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著名人の炎上でスッキリする人は「本当の問題」に気付いていない

プレジデントオンライン / 2020年3月14日 8時45分

撮影=プレジデントオンライン編集部

インターネットは情報流通を自由にした。一方、私たちの「考える力」はそれにあわせて高まったのだろうか。新著『遅いインターネット』(幻冬舎)で、「いまのインターネットは、速すぎる」という問題提起をした批評家の宇野常寛さんに聞いた——。(前編/全2回)

■FacebookやTwitterに反応のタイミングを支配されている

——宇野さんはウェブマガジンに掲げた「遅いインターネット宣言2020」の中で、「いまのインターネットは、速すぎる」と書かれています。いつごろからそう感じていたのでしょうか。

この計画を思いついたのは2年ほど前です。この「遅いインターネット宣言2020」には、「『遅いインターネット』計画とは、このウェブマガジンを中心とする『読む』楽しさを取り戻すためのメディア運営と、少し前から僕が始めている『書く』ことを学ぶワークショップ(PLANETS CLUB)とをあわせた運動」と書きました。

ただ、最初にやろうと思ったのはウェブマガジンのほうだけで、ワークショップのことは考えていませんでした。それが、2年間の試行錯誤の中でただ良質なメディアをつくるだけではいけないんじゃないかと思うようになって、今のかたちに落ち着きました。

いまのインターネットは僕は「速すぎる」と感じています。もちろん、「速さ」はインターネットの最大の武器の「ひとつ」です。しかし、ほんとうにそれだけなのかなという疑問が湧いてきたんですね。

宇野常寛『遅いインターネット』(幻冬舎)
宇野常寛『遅いインターネット』(幻冬舎)

インターネットが僕たちに与えてくれた自由って、物事に対する「距離感と侵入角度」の自由だと思うんですよ。世界中のどこからでも、いつ何時でも自由に情報に接することができる。そして接した情報に、いつ、どのようにリアクションしてもいいはずです。

ところが、今のインターネットはそうなっていない。フェイスブックやツイッターなど、グローバルなプラットフォームにいつの間にか、僕たちは情報技術に対する距離感や進入角度を、そして「速度」を決定されている。その結果、タイムラインの潮目が変わるリズムに、情報摂取や反応のタイミングを支配されてしまっている。そうなると、情報の質はどんどん低くなり、僕たちも考える力を失ってしまう。

■いまのネット社会はみんなで集団リンチの快楽を貪っている

いまのインターネット社会は、ひとつのムラ社会になっていて、週に一度「生贄(いけにえ)」を決めて石を投げて、みんなで集団リンチの快楽を貪っているわけです。そして、そのムラ社会の中で、「生贄」に対して一番うまく石を投げた人が座布団をたくさんもらえる大喜利のようなものが進行している。こうした閉じた相互評価のネットワークの中でいじめ大喜利ばかりやっていると、どんどん情報の質も、ユーザーの質も低くなってしまう。

先日の「あいちトリエンナーレ」の問題も、表現の自由や地方アートのあり方といった本質的な問題よりも、誰それが左派のヒーローになるのが気に食わないとか、このエリアのボスは知事なのか市長なのかはっきりさせたいという人間関係の問題が先行してしまう。誰がこの問題によって株を上げて、下げるのかという問題のほうが大きくなって、相対的に本来の問題を覆い隠してしまい、状況が混乱していったわけです。

こんなことばかりやっていると、メディアや言論人はタイムラインの潮目を読んでどう反応すればフォロワーや閲覧数が増えるかしか考えなくなるし、一般のユーザーも潮目を読んで、いま「叩いてもOK」な人を叩いて自分は「まとも」な側だと安心したい、「スッキリしたい」という気持ちが先行してしまう。その結果、タイムラインの潮目ばかり気にして、情報そのものを吟味しなくなる。

AにつくかBにつくかだけを考えて、情報そのものの信憑性や背景となる知識について調べ、内容を吟味しなくなる。これが「速すぎる」インターネットの弊害です。

■人々は今、読むことより書くことに関心がある

だから僕は、「人々に書かせるのではなく、もう一度読むことに立ち戻らせたい」と考えた。それがこの計画のそもそもの始まりでした。

インターネットの速すぎる回転に巻き込まれないように、自分たちのペースでじっくり考えるための場を作る。僕は「Google検索の引っかかりやすいところに、5年、10年と読み続けられる良質な読み物を置く」と言っています。

ただ、考えるうちに、僕がいくらフェイクニュースやネットリンチの弊害を訴えたとしても、当たり前のことですがそれだけでは人々の発信したい欲望は止まらないだろうと思ったんですね。人々は今、読むことより書くことに関心がある。それを僕は嘆かわしいと思っているけれど、そんな個人の趣味判断や美学を超えたところで、人々の欲望は発信する側に傾いている。

であれば、そこに対して戦略的にコミットすることは避けられない。良質な記事を読ませるだけでなく、良質な発信のために書く能力を共有することも同時並行で進めないと、この運動が世の中にポジティブなものを残すことはできないんじゃないか。そう思ったんです。

そこで「読む」に加え、「書く」については僕たちがこれまで身につけてきた発信のノウハウをワークショップで人々と共有していく。この両輪を回す方向に舵を切りました。

■ネットとの「距離の取り方」をコントロールできていない

——「書く」というスキルは広く必要になるということですね。

インターネットを通じて不特定多数に情報を発信するスキルは、僕らのようなメディアに関わる人間や企業で広報関係の仕事に就いている人たちだけでなく、これからはあらゆる人にとって必要になるはずです。すべての人がネットワークにつながれている時代には、すべての人が物書きであり、発信者になるわけですから。

しかしこのあたらしいタイプの「物書き」には編集者がついていないので、結果的にフェイクニュースを拡散したり、不毛なバッシングに加担してしまっている人が増えてしまった。インターネットとの「距離の取り方」をコントロールできていないわけです。だから僕たちが物書きや編集者として培ってきたノウハウを今の時代に合う形でアップデートし、人々と共有したいと考えました。

——「書く」ことを学ぶワークショップとはどういう内容なのですか。

今年1月から開校した「PLANETS School」は1年間のカリキュラムです。講師は僕一人。さまざまな講師が登壇するのではなく、「宇野がこれまで身につけてきた〈発信する〉ことについてのノウハウを共有する講座」です

■積極的に学び合いたいという500人弱のメンバー

僕らは2018年から「PLANETS CLUB」という読者のコミュニティを運営しています。「PLANETS School」の始まりは、そのメンバーを対象とした勉強会でした。「PLANETS CLUB」は月1回の定例会と各種の勉強会を中心としたコミュニティで、積極的に学び合いたいという500人弱のメンバーが集まっています。

読者コミュニティ「PLANETS CLUB」の3月の内容
読者コミュニティ「PLANETS CLUB」の3月の内容

このコミュニティには手応えを感じていました。とても雰囲気がいいんです。メンバーは業界のゴシップなんかには全く興味がない。それぞれの思想信条や趣味判断がありつつも、それはいったんカギカッコに入れて学びに来てくれる柔軟性もある。

ただ、メンバーと接しているうちに、「情報を発信したい」というニーズがあることがわかってきました。そして僕らとしても、もう少しアクティブにノウハウを共有すれば、もっと面白いことになりそうだ、という気持ちが生まれてきた。

この試みに爆発的な広がりがあるとは思っていません。それで僕は構わない。近い距離感で向き合えるコアな読者と関係が築けたからこそ、その延長線上で一歩を踏み出すことができたわけですから。

■「1日で10万人」より「10年で10万人」に読んでほしい

——「遅いインターネット」計画は、拡大を目指した運動ではないということですね。

もちろん僕たちの記事はたくさんの人に読んでもらいたい。でも瞬間最大風速を吹かせようとすれば、距離感がおかしくなってしまう。重視しているのは、空間的な広がりより時間的な広がりです。1日で10万人に読まれるよりも、10年で同じ数の人に読んでもらったほうがいいと考えています。

そもそも僕らがこの計画を始めたからといって、いきなり0が1になるように世の中が変わるとは思っていません。これを何年も続けていく中でじわじわと効果が出ればいいし、それくらい時間をかけて試行錯誤しないと社会に爪痕を残すことなんてできないはずです。PLANETSのような小さなユニットでもこれくらいやれるんだと5年10年の単位で証明することに意味がある。そうすると必ず後に続く若い人たちがたくさん出てくるはずで、それくらい腰を落ち着けて取り組まないと結局は何も変わらないと思っています。

——手応えは感じていますか。

参加者の熱意を感じています。プロの物書きになりたいとか、インフルエンサーになりたいという人は基本的にはあまりいないんです。大半の参加者は、自分という一個人として、あるいは一職業人として、インターネットで発信することで自分の可能性を広げようとしている。そのニーズは僕が思っているよりずっと大きかった。それはすごく勇気が持てることでした。

■「芸能人の不倫はありか、なしか」を論じても意味がない

世の中のほとんどの人は発信することで愚かになっています。たとえばタイムラインの潮目を読んで、目立ちすぎた人や、失敗した人に石を投げる人は多い。このタイプはそうやって不倫をした芸能人のような生贄に石を投げることで、自分はまともだと安心したがるわけです。でも、そんなことをしても、自分のショボい人生を一瞬忘れることができるだけですよね。そしてそんな安直な発信の快楽を貪っていると、どんどん考える力を失ってしまう。単に「いまならこいつに、この文脈で石を投げられる」という潮目を読むことしかできなくなって、問題そのものが考えられなくなる。そのことに疑問を持たない人たちが多すぎる。

宇野常寛さん
撮影=プレジデントオンライン編集部

そうした人たちの中にも、本当は自分の発信によってゼロから価値を創り出したいと思っている人は少なくないはずなんです。他人の発言の揚げ足をとるのではなく、自分の考えや経験を言語化することで能動的に世の中に接続したいという気持ちは多くの人が持っている。

だからタイムラインの「イエス/ノー」に乗るのではなく、自分自身で問題を設定し、価値ある発信をするためのノウハウを僕らが伝えることで、そういった人々の欲望にも応えられるんじゃないかと思っています。

こうしたノウハウを学ぶことか、結果的にプラットフォームに支配され、促されるままに安易な発信を繰り返すだけの状態から、自分の意思で情報への距離感や進入角度を設定てきる状態に移行することにつながると思うんです。

■海外の「クリエイティブクラス」と違うことへの危機感

——ワークショップにはどんな人が参加しているのですか。

たとえば僧侶の方がいます。彼は檀家のコミュニティがなくなりつつある中で、これからの仏教はどこにポジティブな居場所を見つければいいのか、あるいはお寺というインフラが地域社会でどう位置付けられるのかを考え、発信したいと思って参加しています。

他にはプロのバスケットボール選手がいます。彼は競技スポーツのノウハウを、ランニングやヨガといったライフスタイルスポーツに活かすことでもっと生活の中で楽しめるようにしていくことを考えています。それが結果的に競技スポーツとしてのバスケットボールの普及につながる、と話していました。彼は引退後のセカンドキャリアとして、アスリートのマネジメント会社を起業することを考えているらしいのですが、そのためにもメッセージの発信が重要だと考えた。そんな動機から参加している人もいます。

大企業の社員や役人も多いです。僕のメディアにたどり着くくらいなので、社会や文化に対するアンテナが高く、読書習慣もある。ところが自分たちが所属する組織は旧態依然としていて、組織的にも構造的にもワークスタイル的にもグローバルなクリエイティブクラスとはかけ離れている。そこに危機感をもっている人が多いですね。

■起業や転職をしないで「世の中」を変える方法はある

とはいえ、彼ら彼女らは、起業したり外資に転職したりするのはちょっと違うなと思っている。そして今の組織に所属したまま、どうやって内側から変えればいいのか、あるいは2枚目や3枚目の名刺を持って自分の知見を世の中に役立てていくにはどうすればいいのかを考えています。

起業や転職を選択しないのは勇気がないからだと罵(ののし)る人もいるかもしれませんが、僕はそういう生き方があっていいと思うし、うちのメンバーは割とこういう堅実なタイプが多いですね。

だから僕なんかより、だいぶ真面目な人たちなんです。僕自身はかなりいい加減な人間で、若い頃に社会から半分ドロップアウトした人間が自分でメディアをつくったらこうなった、みたいな経歴の持ち主なのですが、メンバーは地に足のついた生活をしている人が多くて。

そのまっとうさに戸惑うこともありますが、そんな人たちが僕の取り組みを評価し、ついてきてくれるという事実は大事にしたいし、この人たちの期待やニーズに応えたい。それが「遅いインターネット」計画を始めた一番大きな動機かもしれないですね。

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宇野 常寛(うの・つねひろ)
評論家、『PLANETS』編集長
1978年生まれ。著書に『リトル・ピープルの時代』(幻冬舎)、『母性のディストピア』(集英社)、石破茂との対談『こんな日本をつくりたい』などがある。立教大学兼任講師。

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(評論家、『PLANETS』編集長 宇野 常寛 構成=塚田 有香)

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