人脈づくりに夢中な人が、仕事で行き詰まりやすいワケ
プレジデントオンライン / 2020年3月9日 15時15分
※本稿はジェレミー・ハンター著『ドラッカー・スクールのセルフマネジメント教室』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■私たちは変わっていくことを求められる
2019年の10月に日本に台風19号ハギビスが脅威として近づいているとき、ニュースで繰り返し流れたフレーズは「過去の経験に頼っても、この状況の助けにはなりません」というものでした。
この想像を絶する巨大な台風は、日本中に大災害をもたらしました。東京の西部では1メートルも浸水したところもあり、かつて一度も台風の影響を受けたことのないエリアでも被害が出ました。
このときわたしは仕事でノルウェーのオスローにいたのですが、ノルウェーの人口は530万人です。日本の台風19号で避難勧告の対象となった人数は600万人。オスローの人たちは、自分の国の人口よりも多い人たちが、安全のために避難勧告を受けるという可能性に愕然としていました。この災害は、日本にとっても世界にとっても、わたしたちの住むこの地球が以前とは違うものになりつつあるという警鐘となりました。
この本を書いているとき、わたしが住んでいるロサンゼルス近郊で山火事が起きました。北カリフォルニアでも、勢いを増した火が押し寄せ、町が焼けました。そのニュースを見て、このフレーズがまたわたしの頭の中で鳴り響いたのです。
「過去の経験に頼っても、この状況の助けにはなりません」
昨今の異常気象は、わたしたちが知りうる過去の経験を超えて変わってきたもののひとつでしかありません。人工知能(AI)の出現、高齢化によって変化していく社会、政治的な緊張とダイナミックな動き、これらすべての出来事は、これから何年もの間、絶え間なくわたしたちの心をざわつかせ続けることでしょう。
こうした現実をポジティブに捉えるか、ネガティブに捉えるかはわたしたち次第ですが、いずれにしても、わたしたちは変わっていくことを求められています。
■VUCAの世界で誰もが疲弊している
この時代を表すひとつの言葉として、VUCAがあります。Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字から取られています。VUCAの世界はジレンマに満ちていて、誰もが疲弊し、何かを変えなければいけないと思いながら悶々と生きているともいえます。
この状況に対応するため、企業や学校ではさまざまな取り組みをしています。しかしそのほとんどは、自分以外の何かを変えることでいま起きている望んでいない結果を変えようとするものです。この本は、自分自身を変えることで望む結果を得ることが主題です。
なぜ、望む結果を得るためにセルフマネジメントが必要なのか。それは、21世紀に生きるわたしたちを取り巻く社会や組織のあり方と深く関係しています。
20世紀に支配的だった組織は、ピラミッド型のヒエラルキーモデルでした。[図表1]の左側のようなモデルです。
このモデルでは、組織全体にヒエラルキー(階層)があって、それぞれの階層における権限と役割が決まっています。決まった役割や与えられた権限を超えることは許されないので、このモデルで人は受動的に振る舞います。また、それぞれの人が自分の役割について「どう感じているか」は、あまり問題にはされません。
わたしは、大学時代に工場で働いていたことがあります。毎日、決まった時間に工場に出勤し、決まった時間に帰宅し、決められた仕事の手順を繰り返し、そして1日の終わりには部品を何個つくったか数えました。非常にわかりやすい世界で、職場の人間関係もそれほど複雑なものではありませんでした。
■ドラッカーの「知識社会」はなぜこんなに生きづらいのか
ピーター・F・ドラッカーは、20世紀から21世紀にかけて、社会は急速に知識社会(ナレッジ・ソサエティ)化すると指摘しました。そして、その知識社会に働く人たちを、「知識労働者」(ナレッジ・ワーカー)と呼びました。彼らの働き方は工場労働者の働き方とはまったく異なります。
知識社会においては、人は必ずしも定時で働きません。仕事上の役割も以前のようにはっきりしません。人間関係はもっと複雑なものになり、誰もが多くのコミュニケーションや交渉を必要とするようになります。職場においても互いに会話を交わし、信頼し合うといったことが大切になっていきます。つまり、何かを達成するためには、決められた役割を果たすだけでなく、個人として、質のよい関係性をマネジメントすることが求められるのです。
知識社会特有の生きづらさは、この関係性のマネジメントに端を発しているといってもいいでしょう。もちろん、工業化社会の労働においてもコミュニケーションや信頼関係は重要でしたが、いまに比べるとずっと優先順位は低いものでした。成功するために求められたのは、「読み書きができる」とか「的確に指示に従う」といった、より目に見える能力でした。
■正直であること、率直であること、公正であること
一方で、知識社会に最適化した組織は[図表1]の右側にあるような、ネットワークモデルです。現在は、官僚組織のようなヒエラルキーモデルが根強く残っている一方で、新興テクノロジー企業に代表されるようなネットワーク型の組織が存在感を増しています。実際はこのふたつのモデルの間に、さまざまなバリエーションが存在しています。
いま、わたしたちは職場でも日常でも、複数のネットワークの中で生きています。かつてのように、シンプルな人間関係の中で生活が成り立っている人は少なくなっています。この関係性のネットワークは絶えず変化しています。その中でわたしたちは常にネットワークに対して何かを与えると同時に、ネットワークから何かを受け取っています。
誰かと関係すると、必ず軋轢や衝突も起きます。そんなとき、うまく対処できなければよい関係を持ち続けることはできません。よい関係性とは仲がいいとか一緒にいて心地よいということだけを意味しているのではありません。
相手のことを理解し、ともに変容していけるかどうか、それが関係性の質を決めます。そのためには正直であること、率直であること、公正であることなどが求められます。ネットワークの中でそうした振る舞いを実現できるかどうかは、自分をうまくマネジメントできるかどうかにかかっています。
■「自分が何を望んでいるのか」に気づいているか
先日、わたしのワークショップの参加者の何人かが「職場の人たちにどう思われているか不安で、会社では身動きがとれない」と打ち明けました。実際、人が正直に自分の意見を言ったり、大切なことを打ち明けたりすることができないような組織はたくさんあります。
ヒエラルキーモデルの世界では、そもそも自分の意見など言う必要もありませんでした。毎日同じ場所に行って、自分の仕事をして家に帰る。そうすることで評価され、報酬も得られ、何十年も会社に居続けることができました。
一方、ネットワークモデルの世界では、個人は人間関係においていままでよりずっと多くのことを求められています。一人ひとりがネットワークに対して、何かを提供しながら、何かを得ています。自分が役割に埋没せず、本当に望んでいる結果や状態を実現するには、好むと好まざるとにかかわらず、ネットワークの中にいるほかの人たちと交渉する必要があるのです。
交渉の出発点になるのは「自分が何を望んでいるのか」に気づくことです。ヒエラルキーの中にいるときは、何を望んでいるかがわからなくても、役割は与えられましたが、ネットワークモデルでは、自分で決められない人はどんどんネットワークの周辺に追いやられてしまうのです。
■自分の未来は他人まかせにしない
ネットワークモデルでは、ヒエラルキーモデルの時代とはまったく違うマインドセットやスキルが必要になってきます。そのことを理解しないまま、多くの人がネットワークや関係性に対してエネルギーを注ぎすぎて疲弊しています。与えることに夢中になって、自分のことをケアしていない人もいる一方で、ネットワークに対してさしたる貢献もできず、周辺に追いやられている人もいます。
ヒエラルキーモデルの世界においては、自分のことをケアするのは、ともすれば自分勝手、わがままと見られていました。与えられた役割や権限を超えて発言したり行動したりすることはペナルティの対象となりました。しかし、ネットワークモデルの世界では、日々の努力を結果につなげるには、自分のことを理解し、自らの望む未来を意図し、自らを支えていくことが必要です。だからこそ、セルフマネジメントが必要となるのです。(続く)
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クレアモント大学院大学のエグゼクティブ・マインド・リーダーシップ・インスティテュートの創始者。東京を拠点とするTransform LLC.の共同創設者・パートナー。「自分をマネジメントできなければ他者をマネジメントすることはできない」というドラッカーの思想をベースに、リーダーたちが人間性を保ちながら自分自身を発展させるプログラム「エグゼクティブ・マインド」「プラクティス・オブ・セルフマネジメント」を開発し、自ら指導にあたっている。「人生が変わる授業」ともいわれるこのプログラムは、多くの日本の企業幹部も受講しているほか、バージニア大学大学院でも講座を持つ。また、政府機関、企業、NPOなどでもリーダーシップ教育を行っている。シカゴ大学博士課程修了(人間発達学)。ハーバード大学ケネディー・スクール修士。日本人の相撲取りの曽祖父を持つ。
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(クレアモント大学院大学 ピーター・F・ドラッカー・スクール准教授 ジェレミー・ハンター)
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