なぜ台湾の新型コロナ対策は、こんなに早くてスムーズなのか
プレジデントオンライン / 2020年3月13日 11時15分
■「日常風景」の一部になった防疫体制
中国・韓国からの入国制限の強化、全国の学校への休校要請など、ようやく新型コロナウイルス感染症への本格的なアクションを取り始めた日本政府。一方、台湾の政府当局は日本よりほぼ1カ月先行して、数々の強力な防疫対策を実施してきた。
日々の生活の中で、市民が不便や不自由を強いられる場面も少なくない。筆者の台北事務所のある建物を含め、ビルやレストランの入口で警備員に体温チェックされるのは当たり前だ。工事現場でも現場に立ち入る作業員全員に、検温と手指のアルコール消毒を励行させている。企業や工場などでは、入り口の検温で37.5度以上あればその場で出社禁止になるし、病院でもマスクを着用しない人は建物への立ち入りを拒まれる。
だが、2月28日に台湾で行われた民意調査では、国民の77%が感染拡大に不安を覚えると答えながら、82%が蔡英文政権の防疫政策には満足していると答えている。その理由はどこにあるのだろうか。
■早々に全学校の始業を延期
まずは日本でも行われている、学校の休校措置を見てみよう。日本政府が全国の小中学校および高等学校に、臨時休校を要請したのは2月27日。国民から見れば突然の発表だった。
一方の台湾では、開校の9日前の2月2日に中央感染症指揮センター(中央流行疫情指揮中心)が、同11日に予定されていた春節休み開けの学校始業日を2週間延期すると発表した。発表の数日前から、日本の国会にあたる立法院では始業延期に伴うトラブルについて多くの議論が行われ、その内容は一般に公開されていた。
同日の発表では、始業延期期間中の「防疫世話休暇(防疫照顧休暇)」を認めることも加えられていた。対象は12歳までの子どもの父母、養父母、祖父祖母など、通常子供の世話をしている人だ。ただし、賃金の補償については明言されなかった。台湾ではよくある「先決め・後補償」で、まず大事な方向性を決めて即時対応してから、補償などについてはゆっくり決めるという方法論だ。台湾人も慣れたもので、ガタガタ騒がない。
■安全対策をすべて整えての学校再開
そして日本政府が休校を要請する2日前の2月25日、台湾の学校は予定通り開校した。開校日までの間に、台湾政府、衛生福利部、教育部、各自治体、教育機関は連携して必要な対策を策定し、実行した。その内容がまた見事だ。具体的には、以下のような内容である。
額検温で37.5度以上、耳内検温で38度以上あった場合は出席停止。症状によっては即時病院へ。発熱や症状の疑いのある生徒は、休んでも欠席扱いにはならない。
2.教職員は、発熱や呼吸困難など何らかの症状が校内で出た場合、すぐにマスクをし、帰宅まで個室待機
3.645万枚のマスクを、全教育機関に予備用として配布済み
(全国の教職員・生徒・学生に対し1人1枚に相当)
台湾ではすでに国民全員に平等にマスクを有料配給する仕組みができており、十分な量とは言えないが、マスクを持っていない生徒は原則としていない。
4.アルコール消毒液8.4万トンが、教育機関に配布済み
校門、教室、トイレなどあらゆる所に設置されている。
5.額にかざす非接触式体温計2.5万個を全学校・教育機関に配布済み
6.2月23日までに学校の完全消毒完了
休校中に教職員が総出で、教室内の机や椅子、廊下などの全面消毒を実施。
7.開校中は教室の窓を開け、換気を十分に行う
8.感染者に接触したと思われる場合は、14日間自宅待機とする
9.大型の学校行事や入れ替え授業(複数クラスの交流など)は中止
10.感染者が1人出た場合は学級閉鎖、2人出た場合は学校閉鎖。
11.学校に医師を派遣し、感染予防指導や見回りを行う。
始業式前の2週間で、これらの安全対策をすべて整えての開校となった(なお、休校中、学級閉鎖中、自宅待機中の、eラーニングなどインターネットによる学習環境はすでに整っている)。筆者も当日、台北市内で小中学校や高等学校の登校風景を取材したが、各学校の校門には警察が動員され、教職員や保護者が生徒を手際よく誘導しており、大きな混乱は見られなかった。
■1月30日には始動していた台湾の経済対策
新型コロナウイルスの感染拡大や予防措置に伴う経済的ダメージに対しても、台湾当局は日本より1カ月以上早くから手を打っている。日本では3月3日にようやく、2700億円の予備費を新型コロナウイルスの緊急対応策に使う方針が打ち出され(用途等はその時点では未定)、3月12日には「4月に緊急経済対策を打つことを検討」というニュースが流れた。だが、台湾の蔡英文総統は早くも1月30日に、経済への影響を緩和するための「八大措置」を打ち出し、各省庁に特別予算案の作成を指示している。
八大措置の内容は、以下のとおりである。(1)特別予算の編成(2)株式為替市場の安定(3)公共投資の加速と民間投資の促進案(4)百貨店や商店への支援策(5)運輸、観光、レジャー産業への支援策(6)中国人旅行客減少による損失の補填(ほてん)(7)生産ラインの整備、サプライチェーンの調整、台湾国内での受注振替などの企業支援(8)企業の生産活動と予防措置への支援
蔡英文総統のこの指示を受け、蘇建栄財務部長(日本の財務相に相当)は同日、株式市場安定のために「国家金融安定基金」から2000億台湾ドル(約7100億円)を支出し、相場を下支えする準備があると発表。蘇貞昌行政院長(首相に相当)の指示で、各省庁は新型コロナウイルスによる被害の算定、有効な措置、そのための予算案の準備に取り掛かっている。日本の国会にあたる立法院でも関連法案成立の準備が行われ、2月25日には19条からなる「厳重特殊伝染性肺炎予防治療および復興救助特別条例」が制定・公布された。
■コンサート等への特別補助も
25日の法案成立を経て、27日には「中央政府厳重特殊伝染性肺炎予防治療および復興救助特別予算案600億元(約2150億円)」が閣議決定され、立法院(国会)に送られた。そのうち、予防・治療関連(病院の隔離処置費用、集中検疫場所の設置費用、防疫補償金、物資購入など)の予算は196億元(約700億円)で、残りの404億元(約1450億円)は経済復興予算として計上されている。
経済復興予算の内訳は、中小企業向け135億元(約483億円)、製造業向け25.8億元(約92億円)、農漁業向け34.9億元(約125億円)、観光旅行宿泊業向け73億元(約261億円)、運輸業向け86.9億元(約311億円)、内需型産業支援(レストラン、小売、商業地区、市場、夜市など)向け39.5億元(約141億円)、芸能文化産業向け8億元。特に文化部(文化省に相当)が、省内予算7億元を追加した15億元(約54億円)で、コンサートや芸術活動の特別補助政策を打ち立てていくとしているのが興味深い。
■行政サービスの質と満足度が与党の得票率に直結
なぜここまで素早く動けるのか、筆者は台湾の政府関係者に聞いたところ、ひと言「政府の打ち出す政策と行政サービスの質が、そのまま選挙に響くから」というのが、彼の答えだった。
台湾は選挙の投票率が日本に比べ極めて高い(1月の総統選挙の投票率は74.9%)。このため一部の業界や団体・組織に便宜を図っているだけでは当選できない。中央政府や地方政府が提供する行政サービスの質と満足度が、そのまま得票率につながるのだ。したがって、市民の不満の声をすぐに反映させ、全員に平等で満足のいくサービスを提供することが、政権与党の最大の課題かつ役割となっている。
そうした相互の関係があるから、当局も感染拡大を防ぐために思い切った政策を次々と打ち出せるし、市民もそれに協力する。多少の不便や不具合についても、「国民を守るため」という目的が共有されているから、文句を言う人はあまり出ない。
■クルーズ船からの帰国チャーター便の「紙おむつ」対応
横浜港に停泊していたクルーズ船、ダイヤモンド・プリンセス号の台湾人乗客が、チャーター機で帰台したときの対応も徹底していた。台湾から派遣された医師1名を含む一行20名は、台湾の保険当局の指示により、羽田空港で防護服とマスクと特製のフェースガード、さらに大人用の紙おむつを装着させられた。フライト中の感染防止のため、トイレを含む機内での移動を制限するための措置だった。
食事や飲み物のサービスもない4時間のフライトの後は、1人1台の救急車で隔離施設に運ばれ、そこで14日間の隔離処置を受けた。全員が下船前の検査で陰性と判定されていたにもかかわらず、これだけの厳重な対応である。台湾当局の新型コロナウイルスへの警戒感と国民を絶対に守るという覚悟がにじみ出ている。国民を守る姿勢に、「過剰」や「やりすぎ」はない。台湾政府の強さと信念を感じる。
■「国民を守れる国」とはどういうことか
日本政府は同じ状況で、果たして乗客に「紙おむつ」を履かせることができるだろうか。武漢からチャーター便で帰国した邦人のうち2名は、検疫検査を拒否して帰宅したと報じられている。市民を混乱させるデマや嘘は今も横行しているし、マスクやトイレットペーパーの高値転売も1カ月以上野放しだった。わがままな人、ずるい人、嘘をつき人をだます人が得をして、善良無垢な国民が苦しむ社会を放置して良いのだろうか。
台湾は日本よりも小さく、国際社会では国家として認められていない。しかし、間違いなく「強い政府、機能する行政、国民を守れる国」が台湾にはある。一方の日本はどうか。遺憾ながら「弱い政府、機能しない省庁行政、一丸となれない政治家の管理する国」としか表現できない。そう思うのは小生だけだろうか。
その犠牲になり、我慢を強いられるのは国民なのである。今こそ「その原因は何なのか」を、国民一丸となって真剣かつ冷静に考え、見直す時期なのではないだろうか。
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アジア市場開発・富吉国際企業顧問有限公司 代表
1967年、東京都生まれ。国立台湾大学卒業、経営学士、日台交流・国際経営アドバイザー。92年香港でアジア市場開発設立。台湾経済部政府系シンクタンク 顧問、台湾講談社メディアGM 総経理などを経て、現在は日本・台湾で企業顧問、相談指導のほか、「台湾から日本の在り方を考える」「日本人としての生き方」などのツアー・講演活動を展開。
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(アジア市場開発・富吉国際企業顧問有限公司 代表 藤 重太)
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