「引退時期を決めた選手が強くなる」ことにビジネスパーソンが学ぶべきこと
プレジデントオンライン / 2020年3月29日 11時15分
■なぜ錦織圭は競り合いに強いのか
「毎日毎日、練習しているのですが、負けることばかり考えてしまいます。どうすれば楽観的になれますか?」
国際大会を1カ月後に控えたアスリートから、このような相談を受けることがあります。彼らの考え方には共通項があります。チャンピオンは生まれつき強い精神力を持っており、不安や恐れといったネガティブな感情とは無縁だと勝手に思い込んでいるのです。それは間違いです。強いアスリートも、不安や恐れを持っています。だから、彼らが不安や恐れをどうマネジメントしているのかを学ぶべきなのです。
また、弱気な選手は「かつて失敗したのだから、今度も失敗するだろう」という脚本を自分で書いて、「負けパターン」の泥沼にハマっていきます。しかし、過去に失敗した経験を詳しく検証してみると、案外、論理的とは言えないただの思い込みである場合も多いのです。
たとえばたった1度でも競り合いの末に負けたことがあると、その印象が強く残ってしまい、「自分は競り合いに弱い」という苦手意識を抱いてしまう。その意識はやがて「どうせ自分は勝てない」に発展していきます。
ATPツアーの公式サイトによると、テニスの錦織圭選手はフルセットになった場合、2019年1月までの勝率は歴代1位の76.2%を誇り、自他ともに競り合いに強い選手と評価されています。「競り合いになると勝つ」という確信は、23.8%の負けの数値を凌駕して、自信となります。つまり人間は過去の経験をどうとらえるかによって、「どうせ負ける」と思うのか、「自分なら勝てる」と思うのかが決まってしまうというわけです。
それでは、どうすれば失敗や敗北などのネガティブな出来事を肯定的にとらえられるようになるのでしょうか。大切なのは、ミスや負けを「自分が強くなるための参考資料」「勝利のための糧」として考えることです。
私は長野オリンピックで、ノルディック複合の選手をサポートしました。オリンピックでは本番前に「試技」といって、本番と同じ条件で何回かジャンプを飛ぶことができます。しかし試技でミスをすると、それを引きずって、本番で実力を発揮できない選手も少なくありません。そこで試技がどんな意味を持つのか、選手と話しました。
試技でうまくいき、本番でもうまくいけばOK。あるいは、試技はまずまずでも、本番でうまくいけばまったくかまわない。あるいは試技で失敗しても、本番でさえうまくいけば何も問題はないのです。つまり、試技はあくまでも、本番で最高のパフォーマンスをするための資料にすぎない。試技でよくないところが見つかれば、修正すればいいだけのこと。意識をこのように変えていったところ、選手は本番で非常に安定したジャンプを飛べるようになりました。「負けも失敗も含めて、自分に起こることのすべてを自分の糧にするのだ」という気持ちを忘れずにいれば、勝つ確率は高くなります。
■トップの選手は敗因を流暢に語る
負けてしまったときこそ、その事実に向き合うことはとても重要です。日本では負けた選手にマイクを向けることはあまりありません。しかし、海外のトップアスリートは、自らの敗因を積極的に分析し、それを流暢に語ります。そうすることで戦いを客観的に振り返り、負けによる精神的動揺に区切りをつけ、自分のコメントから次の勝利へのヒントをつかもうとするのです。
負けに至らなかったミスも、分析する必要があります。ミスには2つの種類があります。1つは判断のミス。もう1つは行動のミス。この2つを理解したうえで、「自分のミスの延長線上に未来はあるのか」を見極めないといけません。
たとえばテニスで、「チャンスボールを攻撃的に打つと、コートに入らないかもしれない」と弱気に考えてボールをつなげ、相手のミスを待って勝ったとします。結果的にはポイントを獲得できました。しかしそこには、「強く打とうとしない」という判断のミスが起きています。打つべきところで強く打たないかぎり、ステージが上がった試合では通用しなくなります。
一方、強くていい球を打ったけれど、コートに入らなかった。結果は失敗だったとしても、強く打つという判断自体は間違えてなかったわけです。これは「プレーのミス」と理解して、技術を修正していけばいいのです。
目に見える結果と、それをつくり上げていくプロセスは、分けて考える必要があります。結果的にミスに見えなくても、ミスがなかったかどうか検証する。そして、ミスがあれば早めに修正することが、選手が成長していくうえで極めて大事なのです。
■引退を意識すると敗北の意味も変わる
現役のアスリートは敗北に強い恐怖心を抱いている傾向があります。「負けが将来の糧になる」と言われても、簡単には受け入れがたいでしょう。
私はさまざまな選手と関わる中で、「引退を意識した選手は、パフォーマンスが向上する」という特徴に気づきました。現役の若手アスリートにも、自身の現役引退はいつ、どこで、どのように……など詳細に語るワークをしてもらいます。すると、今の一分一秒を愛おしく大切なものとして認識するようになり、練習への取り組み方が変化してきます。敗北すら意味が変わって、かけがえのない経験として受け入れられるようになるのです。
これはアスリートに限った話ではありません。物事の終わりを意識していれば、失敗や敗北を経験しても、それを糧にしようという気持ちが生まれる。落ち込んでいる暇などないのです。
負けの恐怖を払拭できない選手には、「勝つか負けるかの確率は常にフィフティ・フィフティ」という考え方を伝えることがあります。たとえ打率2割の野球選手であっても、「ホームラン・ヒット」か「凡打・三振」かで言えば、確率は5割。そう考えれば、失敗や負けに過剰にとらわれずにすむはずです。最高のパフォーマンスを発揮するためには、自分ができること、なすべきことにフォーカスしてプレーするのが成功の鍵となるはずです。
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1956年、山形県生まれ。日本体育大学大学院修了。専門はスポーツ心理学。松岡修造氏が主宰する「修造チャレンジ」におけるメンタルサポートの責任者としても活躍中。
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(専修大学経済学部教授、同スポーツ研究所顧問 佐藤 雅幸 構成=長山清子 写真=AFP=時事、EPA=時事)
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