具合が悪いとき「気軽に休める社会」に日本は変わるべきだ
プレジデントオンライン / 2020年2月28日 9時15分
※本稿は、木村知『病気は社会が引き起こす』(角川新書)の一部を再編集したものです。
■まったく無意味な「陰性証明書」
昨年の冬、発熱した高校生が母親に連れられてクリニックにやってきた。症状が典型的なインフルエンザではなかったこともあり迅速検査を行ったところ、結果は陰性だった。すると母親から、その高校が独自に作成した「インフルエンザの疑い通院証明書 インフルエンザの疑いで検査を受けましたが、その結果は陰性でした」と記された書類にサインするようにお願いされた。
未だにこのような無意味な「陰性証明書」を医療機関に書かせる学校があったのか、と驚いた私はその高校に連絡した。校長にこの書類の意味についてたずねると、「皆勤賞狙いの子たちが、熱が出ても無理をして学校に来てしまうので、熱が出たらすぐに医療機関に行くよう指導することにした。検査で陽性ならインフルエンザと確定するので、休んでも皆勤賞に影響は出ないが、陰性であった子でもその通院と検査のために遅刻や早退、休んだ場合は、その日に限って皆勤賞に影響しないようにした。そのための書類である」
ということであった。この対策は非常に危険だ。
私は校長に、インフルエンザ検査の結果を過信してはいけない旨を説明しつつ、学校の運営に口を挟む意図はないが、皆勤賞は決して好ましい制度とは思えない、と伝えた。なぜならこの制度があることによって、体調不良でも無理をして登校するという生徒が後を絶たないからだ。
■皆勤賞が歪んだ社会の根源だ
皆勤賞については、「体調が万全で元気で過ごせた」ということに対して一定の評価を与え表彰するという意味で、その趣旨を理解できないわけではない。しかしそのために無理をしたり、書類を整えるべく医療機関を奔走したりと、今や本来の趣旨からかけ離れた歪んだ制度になってしまっているのではないだろうか。
さらにこのような健康に関して個人を表彰する制度は、健康に過ごせなかった人や、健康に過ごしたくても叶わない人を表彰制度から排除することになり、差別にもつながりかねない。学校という組織が表彰するのではなく、「よく元気でやり遂げたね」と親が褒めてあげることが一番ではないだろうか。
カゼやインフルエンザをはじめとした感染症への対処法や対策は「休む」ことにつきる。「風邪でも、絶対に休めないあなたへ。」という市販の総合感冒薬のキャッチコピーはご存じだろう。「カゼを治せる薬はない」「カゼを引いてしまったら、効く薬などないのだから焦らず寝てください」という私の考えとは真っ向対立するキャッチコピーだ。カゼを引いた人が見れば、休む必要がない薬の存在に希望を持ってしまうかもしれない。
■休むことに罪悪感を持つ日本人
しかし実際、この総合感冒薬のパッケージを見てみれば、ほかの市販薬と含まれている成分に大きな違いがないことに気づくだろう。つまり、このCMのキャッチコピーは、カゼで苦しむ消費者に休むことなく治せる薬の存在を錯覚させ、騙(だま)しているといっても過言ではないものだ。医師の私から見れば、詐欺、薬事法(*)違反ではないかとさえ思うのだが、行政からのお咎(とが)めもないのか使われ続けている。
(*)薬事法第66条:何人も、医薬品、医薬部外品、化粧品、医療機器又は再生医療等製品の名称、製造方法、効能、効果又は性能に関して、明示的であると暗示的であるとを問わず、虚偽又は誇大な記事を広告し、記述し、又は流布してはならない。
この商品広告の違法性についてはこれ以上追及しないが、皮肉にもこのキャッチコピーが、私たち日本人の特異性を端的かつ的確に表現しているという点では、極めて秀逸なCMだ。
カゼを引いたら休むべきだとはいったが、「カゼを引いても休めない」という人が多数派であるということを私も知らないわけではない。
無理をして職場に行ったところで、集中力も続かず仕事にもならないし、咳込んだら同僚や仕事相手も不快にさせてしまう。しかし、ここで休んでしまうと、仲間に迷惑をかけてしまうから、やっぱり今日は絶対に休めない。
「風邪でも、絶対に休めないあなたへ。」
このキャッチコピーが訴求しているのは、まさにこのような消費者に対してであろう。
よく「日本人は勤勉だ」といわれる。私は勤勉というよりも、むしろ休むという行為について、罪悪感を持っているのではないだろうかと思っている。自分が休むと人に迷惑をかけると考えてしまうその心の深層には、休むの対義語が「働く」であって、その働くという言葉には、休むのほか、遊ぶ、怠けるという対義語が存在するとの認識が無意識下にあるのかもしれない。
■休みにくい若い世代
毎年、有給休暇について国際比較調査をしている総合旅行サイト、エクスペディアの最新の調査結果によれば、2018年の日本人の有給休暇取得率は、調査した世界19カ国中、3年連続最下位の50%だったという。これはワースト2位のオーストラリアの70%を大きく下回るものだ。
また、「有給休暇の取得に罪悪感がある人の割合」も日本は58%でトップ。逆に「自分は今より多くの有給休暇をもらう権利がある」と考える日本人は54%と、これは世界で最も低かった。
さらに興味深いのは、日本人の中でも世代によって、自分が「休み不足である」と感じている人の割合が異なることだ。18~34歳、および35~49歳の世代では60%以上の人が休み不足を感じている。一方、50歳以上の世代では40%だった。
加えて、上司が有給休暇取得に協力的かどうかという質問に対して「協力的」と回答した日本人は43%で、世界最低だった。上司世代が休むことに消極的であるがゆえに、若い世代も自ずと休みにくくなっているという実態が垣間見える。
■病気で休んでも菓子折りは不要だ
カゼなどで休んだ場合、菓子折りを持って上司や同僚にあいさつ回りをして謝っている人もいるかもしれない。私は問いたい。そもそも、感染症や病気で休んだ場合に、職場で謝る必要はあるのか。
もちろん、自分がやるべき仕事を代わりにやってくれた人に対しては、「ありがとうございました」とお礼は言うべきかもしれないが、「申し訳ございませんでした」と謝ることは、医学的見地から考えても一切不要だ。今すぐやめよう。
人が一生のうちにカゼを引く回数は、約200回とされる。人生80年として、単純計算で、たかだか年間2.5回だ。ドイツでは、有給病欠という制度があって、ドイツ人の年平均有給病欠は19日もあるという。
—ドイツ大使館(@GermanyinJapan)January 9, 2019
カゼのときくらい、ゆっくり休める社会に、日本も変わっていくべきときではないか。
そもそもカゼもインフルエンザも新型コロナも、原因ウイルスの種類は違えど、ウイルス感染症という意味においては同じだ。ヒトからヒトへ伝播してゆく感染症なのだ。「這ってでも出てこい」という上司がいるならば、管理者として失格だ。
職場にウイルスが蔓延すれば従業員は全滅してしまうではないか。いそがしいならばなおのこと、ウイルス感染者には自宅安静、職場には来させないようにするのが危機管理というものだ。
■インフルなら休めるが、カゼなら休めない?
近年、インフルエンザに関しては、このような感染者隔離が徐々にではあるものの広まってきたが、それと同時に「インフルエンザだったら会社に行けないのですが、カゼならば休めないので」という鞄を抱えたスーツ姿の38℃超えの熱発者が、インフルエンザの検査を求めて、朝の開院とほぼ同時に来院することが増えてきた。
この方たちは、検査で陽性反応が出れば、出勤を諦(あきら)め帰宅するのだが、陰性ならば、そのまま電車に乗って会社に出勤するつもりだ。鞄を持ったスーツ姿であるのは、そのためだ。このような行為がインフルエンザをはじめとした感染症流行の原因として、決して無視できないものであると私は常々訴えているが、毎年同様のことが繰り返される。
— 木村知 (@kimuratomo) February 20, 2011
これは私が、2011年冬のインフルエンザ流行期にツイッターで投稿したものだ。毎年インフルエンザ流行期になるとリツイートされて拡散され続けているものの、何年経っても現状が変わってきているとはいいがたい。多くの人はこの理不尽に気づいていることと思うが、とてもSNSの投稿で変えられるような問題ではない。私たち一人ひとりが認識と行動を変えていくことが必要だと思う。
このように見てくると、毎年のインフルエンザ大流行の要因は、ウイルスの型や気候のせいだけではなく、私たちの社会にもあることがわかる。今後、新型コロナウイルスの国内大流行を阻止するためにも、早急に私たちの意識を切り替える必要があるだろう。
■無理して頑張るのは美徳ではない
「風邪でも、絶対に休めないあなたへ。」
「インフルエンザだったら休めるけど、カゼだと休めないので」
「皆勤賞のため」
これらの考え方を社会として見直していかない限り、インフルエンザの大流行は毎年毎年繰り返されるだろう。
![木村知『病気は社会が引き起こす』(角川新書)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/1/8/200/img_189e55d6618e01af126e5239f47b5098213137.jpg)
インフルエンザであるか否かにかかわらず、体調不良の場合は、自分自身の安静のためにも、周囲への感染拡大を防ぐ意味でも、何をおいてもまず休む、何よりこの認識を徹底すべきだ。
職場や学校は、そのような休むべき人を積極的に休ませるという体制を早急に作っていかなければならないと強く思う。だれでも体調を崩すことはある。困ったときは、お互いさまだ。
この国には、つらい症状があるにもかかわらず無理をして出勤したり、足を痛めたスポーツ選手が歯を食いしばって試合に出続けるといった姿を「よく頑張った。偉い、素晴らしい」と美談として語る風潮が、未だに根強く残っている。しかし、このような無理する姿勢を「美しい手本」のように扱うことは、無理せず休むことを選択した人に罪悪感を覚えさせるとともに、「休みたい」と思う人の居場所を奪ってしまうことに繋(つな)がりかねない。
社会的に影響力を持つ有名人やスポーツ選手は、体調不良やケガのときは率先して休む。そして、その姿を広く私たちに見せることによって、少しでもこの国の悪しき風潮を変える方向に、ぜひ手を貸していただきたい。
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医師
医学博士、2級ファイナンシャル・プランニング技能士。1968年、カナダ生まれ。2004年まで外科医として大学病院等に勤務後、大学組織を離れ、総合診療、在宅医療に従事。診療のかたわら、医療者ならではの視点で、時事・政治問題などについて論考を発信している。ウェブマガジンfoomiiで「ツイートDr.きむらともの時事放言」を連載中。
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(医師 木村 知)
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