2025年、男性の「介護休暇ラッシュ」が始まったとき、一体何が起こるのか
プレジデントオンライン / 2020年2月26日 6時15分
■夫の親まで介護しなければならないのか
一般的に、女性は男性より多くのライフイベントに直面すると言われています。女性の読者の中には、結婚、出産、育児、介護などに際して、仕事との両立に悩んだことのある人もいるのではないでしょうか。
出産や育児については両立支援制度のある企業も多く、最近では男性の育休取得や家事育児参加も推進されています。一方、介護についてはどうでしょう。育児と違って「いつ頃まで」という予測が立ちにくく、自分の親だけでなく義親の介護まで担っている人もいます。
今は介護休暇や介護休業といった制度もありますが、それぞれ年に5日、93日といった日数しかとれないのでは、長期にわたって仕事と両立し続けるのは難しいものです。現に、今なお1年間に10万人近い人々が介護離職をしています。
働き盛りの時期に介護との両立を迫られる──。これはもう誰にでも起こり得るものとして、今後は働く人も企業もあらかじめ心づもりをしておく必要があります。
では、既婚女性は自分と夫の親、両方の介護を覚悟しておかなければならないのでしょうか。私は、そうはならないだろうと考えています。「夫の親も妻が介護して当然」という考え方は、日本で一定期間続いてきた父系社会の価値観に基づくもの。今、この価値観は現在、確実に薄れつつあります。
■自分の親だけを介護する時代へ
以前の記事「『父子帰省』で家族全員がハッピーになるワケ」で述べたように、日本の家族規範は父系から個別化へと向かっています。妻の親より夫の親を優先するような風潮はいずれなくなり、夫婦それぞれが自分の親だけを介護する時代がやってくるでしょう。
親世代にも、息子の妻だと気を使うから息子本人に面倒をみてほしいという人が増えつつあります。にもかかわらず「自分の親も妻が介護してくれるだろう」と思っている男性がいたとしたら、今のうちに考えを改めておくべきだと思います。
個別化が進んでいけば、女性だけでなく男性にも介護休暇や介護休業をとる人が増えてきます。子育ては、夫婦の共通課題ですので、個別に対応ということはできません。そのため、どうしても妻に偏る傾向が続いています。しかし親の介護は違います。従来は妻に集中しがちだった介護が分担になるのは喜ばしいことですが、女性は夫の介護休暇・休業中は家事育児分担が期待できない、収入が若干減るといったことも想定しておかなければなりません。
■遠距離介護をどう乗り切るか
もう一つ問題なのは、遠距離介護が増えそうなこと。日本では、まだこのノウハウがあまり共有されていないのです。同居や近居であれば、仕事をしながら介護できる可能性も高いのですが、実家が遠方の場合はそうもいきません。
介護スタート時には、休暇あるいは休業をとって1週間ほど帰省し、地元でのケア体制を整えてから職場復帰するといったやり方になるかと思います。しかし、その後もたびたび帰省することになるはずですから、介護休業だけで日数が足りるのかどうか、(のべ3回まで分割で取得できる介護休業に)職場が柔軟に対応してくれるのか、不安に思う人も出てくることでしょう。
勤務先がリモートワークなどを取り入れていればいいのですが、そうした体制がなく休暇・休業を使い切ってしまった場合は、地元に住む兄弟や親戚を頼るか、自分に代わって配偶者に帰省してもらうことになるかもしれません。
■会社間の不平等が起きる
この時、配偶者の勤務先のほうが支援制度が手厚く、リモートワークなどの体制も整っていたらどうなるでしょうか。「両立しやすいだろうから」という理由で、配偶者の負担が自然と重くなっていくことが予想されます。
これを防ぐためには、どの企業も平等に、同じ両立支援制度を導入しておく必要があります。現状は企業の規模や経営状態によってばらつきがあり、これが夫婦間での家事・育児・介護分担を不平等にする一因にもなっています。
これは、「君の会社は支援が手厚いから」「時短勤務ができるから」と、妻がワンオペ育児を強いられる構図と同じです。これでは、夫婦の一方の勤務先が、もう一方の勤務先の制度をタダで使っているのと同じ。両立支援制度が整っていない会社は、配偶者の会社に負担を押しつけているのです。
■2025年以降、働き盛りの社員が休暇ラッシュ
こうした不平等には批判の声も多いため、企業の足並みはこれからゆっくりと揃っていくと考えられます。ただし、変わっていけるのは体力のある大企業から。中小企業の足並みが揃うのはその後になるでしょう。
介護問題は中小企業にとっては大きな課題です。介護は未婚の人にも訪れるため、出産や育児よりさらに多くの社員が制度を利用する可能性があります。このインパクトは非常に大きく、しかも中小企業の場合は、誰かが休みに入ったからといってすぐに代替要員を手配するのも難しいでしょう。
担当者不在の状態が続いたり、新たに人を雇ったりすれば利益率に響きます。そして団塊の世代がすべて後期高齢者になる2025年以降は、働き盛りの社員が一斉に休む可能性が一段と高まります。今後は国全体で、介護問題と中小企業に関する議論も進めていかなければなりません。
夫婦それぞれが自分の親を介護する「個別化」の時代が来ていること、そのため今後は男性も介護休暇・休業をとるであろうこと、遠距離介護が増えそうなこと──。これからは、働く女性や男性はもちろん、企業もそうした前提に立って考える必要があります。
■きょうだい間での押し付け合いが増える可能性
最後に、この先個別化が進んでいけば、夫婦間で介護を押しつけ合うようなケースは減りそうです。ただ、その分、きょうだい間での「押しつけ合い」は増えるかもしれません。そんな時、一般的には女性(きょうだいのなかに女性がいれば)にお鉢が回ってきがちです。つまり、介護においては夫婦間のジェンダー平等からきょうだい間のジェンダー平等に問題がシフトしていくのです。
残念ながら、たとえフルタイムで働いていても「育児や介護は女性がすべき」と思い込んでいる男性もいます。本来は、男女問わず皆で力を合わせて、会社の制度や地域のサポートを活用しながら、誰もが無理なく仕事と介護を両立できる形を目指すべきでしょう。
仕事との両立という面では、介護にはまだまだ多くの課題があります。ただ、女性だけが介護を理由にキャリアを断念するような事態は、この先少しずつ減っていくはず。介護は男性にも独身者にも同じように訪れるという認識のもと、父系社会時代の価値観が変わり、企業の取り組みが進むことを期待しています。
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立命館大学教授
1970年福岡県生まれ。93年一橋大学社会学部卒業、99年同大学大学院社会学研究科博士後期課程単位取得満期退学。主な研究分野は家族社会学、ワーク・ライフ・バランス、計量社会学など。著書に『結婚と家族のこれから 共働き社会の限界』(光文社新書)『仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか』(中公新書)などがある。
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(立命館大学教授 筒井 淳也 構成=辻村洋子 写真=iStock.com)
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