「女性初の隊長」として南極へ到達したリケジョの意外な強みとは
プレジデントオンライン / 2020年3月8日 6時15分
■文学少女からリケジョに転身。海に魅了されて研究職に
「原田さんに叱られるのは相当なこと」とスタッフが評するとおり、穏やかな印象のクールビューティ。この春まで男性中心の南極地域観測隊を率いていた“ボス”の印象はない。
「子ども時代は『赤毛のアン』を愛読する国語好きの理科嫌いでした。高校生になって、化学の物語性に気づき、おもしろいなと思ったんです」
高校時代、雑誌で読んだ地球温暖化の記事に関心を持ち、地球化学が学べる研究室がある弘前大学に進学。
「行き当たりバッタリなんですよ。その時の興味対象に夢中になっていると、予想外の道が開ける。不思議ですね。南極も、研究室の指導教官に南極観測の体験談を聞かされて、おもしろそう! と思っていたら、突然チャンスがやってきました」
その後、南極観測に隊員を輩出してきた研究室がある名古屋大学の修士課程に進み、海洋化学を学ぶなか、海洋観測船に乗って赤道航海に参加する機会に恵まれた。そこで海底堆積物サンプルの美しさに魅せられて、決まっていた就職をやめてしまった。そのまま博士課程に進み、初めて南極地域観測隊に参加することになる。教授は男子学生を派遣するつもりだったが、候補学生が断ったことを聞いた原田さんは、すかさず手を挙げた。
「君の博士論文は赤道でしょう? と驚く先生を必死で説得して席を確保しました。博士論文とは別に南極の試料でも論文を書くと先生と約束しました。南極に行くなんて2度とない、絶対にあきらめたくなかったんです。念願かなって行った南極の第一印象は、経験したことがない静けさ。まったく音がしない、無音すぎて耳鳴りがするんです」
■初めての遠征から27年。2度目は女性夏隊長に指名
南極地域観測隊に女性が参加するのは原田さんで2人目。紅一点、夢中で観測に参加し、帰国まであっという間だった。
その後就職したJAMSTEC(海洋研究開発機構)では北太平洋や北極海の研究に従事し、南極とは関わりがなかった。それが、27年を経て国立極地研究所から声がかかり、今度は副隊長兼夏隊長として参加することに。長いブランクにかかわらず隊長に指名された理由について、原田さんは冷静に分析する。
「60次は節目ですし、そろそろ女性隊長を出さないとマズイぞという空気だったのではないでしょうか。そうなると南極の経験があり、海の研究者だということで白羽の矢が立ったのだと思います。これまでに海洋観測船でのクルーズリーダー経験もあり、海や航海に慣れていて好都合だったのかもしれません(笑)」
女性だということでツラい思いをしたことはないという。南極地域観測隊では女性隊員が増え、隊員は個室が持てるし、バス・トイレも男女別なのでプライバシーはある程度保てるという。そもそも地球環境分野の研究者はコミュニティーが小さく、大多数が男性。マイノリティーには慣れていて、苦労を感じたことはないそうだ。
「男性が多いなかで長年やってきているので、むしろ自分が男性化していないかが気になりますね。研究には多様性が重要ですから、採用時もいろんなタイプの人を入れるように心がけています。自分が女性だということも、研究には大事なダイバーシティ要素なので、女性らしいセンスを失わないようにしたいですね」
■女性リーダーならではの利点
南極で女性リーダーならではの利点はあったのだろうか。
「私はグイグイ人を引っ張るタイプではなく調整型です。極地のような極限環境では人間関係が難しくなりがちで、調整型のリーダーシップが適しています。主に全隊員が職務に集中して、完遂できるようサポートするのが仕事でした」
特殊な環境で、多様で大きな組織をまとめる仕事は、リーダーとしての貴重な経験になったのだという。
「隊員は仕事も立場もさまざまです。昭和基地に到着する前日、隊長としてみんなに『無意識のバイアス』について話しました。各人がプロで、立場が違えば考え方も違う。対立したときは、そこに思いを馳せて、乗り切ってもらいたいと思いました」
心残りは多忙すぎて自ら南極の堆積物サンプルを採取ができなかったこと。次は研究者として平隊員で、と南極再訪へ意欲を見せた。
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第60次南極地域観測隊 副隊長兼夏隊長
1967年北海道生まれ。海洋研究開発機構・地球表層システム研究センター・センター長。名古屋大学大学院時代から研究船に乗り海洋環境を研究し、33次夏隊で2人目の女性隊員として南極へ。博士号取得後、現機構に就職。観測船の研究チーム主席も担う。2018年11月から19年3月まで、60次夏隊で女性初の夏隊長として2度目の南極訪問を果たす。
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(第60次南極地域観測隊 副隊長兼夏隊長 原田 尚美 文=モトカワマリコ 撮影=荒井孝治)
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