なぜ、武田信玄は「風林火山」の続きを隠したのか
プレジデントオンライン / 2020年4月27日 15時15分
孫子の兵法を学び、巧みな人材登用と経済政策で甲斐、信濃、駿河を中心に統治。城下町の整備や河川の治水、新田開発や金山開発まで手掛けた。
■違う顧客に同じ提案をしている営業マンはなぜダメか
尊敬する歴史上の人物は誰ですかと聞かれたら、出身である山梨県を統治した武田信玄を筆頭に挙げます。地元では武田信玄と呼び捨てにしたら怒られるほどの郷土の英雄ですから、多くの人は“信玄公”と言います。
信玄公といえば、彼が旗印に掲げた「風林火山」が有名ですね。これは孫子の兵法書の第七篇である軍争篇「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」という一節からとられています。しかし、軍争篇には「難知如陰、動如雷震」という続きがある。この続きの2つのセンテンスを信玄公は知っていたはずなんです。合戦の場などにおける彼の行動からもそれは明らか。では、なぜ、旗に記さなかったか。いちばん重要なことが書いてあるセンテンスだったからだと私は思っているんです。
「難知如陰」の「陰」を、私は「情報」のことだと解釈しています。つまり、情報を探す難しさ、正しい情報を早くより多く見つけることの難しさ、その情報を分析してどんな答えを導くか。それがいちばん重要だと説いている。
「動如雷震」は、雷のように速く動けという意味です。最初の「疾きこと風のごとく」はearly(早き)という意味であり、「動くこと雷震のごとく」はfast(速き)。つまりタイミングをしっかり見極めて誰よりも速く行動するという意味だと思っているんです。
しかし、この最も重要な終わりの2つのセンテンスをわざわざ敵に知らせる必要はない。だから信玄公は旗に記さなかったのだと私は考えています。
■情報がいちばん重要であり、最も価値が高い
銀行マンとして社会人になって以来、私は営業の叩き上げです。営業をやってきて、特に課長以上になってとても勉強になったのは、情報がいちばん重要であり、最も価値が高いということ、つまり「難知如陰」です。私自身、常にあらゆる情報を集めています。お客様をお訪ねするし、お客様も来てくださる。こちらの持っている情報を聞いたら、先方も情報をくれる。情報の対価はお金ではなく情報なんです。
2016年に社長になったとき、ガリバーだった野村証券さんを追い抜いて業界1位になるなんていう絵空事は言いませんでした。ただし、圧倒的な2位になると宣言した。しかし、いまはそう言っていません。なぜなら、証券業界では何が1位なのかわからなくなってきているからです。1位を目指すことは否定しませんが、いまはSMBCグループ各社とのシナジーを活かし、オンリーワンにならなければならない。そう思っています。
金融というのはサービス業である以上、昨日と同じサービス、他社と同じサービスをやっていたら、手数料がゼロに収束していくことは自明です。だからこそ、いままでと違うサービス、他社と違うサービスをつくり続けて一歩先を行くしかない。社員たちにもそのことを強く言っています。
ITも駆使しなければなりませんが、ネットやSNSだけで情報がとれるはずはありません。フェース・トゥ・フェース、人と会わずして、なぜ情報が得られようかということです。お客様との会話の中から、そのお客様にどんなサービスを提供するのがいちばんいいのか、一人ひとりの営業がプロとしてイメージできなければなりません。
社長になって、2000人いる営業を約2倍の3900人に増やすと宣言し、全国約140の支店を回りました。お客様は金融の専門家ではありません。私たちが金融のプロなのだから、一人ひとりのお客様の年齢や家族構成、お孫さんの年齢、保有資産、好き嫌いなどを知ったうえで、商品とサービスを提案しなければならない。しかし、多くのお客様を担当しているために、知らず知らずのうちに誰に対しても同じ提案をするから失敗するんだと。
私自身が営業マンだった経験からも、1人で担当できるお客様は、150人が限界でしょう。それなのに、1人の営業が300人、350人ものお客様を担当するのは無理がある。せめて1人の営業の担当を150人にしたい。ほんとうは100人にしたいくらいです。お客様本位のビジネスを実現するためには、フェース・トゥ・フェースでコンサルティングできる人員が不可欠。だから、営業を増やして、徐々に理想に近づけたいと思っています。
■相続に関するニーズも確実に増えていく
20年度からは、週休4日の導入も決断しました。これからの時代、家族の介護がますます重要になってくる。週休4日は、社員の家族のためでもあるし、実を言うとお客様のためにもなると思っています。相続に関するニーズも確実に増えていくでしょう。そのような時代に、20代の若い営業員が「お客様、この商品がいいですよ」と紋切り型で勧めても、相手のお客様には何のシンパシーも感じてもらえません。営業員が「私も実際に親族の介護をしています」と話しかけたら、お客様も身を乗り出して話を聞いてくださるのではないでしょうか。
たとえば、「私は親の介護をしていて月火水しか出社しないので、その3日でアポをください」と率直にお願いしたら、きっと不満を言うお客様はいません。そのお客様も親の介護に追われていて、悩みを抱えていることだってある。「私も実際に親の介護をしていて、どれだけ大変かということを身をもって知っています。ご相談に乗りましょう」と営業が言ったら、心強いと思いませんか。
また相続が発生したときには、銀行での手続きが必ず必要になる。銀行系証券である当社では、銀証連携により、そういったニーズにも応えることができる。個人のお客様が多いSMBCグループのこの強みを生かさない手はありません。顧客本位とは、一人ひとりのお客様のことをよく知って、そのお客様に合う商品とサービスを、金融のプロである私たちがイメージして、提案できることなのです。
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SMBC日興証券代表取締役社長
1955年生まれ、山梨県出身。78年早稲田大学商学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)へ入行。常務執行役員法人企業統括部長、取締役兼副頭取などを経て、2016年4月より現職。
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(SMBC日興証券代表取締役社長 清水 喜彦 構成=樽谷哲也 写真=AFLO)
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