小学生に「アイアムバナナ」と言わせる英語授業のダメダメさ
プレジデントオンライン / 2020年3月24日 11時15分
※本稿は、鳥飼玖美子・齋藤孝『英語コンプレックス粉砕宣言』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■「ペラペラ幻想」が生み出した小学校の英語教育
【鳥飼】公立小学校でも現行の学習指導要領では英語が必修になっていて、5~6年生を対象にした「外国語(英語)活動」で、歌やゲームなどで遊びながら英語に親しむことになっています。「英語に親しむ」のが目的でしたから、文字は教えない、中学英語の前倒しはしないという建前でした。
ところが2020年度からは、5・6年生の英語は教科になり、検定教科書を使って勉強し、成績もつきます。これまでの「外国語(英語)活動」は、3・4年生におりますが、1年生から英語を始める小学校もあります。新学習指導要領では、小学校の4年間で、600から700語の英単語を習得することになっています。
本書の一章では「日本人には根強いペラペラ願望がある」という話をしていますが、小学校の英語教育も根っこは同じで、「早くからやればペラペラ話せるようになる幻想」が生み出した教育政策だと考えています。
【齋藤】今の大学生は、小学生時代に「外国語(英語)活動」を経験しています。彼らに「どうだった?」と尋ねると、8割方は「あまり意味がなかった」と。そういう哀しい評価です。ALT(Assistant Language Teacher /外国語指導助手)と呼ばれるネイティブ・スピーカーの先生が授業をするわけですが、楽しいのは英語ができる子だけ。ほとんどの子は特にやることもなく、ただラクな授業だったという印象しか残っていないようです。
■「私はバナナです」と言ってどうするのか
【鳥飼】たとえば「フルーツ・バスケット」という定番のゲームがありますが、「アイ・アム・バナナ」と言わせている授業を見たことがあります。不定冠詞の「a」が抜けているのはともかくとして、発音も日本語の「バナナ」のままでしたし、そもそも「私はバナナです」なんて表現を覚えてどうするんですか(笑)。
小学校の英語指導は学級担任が中心ですから、先生が完全な日本語で「アイ・アム・バナナ」「アイ・アム・アップル」などとお手本を示して生徒がそれを繰り返すことがある。こういうゲームが楽しそうな子どももいるけれど、後から発音や文法を学び直すことになってしまう。
それで教科にしようとなったのでしょうが、文法は教えないことになっているんです。ところが検定教科書を見たら、過去形もあるし疑問文もある。命令文もあれば、助動詞を使っての丁寧表現まで登場します。これを小学生にどう教えるんでしょう。
【齋藤】文法を教えると嫌いになるおそれがあるからダメ、ということですか? しかし文法というのは、実は外国語を理解するための早道です。基本的な文法構造を分かっていたほうが、早く話せるようになる。それを教えてはいけないというのは、両手を縛るような感じですね。
■文法なしの外国語教育は、ルールなしのスポーツと同じ
【鳥飼】文法の説明を小学生にしても英語を話せるようにならないし、英語嫌いになってしまうということなのでしょうが、基本的な文法を教えないと、かえって分かりにくいことがあります。疑問文になると語順が変わることを、どう説明するのだろうかと思いますが、説明しないで覚えさせるのでしょうね。でも、文法を教えずに外国語を教えるというのは、ルールを教えないでスポーツをやるようなものでしょう。文法というのは、言語の基本ルールですから、それを知らないと、応用がきかない。
【齋藤】何もルールが分からないまま「とにかく慣れろ」と言われても、子どもたちだって困るでしょう(笑)。
【鳥飼】ちなみに学習指導要領によれば、小学校で英語の授業をする目標は「外国語によるコミュニケーションにおける見方、考え方を働かせ、(中略)コミュニケーションを図る基礎となる資質・能力を(中略)育成することを目指す」となっています。よく分かりませんね。
【齋藤】もう日本語としておかしい。「見方、考え方を働かせ」という表現はないですよね。意味が分からない。
【鳥飼】先日も、とても一生懸命で真面目な小学校の先生が、学習指導要領を何度も読んで、それでもよく分からないと、悩んでいました。
■「ネイティブ・スピーカーが教えればいい」は違う
【鳥飼】最大の問題は、基礎的な音の出し方をどう教えるか、です。ここを外すと英語にならない、という音があります。それを小学生のうちから学んでおけば、メリットはとても大きい。ところが、そういう指導のできる教員がほとんどいないのが現状です。いかに教員を養成できるかがカギですね。
【齋藤】ネイティブ・スピーカーが教えても、発音できるとはかぎらないですよね。
【鳥飼】ネイティブ・スピーカーはダメ。母語だと、意識しないで話しているし発音もできるので、できない人にうまく説明できません。「その発音、違うよ」と注意はできるし、「こういう音にするんだ」とお手本をやってみせることはできるけれど、なぜネイティブ・スピーカーのような音が出せないのか分からないので、具体的に「唇を横に広げて」とか「舌を口の中で丸めて」とか指南できないんですよ。
留学時代に、発音が間違っていたら教えてと頼んだので、ホストファミリーが全員で、didn’t の[d] と[n] のつながりを私に教えようとしたことがあったんですけど、うまく説明できないんです。こちらは何が悪いのかさっぱり分からない。で、彼らは見本をやって見せてから、ひたすら何度も私に言わせてみて、「違うな」「なんか違う」などと首をかしげるんです。最後に「それだ! それでいい!」となった時には、全員が疲労困憊でした。
■なぜ教職課程で「音声学」を必修にしないのか
【齋藤】たとえば今は電子黒板もあるので、口の形を示しながら発音を教えるような教材があってもいいですよね。これなら、たとえ発音の下手な先生でも、「繰り返して」と指示を出すだけで済みます。
【鳥飼】口の形を画像や映像で見せても、それだけでは難しいかもしれません。口の中での舌の位置や動きまでは分からない。昔、発音講座のビデオを見たことがありましたけど、口のアップが延々と映っていて気持ち悪いだけで、結局、肝心の口の中で舌がどうなっているかは分かりませんでした。
発音の指導で決定的に重要なのは、音声学の知見だと思います。音声学の専門家の指導を見たことがありますが、歯医者さんにある歯型のオバケのようなものを使って、獅子舞みたいに開けたり閉めたりしながら、「口をこう開いて舌は顎のここにつけて、すぐに離す」などと丁寧に教える。そのとおりにやってみると、英語の音が出るようになるんです。
だから、なぜ教職課程で音声学を必修にしないのかと思いますね。先生が発音に苦手意識を持っているし、教えられないから、生徒も発音できないんですよ。
【齋藤】「ペラペラ・コンプレックス」の裏返しで、発音に自信を持つことができれば人前で英語を話す勇気が出てきますね。日本人がうまく話せないのは、発音が悪くて通じないのではないかという怯えがあるから。それで声が小さくなってますます通じない、という悪循環に陥る。
【鳥飼】相手に“What ? ”とか聞き返されると、ますますね。
■帰国子女は「発音がいい」から憧れられる
【齋藤】一方、英語は世界的な言語なので、それぞれの国の訛りがあってもいいという考え方もありますよね。
【鳥飼】そうなんです。だから日本人も日本語訛りの英語で構わないということを、以前『国際共通語としての英語』(講談社現代新書)という本で書きました。とはいえ、ハチャメチャ英語でも困るんですよね。使うときに母語の影響を受けるのは仕方ないのですが、これを守らないと英語にならないという基本的な音とリズムはきちんと学んだほうがいい。
しかし、発音にコンプレックスがあるというのはおっしゃるとおりかもしれない。だから、ネイティブ・スピーカーに憧れるし、帰国子女にはかなわないと思ったりするのでしょう。話の中身に憧れるのではなさそうです。
【齋藤】帰国子女が一目置かれるのは、ひとえに発音がいいからでしょう。話の内容まで言及する人はいません。実際、大したことは言っていなかったりする人もいる(笑)。
【鳥飼】アメリカに語学研修で行った学生が、「いいなあ、アメリカ人は英語がペラペラで。アメリカ人になりたい」なんて言ったりします。だから、発音に特化して対応してあげたほうがいいかな、とは考えていたところです。
【齋藤】そもそも日本人は、発音の練習を徹底的にはしてこなかったですよね。
【鳥飼】そういえば、そうですね。だから、まずは先生が自信を持って教えられるように、教職課程で音声学や音韻学を学ぶことは役に立つと思います。
■英語の歌で、発音とリズムが身につく
【齋藤】私の知り合いのジャズシンガーに、女性を集めて英語の歌のレッスンをしている方がいます。彼女によると、たとえば“everything” だったら「エ」「ヴ」「リ」とゆっくり一音ずつ言葉を移すように教えると、皆の発音がすごくよくなるそうです。
【鳥飼】歌はいいですよね。そういえば、ある外国人の英語教員が言っていました。日本人はこれだけカラオケが好きなんだから、もっと英語の曲をカラオケで歌えばいいじゃないか、と。たしかに英語は一つ一つの音というより、強弱が命です。英語の強弱は音符と連動しているので、歌うことで英語の発音とリズムが身につくと思うんです。
【齋藤】カラオケはいいですよね。私は英語の教職課程の授業で、毎週一人ずつ前に出て歌ってもらっています。「君たちはもちろん、カラオケでは英語の歌しか歌わないよね」「生徒の前で恥ずかしがらずに歌えてこそ英語教師だ」などと焚きつけて。
【鳥飼】それはいいですね。そんな授業を実践されているとはビックリ。
■教職課程の授業で「フレディ・マーキュリー」になりきった
【齋藤】「まず隗(かい)より始めよ」で、私が最初にフレディ・マーキュリーになり切って“I was born to love you……” と歌ったんです。別に発音はうまくないですが、度胸だけはあるので(笑)。
そうすると、最初はビビっていた学生たちも、もう逃げられないと観念すると突き抜けて歌うようになる(笑)。人前で歌う以上、原曲を聞いて一生懸命に練習するので発音のトレーニングになるし、度胸もつきます。
【鳥飼】いいですねえ。齋藤孝さんがフレディ・マーキュリーを熱唱するというだけでも、すごい。その教職課程の授業をぜひ参観させていただきたいです。
【齋藤】今の学生はわりと音感がいいので、歌はうまいんです。しかも英語もそれなりに勉強している。だから英語の曲を歌うと、発音がいっそう際立ってくる。急に英語がうまくなったように感じるんですよ。最近ではラップをやる学生も出てきて、それがすごく速くてうまかったりする。
その意味で、カラオケは英語教師を目指す人のみならず、英語の発音に自信を持ちたい人にとって最高のツールだと思いますね。
【鳥飼】たしかに最高ですよね。英語で話せと言われても、一人ではなかなかできません。でも歌なら楽しいじゃないですか。
【齋藤】そうなんです。すべての日本人は英語の持ち歌を最低一曲は持っていただきたい。外国人と話していて言葉に詰まったら、“I was born to love you……” と歌えばいいんです。
いつも「荒城の月」では寂しいですから(笑)。
■小学生こそ、歌で発音を学ぶのに向いている
【鳥飼】発音のトレーニングのために英語で歌うというのは、本当にいいアイディア。もっと浸透するといいですね。
【齋藤】特に小学生は、歌に限らずものまねが好きで、耳で覚えてしまうので、こういうことが得意ですよね。以前、私は『からだを揺さぶる英語入門』という、シェイクスピアの名言をはじめとした英文の本を朗読CD付きで出したことがあります。英語を読めない小学生がそのCDを聞いて、『ジュリアス・シーザー』の一節を惚れ惚れするような正確な発音で暗唱できるようになりました。
【鳥飼】身体で覚えていく年頃なんですね。好奇心をうまく利用するのは効果的かもしれません。
【齋藤】英語の得意な私の友人に言わせると、正確な発音ができれば、正確に聞き取ることもできるようになる。たしかに「l」と「r」など、自分で使い分けられないと人の発音も聞き分けられないでしょう。
【鳥飼】そのとおりです。どう違うか分からないと、聞き分けられない。そして聞き取れるようになれば、自信がついて話すことにつながる。いいサイクルに入るわけです。
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立教大学 名誉教授
東京都生まれ。上智大学外国語学部卒業。コロンビア大学大学院修士課程修了。サウサンプトン大学大学院博士課程修了(Ph.D.)。国際会議、テレビなどで、同時通訳者として活躍後、立教大学教授に転身。1998~2004年までNHK「テレビ英会話」講師、2009年〜2018年3月までNHK「ニュースで英会話」講師と監修、2018年4月〜2020年3月までNHK「世界へ発信! SNS英語術」講師、「ニュースで英語術」監修。専門は、英語教育論、言語コミュニケーション論、通訳翻訳学。著書に『子どもの英語にどう向き合うか』(NHK出版)『英語教育の危機』(筑摩書房)『ことばの教育を問いなおす』(ちくま新書)など。
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明治大学文学部教授
1960年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業後、同大大学院教育学研究科博士課程等を経て、現職。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。ベストセラー作家、文化人として多くのメディアに登場。著書多数。著書に『ネット断ち』(青春新書インテリジェンス)、『声に出して読みたい日本語』(草思社)、『語彙力こそが教養である』(KADOKAWA)『新しい学力』(岩波新書)『日本語力と英語力』(中公新書ラクレ)『からだを揺さぶる英語入門』(角川書店)等がある。著書発行部数は1000万部を超える。NHK Eテレ「にほんごであそぼ」総合指導を務める。
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(立教大学 名誉教授 鳥飼 玖美子、明治大学文学部教授 齋藤 孝)
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