「農家→薬剤師」40歳から人生をやり直せるフィンランドのすごい仕組み
プレジデントオンライン / 2020年3月16日 9時15分
※本稿は、堀内都喜子『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』(ポプラ新書)の一部を再編集したものです。
■フィンランドでITスタートアップが増えているワケ
フィンランドには大切な強みがある。それは、専門性や高度なスキルを持った人材とそれを支える教育や研修だ。
例えば、フィンランドで今、IT技術を利用したスタートアップが増えているのは、専門知識を持った優秀なエンジニアが数多くいるからで、彼らが大学や企業で培った知識と経験がスタートアップに活かされている。
フィンランドではもともと卒業してすぐに職場で即戦力として働けるよう、職業高校や専門職大学に進む人も多い。看護や社会福祉関連の職業、電子制御、プログラミング、設計、エンジニアリング、機械のオペレーター、料理や美容などのサービス業など、学べる職業の幅は非常に広い。こういった専門職大学は総合大学と違って、みっちりと授業があり、現場での実習に多くの時間が割かれている。
私も以前、職業専門学校に招かれたことがある。家政の学校では、一緒に日本の家庭料理を作ったり日本の文化について話したりした。学生たちは料理や清掃、介護などの仕事を将来の視野に入れて学んでいたが、すぐに就職というよりは、何の仕事をしたいのかわからないので、ここで学びながら先を考えている学生が多かった。その後、調理、経営、介護や保育といったより高度な専門職大学を選びそれぞれの道に進んでいくらしい。
■大学の授業料は無料、多くが修士へ
美容の学校では、美容師やメイクアップアーティストを目指す友人たちに依頼され、学校でモデルを務めた経験がある。アジア人の顔のつくりや、肌の色、髪質はフィンランドでは珍しいので、いつもと違っていい練習になるそうだ。
「うわ、髪が太いのね」とか、一重のまぶたを見て「アイシャドウをどこにのせればいいのかしら」などと言われながら、ものすごく時間をかけてカットやメイクが行われた。結果はとても満足のいくものではなかったが、今では笑い話として思い出に残っている。
他にも英語で学ぶ国際経営の専門職大学コースで日本について語ったこともある。ここを卒業すると経営学の学士が取得できるが、仕事をしながらさらに上の修士を目指して総合大学に編入する人もいる。
総合大学に行く場合は、授業料が無料で、住居費や生活費も支援されることもあり多くが修士取得まで勉強を続ける。教師や弁護士、建築士などは医師と同じく大学のその学部に入った時点で将来がある程度決まる。さらに役者を目指す人は、狭き門である演劇学科のある大学に、報道を目指す場合はジャーナリズムの学科のある大学にと、総合大学でも学部と仕事が直結しているものもある。
しかし、経済学部、商学部、工学、化学、情報、などは専門職大学ほど仕事にリンクはしていないし、中身も細かくない。なんとなく将来役立ちそうだから経済学部に、と明確な目標がないまま学んでいる人もいる。それでも授業自体は少人数で、より実践ベース、ワークショップやプロジェクトワークもする。
■社会人向けの講座が充実
私がコミュニケーション学部で勉強した時も、大学に新しくできた施設を紹介する冊子や、広報誌を授業で作成した。修士論文も、企業や団体の依頼を受けて執筆するものが多い。また、夏休みに仕事をしたり、半年の長期研修に参加したりする学生も多いので、仕事と勉強の間に完全な線がひかれているわけではなく、それぞれがリンクし合っている感じだ。
また、大学、職業学校、専門職大学、さらには地域の学習センターなども社会人向けの短期から長期の安価な講座を多く用意し、仕事や資格を得た後でも、さらに専門性を高めたり、新たな資格をとったりすることができる。転職や昇進に役立てるために勉強する人も多い。
例えば、保健師であれば、簡単な処方箋が書けるような資格や、精神的な病気を抱えている患者への対応などを学んで専門性を身につけることで、仕事の幅が広がる。専門職大学で講師を務めることになった友人は、「人に何かを教える」には教育学の知識も必要だとして、自分の専門分野とは別に教育学や教師養成の勉強をした。
■40歳を過ぎて高校から通い直した女性も…
このように必要に応じてその時その時に新たなスキルを学んで積み重ねたり、継続した学びをしている人はフィンランドに非常に多い。私の周りにも、50歳近くになって、全く違う分野から手に職をつけたいと保健師になった友人もいる。子育ての経験もあるし、健康分野は自分の関心が高い分野なので、活かせると思ったようだ。
農業に見切りをつけて、40歳を過ぎて高校から通い直した別の友人は、自分の子どもと同じ時に高校を卒業。その後大学に進み、薬剤師になって薬局で働いている。彼女は、転職を決めた時にあっけらかんと、「まだあと20年以上は働けるから」と明るく語っていた。薬剤師になった後も、オンライン講座や専門家向けの研修に参加して医療や薬の知識をアップデートしたり、対人スキルを磨いたりしている。
彼女のご主人は、農家を辞めた後に、森林ビジネスの勉強を40歳を過ぎてからして、友人たちと会社をおこした。シングルマザーで再婚、離婚をする10数年の間に、勉強を続けて保育士から看護師、心理士の資格をとり、45歳を過ぎた今、性科学を学んで青少年向けのカウンセラーになった友人もいる。
マーケティング一本でやってきている大学時代の同級生は、ご主人と二人の子どもを育てながら、時々大学で様々なブラッシュアップ講座を受講して、自分の能力を高めている。大学時代、隣人だった男性は、機械エンジニアとしてエンジニアリング会社で働いていたが、不況のあおりで失業。その後、より高度な機械設計の勉強をして再就職をはたした。
■二人に一人は、転職の際に新たな専門や学位を得ている
フィンランドの学びには終わりがないが、それは再チャレンジの可能性に溢れていることも意味している。年齢や性別に関係なく、自分を高めていくことができるし、やり直しもできる。この点は、わたしがフィンランドで一番感動したことの一つである。再就職や転職において、年齢が全く不利にならないとは言えないようだが、教育がそれをある程度カバーしてくれ、公平にきちんと評価してくれる土壌がある。
Sitra(フィンランド・イノベーション基金)が行った雇用調査2017によると、就労年齢人口の10人のうち6人は、これまでのキャリアの中で他の職場もしくは、全く違う分野に転職している。そのうち二人に一人が転職に際し、新しい専門性や学位を取得しているそうだ。学びには価値があり、新たな資格を与え、学び直しがより有意義な仕事に移ることを可能としている。
■三人に二人は失業を経験
一方で、回答者の約三人に二人は、キャリアのどこかで失業を経験しているという。フィンランドの2019年10月現在の失業率は約6パーセント。不況や業績不振になると、あっけなく社員をレイオフ(一時的な解雇)する。減給や痛み分けでみんなで乗り切ろうというよりは、とりあえずスタッフをレイオフして乗り切るのだ。
そして業績が回復すると、信じられないほど簡単にレイオフした人たちを再雇用する。一時的ではなく、完全に解雇もしくは自主退職を促す場合も、もちろん再就職や学び直しを支援したり、一定期間の給料は保障したりするなどの措置はある。
「合理化、合理化で人員削減の機会は多いけれど、ハリウッド映画のように解雇を一方的に告げられて、箱に荷物をまとめて泣きながら会社を出るなんてことはないから、ましかもしれない。従業員の権利は守られているのが、まだ救いだし、フィンランドのいいところかな」と友人は言う。
■学びはピンチを乗り切る最大の切り札
同調査によると、失業経験を持つ人の多くは失業期間が半年未満だったが、2年以上続いた人も4分の1いたという。失業が日本よりも身近なフィンランドでは、そのピンチを乗り切る最大の切り札として、学びがある。
ちなみに、雇用経済省が2018年に行った調査では、この1年の間に研修や勉強をしたという労働者数が、以前より増えている。日本にもあるように、雇用主が仕事関連のスキルや知識を高めるために提供するトレーニングや、一般的なソーシャルスキル、ウェルビーイング、安全衛生、ITスキルなどといった研修はフィンランドでも人気だ。雇用主が社員の研修や能力開発に力を入れることは、本人や企業にとってもメリットがあるが、社員のモチベーション向上や早期退職の防止になり、定年以降も、より長く継続して働く効果もあるそうだ。
それに加え自主学習、仲間や同僚たちと学び合うピア・ラーニング、実習など、学びの形は様々だ。フィンランド統計局によると、民間企業では仕事に関する自習、遠隔・eラーニングがより一般的になっていて、従業員の38パーセントが将来の転職を見据えて勉強しているという。よりステップアップや自分の新たな可能性のために、受け身ではなく能動的に学びに取り組む様子がうかがえる。
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ライター
長野県生まれ。フィンランド・ユヴァスキュラ大学大学院で修士号を取得。フィンランド系企業を経て、現在はフィンランド大使館で広報の仕事に携わる。著書に『フィンランド 豊かさのメソッド』(集英社新書)など。
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(ライター 堀内 都喜子)
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