高齢客メインの寝具メーカーが、働く30代女性の「睡眠美容」市場を発掘できたワケ
プレジデントオンライン / 2020年3月5日 6時15分
■日本人の睡眠時間は世界ワースト
3月に入ってからも、連日続く「新型コロナウイルス」の関連報道。「自分や家族がいつ感染するかと不安で、ぐっすり眠れない」という方も多いのではないでしょうか。
そもそも日本人の睡眠時間は、世界ワーストレベルです。OECD30カ国の平均睡眠時間をみると、8時間に満たない国は3カ国のみで、その1つが日本。平均7時間22分と、ワースト2・韓国を大幅に下まわるほか、男性より女性のほうがさらに短時間しか眠れていない、との結果も出ています(OECD「Gender Data Portal 2019」ほか)。
時間が短いなら、せめて睡眠の質だけでも確保したい。そこで、昨今は枕や布団など「寝具」にこだわる女性も増えていますよね。
そんななか今年(2020年)1月、寝具メーカー大手の西川が展開を始めたブランドが、「newmine(以下、ニューミン)」。背後には、同社の女性社員のナマの声が生んだ、新たなビジネスモデルがありました。
■“肌にやさしいまくら”という発想
真っ先に目を惹くのは、ニューミンの「美容睡眠」というコンセプトでしょう。文字通り「寝ている間に美しくなろう」という考え方で、商品群には、健康的な肌を保つ枕や、肌質に合ったピローケース、ダメージフリーのタオルなど、私たちが日常生活の中で触れるアイテムが並びます。
主力アイテムは、「肌にやさしいまくら(枕)」。
![「肌にやさしいまくら」。Lラインパッド(赤く見えている部分)で、高さを調整する。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/f/670/img_0fbf4721626392ddf0626906e4f0ff88250454.jpg)
専用の「Lラインパッド」で高さを調整することで、自分の顔(フェイスタイプ)に合った枕が実現します。これにより、眠っている間に頬にかかる摩擦や圧力等のダメージを、約50%軽減できるそう。結果的に、ターンオーバー(肌細胞の生まれ変わり)が正常に行われやすくなり、肌を健やかに保つ環境づくりができる……、という商品です。
ニューミンブランド開発の背景について、同・営業企画統括部の森優奈さんは「働く女性に、睡眠という“無意識”の習慣を、美しくなるための時間、すなわち“美意識”の習慣に変えてほしかった」と言います。
■「女性には時間がない」ことに注目した
いまや女性の社会進出が進み、子育てをしながらマイペースで仕事を続ける女性や、結婚せずにバリバリ働く女性など、多様な働き方が見られるようになった。いずれの女性にも共通するのは、とにかく「時間がない」こと。
森さんたちは、ここにビジネスチャンスもあると考えたそうです。
「私たち女性の多くが『睡眠こそ、最大の美容』だと分かってはいる。でも、正しい知識や習慣がないので、なかなか実践できない。ならば、美容にとって睡眠がいかに大切かを知ってもらい、かつ自分の肌や髪質に合ったアイテムを使ってもらうことで、『美容睡眠』を習慣化できるのでは? と考えました」
■自ら手を挙げた部門横断チーム
もう一つ、ニューミン誕生の背景には、大きな目的がありました。それは、顧客層の「若返り」を目指すこと。
従来、西川の中心顧客は50代以上で、上の世代の女性層に偏っていました。長年にわたるファンが、年齢を重ねて高齢化するという、老舗ならではの悩みですよね。
そこで18年12月、「新たな女性顧客(若い層)をつかもう」と会社が音頭を取ってスタートしたのが、「女性顧客創造プロジェクト」。
メンバーは、全員が「やりたい」とみずから手を挙げた人のみ。所属は、デザイン企画室から本部の販促関連、商品管理、人事総務部などさまざまでした。森さん自身も含め、20~30代後半の女性たちが集まったそうです。
彼女たちがまず行ったのは、「自分も含めた働く女性は、何に悩み、何を欲しているのか」に関する、徹底したブレストでした。
■自分たちの悩みから出たキーワード
初めは、「肌を手入れしたいけど、時間がない」や、「風呂上がりに肌パックやストレッチをしなきゃと分かっていても、面倒で続かない」など、寝具とは直接関係がないことも含めて、忌憚(きたん)のない意見を語り合ったそう。
自分たちや同世代の「リアルな悩み」を吐き出すうち、やがてメンバーから声があがりました。「忙しいからこそ、眠っているうちにキレイになれたら嬉(うれ)しいよね!」
![ニューミンブランドの商品は、枕以外にタオルやピローケース、アロマなど多岐にわたる。](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/8/300/img_48f230c3c9563bcfcfc713617d9223c7143956.jpg)
そこから生まれたキーワードが、先の「美容睡眠」。ここをゴールに、今度は美容睡眠につながるアイテムを、次々と発想していったと言います。
たとえば、女性は寝るまでの間に、顔にパックをしたり、美容液を丁寧に塗ったりと、ある程度のお金や時間をかけるケースも多い。にもかかわらず、洗顔後に顔を拭くのは、十数年も使い古した、ゴワゴワのタオルだったりもする。
また、せっかく肌のケアをして「さあ、寝よう」となった後、その顔(肌)をつけて7時間程度眠る枕やピローケースには、もしかすると(マメに洗わないことで)細菌が付着しているかもしれない……。確かにそうですよね。
■忙しい女性にどう売るか
そこで森さんたちは「肌や髪の美と健康を守ってくれる枕やピローケース、タオルなどがあれば、働く女性に歓迎されるのではないか」と考えたと言います。
当時から、家事を楽にしてくれる家電や、疲労回復に導く寝具等は、市場にあふれていました。半面、「美容睡眠」をコンセプトに掲げた寝具は見当たらなかった。だからこそ、競合他社との大きな差別化ポイントになると発想したのです。
半面、悩んだのは、「売り方」と「価格」。ニューミンのメインターゲットが、「働く30代女性」だったからです。
まず売り方。60代のシニア女性なら、日中に「ゆっくりオーダーメイド枕を作ろう」と来店してくれる機会もあるでしょう。でも、働く女性は忙しい。できれば短時間で簡単に、しかもわざわざ来店しなくても「自分に合った枕」が作れるのがベター。
ゆえに、森さんたちが意識したのは、「夜、自宅のベッドの上で、測定から購入までが完了できること」でした。
■1万6000円の枕はファーストステップ
具体的には、頬が当たる部分の高さの調節を、三角形の「Lラインパッド」の抜き差しによって簡単に行えるようにするとともに、購入やフィッティング診断を、専用のECサイトやブランドサイトでラクに行えるようにしました。
フィッティング診断にかかる時間は、わずか1分ほど。専用サイト(アプリ)上で顔の正面と側面を撮影するだけで、スキャンデータから適切な枕を提案してくれます。
一方の「価格」は、「肌にやさしいまくら」を1万6000円(税別)に設定しました。
いまや30代女性の平均年収は、フルタイムでも年300万円前後(18年 国税庁「民間給与実態統計調査」)。月額にして、約25万円程度です。
そんな彼女たちに、1つ2万5000円(税別)もする同社のオーダーメイド枕(「自遊自材」ほか)をいきなり買ってもらうのは、かなり難しい。そこで森さんたちは、ニューミンを「ファーストステップ」と捉え、「まずはニューミンを気に入ってもらうことで、将来のオーダーメイド枕のファンを増やそう」と考えたのです。
■「ファンの高齢化」対策は失敗も多い
ニューミンの展開開始から、2カ月弱。西川は、まだ実売個数を公開していませんが、「ブランドがスタートした直後(1月14日~27日)、有楽町マルイに設置した限定ショップは、狙いどおり30代の働く女性に人気でした」と森さん。
好評だった一つが、座ったままで可能な「枕の測定」。靴を脱いでわざわざベッドに横たわる必要がなく、女性たちから「すごく良かった」「横になるより抵抗感が少ない」との声が続々と寄せられたと言います。
一般に、西川のような老舗企業や老舗ブランドは、長年培った上世代のファン(顧客)がいます。ですがそこだけに頼っていたのでは、ブランドが経年劣化してしまう。先の通り、ファンの加齢や高齢化が避けられないからです。
だからこそ多くの企業は、若い世代に向けて、「似た商品の廉価版を出そう」「別の販路(場)で売ろう」と考えるのですが……、それだけでは失敗することも多いのです。
■「顧客の若返り戦略」陥りがちな落とし穴とは
なぜなら、若い世代が求める「ニーズ(コンセプト)」にまでは、目が向きにくいから。
ここ数年、寝具にまつわるキーワードは、圧倒的に「健康」「快眠」と「オーダーメイド」。西川やロフテーのような大手以外にも、整形外科医が医学的観点から作る「整形外科枕」(山田朱織枕研究所)や、職人が一つひとつハンドメイドで作った生地を用いる「まくらぼ」(Futonto)など、ニッチなブランド枕まで、続々と登場しています。
多くは若い世代より、50代以上の男女に好評です。もし西川が、30代に向けても「まず寝具ありき」「健康や快眠ありき」で発想していたら、「美容睡眠」というキーワードは浮かばなかったでしょう。
■商品開発に行き詰まったらすべきこと
ところが森さんたちは、いったん寝具という縛りから離れ、「自分も含めた働く女性は、何に悩み、何を欲しているのか」という、根本的なブレストから始めました。だからこそ、自由な発想で「美容」という新たなキーワードにたどり着いたのだと思います。
ターゲットのニーズを知るには、やはりその年代や立場に近いメンバーが、意見出しに加わることが望ましい。さらにその場合、自分たちのホンネを自由に言い合える環境づくりも大切です。
皆さんの会社でも、新たなターゲットへの商品開発に行き詰ったら、まずはターゲットに近いメンバーを集めて、「自由に」発想することから始めてみませんか?
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マーケティングライター
1968年東京生まれ。マーケティング会社インフィニティ代表取締役。修士(経営管理学)。2020年4月より、立教大学大学院(MBA)客員教授。立教大学大学院にて、修士(経営管理学/MBA)取得。同志社大学・ビッグデータ解析研究会メンバー。財務省・財政制度等審議会専門委員、内閣府・経済財政諮問会議 政策コメンテーター。著書に『男が知らない「おひとりさま」マーケット』『独身王子に聞け!』(ともに日本経済新聞出版社)、『草食系男子「お嬢マン」が日本を変える』(講談社)、『恋愛しない若者たち』(ディスカヴァー21)などがある。
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(マーケティングライター 牛窪 恵 写真=iStock.com)
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