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フランス人がいくら電車が止まっても駅員を怒らないワケ

プレジデントオンライン / 2020年3月16日 11時15分

フランス全土で大規模ストライキが実施される中、旅行者で混み合うパリのリヨン駅(フランス・パリ、2019年12月20日) - 写真=AFP/時事通信フォト

昨年末、フランスでは47日間も交通ダイヤが乱れ続けた。原因はフランス国鉄のストライキ。市民はたいへんな不便を強いられたが、ストを支持する声は多く、駅員を怒るような様子はみられなかったという。フランス在住のライター髙崎順子さんは「背景にはフランスの徹底した道徳教育がありそうだ」という――。

■過去最長ストでパリ市民の通勤通学は大混乱

フランスの12月は通常、心浮き立つ祝祭の季節だ。週末にはイルミネーションで輝く街へ繰り出し、家族で過ごすクリスマスのため、貯金をはたいて贈り物やごちそうの品を買いそろえる。ところが昨年は違った。12月5日、全国一斉に始まったゼネストで公共交通網がストップし、市民の生活に大影響を及ぼしたのだ。

原因は、エマニュエル・マクロン大統領が任期中の重要政策と掲げる年金制度改革法案。独特の年金体系を持つ鉄道・バス、学校、病院、文化施設などの42の関連職種を一般年金制度に統合する方針で、受給年齢の引き上げを始め、受益者にはマイナスな変化も多い。改革に反対する職種の労組が連携し、大規模なストとなった。

特に首都パリでは地下鉄や郊外列車に「運行ゼロ」の路線がいくつも発生し、数少ない運行車輌に乗客が殺到。通勤通学を大混乱させたストは47日間継続し、労組最強とも言われるフランス国鉄をして、過去40年間の最長記録を更新した。

■パリ市民「おかげでダイエットできた」

多くのパリ市民は改革と関わりのない職に就いており、この47日の間、通勤通学や買い物にかなりの不便を被った。しかし興味深いことに、暴動や大きな混乱は起こらなかった。

もちろん彼らも不満がなかった訳ではない。期間中は「C’est la galère!(ああもう大変!)」の慣用句があいさつ代わりになるほど文句ブゥブゥだったが、最後にはみな「スト権は大切だから」と、状況を受け入れていた。移動手段を自転車や徒歩に切り替えて「おかげでちょっとダイエットできた」「いい運動になってるよね」と効能を認めたり、大混雑のバスや駅構内で譲り合い・助け合い精神を発揮したり……と、その適応力は「お見事!」と言いたくなるほどだ。

筆者自身も、1時間1本に減らされたバスを逃して途方に暮れていた時、見ず知らずの女性の車に拾ってもらったことがある。安全に配慮しながら可能な時は人を乗せている、困った時はお互いさま、と、女性は軽快に笑った。

「これは必要な戦いだしね。私は民間企業勤めで、激しいストや抵抗はできない。その分『彼ら』が、権利を守る共和国市民の姿を貫き通してくれている。その意味でリスペクトしているんです」

パリのクリスマス
写真=iStock.com/FelixCatana
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/FelixCatana

■ストライキの権利を「道徳の授業」で習う

ストの意義に賛同する言葉は、他にも至るところで耳にした。職も立場も生活環境も違う、見知らぬ他者への連帯感のようなもの。それを銀行員もタクシー運転手もメーカー勤務も大学教授もエッフェル塔の受付係も、幅広く共有している。それはフランス在住20年目の筆者にも、改めて印象的な光景だった。

国民の多くがそろってスト権を理解し、とばっちりのような不便な状況を、粛々と受け止めている。個人主義をよしとし、利己的とも揶揄されるフランスでだ。一方、筆者の母国の日本ではそもそもスト自体が稀で、小規模のデモ行進にすら、怪訝そうな視線が投げられてしまう。そこで育った目と感覚には、ストを巡る現象は不思議に映った。なぜフランスの人々は、そのようにできるのだろうか。

「だって、学校で習うから」

ふと疑問をこぼした時、フランス生まれ・フランス育ちの家人から返ってきた答えは、拍子抜けするほど単純だった。スト権もその重要性も、他者の主張をリスペクトすることも、全部学校で習う。そのための授業がある。小学校から高校まで、国の学習指導要領が指定しているEnseignement Moral et Civique(道徳・公民)という教科だ、と。

筆者にも日本での小学校時代、道徳の授業はあった。しかしそれは「お友達と仲良くしましょう」「お年寄りを大切にしましょう」「動物をかわいがりましょう」という、どこかふわっとした「善行」を学ぶ時間だった。そこで、スト権を学ぶ……フランスのそれは、大きく様子が違うらしい。

■小学生男子がスラスラと「自由・平等・友愛」を唱える

わが家にはちょうど、現地の小学校に通わせている息子が二人いる。なら彼らも現在進行形でこの授業を受けているはずなので、内容を尋ねてみた。

7歳の次男が出してきたのは、「共和国の理念」「共和国のシンボル」と書かれたプリント。暗記するのが宿題なのだと言いざま、誇らしげに「理念は自由・平等・友愛、シンボルはマリアンヌ!」と唱えた。

横にいた10歳の長男も「僕も今日、道徳の授業があったよ」とノートを持ってくる。フランスで初等教育が無償化されたのは第三共和制、1881年ジュール・フェリー教育大臣の時。無償教育はフランス市民の権利……と、テキストを読み上げた。また別の日には「今日は道徳の時間、先生に褒められた」と話した。

「『校内ハラスメント(いじめ)』の例を言える人は? って聞かれて、手を挙げて発言したんだけど、その時に「ある同級生」と「別の同級生」って言ったんだ。そうしたら先生が、『こういう時、個人の名前を出さないのはとても大切。その人を責めるのが目的ではなく、どうすればいいのかを考えるための時間だからね』って」

ちなみに息子たちは二人とも、優等生タイプではない。お絵かきとサッカーが大好きで、宿題はいつも後回し、石と棒切れを拾わずにはいられないお気楽な小学生だ。

そんな彼らの口から自然と、第三共和制の教育無償化や、個人名保護の重要性が出てくる。フランスの「道徳・公民」教育とは、どんなものなのだろう?

Place de la republique パリ
写真=iStock.com/funky-data
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/funky-data

■子どもたちを「市民」に育て上げる教育

学校での「道徳・公民」教育の歴史は、1794年、フランス革命直後までさかのぼる。小学校教育に関する法で、読み・書き・算数・地理歴史に並んで、「人権宣言と共和国憲法」「共和国の道徳」を教えることが定められた。

目的は、子どもたちに「フランス共和国」とは何かを教え、その一員である「市民(シトワイヤン)」に育てること。自由・平等・友愛の理念に沿って、自分以外の「市民」との共生を学ばせる。以降、時代に合わせて細部を変えつつも、目的は変わらず、一教科として存続してきた。

大きな変化があったのは2010年代、国内で頻発したイスラム過激派による、テロの脅威が広がった時だ。実行犯や予備軍の多くにフランス育ちの若者たちがいたことを、公教育関係者は重く受け止めた。道徳・公民教育が担うべき「フランス共和国の市民を育てる」ミッションが十分に機能しておらず、共和国の価値を伝えきれていなかった。「市民」になれなかった若者を生み出し、国民の分断を招いてしまったのだ、と。

その反省を込め、2015年の教育法改革で、「道徳・公民」の教育目的がより明確・詳細に定められた。新プログラムの通達文には、「この教科の目的は、児童が社会的・個人的生活において、自分の責任を自覚できるようになること」の主旨が添えられている。

教科の社会的な意義はその後も重視され、2018年には内容の簡素化・明確化を目指した改正とともに、成績表での評価記録が定められた。

■指定教科書はなく、教材はそれぞれの先生が選ぶ

現行の「道徳・公民」の教育指針は、国家教育省のサイトにて紹介されている。内容はとてもシンプルで、この教育を一切受けていない外国人の筆者にも分かりやすいものだ。

エッフェル塔パリ,フランス
写真=iStock.com/Nikada
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Nikada

教科の目標は3つ。「他者を尊重すること」「共和国の価値を獲得し共有すること」「市民としての素養を築くこと」。指定の教科書はなく、教材の選択は各教師に任されている。が、授業の進め方は以下のように定められている。

1.実例を挙げ、分析する
2.それを生徒間で討論・議論させる
3.教師は必要な情報を適宜与えるが、生徒間の意見交換を軸に進める

面白いのは、これらの教育目標に至るために得るべき学びが「connaissance(知識)」と「compétence(能力)」として、「四分野の教養」の枠でリスト化されていることだ。以下、小・中学校のそれを例出しよう。

感受性の教養
・感情や気持ちを識別し、コントロールしつつ、表現する
・自己を肯定しつつ、他者に耳を傾け共感できる
・自分の意見を表明し、他者の意見を尊重できる
・違いを受け入れる
・共同作業ができる
・自己を集団の一員と感じられる
規則と義務の教養
・共有する規則を尊重できる
・民主主義社会において、規則や法に従う理由を理解する
・民主主義社会およびフランス共和国の原則と価値を理解する
・規則とその価値の関係を理解する
判断の教養
・見識に基づく判断力と批判的な熟慮力を養う
・規則と論拠に基づく討論や議論の場で、自分と他者の判断を照合できる
・自己の利益と全体の利益を差別化できる
・「全体の利益」の観点を持つ
約束の教養
・自分が約束したことに責任感を持つ
・他者に対して責任感を持つ
・学校や所属組織内での自己の責任を自覚し受け入れる
・集団生活や環境保全に必要な任務を担い、公の意識を養う
・共同作業の方法を学び、その効能を自分の思考や義務に生かす

(「小学校・中学校における道徳公民教育プログラム」国家教育省・2018年7月26日30番官報より筆者訳)

これらの目標の下にはさらに、学年ごとの発達に従って考慮された小目標が設定されている。国語や算数と同じく、筆記課題もある。そして学年末には成績表で、それぞれの知識・能力を「獲得した・獲得途中・未獲得」の3段階で評価する、という仕組みだ。

■道徳の「能力」はどうやって評価するのか

道徳の授業の学習目標を「知識」と「能力」の切り口でリストアップし、その獲得を評価する。意図は明快だが、実際、それは可能なのだろうか?

フランス国家教育省のエドゥアール・ジェフレイ氏
撮影=Philippe DEVERNAY
フランス国家教育省のエドゥアール・ジェフレイ氏 - 撮影=Philippe DEVERNAY

「獲得したかどうかをイエス・ノーの二択で判断するのではなく、段階として評価するのであれば、可能です」

そう答えたのは、フランス国家教育省の学校教育責任者、エドゥアール・ジェフレイ氏。国家教育省大臣に次ぐナンバーツーのポジションに、42歳の若さで就任した俊英官僚だ。教科の詳細や重要性を、資料を見ることもなく、スラスラと応答する。

「知識の評価は単純です。共和国理念や国の仕組みなど『知っているかどうか』を、テストで確認できます。能力の評価はより注意が必要で、学校には『寄り添い、励ます』という姿勢が求められます」

目的は「能力を獲得させること」で、出来・不出来を断ずることではないからだ。それを成績表に評価として記すのは、各児童の成長の目安を家庭と共有するため。フランスは小学校から留年する制度があるが、道徳・公民の評価は、進級の判断材料としては用いないという。

■読み・書き・計算と同じくらい大切な教育

この授業で獲得すべき能力を説明する際、ジェフレイ氏は「社会性の能力」と言い換えた。指導方針にリスト化された項目はすべて、「感情をコントロールし、共同体で生きる」ために必須のものだから、と。

なぜそれを、学校で教えるのか。筆者が向けた問いには、「それが、フランスの国家と国民の契約だから」と即答した。

「フランスは、対等な主権者である市民一人一人が集う共和国です。自由・平等・友愛の理念を実践するためにはまず、自分と異なる他者を、対等に尊重できなければなりません。私たちの社会はその尊重なしには成立しない。それができるよう子どもたちを教育するのは、国の役目なんです」

フランス共和国という国をともに作っていく市民を育てる。それが公教育の最終目標なのだ。

「教科として、道徳の学習時間は多くありません。小学校授業の週24時間のうち、フランス語は週8時間、算数は週5時間、道徳は1時間です。しかし学校教育における重要度としては、読み・書き・計算・他者の尊重の四つが、同等で並んでいると言えます」

■クラスの雰囲気作りも「道徳の授業」といえる

「道徳の授業はとても重要。実際、週1時間では、足りないと感じますね」

パリ郊外の小学校で5年生を教える、マルレーヌ・アントニオ先生
撮影=髙崎順子
パリ郊外の小学校で5年生を教える、マルレーヌ・アントニオ先生 - 撮影=髙崎順子

そう語るのは、パリ郊外の小学校で5年生を担任するマルレーヌ・アントニオ先生。道徳授業の目的を尋ねると、国家教育省トップのジェフレイ氏と同じ内容を、別の表現で答えた。

「子どもたちがいつか、市民として独り立ちできるように。一人一人異なる全員が、『私はここにいる』と言いながら、みんなと共にいられることです。学校も、毎日の授業も、そのためにあるんですから」

それに、とアントニオ先生は続ける。

「道徳の授業の成果は、クラスの雰囲気に出るんです。だから私は逆に、クラスの雰囲気作りも、道徳の授業の一環として考えています」

たとえば新学期のはじめ、アントニオ先生は『クラスのルール』を紙に書き、教室に張り出す。そのルールは道徳の学習目標に呼応するものだ。発言の際は手を挙げる。他者の発言を遮らず、最後まで聞く。怒りを暴力にしてぶつけない……そしてクラスでいさかいや問題があったときには、その紙を示して生徒たちに読ませる。

「私個人の意見ではない。この場みんなのルールなのだ、と確認します。書いて貼るのが大事なんです」

■クラスに「問題箱」と「いいこと箱」を設置

また今年は新たな試みとして、道徳の時間にダンボールで二つの箱を作り、設置した。一つは「問題箱」、もう一つは「いいこと箱」。生徒間だけで解決できない、みんなで話し合う必要があると考える問題と、みんなで分かち合いたいいいニュースを、匿名で入れられる箱だ。

「設置してすぐ、問題箱の方に10枚くらい紙が入っていたんです。うわ、こんなにあるのか……と驚いたんですが、3日経ったら、その紙が3通に減っていた。それをクラスで話したら、放課後に数人が私のところに来て言ったんです。『紙に書いて入れてみたら、本当にクラスみんなに言いたいことかな、って思って。それでもう一回本人同士で話したら、解決できちゃったの。だから紙を抜き取りました』って」

これがまさに、道徳の学びなんですよ! と、先生は誇らしげだ。

「いいこと箱の方にも数枚入っていましたね。クラスには問題だけじゃない。いいニュースをシェアする楽しさも必要と思っています」

道徳の時間に作った「問題箱」(左)と「いいこと箱」(右)
画像提供=マルレーヌ・アントニオ先生
道徳の時間に作った「問題箱」(左)と「いいこと箱」(右) - 画像提供=マルレーヌ・アントニオ先生

■先生は答えを与えず、子ども同士で議論させる

授業の教材にはビデオも使う。先生が活用するのは、<君がもし、私の立場だったら>という短編ドラマのシリーズだ。

シリーズの一つに、車椅子の生徒を主人公にしたものがある。昼休みの校庭、車椅子の生徒に別の生徒が近寄って言う。「車椅子だと走れないから、僕が押して走ってあげる。速く走ると、気持ちいいから!」車椅子の生徒が同意し、二人で楽しく校庭を走り回っていると、別の生徒がやってくる。「そんなことしたら危ないよ!」と叫んで遊びを止め、車椅子の生徒のカバンを「持ってあげるね」と奪い取り、動画は終わる。

ビデオ上映の後は挙手式で、自由討論をさせる。やはり危ないからダメだ。当人同士がいいならいいだろう。速すぎなければいいのではないか……と飛び交う。そこで重要なのは、視点の異なる意見が出ることだ、と先生は言う。

「前回の上映では、『私は最後、カバンを奪ったのが気になった』と言った生徒がいます。車椅子の子もカバンは自分で持てるでしょう? なぜあんなことをするの? と。あれはよかったですね」

修正手順を実行する前に車椅子の立っています。
写真=iStock.com/apeyron
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/apeyron

そこから、議論は障がい者の自立について広がっていったそうだ。

「私は進行役ですので、答えを与えません。障がい者の権利に関する知識を補完したりはしますが、生徒同士の意見交換が大切なんです。生徒たちが『市民』になっていくには、自分自身で考えねばなりませんからね」

■「けんかを促す子」に先生がかけた言葉

基本は生徒の意見交換を尊重するが、やはり介入が必要なときもあると、アントニオ先生は別の例を出した。クラスで実際に起こった出来事だ。

男子二人がけんかを始めた時、周囲の生徒がやめさせようとする中、逆に周囲をいさめ、けんかを続けさせようとした生徒がいた。一対一の勝負に他人は入ってはいけない、本人同士で解決させろ、と。

「普段とても真面目でまっすぐな子なので、驚きました。とりあえずけんかを止め、放課後、その子と個人面談をしました。すると『僕の周りの大人はみんなそうしてる』と言うんです。少し荒っぽい界隈に住む子で、日常的に目にしている光景がそれだったんですね。彼は自分の生きている社会をそのまま、クラスに持ってきた。まさに、学校は社会の縮図なんです」

先生はこの話を、暴力の観点から解きほぐしたそうだ。暴力は犯罪であり、人は殴り合わなくても話ができる。そのためには周囲の助けが必要なこともある。相手がナイフなどの武器を持っていたらどうする? どちらかに重大事が起きてからでは遅いのだ……。

「彼は黙って聞き、うなずいていました。納得したかどうかは分かりません。時間をかけて見ていくしかない。評価なら『獲得中』の段階ですね」

生徒たちとの個人面談で必要を感じた際、先生は必ず記録を残す。そして生徒本人にも、記載内容を確認させる。のちに事態が悪化して、家族面談を行うこともあるためだ。

「どの親御さんでも『うちの子に限って』と思う、それが当然の反応です。その時に記録を出して、生徒本人と確認した旨を伝えます。そして断固として、かつオープンに、親御さんと今後について話し合う。学校と家庭が協働できれば、どんな問題も解決できます。そうでない時は……本当に、難しいです」

道徳の授業が、進級や留年の判断材料になることはない。しかしこの授業で養うべき能力が身につかず、学校で問題を起こし、家庭の協力も得られない最悪のケースでは、転校に至ることもある。

「その意味では、道徳の学びは成績表の評価以上に、重要なんです」

■「子どもたちを取りこぼさない」国の意思

フランスの学校における道徳教育の詳細を見ていくと、長期化したストへの人々の反応も納得がいく。自分と異なる他者を尊重すること、それがフランスという国であること。彼らは学校という社会の縮図で、幼少期から教え込まれているのだ。

「それでも残念ながら、取りこぼされてしまう人はいます」

インタビューの最後に、前述の国家教育省の高官ジェフレイ氏は、固い表情で言った。

「どんな出自の人々でも、この土地に住んでいる長さとは関係なく、フランス国籍を持つ人がフランス人です。法の前では、誰もが平等……ではありますが、成功できない人々もいる。私自身パリの郊外育ちで、この目で見てきました」

社会から阻害される若者は存在し続け、経済面や機会面での格差は依然、大きな問題だ。だからこそ、とジェフレイ氏は、語気を強める。

「だからこそ常に、目標を設定し直す必要がある。取りこぼされた子どもたちを放置しないために、2018年の教育法改正では義務教育開始年齢を3歳に引き下げました。また義務教育終了後の16歳から18歳の若者に、就労していなければ研修・教育の機会を与えることを、自治体の義務としています。この年齢で職も所属もなくドロップアウトしてしまう青年が、7万5000人もいるからです」

前後に計5年間延長された教育の機会でも、最終目標は公教育と同じ「フランス市民を育てること」だ。

「自由・平等・友愛の理想に向かって、私たちはこうして、最前線を更新し続けます。私たちの国はもっと遠くまで、前進できる。そう信じて公務員になり、毎日、仕事をしているんです」

アーチの勝利
写真=iStock.com/Michael Kulmar
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Michael Kulmar

■日本の道徳授業は、子どもたちに何を獲得させたいのか

フランスでストの日々を粛々と乗り切る人々を作ってきたのは、学校での道徳教育。それに携わる行政と教育関係者の強い意志と熱意は、フランスの社会・文化を題材に発信を続けてきた筆者にも、改めて発見だった。

そしてこの記事を送る日本でも、2018年、学校教育における道徳授業に大きな変化があった。「特別な教科 道徳」として、小学校と中学校で教科化されたことは、読者の記憶にも新しいだろう。

その目的や内容は、文科省が公開している教育指導要領と解説書に詳細に説明され、文科省のサイトで誰でも閲覧できる。指導要領の「道徳」のパートは全8ページ分、解説は170ページある。

筆者も、これを機会に参照してみた。当然ではあるが、フランスのそれとは大きな違いがあり、その相違点は興味深いものだった。ぜひ読者の皆さまにもご自身で参照していただきたいが、筆者の印象に残った点を3点、挙げよう。

(1)日本の国について学ぶ項目で、「伝統」「文化」「郷土」「生活」「国を愛する態度」などに力が入れられているが、日本国の「理念」「制度」「権利」「義務」など、国の仕組みに関する記載が少ない。
(2)フランスの道徳授業にはなかった、家族愛を学ばせる項目がある。
(3)数値などによる評価を行わない。指導要領の解説は、その理由をこう説明している。

「道徳科において養うべき道徳性は、児童の人格全体に関わるものであり、数値などによって不用意に評価してはならない」

筆者は教育学の専門家ではなく、ここで両国の道徳教育を比較する意図はない。義務教育は国民教育であり、中でも道徳は「その国にとって、望ましい国民のあり方」を規定するものだから、国によって異なるのは当然のことだ。

フランスのそれは、あらゆる出自の人々が「共和国の市民」となり、共存するための知識と能力の獲得を、明確な狙いとしていた。では日本はどうだろう。子どもたちに何を獲得させることを狙いに、道徳の授業が考えられているのだろうか。

小学生・中学生のお子さんがいるご家庭が、今回の記事をきっかけに、学校の道徳授業についてご興味をお持ちいただけたら、うれしく思う。

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髙崎 順子(たかさき・じゅんこ)
ライター
1974年東京生まれ。東京大学文学部卒業後、都内の出版社勤務を経て渡仏。書籍や新聞雑誌、ウェブなど幅広い日本語メディアで、フランスの文化・社会を題材に寄稿している。著書に『フランスはどう少子化を克服したか』(新潮新書)、『パリのごちそう』(主婦と生活社)などがある。

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(ライター 髙崎 順子)

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