現役教師が「一斉休校の影響は来年度まで続く」と嘆くワケ
プレジデントオンライン / 2020年3月10日 9時15分
■先生もニュースで知らされた休校要請
2月27日の18時半、私は安倍首相による全国一斉の休校要請というニュースを、呆然(ぼうぜん)としながら見ていました。木曜日夜の通知で、週明けから休校ということは、あとたった一日で長期の休みに入ってしまうことになります。まだ授業範囲も残っており、テストもありますし、通知表だって用意していません。私が住む福井県ではまだ感染者が見つかっていないこともあり、自分たちの地域まで一斉に、いきなり休校になるとは、予想外だったのです。
折しも翌日28日は、午前から「卒業生を送る会」を予定していました。教職員が揃(そろ)った段階で緊急の職員朝礼があり、「行事は実施」「行事中全児童はマスク着用、会場は要換気」と、感染面での配慮をした上、まずは午前中の予定までが決まりました。急いで担任する5年生のクラスに向かいます。
教室に入ると、すでにニュースなどで状況を知っている子どもたちは、「今日で終わりなの?」「宿題はどうなりますか?」など、口々に聞いてきます。国からこういう要請が来ているということ、実際にどうするかは話し合っている途中だと伝え、まずは「行事に集中しましょう」と、午前中の卒業生を送る会を行いました。
その後、教育委員会の緊急会議から校長が戻り、職員が集まりました。結果、感染拡大の予防のため、その日を持って休校とすることが確定しました。それが、午後1時半ごろのことです。
■非日常な状況に興奮していた5年生
そこからは、本当にバタバタでした。急遽(きゅうきょ)、校長から直接子どもたちに事情の説明と、今日で学校が終わりになってしまうことを伝え、各クラスで下校の準備に入ります。掲示してある自分の作品を外し、机やロッカーの荷物を整理するように伝え、教師が保管していた子どもの図工作品を配布します。1年間の荷物を整理して、どう持ち帰るか、休みの間どう過ごしてほしいかを伝えていると、あっという間に子どもたちが学校を去る時間になってしまいました。
私が担任する5年生は、非日常的な状況に興奮したり、単純に休みが増えることを喜んだりと、必ずしも暗い雰囲気での別れではありませんでした。しかし、同僚の6年生の担任は、突然別れなければならないクラスの子どもたちを前に、複雑な思いで送り出したようです。
こうして、唐突に訪れた「最後の一日」は終わりました。これほど先が見えず、混乱する状況は、おそらく多くの先生にとっても一生に一度のことではないかと思います。
■インフルで「1週間学級閉鎖」より長い休校
この休校で起こる最大の問題は、学習機会の喪失です。全国の大半の小・中・高が休校になったことで、約1カ月間に渡って1000万人以上の子どもたちが授業に参加する機会が失われます。このことが子どもたちの学びや学力に与える影響は深刻です。幸い勤務校では、3学期から授業と家庭学習で一貫して使える学習冊子を使っており、そのまま家庭学習に移行するように伝えることができました。とはいえ、授業をできないということは大きなマイナスで、この影響をできるだけ抑えるように、プリントや課題を用意したり、あるいはオンラインで学習したりできないか、など、それぞれの学校で、多くの先生が知恵を絞っている状況だと思います。
例えば、インフルエンザで1週間学級閉鎖になると、そのクラスだけ分数を学んでいない、割り算が途中といった事態が起こります。それを取り戻そうにも、やりくりできる時間は限られていますから、休み時間に子どもたちが課題を行い、放課後に教師が学習をみることが続くようになります。残念ながら、それだけやっても、学級閉鎖時期の学習内容が十分に定着しない子どもが出てくることは避けられません。
■来年1年間の学習に影響するかもしれない
そして、今回の長期休校はそのような規模ではありません。日本全国の子どもたちの学習が一斉に止まってしまうのです。そしてそれを取り戻す機会は、春休みが明けた新学期にしかありません。例えば新6年生であれば、5年生の未学習部分の授業を行いながら、本来の6年生の学習も行うことになります。当然、本来6年で学習すべきだった時間は短くならざるを得ません。この1カ月間の学習機会の喪失は、来年1年間の学習にも影響を与えることになるのです。
もちろん、どの学校も家庭学習のための課題を出しています。ですが、どの子どもも毎日6時間分はおろか、ある程度でも机に向かうとはなかなか考えにくいものです。すると、課題を行い、さらには塾や学習アプリなどで学習を重ねる子と、学習をしない子の間の学力格差が拡大してしまうことに繋(つな)がりかねません。子どもたちの学習保障を担う公立学校の教師として、この学習機会の喪失が後を引くことにならないか、深く懸念しています。
今回の休校要請を問題視する論点は、多くが「子どもが在宅している間、保護者が働けない、生活が立ち行かない」というものです。もちろんそれも重要なことですが、その一方、休校によって子どもの学習機会が奪われてしまう、ということにはあまり言及されていないようです。この学習機会の喪失は、多くの方が考える以上に深刻な影響を与えかねません。
■家にこもる日々で、虐待が深刻化する恐れ
また、子どもの体力面の心配もあります。通学や体育の授業がなくなることで、子どもが体を動かす機会が減る恐れがあります。公園などにあまり多く集まって運動するのも感染防止の観点からはばかられ、結果として子どもの体力低下につながってしまうのは問題です。
さらに言うと、虐待やネグレクトを受けている子どもにとって、長期休暇期間は特につらい思いが続く時期です。給食がないことで、食事を十分に食べられないような状況になってしまう恐れもあります。今回の休校と同じくらいの期間に当たる夏休みであれば、外にでかけるなどのストレス解消の機会もあります。ですが今回は、できるだけ家の中にいることを推奨されている状況です。子ども、そして同じく長時間過ごす保護者にかかるストレスは、ずっと大きなものになるでしょう。普段の夏休みや冬休みの時期以上に、問題がエスカレートする可能性があります。
そのために、虐待等が疑われる子どもに丁寧に目をかけて、場合によっては頻繁に家庭訪問をする必要があるかもしれません(もちろん、感染症対策を行った上で)。こうした一連の問題を少しでも減らすよう、今日も先生方は尽力していることでしょう。
■6年生「急にクラスが散り散りになって寂しい」
突然休校になったことによる、子どもたちへの精神面での影響も心配です。小学校であれば、急な非日常感もあり、「休みが増えた」とその時点では喜んだ子も多いでしょう。ですが、家にこもって仲の良い子と遊んだり、だらだら過ごしたりするのも、せいぜい1週間で飽きるものです。それ以降、自分のクラスが突如終わってしまったことの喪失感や別れが、じわじわとつらくなってくる子どもが増えてくるかもしれません。
小学校6年や中学3年などの卒業学年は、さらに深刻です。私の自治体では、卒業生と教職員、保護者だけで卒業式を行う予定ですが、それまではクラスで集まることもありません。教師も子どもたちとの急な別れは寂しいものですが、子どもたちからすればなおさらでしょう。6年や3年通った学校や友だちに突然別れを告げないといけないのは、さぞかしつらいことでしょう。
私も休校期間に入った後、荷物を取りに来た6年生と話す機会がありました。その子は、「こんなふうに、急にクラスが散り散りになってしまうなんて寂しい……」としみじみ語ってくれました。最終学年の子どもたちも担任も、そんな悲しい思いをすることになったはずです。
■教育現場の実態を踏まえていない
新型コロナウイルスによる感染症という危機を考えた時、休校で接触を減らすという対応を取ったこと自体は、致し方ないのでしょう。執筆時点でまだ感染者が報告されていないわが福井県を含め、休校を全国で一律に行うべきだったのか、その是非はあるのかもしれませんが、それは専門家の検証・判断に委ねるべきです。
ただし、一教師として気になってしまうのは、事前連絡なしの突然の休校要請という判断が、教育現場の専門知を踏まえたものだったのか、ということです。私が著書『先生も大変なんです』でも述べていることですが、多くの方は教師が何をしているのか、学校の仕組みの裏側でどんなことが行われているかよくご存じでないまま、教育について語ります。これと同様に、今回の休校要請やそれにまつわる対応が、学校の実態に十分配慮しないままに行われたものだったとしたら……。
もし、学校の業務や状況への理解や、休校に伴い想定される影響について知っていたら、ここまでの混乱を引き起こすような唐突な要請にならなかったのではないでしょうか。またそうしてもう少しでも猶予があれば私たち教師も、子どもたちの学びや精神的ケアに配慮したうえでの休校、と軟着陸できたのではないか。そのように考えてしまうのです。
■いつまで続くか不明だからこそ、現場を見てほしい
休校前、突然の最終日である2月28日、多くの先生たちはかつてない状況の中で、最善を尽くしたはずです。それでも、「せめてあと一日あれば、休校期間の学習のための準備をさせてあげられたのに」「子どもたちに別れに備える時間を、もう少しでも取ってあげたかった」と悔やんでいることでしょう。
こうした学校の現状、そして子どもたちの学習保障と精神的ケアに目を向けないと、結果として被害を受けるのは子どもたちなのです。新型コロナウイルス対策が今後どこまで続くかわからない以上、今後さらに子どもたちの学習や心身の健康が損なわれることだけは避ければなりません。だからこそ私は一人の教師として、もっと多くの方に実際の学校現場に目を向けていただきたいと願うのです。
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福井県公立学校教諭
1984年福井県坂井市生まれ。広島大学教育学部(英語)卒業後、福井市立灯明寺中学校、あわら市立金津中学校、坂井市立春江東小学校と小・中学校に勤務。教師の働き方改革や授業改善への提案をテレビや書籍等で積極的に提案し続けている。著書に『教師の働き方を変える時短』(東洋館出版社)、『苦手な生徒もすらすら書ける! テーマ別英作文ドリル&ワーク』(明治図書出版)、共著に『学校の時間対効果を見直す!』(学事出版)他。
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(福井県公立学校教諭 江澤 隆輔)
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