総額30億のうち「遺産は7万8002円」とされた婚外子と実子のドロドロ
プレジデントオンライン / 2020年2月28日 17時15分
■“京都の紅茶王”が遺した相続争い
京都市の東北にある閑静な住宅街、修学院に数寄屋造りの名建築があります。これは株式会社フクナガの創業者・福永兵蔵氏が隠居所として建てたものです。
福永氏は1930年に京都にティーショップを開き、日本にリプトンの紅茶を広めました。今も四条河原町辺りを歩けば、リプトンティーショップをいくつか見かけます。
福永兵蔵氏は「京都の紅茶王」として大成功したのち、とんかつの「かつくら」などの飲食業を展開し、一代で30億円弱とされる財産を築きましたが、一方で艶福家だったと報じられています(2015年9月1日「zakzak」掲載「財産約30億円『京都の紅茶王』相続争い泥沼化 婚外子9年にわたる闘い」より)。
それゆえか、相続にあたって福永氏の婚外子の問題が持ち上がりました。福永氏には、妻以外の女性との間に女の子がいました。女の子が生まれた当時、福永氏は60代。妻も子もいる身だったため、この女の子は法律上の婚姻という形式の外で生まれた子、つまり婚外子(非嫡出子)になります。
■非嫡出子とわかる戸籍表記はプライバシーの侵害
男性の場合は、婚外子を「認知」することにより、この子が法律上自分の実子となります。未認知の場合は、父子関係はなし、ということになります。女性の場合は、婚姻外で産んだ子でも自分が産んだという事実があるため、認知の手続きなく、自分の実子となります。
ここで、男性が婚外子を認知する効果についてご説明しましょう。
まずは戸籍上の効果です。認知することにより、父と子の親子関係が生じますから、戸籍上も子として記載されます。
なお2004年11月に戸籍法施行規則が改正されるまでは、嫡出子であれば「長男」「長女」などと記載されるところ、婚外子は「男」「女」とされ、一目で非嫡出子と分かる表記となっていました。改正法の施行で、表記方法が変わり、嫡出子と同様になりました。
ただし、今でも「男」「女」と記載されている戸籍謄本を見かけます。改正前に作られた戸籍については従前の表記のままとしている市区町村が多数あるのです。
■115年続いた「相続分の不平等」が是正された
次に相続の効果です。父が認知をすれば、婚外子といえども実子の扱いとなります。相続においても2013年に大きな改正がありました。
それまで民法900条4号ただし書きで「非嫡出子の相続分は嫡出子の相続分の2分の1とする」と定められていました。しかし、この規定に対して「非嫡出子に対する差別ではないか」という訴えがあり、裁判の結果、2013年9月4日、最高裁は違憲判決を出しました。
これを受け、異例とも言うべき早さで民法が改正され、3カ月後の2013年12月5日、このただし書き部分が削除されたのです。これによって、明治時代から115年も続いた、嫡出子と非嫡出子の相続分の不平等が是正されました。
■婚姻関係の形の変化を受けた法の改正
そうは言っても、過去に確定した相続まで蒸し返すと混乱するため、適用される相続は最高裁決定が下された後、つまり2013年9月5日以後に開始したものに限られることになりました。それより前に亡くなった方の相続においては、従前通り非嫡出子の相続分は嫡出子の半分です。ただし、例外として、2001年7月1日以後に開始した相続について2013年9月5日時点で遺産分割が済んでいないものについては、嫡出子と非嫡出子の相続分を同等に扱うものとされました。
戸籍の表記の改正も相続分の改正も、「さまざまな生き方を認めるべき」「自由な婚姻関係の形を認めるべき」という社会情勢の影響を受けた改正といえます。事実婚という形をあえて選択するご夫婦もいますので、こうした改正が積極的にお子さんを産む契機になればと思います。
■「相続する遺産は7万8002円とする」
さて、話を紅茶王・福永氏に戻しましょう。
福永氏が2005年に101歳で大往生したあと、正妻との間の子供と婚外子である女性Aさんの間で相続をめぐる法廷闘争が繰り広げられることとなりました。なお、Aさんが福永氏の子として相続で争うということは、当然ながら福永氏から認知されている(実子になっている)ということを意味します。
紛争は、福永氏が亡くなった後、Aさんの元に弁護士から内容証明郵便が送られてきたことから始まります。その内容は「Aさんの相続する遺産は7万8002円とする」という文書と「債務不存在確認」の文書。Aさんが「債務不存在確認」の文書を返送しなかったことから、福永氏の長男らから2007年に債務不存在確認訴訟を起こされることになりました。
「債務不存在確認訴訟」とは、金銭の支払義務の有無や金額に争いがあるときに、債務者とされる側が支払義務がないことを裁判所に確認してもらい、事実上請求を止める訴訟をいいます。一方でAさんも、09年に遺産請求訴訟を起こします。
2010年に京都地裁から3000万円の和解案が提示されましたが、双方折り合いがつかず、その後2013年に約589万円の判決が出た際もAさんはこれを不服として控訴。
2015年6月には大阪高裁で6500万円の和解案が提示されましたが、これにもAさん側が応じなかったそうです。
■法廷闘争中に民法が変わった
先述の民法改正、嫡出子と非嫡出子の相続分が同等となった件に照らすと、福永氏の場合、亡くなったのは2005年ですが、2013年9月5日に遺産分割が確定していない状況です。そのため、改正後の民法が適用されることになります。
つまり、法廷闘争をしている間に、民法が変わってしまったのです。その結果、正妻の子供たちと婚外子のAさんは、同等の相続分を有することになったというわけです。なお、この騒動については、2015年にAさんがテレビ番組に登場して世間を賑(にぎ)わせて以降、どのような展開を遂げているか、今のところ不明です。
それにしても相続でモメると紛争は長引きます。法廷闘争が続くと、日常生活にも精神面にも支障をきたします。経済的にも大きな痛手を負います。相続人をこのような状況に引き込まないために、福永氏は何をすべきだったのでしょうか。
■親族経営の非上場企業ならではの注意点
株式会社フクナガの年商は69億円と公表されています(2016年実績)。そんな会社の創業者で、個人の財産が30億円弱というと、ある程度の規模の財産を相続できるものと誰もが考えるでしょう。
しかし、フクナガのように親族経営で上場していない会社は、株価が高いことが多いものです。長く続く優良な会社ほど利益が蓄積され、その株式の財産価値が故人の相続財産の大半を占めることも一般的です。
そうした場合、会社の後継者は、会社を経営していくために株式を相続せざるを得ません。また、会社の末永い存続という責務、従業員や取引先への重い責任を負うことにもなります。そのためには、いざというときに個人から会社に貸すことができる資金も手元に持っておきたいものです。それらを相続するために納付すべき相続税も多額になります。
■生前に相続人全員に事情を言い聞かせておく
ちなみに日本の会社の数は約382万社(「2017年版中小企業白書」より)で、そのうち上場会社は3700社ほど(2019年12月時点)。つまり上場会社は日本の全会社の0.1%に満たず、99.9%の会社がこうした非上場会社です。
会社経営者としては、相続人が法定相続分通りの相続を求めた場合に、どんなことが起きるのかを考えておく必要があります。たとえば相続人に対して「会社の継続が最重要であり、後継者には重い責任を負わせることになる。その代わり、株式と運転資金、それに見合う相続税分の金融資産を相続させざるを得ないから、どうか理解し協力してほしい」と。事情を言い聞かせることが必要になります。
これは嫡出子だけでなく、非嫡出子も含めてです。デリケートなことほど、実の親の口から聞くのと異母兄弟の口から聞くのとでは、受け取り方が全く違ってくるものだからです。
会社経営者の方は、遺言を書いておくことはもちろん、最低限の親の務めとしてこうした準備もしておくことをおすすめします。
■遺留分に関する民法改正でできる相続対策
理想を言えば、相続人全員が親の気持ちを理解して後継者に協力する、というのが望ましい形。しかし、どうしても後継者以外の相続人が、相続時に自分の取り分を主張する恐れが高いときは、「遺留分に係る民法改正」が一つの選択肢となるかもしれません。
2018年の民法改正で、遺留分について大きな改正がありました。遺留分とは、故人の兄弟姉妹以外の相続人に保障された最低限の取り分です。この遺留分、実は相続時に個人が所有する財産だけでなく、相続人に対し生前に行った贈与等を加算して算定されます。
これまでは、相続人に対する贈与等は、どれだけ昔の贈与であっても遺留分の算定基礎に入れることとなっていました。それが民法改正により、2019年7月1日以後に開始する相続については、亡くなる前10年以内に行った贈与等に限定されることとなったのです。
このため、事業の後継者が決まっているなら、早めに後継者に株式を贈与することで、その株式を他の相続人からの遺留分侵害額請求の対象から外すことができるようになりました。ただし、「なんでもかんでも亡くなる10年より前の贈与ならOK」「贈与は早い者勝ち」ということではない点に注意が必要です。
「贈与後、相続開始までの間に贈与者の財産が増加する可能性が少ないことを、贈与者も受贈者も認識して行った贈与」については、期限を問わず遺留分の算定基礎へ加えられることになります。贈与者も受贈者も、受贈者以外の相続人の遺留分を侵害することをじゅうぶんに認識していたものと判断されるからです。
例えば、父の財産の大半が経営する会社の株式で、その株式を長男へ贈与すると亡くなるまでの間、父の財産が増えることが全く想定されない——そんな状況で贈与した株式については、亡くなる何十年前にした贈与であっても遺留分の算定基礎へ加えられ、他の相続人からの遺留分侵害額請求の対象となる可能性が高いでしょう。
一方で、株式を贈与後、父が会社役員として報酬を受け取ることで、父の財産がその後も増えると想定されていたのであれば、この贈与は遺留分の算定基礎から外れるものと考えられます。相続トラブルを避けるには、こういった点に留意しながら、思い切って早めに後継者へ株式を贈与するのも一つの選択肢でしょう。
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税理士
辻・本郷税理士法人所属。メガバンクのプライベートバンキング部門への出向経験を持ち、富裕層から一般層までさまざまな相続のケースを手掛ける。現在は同社の相続部にて相続のスペシャリストとして活動。井口麻里子のブログ
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(税理士 井口 麻里子)
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