谷亮子「なぜ私はあの時『最高でも金、最低でも金』をサラリと言えたのか」
プレジデントオンライン / 2020年3月14日 11時15分
■2度の銀メダルで思考を一新
私のオリンピックは、“銀メダル”から始まっています。初出場は、16歳のときのバルセロナ大会です。オリンピックは、子どものころから憧れてきた舞台。金メダルを期待されて、私自身もその期待に応えようと臨みました。しかし、決勝でフランスのセシル・ノバック選手に敗れて銀メダルでした。
悔しかったですよ。試合では私が終始攻めましたが、棒立ちになったところをすくわれて、お尻をついてしまった。それが結局、決勝ポイントに。勝つための試合に徹していたノバック選手にわずかに及びませんでした。
あのとき、こう動いていれば、違う結果になったのではないか――。
次の大会までの4年間は負けた内容を精査し、次に活かすつもりでした。ところが、アトランタ大会も決勝で北朝鮮のケー・スンヒ選手に負けて銀メダルという結果になりました。思考をガラリと変えたのは、この敗戦からです。わずかとも思える差での2度の銀メダルが、私の柔道を一新しました。
私は負けた試合の精査と修正より、勝った試合の分析をする思考に気がつきました。オリンピック以外のすべての世界大会では、強豪揃いで条件が同じ中、金メダルを獲得できていたのです。どうして自分は勝てたのか、その勝ちパターンを把握する。そしてそれを積み重ねて、揺るぎないセオリーにしていくイメージが閃きました。その結果、次のシドニー大会の直前には、「最高でも金、最低でも金」という言葉がサラリと出てきたのです。それまでも金メダルを目標として掲げていましたが、「最低でも金メダル」というデッドラインを定められたのは、稽古に裏付けされた自信が揺るぎない信頼を生んだからだと思っています。
私が自分の強みだと思うのは、技を左右同じようにかけられることと、相手に対して戦略を100から200通りぐらい立てることです。試合中にポイントをリードされると、そのことに意識を取られてしまって、心の動揺につながってしまいます。だけど、あらゆるリスクに対応できると考えていると、たとえポイントを奪われても、「次はこれでいこう。それがダメならば次はこれ」という選択肢が頭の中に用意されているので、試合を組み立てることができて、あわてません。事前の綿密なシミュレーションは、「すぐに切り替えられる強さ」を与えてくれます。
ただし、どんなに戦略を立てても、試合では当然緊張します。自分の能力を引き出してくれるので、ある種の緊張感はあったほうがいいのですが、過剰に緊張する必要はありません。自分自身をコントロールできる強さを身に付ける方法も必要です。そこで私はオリンピックや世界選手権の代表選手に決まると2カ月ぐらい前から、毎日「今日が試合当日」と思って、朝から一日を過ごすようにしていました。
調子が悪い日も、やる気が出ない日もあります。でも、「今日が試合当日だ」と思ってシミュレーションすると、自分を律して練習に臨める。正しい目標の設定も必要です。すると本番当日も、「やるだけだ」といういつもどおりの領域に入っていけます。
■負けたらすぐ次に勝つイメージを
子どものころから負けず嫌いでしたね。私は小学校6年のころは体重は26キロと小柄でしたが、無差別級の試合に出ていたので、100キロくらいの体の大きな男の子に負けたこともあります。それが本当に悔しかった。
でも、道場の先生や保護者がとても熱心でした。普通は負けたら解散なのに、うちの道場は必ず全員道場に戻り、その日に練習をする。つまり、負けて終わりではなく、新しい展開をつくってから帰る。そして、次に対戦するときのために、勝つイメージをすぐに立てておくのです。「負けて学ぶことは少ない。勝ってさらに高い目標を掲げる」という私の思考は、このとき出来上がっていた気がします。
■負けていたかもしれない最強の選手
私が尊敬する選手の1人に、キューバのアマリリス・サボン選手がいます。彼女とは12回対戦して、すべて私が勝ちを得ることができました。しかし、少しでも油断をすると負けていたかもしれない最強の選手でした。負けが続くと途中で心が折れそうになりますが、彼女は毎回あの手この手で世界一を目指してきたのです。研究熱心で、一緒に合宿をしていても、私だけにカメラを向けてくるほどでした。彼女のおかげで私もモチベーションを引き上げられたと思っています。
サボン選手は最終的に52キロ級に転向して、世界選手権で初の金メダルに輝きました。階級を変え、より大きな視点で勝ちにこだわった、その生き様からは学ぶことも多かったです。
今、自分の子どもが失敗したときには、「なぜ失敗したの?」と原因を追究することを控えて、「失敗は決して悪いことじゃない」と教えています。大切なのは、子ども自身が、問題をクリアするほかの方法を考えるようになることです。私自身、問題にぶつかると、その都度やり方を変えて解決してきました。それが「知」という形で自分の身に付いたと思っています。
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(谷 亮子 構成=村上 敬 撮影=大崎えりや)
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