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積水ハウスの"元天皇"が「会社に戻りたい」と訴えるワケ

プレジデントオンライン / 2020年3月11日 9時15分

現経営陣を交代させる株主提案について記者会見する積水ハウスの和田勇前会長(中央)ら=2020年2月17日、東京都中央区 - 写真=時事通信フォト

土地取引で約55億円を騙し取られた詐欺事件をめぐり、積水ハウスから事実上解任された和田 勇前会長が、自身を含めた取締役候補の選任を求める株主提案を同社に起こしている。「復権を目指す気はさらさらない」と言う和田氏を直撃し、その意図を聞いた――。

■「クーデター」による会長解任から2年

3月4日、東京・丸の内で物珍しい勉強会が開かれた。中身は日本コーポレートガバナンス研究所(JCGR)代表理事を務める若杉敬明東京大学名誉教授が日本のコーポレートガバナンス(企業統治)について話すという至って普通の勉強会なのだが、これを物珍しいというのは若杉名誉教授の横に積水ハウス前会長の和田勇氏が座っていたからだ。

和田氏と言えば同社取締役を26年務め、社長を10年、会長に10年続けた積水ハウスの「天皇」だった人。長期間にわたって同一人物がトップに君臨する企業を、人は健全なコーポレートガバナンスが働いていない会社と思うだろう。そんな会社のトップにいた張本人が勉強会で熱心に耳を傾け、挨拶で「私は若杉先生の弟子になってコーポレートガバナンスを勉強したい」などと言っているのである。誰もが不思議に思うだろう。

和田氏は2018年に会長から相談役に退いたが、これは勇退ではなく、事実上の解任だった。さまざまなメディアがその経緯を書いているが、改めて簡単におさらいしておく。

■約55億円を騙し取られた「地面師詐欺事件」

2017年、東京・西五反田にある土地の取引を巡って、積水ハウスは地面師と呼ばれる連中の詐欺に遭い、約55億円を騙し取られた。

問題の土地は海老澤佐妃子という人が所有するもので、その知人と称する人物が土地売買を積水ハウスに持ちかけたことに始まる。積水ハウスはこの知人が経営する会社から転売されるという形で西五反田の土地を買うことにした。そこで海老澤と知人の会社の間で60億円の売買契約が結ばれ、知人の会社と積水ハウスの間で70億円の売買契約が結ばれ、手付金の支払いと所有権の仮登記が完了した。

ところがその後、積水ハウスに土地売却を持ちかけた「海老澤」は偽物だった。会社には本物の海老澤から「真の所有者は自分であり、売買予約をしたり、仮登記を行ったりしたことはないので、仮登記の抹消を要求する」という内容証明郵便が複数届いた。

他にもリスク情報が寄せられたため、弁護士などは、「会社に現れた海老澤が本人なのか、海老澤の知人などによる確認が必要」と指摘したものの、これが実行されなかった。さらに積水ハウスは寄せられるリスク情報はブローカー的人物が関与しようとしているものと判断し、残余金の支払いを約2カ月前倒し、2017年6月1日、詐欺師集団に巨額のお金を支払った。6日、法務局より本登記申請が却下され、9日には通知が届いたことで詐欺に気づいた。

■社長をクビにしようとして返り討ちに

これを受けて社外監査役と社外取締役で構成する調査委員会による調査が始まり、2018年1月に報告書がまとまった。そこには一連の取引で当時社長だった阿部俊則氏(現会長)が物件を内覧し、早々に社長決裁をしたことも書かれていたため、1月24日の取締役会で和田氏が当時社長だった阿部俊則氏(現会長)の社長解職動議を提案すると、当事者である阿部氏を除く取締役の賛否は5対5の真っ二つに割れた。

その後、阿部氏が席に戻ったところで取締役会議長交代の緊急動議が出され、これが6対4で可決。新たな議長が出した和田氏解任動議が可決され、和田氏は自らの意志で退く辞任を決めた。

この経緯を見る限り、一連の事件は天皇だった和田氏が巨額詐欺事件に関わっていた阿部氏をクビにしようとしたところ、返り討ちに遭ったというもので、企業によくある会長と社長の暗闘、「主殺し」と思える。

2020年2月14日、その和田氏と積水ハウス取締役で専務執行役員の勝呂文康氏などが2人を含む11人の取締役候補の選任を求める株主提案をした。

2018年1月24日付調査対策委員会報告書によれば、地面師事件では阿部氏のほか当時副社長だった稲垣士郎氏(現副会長)、専務だった内田隆氏(現副社長)、常務だった仲井嘉浩氏(現社長)にも責任があるとされている。その4人が中心となっている現経営陣が不正取引の責任を取らず、調査報告書の開示を拒んでいる。

■和田氏が語ったねらいとは

「今の積水ハウスのガバナンス不全は明らか。体制刷新をするしかない」。和田氏らは株主提案をした後の2月17日に開いた記者会見で、そう主張した。

正直言って違和感がある。先述したが和田氏は社長を10年、会長を10年続けた積水ハウスの絶対君主だった人。おそらく在職中にはコーポレートガバナンスなどそっちのけの経営をしていたに違いない。その人が「今の積水ハウスはガバナンスがなっていない」と叫んでも、それは復権を目指した方便でしかないような気がする。

そこで和田氏本人を直撃、疑問をぶつけてみることにした。

インタビューに応じると言って都内のとある会議室に現れた和田氏は「まだお昼を食べてませんのや」と言い、自分で買ってきたというコンビニ弁当を目の前で広げた。「すまんけれど、食べながらでいいですか?」。そういう和田氏に「こちらこそお忙しいところすみません」などと返しながら単刀直入に聞いた。

――和田さんは積水ハウスの「天皇」として、ご自身の一存で会社を動かしていた。その人がここにきてコーポレートガバナンスは大事だと言っても信じる人は少ないのではないですか。

コンビニ弁当を食べながら聞いていた和田氏は箸を止め、穏やかな顔で少しびっくりするほど率直に話し始めた。

■「会社は誰のものか」を深く考えるようになった

「いま世間でESGって言いますやろ。僕が社長や会長だった時にE(環境)とS(社会)は頑張ったんやけど、G(ガバナンス)は、いま思えばあかんかったかもしらんね。ガバナンスは大事やと口では言っとったけど、本当のところが分かってへんかった。だから(コーポレートガバナンスを専門とする)若杉先生の弟子になろうと思ったんや」

なぜ心変わりしたのか詳しく聞くと、和田氏はこんなことを言い出した。1年ほど前、米国に遊びに行った。そこで知人の紹介で米レーガン政権とその後のパパ・ブッシュ政権で財務長官を務めたニコラス・ブレイディ財務長官の子息であり、米チャート・グループ会長兼CEOのクリストファー・ダグラス・ブレイディ氏に会った。場所はブレイディ氏の自宅であるニュージャージー州の農場だ。

「ブレイディさんはいろいろ話してくれたけれど、中でも印象に残ったのは『海外から日本に投資資金が思うように入ってこない原因の一つは、コーポレートガバナンスが未熟だからです』という話。そう言われて会社は誰のものかということを深く考えるようになった。株式会社は株主から『頼んまっせ』と言われて経営するもんやということがこの歳になって身に染みた。面白いもんやね。仕事漬けだった会長を辞めて頭に余裕ができていた。そこにブレイディさんの話が入ってくるもんやから、ものすごい勢いで吸収したわ」

帰国後、和田氏はこれまた人の紹介で若杉名誉教授と面会し、コーポレートガバナンスに目覚めたのだという。

■「復権を目指しているのでは?」と聞くと……

――コーポレートガバナンスの重要性に気づいたということは分かりました。しかし株主提案でご自身も名前を連ねている。詰まるところ復権を目指しているのではないですか。

「ちゃうちゃう。会長を辞めてから2年がたつけれど、社員や取引先企業から『積水ハウスがどんどんおかしくなっている』という声が寄せられていて、心を痛めとった。そうした時に(和田氏とともに株主提案で取締役候補に名前を連ねている)勝呂くんから『いま立ち上がらないと、会社がおかしなことになる』と言われた。今年の1月やったかな。その勝呂くんが『取締役候補の数が足りないので入ってくれないか』というので、『ええよ』と言っただけ。復権なんてさらさら考えてへんわ。若杉先生の弟子になるつもりやし」

コーポレートガバナンス改革の礎になると言いながら、その実、何もしていない経営者を何人も見てきた立場からすると、和田氏の改心は本当なのだろうかという疑いは消えない。すでに一度経営から身を引いており、固辞する選択肢もあったはずだが「ブレイディさんや若杉先生から教わったことを実践してみようと思って引き受けることにした」と、あくまで組織の浄化が目的だという。そこでこんなことを聞いてみた。

■「『逆襲だ』と言われてもやめない」

――株主提案が多くの賛同を得て和田さんたちが取締役に復帰したら、積水ハウスはコーポレートガバナンス改革を積極的に進めるでしょう。しかし、仮に賛同を得られなかったら和田さんはどうするのですか。それでもコーポレートガバナンス改革の必要性を訴え続け、例えば若杉先生の活動にポケットマネーを出すつもりはありますか?

「当たり前やないですか。僕は取締役に復帰するためにコーポレートガバナンスの重要性を唱えているんやない。今度の株主総会で負けたら『はい知りません』なんてできる訳がない。そんなことをしたらブレイディさんたちに申し訳が立ちませんから」

「もうやめとき。何を言っても『逆襲だ、復讐だ』と言われるだけなんやから」。和田氏は奥さんにそう言われているという。しかし「この戦いはやめられない。この歳になって僕は生まれ変わろうと思っているのやから」。教授の活動に拠出するポケットマネーの具体的な金額については明言しなかったが、かつての絶対君主は、どうやら「コーポレートガバナンス教」の信者になったようである。

(プレジデントオンライン編集部)

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