「メンタル不調でも無理に出社する」文化が組織にもたらす、恐るべき損失とは
プレジデントオンライン / 2020年3月17日 11時15分
■体調不良なのに出社する“プレゼンティイズム”の問題
厚生労働省が数年前に行った調査では、メンタルヘルスの不調で会社を1カ月以上休んでいる従業員の割合は、平均で全従業員の約0.4%、大企業に限定すると0.8%という数値が発表されています。
しかし、問題となるのは、休職者だけではありません。その周りには「不調だけど、休職するほどじゃない」と頑張って出勤している人たちがいます。健康ではないときには高い成果は出せないものです。肉体的にも精神的にも、健康を害すれば仕事のパフォーマンスは低下します。
5000人の労働者を対象に実施したアンケート調査では、健康上の問題が仕事にまったく影響しないという人は2割ほどしかいませんでした。残りの8割の人は、健康上の理由で本来の生産性を下回ったパフォーマンスしかできていないと答えています。
このように、体調不良やメンタルヘルスの不調が原因でパフォーマンスが下がっているにもかかわらず、出勤している状態を「プレゼンティイズム(presenteeism)」と呼びます。プレゼント(present)は「出勤」の意味ですから、体調不良などで従業員が欠勤する「アブセンティイズム(absenteeism)」と対をなす概念です。
■世界中で問題化する“目に見えない多大な損失”
プレゼンティイズムは、世界中の会社組織で問題となっています。たとえばAさんは月収30万円をもらっているのに、体調不良のために健康なときの50%ぐらいしかパフォーマンスを発揮できないとします。その状態が1カ月続いたら、会社は15万円の給料を余計に支払った計算になるからです。
メンタルヘルスの不調だけではありません。たとえば腰痛がひどくて、長時間座っていると痛みで仕事に集中できない人もいます。そのために判断力が低下したり、ケアレスミスが増えたりする。今の季節は、花粉症が原因で集中力が低下するという人もいるでしょう。
休職者のアブセンティイズムは、目に見える損失です。それに対して、プレゼンティイズムは損失を把握することが難しいため、企業の方も認識が低いといえます。しかし多くの研究では、アブセンティイズムによる損失や病気等になった場合に治療にかかる医療費よりも、実はプレゼンティイズムのほうが企業のコスト負担は大きいということが示されています。また、プレゼンティイズムによる損失の大きさを疾患別に比較したところ、最も大きかったのはうつ病だという海外の研究もあります。
■休職率が上昇すると業績は数年かけて悪化する
出勤していても実際にはプレゼンティイズムの状態である人が多いのであれば、メンタルヘルスの不調で休職している人は、氷山の一角ともいえます。ただし、メンタルヘルスの悪化は職場環境や長時間労働などの働き方が要因の一つとなっている可能性も高いので、休職者比率が高い企業ではその予備軍も多いと考えられます。
休職者の比率が高い会社ほど、予備軍のプレゼンティイズムも多く存在し、会社全体の生産性も低いのではないか――そのような仮説から、約400社に協力いただき、ご提供いただいたデータをもとに研究を行ったことがあります。
その研究では、2004年から07年の3年間に、メンタルヘルス不調の休職率が「増加した会社」と「増加しなかった会社」に400社をグルーピングしました。そして、この2グループで、07年から10年にかけて、売上高利益率(当期利益÷売上高×100)がどう変化したかをグラフにしたのが【図表1】です。
この時期はリーマン・ショックが起きて、産業界全体が不況で業績が悪化しています。そのなかで、休職率が増加したグループと、増加しなかったグループを比較すると、増加したグループは、落ち込み方がより激しいことがわかります。
しかも年数がたつにつれて、その差は開いています。従業員のメンタルヘルス不調の影響は、すぐに表れるのではなく、数年かけて業績を悪化させていることがわかります。
■健康経営は株価を上げる?
経済産業省では2016年から、東京証券取引所と共同で「健康経営銘柄」を発表しています。これは、従業員の健康管理に経営的な視点から取り組んでいる企業を選定するものです。
米国には90年代から、これに近い表彰制度「Corporate Health Achievement Award(優良健康経営賞)」があります。90年代にこの賞で表彰された企業群と、一般的な大企業群であるS&P500との株価の推移を1999年から2012年間わたって比較したところ、表彰群の株価のほうが総じて高かったという結果を報告している研究もあります。
もちろん、「何でもいいから健康経営に投資すれば、会社の業績は上向く」と短絡的に考えるのは禁物です。たとえば、社員たちに高価な健康器具を配ることに多額の費用をかけるよりも、現場のニーズに対応したさまざまなITテクノロジーを導入して労働時間を大幅に減らせるなら、そのほうが健康増進に役立つかもしれません。
会社の生産性を維持・向上させていくうえで従業員が健康であることは不可欠ですが、健康増進施策として何が最も効果的かは、これから検討していく課題です。
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早稲田大学教育・総合科学学術院 教授
1994年、日本銀行入行、金融研究所にて経済分析を担当。一橋大学経済研究所助教授、同准教授、東京大学社会科学研究所准教授を経て、2011年4月より早稲田大学教育・総合科学学術院准教授、14年4月より現職。専門分野は労働経済学、応用ミクロ経済学。
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(早稲田大学教育・総合科学学術院 教授 黒田 祥子 写真=iStock.com 構成=Top Communication)
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