なぜ「孫子」はビジネスマンにとって永遠のベストセラーなのか
プレジデントオンライン / 2020年3月2日 9時15分
■2500年前から評価されてきた知恵のかたまり
——『孫子』とはどういう内容の書物なのですか。
【長尾】『孫子』は今から2500年ほど前、春秋時代の中国で現された兵法書です。書いたのは孫武(孫子)という人物で、全13篇に分かれていて、戦いの準備から戦闘の実際までさまざまな内容が記されています。『孫子』は兵法書として「最古にして最高」と称されます。それは、実際に起きた戦いの単なる記録ではなく、戦いを左右する根本原理を記した思想書だからです。
原理原則が書かれているからこそ時代が変わっても読まれ続け、現代では多くの企業経営者や組織を動かす人たちが参考にしています。2500年の間、洋の東西を問わず評価されてきた知恵のかたまりですから、ビジネスマンがこれを学ばない手はないでしょう。
——『孫子』は現代のビジネスシーンで、どのように役立つのでしょうか?
【長尾】現代は手本のない時代です。同業他社の真似をしていても生き延びることは難しい。新しいアイデアが出てこなければ、業界全体もシュリンクしていきます。だからこそ独自の戦い方、戦略が重要になってきます。しかし、それを決めるには自らの判断軸を持っていなくてはならない。
そんな時に『孫子』の兵法が役立ちます。例えば、新しいアイデアを思いついたとします。そうしたらそれが『孫子』の兵法に当てはまるかどうかを、一度考えてみるんです。これがちゃんと合致すれば、そのアイデアを進めていく大きな後押しになりますし、人を説得する時の材料にもなります。
■実用書として『孫子の兵法』を読む方法
——『孫子』がアイデアの可能性を担保してくれるわけですね。
【長尾】そうです。また仕事の内容だけでなく、各個人がビジネスマンとしての振る舞いを考える時にも『孫子』は役立ちます。ビジネスマンとして成長するということは、社会における自分の価値をどう高めていくかを考えることです。
![長尾一洋監修『角川まんが学習シリーズ まんがで名作 孫子の兵法』(KADOKAWA)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/5/d/200/img_5d8167eb196510b675359d855158f6e2335422.jpg)
そのためには同僚と横並びでやっていても先は見えてこない。新しい挑戦が求められるわけですが、それこそ『孫子』でいうところの「奇を以って勝つ」(予想外の手段こそが勝ちに繋がる)という兵法の実践といえます。常識に囚われていてはやっていけない時代に、自信をもって仕事に取り組むための指針の書ということができます。
——実用書として読むことができるということですか?
【長尾】ただ、そこには注意が必要です。『孫子』はあくまで2500年前に書かれた、戦争の戦い方を記した本です。だからそこに直接答えが書かれているわけではないんです。『孫子』に書かれていることを、読んだ側が応用してはじめて、現代で役に立つものになっていくんです。
だから『孫子』の言葉を丸暗記する必要などはないんです(笑)。だいたいこんなことが書かれていたな、と覚えておいて、ふと迷った時やヒントがほしい時に、ちょっと手に取ってみる。そうやって自分の考え方の“答え合わせ”をするのが、まずは良い使い方ではないかと思います。
■どんな形でもとりあえず一度触れてみる
——もっと気軽に接したほうがいいわけですね。
【長尾】そもそも『孫子』に触れたことがある若い世代というのは決して多くはないですよね。だから、私は『孫子』をまんがで学べる書籍も手掛けています。どのような形であれ、孫子の兵法に一度触れてみるというのはとても意味があることだと考えるからです。
直近のものでは、幼少期から孫子の兵法を学ぶことができる『角川まんが学習シリーズ まんがで名作 孫子の兵法』(KADOKAWA)を監修しています。これは小学生の男女ふたりを主人公に、サッカーで勝つために『孫子』を活用していくという内容になっています。『孫子』の言葉だけ読んでも「当たり前のことを言っているな」というだけで終わってしまう人もいるでしょうが、まんがとして物語が描かれていますので、『孫子』の内容をどのように応用していけばいいかの具体的なサンプルとして自然と理解できるでしょう。
■「彼を知り己を知らば百戦殆うからず」
——長尾先生は講演や企業コンサルティングの現場で『孫子』の言葉を引用されるそうですね。具体的にはどんな言葉ですか?
【長尾】よくお話しをするのは「彼を知り己を知らば百戦殆うからず」という言葉です。有名な言葉ですがこれは「敵の力を知り自分の力を知れば、何度戦っても負けることはない」という意味です。実は『孫子』は情報を重視する姿勢がその根底にあり、それが一番よくわかる言葉がこれなのです。
占いや祈祷が大きな意味を持っていた時代であるにもかかわらず、『孫子』は、正しい情報を手に入れることの大切さをさまざまなところで説いています。春秋時代という終わりの見えない戦いの時代の中で、「国が滅んでしまえばそこで終わり」というシビアな状況が生んだ、リアリズムの思想なのです。これは経営においても非常に役立つ言葉です。
![孫子兵法家・長尾一洋氏](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/c/670/img_0c9a0456b88be0382de180b01d6b414b243976.jpg)
■テクノロジー+孫子の精神で「正しい情報を集める」
——どのように役立つのでしょうか?
【長尾】よくPDCAサイクルといいますが、私はもう一歩踏み込んで“フィードフォワード”であるべきだというお話しをよくします。PDCAサイクルの考え方の根本にあるのは、物事の結果を次の状況に反映させるというフィードバックの発想です。でもこのやり方では、最初の挑戦の精度がどうしても低くなってしまいます。「あとで修正すればいい」という気持ちが出てしまうんですね。
だから最初にできるだけ情報を集めて、万全の状態でまずそれを初の挑戦に生かしなさい、と。これがフィードフォワードです。「彼を知り己を知らば百戦殆うからず」の精神とは、そういうことなんです。
——最初に正しい情報を集めることが成功の鍵というわけですね。
【長尾】『孫子』の中には「用間篇」といって間諜、つまりスパイの用い方について記した一篇もあります。スパイは、現在の企業でいえば営業マンですね。営業マンが集めてきた現場の情報をいかに、スムーズに方針に反映するか。それもまた「彼を知り己を知らば」の実践ということができると思います。
幸い近頃は、それまでの日報や週報といった形式よりもはるかに早く、リアルタイムに近い形で情報を手に入れることができるようになりました。こうして精度の高い情報が入れば入るほどに、「彼を知り己を知らば~」という状態に近づき、先手先手を打てるようになれるわけです。なので私は講演などで、「『孫子』にはIT化が大事と書いてある」と言うことがよくあります(笑)。でも実際、孫武が今の時代に生きていたら、絶対にITを駆使して、正確な情報を集めることに力を入れたでしょう。
■「人の耳目を一にする」旗印の重要性
——ほかにはどのような『孫子』の言葉を引かれますか?
【長尾】経営者の方とお話しをしていると「売上目標」を掲げる方は結構いらっしゃるんです。でも「なんのために売上を上げるのか?」という点が抜けていることがあるんです。「我々はなんのために働くのか」ということに対する理由付けとして、企業としての旗印が必要なのです。
そういう時は『孫子』の「人の耳目を一にする」という、戦いにおける旗印の重要性を語った言葉を紹介します。この言葉で、会社の理念を、社員全員がわかる形で共有することがいかに大事か、ということを説明するのです。
■人間は2500年前とそれほど大きく変わらない
——『孫子』の言葉には、組織論について言及しているものも多いですよね。
【長尾】これはやはり春秋時代という時代背景が反映しています。当時、戦闘が大規模化していく中で、農民兵を組織して戦わせるという変化があったそうです。しかし農民兵は戦争に対するモチベーションが低い。そのため、いかに彼らのモチベーションを上げるのか、という観点で書かれた部分が少なからずあります。
これは現代のモチベーションが低い社員の意識をいかに変えていくか、という部分と共通する問題意識です。もちろん2500年前のままの発想では、現代ではブラック企業になってしまいますから(笑)、そこはちゃんと現代に合わせて応用をしなくてはいけません。でも、部下のいる方にとっては参考になるところも多いと思います。
——『孫子』の思想は今も生きているのですね。
【長尾】『孫子』が書かれてから2500年が経過していますが、人間という存在はそれほど大きくは変わっていないのですね。だから『孫子』を読むと、今の問題と重なるものがいろいろ見つけられるわけです。それぞれの生活の中で『孫子』の思想を役立てていただければと思います。
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孫子兵法家、NIコンサルティング代表
1965年、広島市生まれ。1991年、NIコンサルティングを設立。『孫子』の講座やセミナー講師を多数務める。『必勝の営業術55のポイント』(中央経済社)、『小さな会社こそが勝ち続ける 孫子の兵法 経営戦略』(明日香出版社)、『まんがで身につく孫子の兵法』(あさ出版)、『営業の見える化』(KADOKAWA)など著書多数。
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(孫子兵法家、NIコンサルティング代表 長尾 一洋 取材・文=保井 拓三 撮影=小林 ゆうみ)
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