「35歳以上なら出生前診断を受けるべき」に潜む根本的な間違い

プレジデントオンライン / 2020年3月13日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/flukyfluky

「出生前診断」を希望する妊婦が増えている。産科医の室月淳氏は「晩婚化が進み、出産の高齢化が進んでいる中で『赤ちゃんの不安』を抱く人が目立つようになった。しかし、リスクがどの程度以下であれば安心して分娩できる客観的な基準はない」という——。

※本稿は、室月淳『出生前診断の現場から 専門医が考える「命の選択」』(集英社新書)の一部を再編集したものです。

■「出生前診断」の相談増の背景にあるもの

病院を受診して、医師から「妊娠ですね。おめでとうございます」といわれた瞬間から、これまでずっと望んでいた幸せな妊娠生活が始まります。始まるはずなのですが、しかし実際はうれしさよりも、さまざまな不安がおしよせてくることのほうが多いかもしれません。

つわりをはじめとした体調不良に悩み、流産のリスクに不安になり、きたるべき陣痛や分娩の痛みにおびえ、あるいは仕事や人間関係の調整に苦慮し、出産や育児費用について頭を悩まします。昔から「案ずるより産むが易すし」といわれてきたように、実はこれらのことの多くはやってみればなんとかなるものです。

しかし最近は、こういった不安のなかで「赤ちゃんの心配」とでもいうべきものが目立つようになって、産科医療機関では「出生前診断」の相談が増えてきています。

昔にくらべると、妊娠・分娩の平均年齢がだいぶ上がった現在では、たしかにそのような心配が多くなっているのかもしれません。それでは「赤ちゃんの心配」とは具体的にはどういうことでしょうか? 妊婦さんはいったいなにを「不安」と感じているのでしょうか?

■最も多い動機は「高齢妊娠」の不安

出生前診断を希望されるかたの動機としてもっとも多いのは、高齢妊娠といわれるものです。女性の社会進出が進み、結婚年齢も上がっているためか、高齢での妊娠や分娩自体はいまや特別のことでもめずらしいことでもなくなっています。

しかし高齢妊娠はそれ以下の年齢にくらべていろいろな点でリスクが高いことも事実です。たとえば、生まれてくる子どもの染色体疾患の頻度は、妊婦の年齢とともにゆるやかに上昇していくことはよく知られています。

日ごろから高齢妊娠のリスクについてまわりから聞かされたり、あるいはネット上に書かれていることを読んだりしていると、生まれてくる子どもになにかしら病気があるのではとみなが不安になります。

ところが興味深いことに、実際にどの程度の頻度で染色体疾患の子が生まれてくるのか、自分の年齢では具体的に何パーセントのリスクなのかを知っているかたはあまり多くありません。

ご存じのとおり35歳以上を高齢妊娠とすることが一般的です。35歳における21トリソミー(ダウン症候群)の頻度というのは、おおざっぱにいって300人に1人くらいといわれています。300分の1という数字にどういった印象を受けるでしょうか?

20代での1000人に1人にくらべるとずっと高いようにも思えるし、また300回妊娠したなかで1人しか生まれてこないと考えるとまず大丈夫のような気もする、といった微妙な数字かもしれません。個人個人でそのとらえかたはだいぶ変わってきそうです。

■年齢別リスクを正しく理解するために

いま35歳におけるダウン症候群の児の出生頻度を300分の1と述べましたが、実はこの数字には注意が必要です。インターネットなどで調べるといろいろな数字が出てきます。高いものでは250分の1、低いものでは450分の1という頻度が出てきて、倍近くも違うので一般の人はしばしば混乱します。

これほどの差が出てくるのは、妊娠中のダウン症候群の胎児の流死産率が高く、妊娠のどの時期か、あるいは出産時かによって、その頻度が大きく変わってくるためです。

胎児の染色体の病気というのは実はめずらしいものではありません。受精したときには受精卵の10~20パーセントの割合で存在していて、その多くはその後の妊娠の進行とともに流産したり死産となったりします。

ダウン症候群の子どもは一般に800~1000人に1人の割合で生まれ、この数字は人種や子どもの性別にかかわらずほぼ一定ですが、やはり受精した当初はこれよりもくらべものにならないほど高い割合で存在するといわれていて、その後の妊娠の経過でそのなかの80パーセント以上が流死産で失われるといわれています。

受精時には存在したダウン症候群の胎児のなかで、妊娠の10カ月間をとおして順調に発育し、臨月(妊娠満期)で生まれてくることのできた20パーセント近くの子どもは、ダウン症候群のなかでもとくに選ばれた強い生命力をもっているといえるのかもしれません。

ですからダウン症候群の子どもといっても、妊娠16週くらいにおこなわれる羊水検査であきらかになる頻度にくらべると、妊娠満期まで生存して生まれてくる頻度は30パーセントくらい低くなります。

■染色体疾患の子の妊娠リスク

絨毛(じゅうもう)生検がおこなわれる妊娠10~11週、羊水検査がおこなわれる妊娠16週、赤ちゃんが生まれる妊娠10カ月の臨月のそれぞれの時期における、ダウン症候群の年齢別頻度を表にまとめました(表1)。

母体年齢と21トリソミー(ダウン症候群)の 出生時および胎児期の頻度

このときの母体年齢とは分娩予定日の時点での年齢を意味しています。これらの数字は遺伝学の有名な教科書(※)などを参考にしたものです。

筆者註:R.J.Gardner, G.R.Sutherland and L.G.Shaffer, ed. "Chromosome abnormalities and genetic counseling" 4th ed, Oxford University Press, New York, 2012

この表を見ると、たとえば妊婦が35歳のとき、ダウン症候群の子どもの頻度は妊娠10週で190分の1、妊娠16週で250分の1、分娩時では340分の1となっていて、妊娠週数が進むにつれて頻度が下がっています。すなわち妊娠10週から妊娠満期にいたるまでに、半数近くのダウン症候群の子どもが流産や死産などによって亡くなっていることがわかります。

母体妊娠年齢のリスクを考えるときは、それがどの時点での数字であるかに注意することが大切です。35歳の妊婦さんが、190分の1(妊娠10週での頻度)と説明されるのと340分の1(出産時での頻度)と説明されるのでは、感じとられる印象がだいぶ変わるかもしれません。出生前診断ではいろいろな説明のしかたがありますが、ふつうは羊水検査をおこなう妊娠16週でのリスクで説明されることが多いようです。

■ダウン症候群のリスクはごく一部

確率の考えかたというのは中学や高校の数学で勉強しますが、慣れないとなかなかピンとこないものです。たとえば250分の1の頻度であるとき、人によっては0.4パーセントといわれたほうがわかりやすかったり、1000人に4人としたほうがわかりやすかったりします。

場合によっては、250人のうち249人はあたらないといわれるほうが実感しやすいかもしれません。確率のもつ意味を理解するためには、いろいろな理解しやすい表現に直して考えてみるのがいいでしょう。出生前診断の説明や遺伝カウンセリングを受けているときは誰でも最初は緊張しますので、紙に書いて説明してもらうのもいいと思います。

年齢のリスクを考えるときにもうひとつ注意しなければならないことがあります。生まれた赤ちゃんがもつ先天的な病気というのは、当然のことですが、染色体の病気だけではないことです。

たとえば生まれつきの心臓の病気というのは、生まれてくる子どもの100人に1人くらいにあります。こういった内臓の疾患だけでなく、手足や指の問題や代謝や免疫といった機能障害、発達の遅れなどといった先天的な病気をすべてあわせると、赤ちゃんの3~4パーセントくらいになんらかの病気があるといわれています。

ダウン症候群のリスクはそのなかのごく一部ということになるでしょう。出生前に胎児染色体の検査を受けて正常という結果だとしても、「安心」できるのは数字的にはその一部にすぎないというわけです。

■出生前診断を考えるべき年齢に正しい答えはない

もちろん何歳以上であれば出生前診断を考慮すべきかということに正しい答えはありません。どんなに年齢が高くても必要ないと考えればまさにそのとおりですし、実際にそのように考えている妊婦さんも少なくありません。

室月淳『出生前診断の現場から 専門医が考える「命の選択」』(集英社新書)
室月淳『出生前診断の現場から 専門医が考える「命の選択」』(集英社新書)

先の表であげた確率をどうとらえるかはむずかしい問題であり、どの程度以上のリスクであれば心配であり、どの程度以下であれば安心して分娩を迎えられるかという客観的な基準はもちろんありません。出生前診断は自分自身でよく考えて決めなければならないことです。

100分の1(39歳の人のリスクくらい)という数字を聞いてとても高いと不安になる人もいれば、100回に1回程度ならば大丈夫だろうと安心する人もいます。高齢を理由に検査を希望してくる人は、何分の1といった頻度を具体的に意識して不安を抱いているわけではかならずしもないようです。

35歳以上は高齢妊娠と呼ばれ染色体検査を受けることが勧められているということを、ふだんからメディアの報道などによってなんとなく刷り込まれていたり、家族や友人から直接いわれていたりすることが多いようです。そのあたりはじゅうぶんに自覚すべきことでしょう。

■「何歳以上ならば出生前診断を受けるべき」には要注意

そもそも「何歳以上ならば出生前診断を受けるべき」などといわれたときはかなり注意する必要があります。もしそれがマタニティ雑誌の特集記事であったり、インターネットのブログであったりするときは、出生前診断の広告の一種であることもよくあります。

出生前診断が商業主義に結びつくとき、妊婦さんが感じている不安や心配につけこんで高額な出生前診断を勧めるクリニックが現れて、医療がいわゆる「不安産業」と化します。そうではなく逆に国や自治体がそういうことを言い出しはじめると、社会が優生思想に傾いている徴候を示していることになり、さらに危険なことといえるかもしれません。

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室月 淳(むろつき・じゅん)
宮城県立こども病院産科科長
1960年岩手県生まれ。東北大学医学部卒業後に東北大学産婦人科に入局。カナダ・ウェスタンオンタリオ大学ローソン研究所に3年間留学し、国立仙台医療センター産婦人科医長、岩手医科大学産婦人科講師などを経て、現職。東北大学大学院医学系研究科先進成育医学講座胎児医学分野教授を併任。

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(宮城県立こども病院産科科長 室月 淳)

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