丸井グループ「二度の赤字転落からV字回復」の原動力になった大胆すぎる改革とは
プレジデントオンライン / 2020年3月21日 6時15分
■大胆な“職種変更”がV字回復の原動力に
1931年の創業以来、小売りと金融が一体となったビジネスを展開してきた丸井グループ(2007年まで丸井)。バブル期には、DCブランドブームをけん引し、1991年には最高益を記録した。消費意欲が高い若者たちが、丸井のクレジットカードでファッションアイテムや家電などの高額商品を次々と手に入れた背景がある。
しかし、バブル崩壊とともに景気が後退して消費が冷え込むと、高額商品の買い控えが起こる。さらに、貸金業法改正で上限金利が引き下げられると、安定的な収益を上げていたカード事業が大打撃を受けた。2008年にリーマンショックが起こり、2度の赤字転落……。ピンチに陥った丸井グループでは、05年に社長に就任した青井浩氏のもと、さまざまな改革が行われた。
その改革の1つに「グループ会社間の異動(職種変更)」がある。丸井グループを中心に、小売り、カード、情報システム、不動産賃貸、証券業務、物流、ビルマネジメントなど12のグループ会社間を異動し、さまざまな職種を経験するというものだ。辞令もあるが、半年ごとの「自己申告制度」で異動希望も出せる。
改革以前は人事異動が同じ職種の中で行われることが多く、成果主義の時代もあった。特にベテラン社員には、バブル期の成功体験を忘れられない者もいて、「仕事のやり方が変えられない」「自分の居場所がなくなるのではないか」などの不安から、異動に抵抗もあっただろう。しかし思い切ってグループ会社に移れば、仕事や組織を新しい視点で見られ、柔軟な考え方ができるようになる。各社の仕事内容紹介イベントの開催や、充実した研修など、職種変更した社員が活躍できる仕組みを整えていった。このように大胆な職種変更が受け入れられ、現在では当たり前のことになっている。
■個よりも集団の力が組織を強くする
とはいえ会社も職種も変わるのは転職のようなもの。大きな戸惑いを覚えた1人が横山拓人(たくと)さん(40代。入社22年目)だ。入社当初はカジュアルな紳士服売り場でジーンズの販売や店舗の販売促進を担当し、丸井グループの経営企画部、人事部を経てM&Cシステムへ異動、グループ全体のデジタル化を推進中だ。
「大学は文系学部ですし、まさかM&Cシステムに異動になるとは思いませんでした。最初は専門用語を理解できず、わからないことだらけ。でも、そのうち自分の役割はシステムの専門家になるのではなく、客観的なユーザー目線を持つこと、そして会社の方向性をしっかりと具現化してイノベーションを起こすことだと自覚しました」
全く畑違いの部署から来た社員も少なくないので、よく話し合い、不安を払拭(ふっしょく)して積極的に仕事ができるように横山さんがサポート。以前なら、リーダーの自分が何でも率先して仕事をやらなければいけないという気持ちが強かったが、今はチームの力で会社や社会に貢献することの大切さを痛感している。そのチーム力が功を奏して、経済産業省の「攻めのIT経営銘柄2019」に丸井グループが選ばれた。横山さんの苦労や努力が結実しつつある。
■自ら異動を希望して、やりたいことを次々に発見
竹下萌さん(30代。入社11年目)は入社後、婦人靴売り場に配属されたが、その後従来の百貨店型の店舗をSC(ショッピングセンター)に移行させるための部署に異動した。SCに変わると、英会話スクール、エステサロン、託児所など、モノを売らない体験型ショップを導入できるメリットがあり、家賃として定額収入を得ることもできる。これも世の中のニーズを読んでの改革だ。
「最初は与えられた業務の中で仕事を回していく感覚でしたが、そのうち自分がどうやったら強みを仕事で生かせるのかよく考えるようになりました。すると次々にやりたいことがつながっていったのです」。その後自己申告で異動希望を出し、不動産事業、財務、投資調査部などを経て、現在は人事に携わる。1つの業務だけにとらわれるのではなく、職種変更で視野を広げていった。
さらには、社内の次世代経営者育成プログラムの1期生になり、海外派遣セミナー、店舗改装プロジェクトにも参加。また、有給休暇を使って社外ボランティアに携わるなど、意欲的に活動している。「当社では入社のスタートが小売り。だから社員は“小売りマインド”を持った人が多くて『お客さまの役に立ちたい』という思いが強すぎる傾向があります。それも大事ですが、もっと自分の気持ちに正直になって、やりたいことをやれたら、周囲も自分も幸せになれるような気がします」
■次世代のために自分が残せるものとは?
社員が積極的に会社プロジェクトや中期経営推進会議に参加する社風を、丸井グループでは「手挙げの文化」と呼ぶ。森本梓さん(30代。入社18年目)も、“手挙げ”のプロジェクトに関わっている。7歳と5歳の子どもを育てながら、社内会議やセミナーに積極的に参加し、18年は新規事業コンクールにも応募した。
小さな子どもを持つお母さんたちが安心して働けるサービスのアイデアを考案し、100件以上の応募の中から見事、優秀賞(第2位)を受賞。現在はそのアイデアの具現化に向けて検証を行うチームのリーダーに。子どもの何げないひとことから、新規事業の着想を得たそう。
しかし、グループの社員を巻き込み、会社のリソースを使いながら、時短勤務の中で集中して検証を進めるのはかなりハードだ。「なんとか事業にしようと頑張っていますが、周囲に楽観的すぎると言われることも(笑)」。後に続くお母さん社員のためにも、子どもたちのためにも必ず事業にしたい。そして丸井グループは子どもを育てながら働くにもいい環境だよ、と言えるようになりたい、という情熱が伝わってくる。その思いは、睡眠時間3~4時間の忙しい毎日で前向きに奮闘する森本さんの支えになっているのだろう。
■知らないことが仕事の強みになりうる
18年から丸井グループに新しく証券会社が加わった。クレジットカードで月3000円から投資信託を購入できるので、将来の生活資金に不安を持つ若者を中心に好評だ。そのtsumiki証券でCEOを務めるのが寒竹(かんたけ)明日美さん(40代。入社23年目)。グループのさまざまな会社と部署を異動して実績を残し、女性管理職の旗頭となった。
「職種変更で得たものはたくさんあります。たとえば財務に全く興味がなかったけれど、やってみたら面白かったし、当社が赤字を出した時期にIRを担当したのも大きな経験になりましたね。知り合いのつてを頼って、IR先進企業に突撃取材をして、手探り状態で業務にチャレンジしたこともありました」。丸井グループの中枢で着実にリーダーとしての頭角を現した寒竹さんだが、最も大きな職種変更となったのが、tsumiki証券の立ち上げのヘッドになったこと。証券に関してほとんど知識がなかったというのに――。
「関東財務局に電話をして『丸井グループですが、証券事業を始めるにはどうしたらいいですか?』と問い合わせたらいたずら電話だと思われました(苦笑)。そこから法律に沿って金融庁に届け出をしたり、お客さまにヒアリングしながらサービス内容をつくったりとクリアすべき業務が山積。それを約10カ月でこなしたので、ダーッと駆け抜けていった感じがします」と振り返るが、プレッシャーに押しつぶされそうにならなかったのか?
「何を言われても動じない鈍感力(笑)で、やるべきことを粛々とやるしかない。私は体が丈夫なので、なんとか乗り越えられました」
どんなに仕事が重なっても家に仕事は持ち帰らない。休日は農家で畑仕事のボランティアをして、仕事のことは考えない。オンオフをきっちり切り替えられる、タフな精神力がないとリーダーは務まらないのだ。
当初の寒竹さん同様に証券に関してあまり知識がない社員もいるが、それがかえって強みに。“金融ビギナー”に響く、わかりやすい優しいサービスを目指していく点にtsumiki証券の勝算がありそうだ。
■トップダウン方式からボトムアップへの転換
昭和、平成、令和にかけて丸井グループの激動の歴史をつぶさに見てきた専務執行役員の石井友夫さん(50代。入社36年目)に、丸井グループの復活のキーポイントを聞いた。
「現社長は創業家の3代目。創業家が経営者だと、上意下達のトップダウン方式を採用する会社が多いのですが、それでは将来的に経営が行き詰まる。だから反対のボトムアップ方式、つまり現場や若手社員からの意見を吸い上げるべきだと社長自らが感じて改革をしてきました。それが職種変更や次世代経営者育成プログラム、新規事業コンクールにつながっています。最近では中期経営推進会議に多くの若手社員が参加するようになり、どんどん参加率が上がってきています。自分で手を挙げる人こそ成長する、という意識が浸透してきたのでしょう」
くだんの中期経営推進会議は幹部社員しか参加できなかったが、16年以降、新入社員を含めた幹部以外の社員も参加できるようになった。丸井グループを取り巻く社会環境と未来について語り合い、さらには外部講師の有意義なレクチャーも聞けるが、希望者全員が参加できるわけではなく倍率は3~5倍という狭き門。
「当社の社員は、人と接したり話し合うのが好きな人間が多く集まっています。積極的にプロジェクトや会議に参加していると、どうやったらお客さまのためになるか、他の社員のためになるかを思案することが大切だと肌感覚でわかってくるのです」
もともと、所得の少ない人でも大きな買い物ができるようにするという社会問題の解決から出発している丸井グループ。「持続可能な企業であるためには、人が好きで、人の痛みがわかる企業であり続けるべき」と石井さん。ずっと遠い先の将来を見据えた新しいチャレンジも、すでに始まっている。
(東野 りか 撮影=アラタケンジ)
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