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覚醒剤で逮捕された芸能人が「ありがとうございます」と話すワケ

プレジデントオンライン / 2020年2月28日 15時15分

写真=永井 浩

薬物依存症の人は逮捕時に「ありがとうございます」とお礼を述べることがある。薬物依存症の治療に取り組む松本俊彦医師は「これに対し『反省が足りない』などと怒る人がいるが、それでは問題は解決しない」と指摘する。危険ドラッグの製造・所持で逮捕歴のある元NHKアナウンサーの塚本堅一氏との対談をお届けしよう――。(前編/全2回)

※本稿は、塚本堅一『僕が違法薬物で逮捕されNHKをクビになった話』(KKベストセラーズ)の一部を再編集したものです。

■逮捕されて「ありがとうございます」と言う心理

【塚本】薬物依存からの回復をサポートする活動の一環として、松本先生は「薬物報道ガイドライン」の策定にもかかわりましたよね。このガイドラインを設けるきっかけは何だったのでしょうか。

【松本】芸能人の薬物報道に対し、以前から僕を含めてモヤモヤしていた人は多かったと思うのですが、きっかけになったのは2016年6月です。高知東生さんが覚醒剤と大麻所持の容疑で逮捕された際、高知さんはマトリ(麻薬取締部)の捜査官たちに「来てくださって、ありがとうございます」とお礼を述べました。

この件をTBSの情報番組『ビビット』が取り上げたとき、コメンテーターのテリー伊藤さんが、「『ありがとうございます』なんて、ふざけたこと言いやがって! アイツは反省が足りない!」と罵ったんですよ。僕はこれをリアルタイムで見ていて、こみ上げてくる怒りでカーッと胸が熱くなりまして、このままじゃいけないなと。

【塚本】わかります。

【松本】僕の患者さんたちの多くに逮捕歴がありますが、彼らの多くが逮捕されたときに高知さんと同じようにお礼を言っている。「これで、やっとクスリをやめられる」とホッとするのが真相ですよ。このままじゃいけない、やめなきゃと考えていて、やめる努力をしているけれど、それでもやめられない。でも、逮捕されれば、今度こそやめられるんじゃないか。その瞬間、すごく心が正直になり、思わず口から出てくるのが「ありがとうございます」という言葉なんです。すごく重い感謝の気持ちで、それまでいかに苦しんでいたかを表す言葉です。しかし、件のコメンテーターには、まったく正反対に受け止められてしまったんですね。

■制裁が厳しすぎることの問題点

元NHKアナウンサー 塚本 堅一
写真=永井 浩

【塚本】私も家に捜査官が来たとき、妙にスッキリした感覚がありました。自分が使用していた製造キットが怪しいモノだと薄々気づいていたけど、法律に反しているかは分からない。そんななかで、彼らに「怪しいモノはないか」と尋ねられて製造キットを指差したとき、「ああ、やっぱりダメなモノだったんだ」と納得できたと言いますか……。私は依存症ではなかったので感謝とまでは言いませんが、逮捕が薬物をやめられるきっかけになるというのは、よくわかります。

【松本】日本の薬物に対する厳しさは悪影響が多いのですが、数少ない良い部分を挙げるとすれば「深刻な状態になる前に、やめるきっかけを与えてくれること」だと思います。事実、アルコールや市販薬の依存症患者に比べ、違法薬物の依存症患者の方がはるかに内臓が元気だし、脳も縮んでいないし、依存の重症度も軽いんです。まあ、それはそうですよね。週末の楽しみとして週1回晩酌する人を誰もとがめませんが、これが薬物だと犯罪となってしまうわけですから。

しかし、見方を変えれば、逮捕されることで、依存が進行するかなり手前の段階で支援の場が用意される、というメリットがあるわけです。ただ問題なのは、逮捕後の法的な制裁や社会的な制裁があまりにも厳しすぎること。結果的に、その制裁によって孤立し、再び薬物依存に走るという悪循環を引き起こしてしまう。

■なぜか薬物問題は専門家の意見が聞き入れられにくい

【塚本】このように薬物依存症の人たちをフォローするような立場で話をしていると、「最初に薬物に手を出したのはオマエだろ」「自業自得だ」といった反論を受けることが非常に多いですよね。たしかにその通りなんですが、とはいえ、病気になってしまったわけで、その病気から回復しようとする人たちすら糾弾し続けるような、行き過ぎた風潮には疑問を感じます。

また、「違法薬物の購入は暴力団の資金源になる」という指摘もありますが、資金源にならないようにするならば、それこそ上客になり得る人の更生を支援するべきなのでは? こうした内容を多くの専門家が語っているのに、なぜか耳を傾ける人が少ない。テレビにしても、あらゆる問題について専門家の話をありがたく聞いているのに、なぜか薬物に関しては自己判断で反論する人が多いように感じます。ほかの国ではどうなんですか?

■薬物規制の根拠は医学ではない

【松本】ヨーロッパでは専門家の話を尊重することが多いですが、イギリスだけは日本的というか妙な厳しさがありますね。イギリスの精神科医であるデビッド・ナットが、さまざまな研究に基づいて「アルコールが社会に対しても個人に対しても、最も有害な薬物である」という論文を発表し、さらに公の場で「エクスタシーを使用するよりも、乗馬の方が統計学的な確率として大きな健康被害を引き起こす可能性がある」と言ったのです。

確かにそれは事実ですよね。乗馬には落馬による負傷のリスクがあるわけですから。しかし、そうしたらなんと政府の諮問委員を解任されてしまったのです。要するに、薬物の規制は医学的な根拠で決まっておらず、政治や感情論で決まっているわけです。医師の正直な意見を優先することを嫌がる動きは少なからずありますよね。

【塚本】犯罪にかかわっていたり、健康に関わったりする問題だからこそ、ちゃんと医師や専門家の話を聞いて欲しいんですけどね。

【松本】そうなったら困る人がいるから、実現しにくいんでしょうね。

【塚本】「困る人」とは?

【松本】う~ん……。

【塚本】もしかして、公にできない話でしょうか?

■薬物規制をビジネスにしている人々

精神科医 松本 俊彦
写真=永井 浩

【松本】まあ、いいか。思い切って言ってしまいますけど、「違法化などの規制を設けることによって、ビジネスが成り立っている人が多く存在する」という話です。いわゆる既得権益というヤツですね。有名な例で言えば、アメリカの禁酒法(1919~1933年)です。当時、酒を密造するギャングを取り締まるため、アルコール捜査官を3万5000人雇ったのですが、禁酒法が廃止されると、この雇用が失われてしまう。

そこで、雇用を維持するために新たな規制が必要となり、そのターゲットとして選ばれたのが大麻だったんです。しかも、英語圏で大麻は「ヘンプ(hemp)」ですが、わざわざ規制時にはスペイン語の「マリファナ(marijuana)」と呼称して広めました。これは、当時のアメリカにおいて、白人たちのメキシコ人に対する嫌悪感を利用したものでした(編集部註:メキシコの公用語はスペイン語)。現在の日本においても、取り締まりや刑事施設の人たちは、何かしらを違法化することによって自分たちの立場や予算を獲得しているわけです。

【塚本】なるほど。とはいえ、マトリをなくすなんてわけにもいきませんよね……。

【松本】行政会議で「マトリをなくそう」という話はよく出ますけどね。「警察でいいじゃないか」と。

■マトリにも依存症患者の回復を支援する動きが

【塚本】そうだったんですね。そう言えばマトリに再乱用防止対策室ができますよね。これは薬物依存者の回復支援部署ですが、マトリもただ逮捕するのではなく、変化していると考えられるのでしょうか。

塚本堅一『僕が違法薬物で逮捕されNHKをクビになった話』(KKベストセラーズ)
塚本堅一『僕が違法薬物で逮捕されNHKをクビになった話』(KKベストセラーズ)

【松本】捜査官のなかにも、何度も同じ人を捕まえるうちに「これでいいのか」と疑問を感じる人もいるようです。実は2013年頃から、彼らもワークグループを使って社会復帰をサポートするような動きが見られますが、あくまでも捜査官個別の活動なので、サポートに限界がある。それに、彼らは本人から「麻薬をやりました」と言われたら逮捕しなくてはいけないんですよ。それなのに、逮捕せずに更生プログラムを案内するなんて矛盾しているだろうという意見も多い。

そこで、逮捕権を持たない外部の嘱託職員を使い、逮捕に至る前のタイムラグを意図的に発生させて、回復を目指せる仕組みをつくろうと頑張っています。ただし、こうした考えはマトリのなかでは少数派で、旧来の「取り締まってナンボ」という捜査官がほとんどというのが現状です。

【塚本】逮捕するのが法的正義なのであれば、薬物常用者の回復を助ける社会的正義があってもいいですよね。今後、バランスがとれることに期待してしまいます。

【松本】捜査官の6~7割は薬剤師ですから、医療者としての視点も忘れないで欲しいですよね。(後編に続く)

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塚本 堅一(つかもと・けんいち)
元NHKアナウンサー
1978年生まれ。明治大学文学部卒業。2003年、NHK入局。京都や金沢、沖縄勤務を経て2015年に東京アナウンス室に配属。2016年に危険ドラッグ「ラッシュ」の製造・所持で逮捕され、NHKを懲戒免職となった。現在は依存症の自助グループに参加しつつ、依存症予防教育アドバイザーとして、依存症関連イベントにて司会や講演活動を行っている。

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松本 俊彦(まつもと・としひこ)
精神科医
国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部部長 兼 薬物依存症治療センターセンター長。医学博士。1967年生まれ。93年佐賀医科大学医学部卒業。横浜市立大学医学部附属病院などを経て、2015年より現職。近著に『薬物依存症』(ちくま新書)がある。

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(元NHKアナウンサー 塚本 堅一、精神科医 松本 俊彦 構成=松本晋平)

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