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世界各地で広がる中国恐怖症「シノフォビア」の背景

プレジデントオンライン / 2020年3月5日 11時15分

2019年5月、パキスタン南西部のグワダルにある高級ホテルで起きた、武装集団による襲撃事件の現場検証。事件後、地元の武装勢力「バルチスタン解放軍(BLA)」が、中国人や外国人投資家を狙ったとする犯行声明を出した。 - 写真=EPA/時事通信フォト

「一帯一路」構想のもと、中央アジアや南アジア諸国、中東諸国やアフリカ諸国との経済的な結びつきを深めつつある中国。だが、国際安全保障やテロ情勢に詳しい和田大樹氏は「経済的恩恵から疎外された各国の若者やテロ組織の不満が、中国への暴力やテロという形で現れつつあり、今後もさらに増える恐れがある」と指摘する――。

■パキスタンで中国人がテロの標的に

昨今、新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、世界各地で中国恐怖症(シノフォビア)の「政治的感染」とも呼べる現象が観察されている。フランスやベトナム、韓国やフランスなど世界各地で、中国人はじめアジア系への差別や偏見事例、暴力事件やデモなどが発生している。

だが、それは今回に限ったものではない。中国が進める一帯一路を軸とする経済的影響力は、アジアや中東、欧州やアフリカだけでなく、中南米や南太平洋の島国にまで拡大しているが、それに対する「反一帯一路」的な抵抗や反発も各地で生じている。

その最も大きな事例が、パキスタンでのイスラム過激派による暴力的な活動だ。2019年5月、パキスタン南西部バルチスタン州グワダル(Gwadar)にある高級ホテル「パールコンチネンタルホテル」で、武装集団による襲撃事件が発生した。武装集団は、まずホテルの入口で警備員に向けて銃撃を開始し、その後ホテル従業員を人質に捕るなどした。銃撃戦は翌日まで続き、従業員4人と兵士1人が死亡、武装集団3人も殺害された。襲撃後、同州を拠点とし、パキスタンからの分離独立を掲げる武装勢力「バルチスタン解放軍(BLA)」が中国人や外国人投資家を狙ったとする犯行声明を出したのだ。

その前月にも同州で、カラチからグアダル港に向かっていたバスが武装勢力の襲撃に遭い、14人が殺害された。事件後、「Raji Aajoi Sangar」を名乗る武装勢力が、「身分証明書を確認し、兵士や沿岸警備隊員を殺害した」との犯行声明を出したが、BLAの一派だとみられる。

■「中国が地元の資源を搾取し続けている」

BLAは分離独立勢力で、基本的にはアルカイダやイスラム国などの国際的ジハード集団とは一線を置いている。しかし、現地住民に十分な恩恵が与えられない(失業や貧困はパキスタンでも最悪レベル)なか、バルチスタン州の豊富な資源(鉄鉱石や石炭、天然ガスなど)を採り続けるパキスタン政府や中国への敵対心を強め、近年暴力をエスカレートさせている。

近年、特に大きな事件となったのは2018年11月だ。最大の都市カラチで同月下旬、BLAの戦闘員たちが中国領事館を襲撃し、警察官2人を含む4人が死亡した。事件後、BLAは、「中国が地元の資源を搾取し続けており、それを停止しない限り攻撃を続ける」と発表した。

その次月、この襲撃事件を主導したBLAの幹部アスラム・バロチ容疑者(Aslam Baloch)は、バルチスタン州と接するアフガニスタン・カンダハル州で発生した自爆テロで死亡。だがBLAの広報官は「同容疑者は死んだものの、今後も一帯一路戦略を進める中国への攻撃を続ける」と声明を出した。

BLAは2017年5月にも、中国が43年の租借権を得たバルチスタン州南部のグワダル港で作業員10人を殺害。2018年8月には中国人労働者が乗るバスを襲撃し、数人を負傷させる事件を起こしている。

パキスタン政府は2017年6月、中国権益への攻撃が相次ぐことから、中国人の保護を目的に治安部隊1万5000人を投入することを決定。パキスタンも中国も、「中国パキスタン経済回廊(CPEC)」の重要性から、妥協する姿勢は見せていない。今後も中国には同様のリスクが付きまとう。

■中東への関与増大も今後は反発の種に

また、中国は中東への関与も深めている。イラクのアブドルマハディ首相(当時)は昨年9月、北京で習近平氏と会談。イラクの一帯一路への参加が表明された。両国間の貿易額は2018年に300億ドルを超えるなど、近年両国間の経済関係は深まっている。イラク再建に向け、経済や社会インフラ、文化や治安など多方面で、中国からの支援が加速するとされている。

だが、イラクでは昨年10月以降、イラク政府への不満を持つ若者らによる激しい抗議デモが続いており、治安当局と衝突するなどして500人近くが死亡している。若者たちは、イラクに駐留する米軍や、イラク政府を支援するイランへの反発も強め、「No to America and no to Iran, Sunnis and Shias are brothers」、すなわち、「アメリカもイランも出て行け、スンニ派もシーア派も同じイラク人だ」と訴えたりしている。

■「政府癒着型」の経済的関与

イランでも昨年11月中旬以降、政府によるガソリン価格の値上げ決定を機に、抗議デモがテヘランのほか、シラーズ、マシュハド、ビールジャンド、マフシャフルなど各地に広がり、激しい衝突が続いた。これまでの死者は300人以上、1000人以上が逮捕されたともいわれる。

さらに、イラン当局が誤ってウクライナ民間機をミサイルで撃墜したことに対し、国民の不満・怒りが沸騰。「政府は恥を知れ」などと訴え、革命防衛隊のスレイマニ司令官の旗をけり落としたり、そうした姿を見て拍手する大勢の若者たちがいた。

中国とイランとの経済関係も近年著しく深まっているが、イラク政府やイラン政府と癒着した経済的展開は、こういった若者たちの反発や抵抗を招くことは想像に難くなく、パキスタンと同様の反中テロが発生する可能性がある。

■すでに中国へのジハード闘争を掲げる組織も

2009年10月、国際テロ組織アルカイダの幹部だったアブヤヒヤ・リビ容疑者は、北京のウイグル族への抑圧に言及し、北京政府に対する聖戦を世界中のイスラム教徒に呼び掛けた。同年7月には、アルジェリアなど北アフリカ地域を拠点とするマグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)が中国への報復を宣言していた。さらに、シリアやイラクでは、最大5000人ものウイグル人が反体制組織やイスラム過激派などに散らばり、一部のウイグル人たちは中国へ聖戦を呼び掛ける動画やメッセージを配信している。

アラブの春の際も見られたように、経済的不満を訴える若者の圧倒的多数は、こういったイスラム過激派に加わることはないだろう。だが、自らの怒りや不満を表現するツールとして、イスラム過激派がごく少数の若者の受け皿になる可能性はある。

■若者の不満の矛先が中国に向かう?

世界を見ても、アルカイダやISの支持組織は、フィリピン、インドネシア、バングラデシュ、パキスタン、アフガニスタン、イラク、シリア、イエメン、エジプト、ナイジェリア、マリ、ソマリア、モザンビークなど各地で活動している。今後のアフリカや中東を中心とする世界の人口爆発を、十分な雇用創出で補うことは現実的にみて困難で、経済的な不満や怒りを覚える若者はいっそう各地で増える恐れがある。そうなると、一部の若者がテロ組織に加わってしまうことは想像に難くない。

経済的影響力を拡大させる中国にとって、各地から高まる若者の不満、そしてそれを利用しようとするイスラム過激派はいっそう脅威になろう。中国にとって、バルチスタン解放軍は何もパキスタンだけのものではない。

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和田 大樹(わだ・だいじゅ)
オオコシセキュリティコンサルタンツ アドバイザー/清和大学 非常勤講師
1982年生まれ。岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員、日本安全保障戦略研究所(SSRI)研究員、日本安全保障・危機管理学会主任研究員などを兼務。専門分野は国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論。2014年5月、日本安全保障・危機管理学会奨励賞を受賞。共著に『テロ、誘拐、脅迫 海外リスクの実態と対策』(同文館)、『技術が変える戦争と平和』(芙蓉書房)など。

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(オオコシセキュリティコンサルタンツ アドバイザー/清和大学 非常勤講師 和田 大樹)

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