人の言葉が染みこまない「ビニール人間」がトップに立つ法則
プレジデントオンライン / 2020年3月15日 11時15分
■疑問には常時接続、聞き流す力を発揮
トップアスリートへの取材を行うと、いつも感心させられることがあります。それがほぼ一致していることに改めて驚かされました。共通点は3つ。いずれも競技に対する姿勢や考え方に関するものです。
まず1つめは「常に疑問を手放さない」。どうすれば勝てるのか、どうすれば記録を更新できるのか。絶えず「どうすればいいんだ?」と自問している。
たとえば柔道の鈴木桂治さん。アテネ五輪では、見事な足技で金メダルまでの道を駆け上りました。その足技を極めるために、外を歩くときは標識でも電柱でも、立っているものがあればとりあえず足を絡め、重心を探っていました。
課題に対して意識がいつでもオンになっている。何をするときも常に考え続けているということで“節電モード”くらいかと思いますが、意識を絶対にオフにはしない。すると思わぬところからアイデアが飛び込み、活路が開けるのです。
毎日のように斉藤仁先生の足めがけて、刈る、払うといった稽古をするのですが、そのたびに「違う、違う、そうじゃない。足技はカタチじゃない」と言われ続けました
どうすればカタチにとらわれずに、威力のある足技を出せるのか? 鈴木の頭の中は二本の足でいっぱいになった。地面に立っている長い物を見つけると、とりあえず足を絡めた。信号を待っている間も惜しんで、脇に立っていた一方通行の交通標識や電柱に足技をかけて、繰り出す足の角度を研究した。
2つめは「人の言葉を気にしない」。ビニールが水を弾くように、人の言葉が染みこまない。私は“ビニール人間”と呼んでいます。アスリートの周囲には大勢の人がいて、いろいろなことを言ってきます。善かれと思ってするアドバイスも多いわけですが、それらすべてにいちいち耳を傾けていたら身が持ちません。
水泳の北島康介さんは、五輪を目指すジュニア選手の選考で「平泳ぎはムリ」と言われました。平泳ぎは手で掻いて足で蹴るときに一瞬進行が止まります。彼はその時間がかかりすぎていて、データ分析の担当者が「問題外」と断じた。周りは凍りついたわけですけど、当の本人は馬耳東風(笑)。初めて撮影してもらった自分の水中の動きに見入っていたと。そのときに素直に「センスがない」と思ってしまったら、後の4個の金メダルはなかったわけです。
■上の立場の人間を活用できる
3つめは「上の立場の人間を活用できる」。監督やコーチからの指示に従うだけではなく、疑問を投げかけるなどして、自分に必要な解を得るための糧とできる。
「いや、自分はこう思います」と普通に言えること。年の差があろうと、輝かしい経歴の先輩であろうと、競技の前では平等で対等だと。実感のこもった意見を言われた監督、コーチも「一理あるな」と、選手に一目置くことになる。選手と指導者は同じほうを向き、勝利を目指すのだから、それでいいんですね。
たとえば柔道の山下泰裕さん。語り草になったロサンゼルス五輪での決勝です。2回戦で右足がまったく使えなくなるような大ケガを負った。佐藤宣践(のぶゆき)コーチからは「先に倒れてでもいいから、寝技に持ち込め」と言われていた。一方の山下さんは「そんなこと、できるわけない」と思っていた。結果は、開始わずか1分5秒、横四方固めで金メダルです。山下さんは「相手が仕掛けてきた技をすかしたら、彼は自分から倒れていった」と話していますが、監督の指示どおりに無理して寝技に持ち込もうとしたら、勝敗はどうなったかわからなかった。
実はあの試合は何もしていないんです。相手が仕掛けてきた技をすかしたら(はずしたら)、彼は自分から倒れていった。
試合前にコーチから「寝技に持ち込め」と言われていた山下が、決勝戦開始前に微笑むと、敵は面喰らった。「試合前に笑ったのは、生涯を通じてあの1度だけ。笑おうとして笑ったわけでもないんですけど。ただ、あのとき笑った自分を、したたかだったと思う」。無敵の怪童が生涯最大の舞台で見せた幻惑の術は、天性の勝負カンによるものだったのか、それとも歴戦の中で身につけたものだったのか……。
■勝負の前では立場の上下は関係なし
従順であることは日本特有のメンタリティのような気がしますが、トップに立つ選手は違います。自分の哲学を持っている。オリンピックで金メダルを争うというとき、最後に頼りになるのは自分だけ。人に言われたこと、人と同じことをやっていては世界一にはなれないことをよく知っています。
ビジネスの世界でも同じでしょう。「指示待ち」という言葉がありますが、一流のビジネスマンは自分からどんどん仕掛けていく。失敗して上司に叱られても、自分の哲学があれば腹のくくり方も変わってくる。自分で考えて決めて取り組んでいる以上は必ず身になります。
そう思える人間が少ないのは、日本のスポーツ界、ビジネス界の問題点でもある。大部分がコーチや上司の指示を疑わずに従う。まして活用するなんて思わない。でもそろそろ変わっていかなければいけません。競技も仕事も、勝負の前では上も下もないんですよ。
相手の左脇に針の穴のような空間を感じられるようになりました
右構えの米満は毎日毎日、左構えの二本足と相対しながら、片足タックル以外の攻め手を模索した。さまざまなクセや体形の左構えの選手に向き合いながら、自分の身のこなしと相手の動きの擦り合わせを重ねた。「ある日、点のような穴をめがけて、自分の体を頭ごと外側にひねり、半身ですべらせるように飛び込むと、相手の背中に回れると気づいたんです」
■「負けず嫌い」であり、「観察力がある」
トップアスリートの共通点として、あと2つ追加するとすれば「負けず嫌い」であり、「観察力がある」ということ。
「ご自分の性格は?」という問いに、ほぼ全員が「負けず嫌い」と答えます。当たり前のことに思えますが、実は奥が深い。スポーツでは結果があらわになるから、負けやミスに対する意識がとても厳しい。負けた本人がすべてを背負います。一方、ビジネスでの失敗があらゆる人にまるわかりとなることはあまりないと思います。本当は私たちもたくさん失敗し、負けているはずなんですが、気づかなかったり原因を深掘りしなかったりしているだけなのです。
最後に「観察力」。彼らはとびきりの観察力を持っています。失敗の原因を深掘りすることも観察力ですね。自分の観察、対人競技ならば相手の観察。そして環境の観察。もろもろの情況において勝つためには鋭いアンテナが必要です。自分を軸にして、「どう対応すれば勝てるか」を観察し、微調整する。
辛くて、泣きながら泳いでいました
「実は、私は平泳ぎの代表選手でしたけど、いつも通っていたクラブではひとつの泳ぎだけをやった経験がなかったんです。いつも背泳ぎ、自由形、バタフライといろいろと泳いでいました」オリンピックの直前合宿で初めて、来る日も来る日も平泳ぎだけを泳ぎ続けた。ふだんの練習量の2倍以上だった。そのうちに酷使する股関節に激痛が走るようになった。ところが、オリンピック開幕間近になって、激しい痛みは嘘のように消えていったという。「すっかり泳ぎに身体が慣れちゃったんです」
■ビジネスマンこそスポーツに学ぶべき
マラソンの高橋尚子さん。人当たりが柔らかい、鋭さなんて微塵も感じさせない女性に思えますけど、競技に対する観察力はものすごい。
![長田渚左『勝利の神髄 1928‐2016』(プレジデント社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/7/c/200/img_7c330f9c17c1bb6fdc152ed3007ccc80287895.jpg)
彼女が金メダルを獲ったシドニー五輪。マラソンコースはカーブやアップダウンが多く「史上最大の難コース」といわれていました。だから事前学習が大事で、小出義雄監督も「10回は試走させたい」と話していた。それなのに彼女はわずか1度の試走だけで「目をつぶっても走れるくらいに熟知した」と。名伯楽の小出さんでさえ耳を疑ったというのですから、その観察力は世界一でしょう。
スポーツは、1度のチャンスをつかめるかどうか。そして、明確に結果が出て、極めてシニカルで残酷なところがある。「トップアスリートは通常の人の3倍のエネルギーで生きている」と私は常々思っています。自分の子どものような年齢の選手を取材することもあるのですが、競技に関しての話はとても深く、言葉が凝縮されている。人生経験とは別です。その燃焼度の高さを想像することが、スポーツ観戦の醍醐味であり、ビジネスの世界に身を置く人が学ぶべきところなのです。
常識的なことをしても獲れなかったのなら、非常識なことの延長線上にしか、金メダルはないのではないかと考えていました
史上最大の難コース攻略のため、高橋はさらに苛酷なトレーニングを自らに課した。標高約1600メートルの練習拠点のボルダーを、はるかに上回る超高地での走り込みである。高橋の超高地トレーニング計画が報道されると、スポーツ科学の研究者らから批判的な意見が噴出した。「体が対応しきれず無謀で危険」「疲労が蓄積して逆効果」
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東京生まれ。桐朋学園大学演劇専攻科卒業後、スポーツライター&キャスターとして活躍。日本スポーツ学会代表理事。NPO法人スポーツネットワークジャパン理事長。無料スポーツ総合誌「スポーツゴジラ」編集長。
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(長田 渚左 構成=須藤靖貴)
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