の運動会の頃から徒競走では必ず勝ちたかったし、それは今でも変わりません。まずは結果を出す。そのために試行錯誤することはスランプでもなんでもないという心構えが重要ではないでしょうか。
■なぜ悩んでいるのかを徹底的にヒアリング
また、もし他人からスランプに陥っているという相談を受けたなら、まずなぜ悩んでいるのかを徹底的にヒアリングするでしょう。アドバイスをするのは、情報を聞き出してから。不調のときは、情報を整理できていないケースが多いのです。そして、スランプを克服できるのは究極的には自分自身だけ。相談を受けたとしても、自己を客観的に見つめ直す手助けをする形で相談に乗ります。
それに、スランプといっても、1度良いタイムの記録を出したら、それまでの記録なんてみんな忘れるんですよ。だから、記録が出ないときは、自分の成功する姿をイメージし、それを実現するまでのストーリーを考えるようにしています。それが一番のスランプ脱却のコツだと思います。
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陸上競技選手
1995年生まれ、滋賀県出身。男子100メートルでは、2017年に日本選手初の9秒台となる9秒98を記録した。日本生命所属。
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(陸上競技選手 桐生 祥秀 構成=鈴木俊之 撮影=的野弘路)
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