「外国人が増えると治安が悪くなる」と信じて疑わない人の盲点
プレジデントオンライン / 2020年3月2日 11時15分
※本稿は、友原章典『移民の経済学』(中公新書)の一部を再編集したものです。
■メディアや映画による悪いイメージが先行している
移民に反対する理由の一つとして、犯罪増加の可能性が危惧されている。実際、外国人による残虐な事件の報道を目にすると、移民は社会秩序を不安定化させるのではないかと不安になる人もいるだろう。しかし、メディアや映画などによるイメージが先行しているだけで、こうした不安は懸念にすぎないようだ。
最近の研究によると、移民によって、凶悪犯罪が増加するとは示されていない。ただ、犯罪や移民の種類によって、いくらかの違いはあるようだ。
たとえば、オックスフォード大学のベルらは、移民によって凶悪犯罪は増えず、窃盗犯罪の増減については特定の傾向はないとする。また、移民が犯罪を増やすというよりは、移民の恵まれない就業機会が犯罪を生むのではないかとする(注1)。
これは、イギリスにおける最近の二つの大きな移民流入の波(1990年代後半から2000年代前半の難民申請者〔第一波〕とEUに加盟した国からの2004年以降の移民〔第二波〕)を分析した研究結果だ。厳密にいうと、難民と移民は違うのだが、この研究では、難民も移民として扱われている。本稿の記述は、彼らの論文での呼称に従おう。
注1:Bell, B., F. Fasani, and S. Machin, 2013, Crime and Immigration: Evidence from Large Immigrant Waves, The Review of Economics and Statistics 95(4), 1278-1290.
■イギリスに大量に押し寄せた移民の特徴とは
イギリスにおける移民の数は、1997年以降急速に増えた。81年に320万人だった外国生まれの移民の数は、97年には410万人となったが、2009年には690万人にまで増えている。過去30年の移民数増加のうち、4分の3が1997年以降に起きたことが分かる。
その第一波は、イラクやアフガニスタン、ソマリアでの戦争などによる1990年代後半から2000年代前半にかけての難民申請者の増加だ。この期間におけるイギリスへの難民申請者数は、世界で2番目に多くなっている。
第二波が起こったのは、2004年に八つの国がEUに加盟し、その市民にイギリスの労働市場が開放されてからだ。ポーランド共和国、ハンガリー、チェコ共和国、スロバキア共和国、スロベニア共和国、ラトビア共和国、エストニア共和国からの移民が増えた。
これら移民の特徴を見てみると、市民よりも、若くて、教育水準が低く、男性が多い傾向にある。また、2004年以降、八つの国から来た移民は、市民や他の国からの移民、難民に比べると、独身で子供がいない。市民よりも高い雇用率となっている。一方、第一波の人たちは、市民よりも失業率が高くなっている。
■移民グループによって窃盗犯罪率が変わるワケ
ベルらは、2002年から09年までのデータを使い、大人の人口に占める移民の割合の変化と、人口当たりの犯罪数の変化との関係を分析している。
![Bell, Fasani, and Machin(2013)Figure1より抜粋して作成。1997年から2009年のイングランドとウェールズでは、移民数が増えても、犯罪が増えていないことが分かる](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/a/670/img_fa1cd87ab313081818ca57325e6b867a213201.jpg)
彼らの分析によると、第一波の移民の増加により、窃盗犯罪(住居侵入による窃盗や自動車盗難など)は少し増えたが、2004年以降の移民流入(第二波)は、逆に窃盗犯罪を減らしていた(ただし、犯罪減少の効果はわずかだ)。いずれの移民流入も凶悪犯罪(殺人、強盗、暴行、レイプなど)とは関係なかった。
影響の程度を見てみると、第一波の移民は、窃盗犯罪を0.11%増加させたと推計される。これは、約2.7%の窃盗犯罪率のうち、4%に相当する犯罪率であり、増加自体はさほど大きいものではない。一方、第二波の移民は、窃盗犯罪を0.23%低下させたと推計されている。これは、窃盗犯罪率のうち、8%に相当する犯罪率で、こちらも大きな影響とはいえない。
では、どうして二つの移民グループで、犯罪率への影響に差が出たのだろう。それぞれのグループの特徴を見てみると、就業機会の差が原因ではないかと考えられる。
■高い賃金の仕事があるほど犯罪に手を染めにくい
ノーベル経済学賞を受賞したベッカーや、その後エーリッヒによって発展した「犯罪の経済学」では、就労機会が重要な役割を果たす。普通に働いた場合と罪を犯す場合を比べ、どちらが得かを考えるからだ。犯罪の場合、うまくいけば収入があるが、捕まる危険もある。
一方、普通に働けば確実な収入が得られる(正確には、[働いたときの賃金から得られる効用]と[犯罪のときの期待効用、つまり、成功する確立と捕まる確率を勘案した報酬や罰則から得られる効用]を比べる)。このため、高い賃金の仕事があるほど、犯罪に手を染めにくくなる。
第一波の難民申請者は、イギリス生まれの市民や2004年以降の移民に比べると、就労機会が限られていた。彼らの特徴は、低い労働力比率(生産年齢人口に対する労働力人口の比率)、高い失業率ならびに低い賃金だ。このため、犯罪からの期待収益が高くなり、高い犯罪率につながったと解釈されている。まじめに働くより、犯罪の方が割に合うわけだ。
一方、2004年以降の移民は、市民よりも高い雇用率を示すなど、経済的基盤がしっかりしていたため、犯罪の増加に寄与しなかったと考えられる。いずれにしても、移民と窃盗犯罪の関係は、ベッカー=エーリッヒ型の犯罪モデルによってうまく説明できる。
■移民と犯罪の関係性は弱い
みなさんのなかには、イギリスの研究だけで、移民が犯罪とは無関係であると判断するのは性急だと思われる方もいるだろう。一口に移民といっても、EU圏内からイギリスに来た移民とアメリカにおけるヒスパニック系移民では、その性質が異なる。実際、財政貢献に関する研究では、イギリスの移民とアメリカの移民では、その影響が違っていた。
しかし、犯罪に関する限り、大方の研究は、イギリスの研究と同様な見解を支持している。1994年から2014年までに出版された51の研究を分析したウイリアム・メリー大学のオーズィーとカリフォルニア大学アーバイン校のキュブリンは、論文によっていろいろな結果があるものの、全体として見ると移民と犯罪の関係性は弱いとする(注2) 。
アメリカにおける移民と犯罪率について考察した51の研究のうち、62%についてはその関係が認められないという結果だった。また、関係が認められる場合にも、ほとんどの研究において、移民は低い犯罪率と関係していた。
■地域を活性化し、空き家率を下げるというメリット
さらに、すべての研究結果を合わせて統計的に検証したところ(メタ分析という)、移民が多く住む場所ほど、犯罪率が低くなっていた。この結果は、移民の種類(人種の違いや最近の移民か昔からいる移民かの違い)によっても変わらない。また、技術的なことだが、クロスセクション分析(ある年度におけるいろいろな地域のデータを分析)では、犯罪率と関係が認められない一方で、パネルデータ分析(何年にもわたるいろいろな地域のデータを分析)では、低い犯罪率と関係していた。
注2:Ousey, G.C. and C.E. Kubrin, 2018, Immigration and Crime: Assessing a Contentious Issue, Annual Review of Criminology 1, 63-84.
オーズィーとキュブリンの分析対象には、社会学系の論文が多く見られる。社会学では、地域に住む移民が増えると犯罪率が増えるかもしれない理由として、次のような理屈を挙げている。
②移民によって、地域が多様になるだけでなく、人の出入りが激しくなる。このため、社会的な結束が揺らぎ、共通の価値観が持ちづらくなること(「社会解体説」と呼ばれる)。
③移民が来ることで、地域における職探しの競争が激しくなり、民族間のいざこざが増えること、である。
一方、移民が犯罪率を減らすという考え方もあり、その理由として、地域コミュニティーを活性化することが指摘されている。新たなビジネスを展開して仕事を生むだけでなく、地域に住む人が増えて空き家率が下がるからだ。
彼らの分析では、若干ではあるが、後者の考え方に軍配が上がりそうだ。いずれにしても、これまでの研究では、移民が増えると犯罪が増えるという確固たる証拠は示されていないのだ。
■外国人が増えると日本の犯罪は増加するのか
では、外国人が増加すると、日本における犯罪は増えるのだろうか。実は、外国人の凶悪犯罪率は、日本人よりも高くなっている。2018年の統計を使って計算すると、日本人による人口当たりの犯罪率が、0.009%であるのに対し、外国人のそれは0.026%だ。日本人10万人のうち、9人が罪を犯すのに対し、日本にいる外国人10万人のうち、26人が罪を犯す計算になる。
これらの数値は、前述の研究と同じような犯罪である重要犯罪(殺人、強盗、放火、強制性交など)数(警察庁の「犯罪統計」より入手)を、15歳以上の人口(総務省統計局の「人口推計」より入手)で割り算した結果だ。総人口から日本人人口をひいた数を外国人人口とする。
一方、重要窃盗犯(侵入盗、自動車盗、ひったくりやすり)では、違う結果となる。日本人による人口当たりの犯罪率が0.07%であるのに対し、外国人のそれは0.01%だ。外国人の犯罪率の方が低いのだ(15歳以上の人口ではなく、総人口で計算しても、重要犯罪・重要窃盗犯の両方で、この傾向は変わらない)。
しかし、こうした数値から、外国人は罪を犯しやすいと結論するのは早計だ。日本人と外国人では、環境が違うからだ。年齢や性別だけでなく、学歴や年収が同じような日本人と外国人を比べたら、犯罪率に差がないということも十分にありえる。
今のところ、外国人によって犯罪が増えるという確固たる証拠はない。海外の研究では、移民によって凶悪犯罪は増えず、移民が多く住むところほど、犯罪率が低くなっている。いずれにしても、いたずらに不安をあおるのは、対立感情を生んで、外国人との共存を阻害する危険がある。かえって逆効果(犯罪を生む原因となる)かもしれない。一方で、移民の恵まれない就業機会が犯罪を生むという示唆は、受け入れ国にかかわらず、普遍的に当てはまりそうだ。
■逮捕された移民を国外追放する“ムチ”の制度
多くの研究によると、移民が増えたからといって、犯罪が増えるわけではないことが分かった。そうはいっても、外国人を受け入れる以上、市民よりももっと襟を正した行動が期待されるかもしれない。同じくらいではダメなのだ。そこで、ここでは、どうしたら移民の犯罪が減るかという視点から、制度について見てみよう。
犯罪を抑止するための制度についての研究は、二つに大別される。一つは、移民に法的地位を与えれば、犯罪行為が減るというものである。もう一つは、犯罪を行った移民を国外に追放すれば、犯罪が減るというものである。この両者はアメとムチという正反対の方法だ。
移民制度の主な目的には、受け入れ国には望ましくない移民を排除し、一緒に住む移民に、住民としてふさわしい行動をとってもらうことがある。そのための一手段として、罪を犯して逮捕された移民を拘留したり、国外追放したりすることがある(ムチ)。
■労働者として来てもらう方がよい効果を見込める
![友原章典『移民の経済学』(中公新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/b/9/200/img_b9ca1c62eb8447dfa9bc19b772fd3fcc204640.jpg)
一方、非合法な移民に法的な地位を与える制度(アメ)については、いくつかの研究が犯罪率を下げる効果を認めている。たとえば、ノースウエスタン大学のベイカーは、約300万人の非合法な移民を合法化した1986年の移民法改正・管理法は、アメリカの犯罪率を3%から5%下げたとする(注3) 。こうした犯罪率の低下は、主に窃盗犯罪の低下による。また犯罪減少の大部分は、きちんと働ける機会が増えたためだと説明している。地位が保証されたため、合法的に働けるだけでなく、不当な低賃金に甘んじて働く必要がなくなったからだ。
こうして見ると、外国人の増加に伴う治安対策としては、国外追放のような強硬姿勢で抑止効果を狙うより、合法的に就業機会を与え、共存の道を探る方が賢明なようだ。本質的には労働を期待しながら、建前上は非労働者(留学生など)として入国してもらい、失踪して非合法な労働に従事した人たちを捕まえて国外に退去させるよりも、初めから労働者として入国してもらう方が、治安上はよい効果が見込める可能性がある。
注3:Baker, S.R., 2015, Effects of Immigrant Legalization on Crime, American Economic Review 105(5), 210-213.
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青山学院大学国際政治経済学部教授
東京都生まれ。2002年、ジョンズ・ホプキンス大学大学院よりPh.D.(経済学)取得。世界銀行や米州開発銀行にてコンサルタントを経験。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)経営大学院エコノミスト、ピッツバーグ大学大学院客員助教授およびニューヨーク市立大学助教授等を経て、現職。著書に『国際経済学へのいざない(第2版)』日本評論社、『理論と実証で学ぶ 新しい国際経済学』ミネルヴァ書房、『実践 幸福学』NHK出版新書など。
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(青山学院大学国際政治経済学部教授 友原 章典)
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