育休後のキャリアダウンと昇進への不安をどう乗り越えたか
プレジデントオンライン / 2020年3月2日 6時15分
■楽しそうに働くスタッフの姿に憧れて
料理やお菓子のおいしそうな香りが漂う中、たくさんの生徒がキッチンを囲んで笑い合っている。お揃いのエプロンをつけたスタッフも笑顔できびきびと働いていて、皆とても楽しそうだ。
ABCクッキングスタジオは、国内に125、海外に38ものスタジオを展開する料理教室。生徒数は国内外で約145万人にものぼり、料理やパン、ケーキづくりを学びたい人を中心に人気を集めている。
石田珠美さんは、このスタジオ運営事業の担い手の一人。西日本を中心に約60店舗を統括しており、「現場の悩みや課題を肌で感じたいから」と、各スタジオを忙しく飛び回っている。
「スタジオはお客様ともっとも近くで接することができる場。今何が求められているのか、今後何が求められていくのかを知ろうと思ったら、直接現場へ行くのが一番なんです。そこで聞きとったスタッフの声を会社に届けるのも、私の大事な仕事ですね」
ABCクッキングスタジオとの出会いは25年前。生徒として料理教室に入会したのが始まりだった。当時、銀行の一般職として働きつつも、仕事にやりがいも目標も見いだせずにいた石田さん。一方、教室のスタッフはいつも楽しそうに働いていて、キラキラ輝いて見えたという。
「私もこんな風に働きたい」と憧れが募り、銀行を辞めて地元の名古屋店に契約社員として入社。最初は結婚までの腰掛のつもりだったそうだが、1年後、実際に結婚した時にはすっかり仕事に夢中になっていた。
■マネジメントに失敗して辞める人が続出
![ABC Cooking Studio 執行役員 石田 珠美さん](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/c/a/670/img_cae944f5986f304e1327ad143a157f06397279.jpg)
「あまりに仕事が楽しかったので、子どもはもう少し待とうって夫にも言って(笑)。自分なりの目標もとんとん拍子に達成できて、本当に順風満帆でした。でも今思えば、それって周りに恵まれていたからなんですよね」
入社後1年もたたないうちに契約社員から正社員になり、翌年には店長に抜擢。店を大きく成長させた。ところが、順調だったキャリアは異動をきっかけに暗転する。夫の転勤に伴って大阪店へ移動し、まったく違う環境で店長を務めることになったのだ。
名古屋店ではスタッフ同士の結束がかたく、皆が一丸となって働いていたそう。「だから、がんばろうねって言えば皆がんばってくれるものだと思っていたんですよ」と石田さん。だが、店が違えばチームワークも違うもの。恵まれた環境を離れて、初めてマネジメントの難しさを知った。
この悩みは、次に任された京都店でさらに大きくなる。新規オープンの店だったため、スタッフの育成も集客もゼロからの出発。集客のためにはスタッフを成長させなきゃと厳しく指導を続けたが、石田さんの熱意とは裏腹に辞める人が続出した。自分は店長に向いていないのではと悩み、退職まで考えたという。
「自分がとんとん拍子にきたものだから、できない人の気持ちがわからなかったんです。私の役目は皆のやる気を引き出して、結果を出させてあげることだったのに、初めから相手の心に寄り添えていなかった。大きな失敗でした」
この挫折から救ってくれたのは創業者と上司だった。悩みをじっくり聞いた上で、組織のまとめ方についてさまざまなアドバイスをくれたのだ。この時に言われた「あなたは木を見て森を見ずだね」という言葉は、今も大切にしているという。できないスタッフ1人、未熟な点1つを見るのではなく、店全体の成長を考えていきなさい──。これ以降、石田さんの意識は大きく変わった。
■昇進後の育休で店長に逆戻り
仕事への意欲を取り戻し、キャリアアップを目指して新たなチャレンジが始まった。折しも会社は事業拡大の真っ最中。石田さんの活躍の場も広がり、中四国エリア初となる岡山店を任されたのち、念願のエリアマネージャーに昇進。全国を飛び回って店を育てる、充実した日々が続いた。
ただ、その裏では働く女性の多くが抱えるジレンマも。昇進後に第一子を出産し、それまでのように自由には動けなくなったのだ。義両親が育児をサポートしてくれたものの、会社の事業拡大はピークを迎えていて目の回るような忙しさ。「もっと頑張らなきゃ置いていかれる」と焦ることもたびたびだった。
そこで石田さんは、仕事のやり方を大幅に変更。それまで感覚的にやってきたことを全部マニュアル形式にまとめて、自分が動けない時は代わってもらえる体制を整えたのだ。
「以前は人に説明するより自分で動いちゃうタイプだったんですが、それじゃ育児とは両立できない。結果的に、効率のいい時間の使い方や論理的に伝える力が身についたので、自己成長のいい機会になりました」
第一子の出産時は、置いていかれるという不安から前後2カ月休んだだけで復帰。だが、周囲に専業主婦が多かったこともあり、「自分は子どもと過ごす時間が少なすぎるのでは」と葛藤し続けていたという。そんな思いから、第二子の出産時には産休・育休あわせて1年半の休みをとった。
会社の成長期に長期の休みを取れば、後輩には追い抜かれるだろうし同じ職には戻れないかもしれない。それも覚悟の上で育児を優先した石田さん。キャリアの岐路ともいえる大きな決断だったが、「子どもたちとの時間がつくれて満足でしたし、今もよかったと思っています」と振り返る。
しかし、復帰後の道のりを聞くとなかなかに険しい。両立のため職位はエリアマネージャーから店長へと下がり、上司はかつて自分が採用した後輩。再度キャリアアップしようにも、両立への不安からなかなか挑戦できなかった。
![LIFE CHART](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/f/670/img_6f37ee0f88d3dfd1439331d7aa8e4301246681.jpg)
■どんな岐路でも「自分で決める」ことが大事
![ABC Cooking Studio 執行役員 石田 珠美さん](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/5/300/img_f59572a86db2547fb72178ebf5d17275255473.jpg)
「男女平等の時代とはいえ、どう両立するかという話題になるのは今もまだ女性だけ。男性の働き方に両立という話題は出てきません。私のような女性役員の存在が、誰もが活躍したければチャレンジできると思えるきっかけになったらいいですね」
石田さんも、復帰後いったんはキャリアアップをあきらめたのだそう。悔しさはあったが、「自分の不満は目の前にいる生徒さんやスタッフには関係ない」と、今の立場で生徒や会社のためにできることを一生懸命考えたという。
また、復帰後の店長職では京都店での失敗も糧になった。今回はスタッフの心に寄り添いながら意欲を引き出すことに成功し、全国最下位だった店舗を1位にまで導く。この成果が認められ、石田さんは再びエリアマネージャーに返り咲いた。
「でもね、うれしさより不安のほうが大きかったんですよ。その時点で育児と仕事をバランスよく両立できていたので、昇進したらこれが崩れるんじゃないかと」
実際にやってみると、2度目のマネージャー職ということで以前より上手に、効率よく両立できるようになっていた。また、復帰後に再度部下の立場を経験したことで、思い描いていた“いい上司”像を実践することもできた。
その後、会社の体制変更によって再び店長職に戻り、滋賀県初となる店舗のオープンを任される。このプロジェクトではついに、集客とスタッフ育成の両立を継続できる“理想のスタジオ”を実現。キャリアの集大成として、自分が得てきた知識と経験をフルに生かした結果だった。
やがてエリア執行役に昇進。育児がひと段落していたこともあり、今度は仕事に全力投球できた。裁量権も大きく広がり、以降はとりわけスタッフの育成に力を注ぐようになった。
「入社当時は、こんな未来が待っているなんて想像もしていませんでした。今の私があるのは、上司や会社が期待を寄せてくれて、力を伸ばしてくれたから。今度は自分がそうする番だと思っています」
最後に、働く女性へのメッセージとして「自分で決めることが大事」と語ってくれた。キャリアを積む、家庭を優先する、どちらを選んでもいいこともあればできなくなることもある。けれど、それをわかった上で自分で決断したのなら、きっと糧にできるはず──。どんな経験も力に変えてきた石田さん。その考え方は、両立に悩む女性たちにとって大きなヒントになりそうだ。
■役員の素顔に迫るQ&A
Q 好きな言葉
経験が財産
Q 趣味
愛犬との時間
![スケジュール帳、スマホ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/a/300/img_fa9fa695126c37f0243e1396462bd6f558427.jpg)
Q Favorite Item
スケジュール帳、スマホ
「仕事の予定はスケジュール帳で管理。心に留めておきたいことも切り抜きをどんどん貼り付けています。家庭の予定管理にはスマホアプリを活用しています」
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ABC Cooking Studio 執行役員
1975年生まれ。銀行勤務を経てジェンヌ(現・ABC Cooking Studio)に入社。スタジオ運営スタッフとして働きはじめ、入社1年目に店長、4年目にはエリア責任者となり関西・北陸エリアのスタジオを統括。新店舗立ち上げや人材開発・育成に携わる。2017年よりエリア執行役、19年より現職。二児の母。
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(ABC Cooking Studio 執行役員 石田 珠美 文=辻村洋子 撮影=小林久井)
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