人生50年時代に75歳まで生きた徳川家康の「食の秘密」
プレジデントオンライン / 2020年3月30日 15時15分
■家康の強さは健康オタクにあり
戦乱の世で、武士たちの目的は勝ち、生き残ること。そのためには苦しい戦いにも耐え抜く「健康で強い心身」が必要で、当時の武将は食生活を重要なものとしてとらえていたようだ。
歴史家で作家の加来耕三氏は「武将の性格が食生活にも影響を与えている」と話す。
「特に織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三方は性格による差がわかりやすい。極端にいえば、それが最期にもつながっているように思いますね。今、大河ドラマで話題の明智光秀は“負けの予兆”があったと記録に残っています」
どういうことか。儒者の藤井懶斎(らんさい)によって著された『閑際筆記』に「本能寺の変」の後、朝廷にのぼった光秀を、京都の人々が祝うべく「粽(ちまき)」を献上したところ、なんと光秀は粽を包んでいた「菰葉(こよう)」をとらずにそのまま口に入れてしまったとある。「菰」は水草の一種で、本来これは食べない。
「心身ともに追い詰められて『本能寺の変』に臨んだものの、事前の準備を全くしていなかった光秀は、上の空で菰葉をとらずに口に入れてしまったのかもしれませんね」(加来氏)
その様子を見た周囲は、そんなことも即座にわからないような頭では「天下がとれない」と思ったという。
光秀と対照的であるのが徳川家康だ。疑い深く、すべてにおいて用意周到で、自分の健康にもしっかりと気を配り徳川家の存続を願った。
「当時は人間50年といわれていたが、家康の場合、75歳と長寿です」と静岡大学名誉教授で歴史学者の小和田哲男氏が解説する。
■暴飲暴食はしないように心がけていました
「酒を飲みすぎて早死にする周囲を見て、深酒はよくないと、浴びるほど飲まないようにしたり、今でいう暴飲暴食はしないように心がけていました。それから家康は健康によい麦飯を好んで食べていたとのことです」
白米と比較して「麦飯」には、糖質や脂質をエネルギーに変換するビタミンB群が多く含まれる。B群の中でもビタミンB1は神経機能を円滑にし、B2は代謝回転を促進して疲労回復に役立つ。管理栄養士で日本臨床栄養協会理事の早川麻理子氏によると「麦飯は食物繊維が豊富なため腹持ちもよく、腸内環境を整えて免疫力を高める作用もある」という。聞けば聞くほど“戦のとき”にピッタリである。
もう1つ、家康の健康法として、自ら漢方薬を調合していたことが挙げられる。
「当時の武将は皆、ある程度漢方薬の知識を本で学んでいました。しかし家康は自分専用の薬草園を持ち、毒殺や毒消しに対して自ら調合するほどの知識を備えた薬オタク。薬で寿命を延ばすということを意識していたと思いますね」(小和田氏)
健康に全く気を使わなかったのが豊臣秀吉だ。金も家来も何もないスタートで、出世することだけに身を捧げ、体を休める時間がなかったといえる。
「信長に仕えている間に体を酷使し、ようやく天下人になって体を休めたいときに女性に狂う。さらに寿命を縮めてしまった。秀吉の趣味は『温泉と茶』ということで悪くはありません。茶は健康にもいい。けれど、仕事から引退し、趣味の世界でゆったりする時間が遅すぎたといえるでしょう」(加来氏)
織田信長は歴史家の中で有名なのが「塩分の濃い食事を好んだ」ことで、とても体に気を使っていたとはいえないが、ストレスがないこと、体と頭をよく動かしていたのが強みという。
「好きなものを食べて体を使う。今でいうアウトドア派で、鷹狩りで走り回る。情報のアンテナをはりめぐらせてインチキをやっていそうな人がいればすぐに呼びつけて問いただす」(同)
たとえば、ある池に大蛇がいるという噂が立つ。信長は「そんなものはいるわけがない」と、領民を集めて池の水を全部かき出させる。しかし見ているうちに次第に自分でやりたくなって、ついに刀を背負って信長自らが池に飛び込んだのだとか。食べものでいえば日本で一番最初にバナナや金平糖を食べたのも信長だ。
「好奇心旺盛で実証主義。自らが納得するまでやる」ことがストレスをためない秘訣といえる。
ストレスをためないのではなく、「癒やし」によって心を解放していたのが武田信玄。山梨県には温泉が豊富だったため、戦いでけがをしたり、慢性痛に温泉療法を試みていたといわれる。
小和田氏は「温泉に入ることで戦で緊張した心をほぐし、気分をリラックスさせる。侮れない健康法だと思いますね」と話す。
厳しい時代だが、食するうえで多くの人が自然と健康になっていた点が2つある。1つめは鮮度の高いものを食べられたことだ。「現代のような冷凍食品や即席麺はありませんし、そもそも冷蔵庫もないわけですから素材はいいですよね」と加来氏が言う。2つめは腹八分目にならざるをえない環境であったこと。徳川家8代将軍徳川吉宗の時代までは昼食(ちゅうじき)がない。
■戦に備える携帯食マル秘レシピ
一方で美食家もいた。伊達政宗だ。
「朝から2時間程度自らの食べたい献立をじっくり考え、納得のいくメニューができるとお付きの者にメニュー表を渡していたといいます。ご飯も1度に2合半、3、4膳は食していたようですね。自分だけでなく、仙台の味覚――鶴や鱒、白鳥などを将軍家へ献上したり、接待にも贅のかぎりを尽くしていました。70歳で、今でいう胃がんで亡くなったといわれます」(同)
当時にしてみれば長寿といえるが、やはり高カロリー食&食べすぎにはご用心。
また普段は粗食に耐える生活をしていても、いざ戦となれば白米でエネルギーを補給し、優秀なタンパク源である味噌、干し納豆、かつお節などを食していたといわれている。
そして当時独特の携帯食が「兵糧丸(ひょうろうがん)」といわれるもの。丸薬状のものを一日に2、3粒食せばそれだけで空腹を感じない、体力も落ちないというから驚きだ。身を隠して敵方へ忍び込み、情報収集をするときに利用したという。
「おそらく疲労回復を念頭に風邪にかからないような予防的なもの、胃腸の働きを整えるための要素を混ぜ合わせて作ったのではないでしょうか」(同)
たとえば上杉謙信は〈麻の実や黒大豆をそば粉に混ぜて粉末にし、酒に浸してから日干し、後に丸薬に製す〉、竹中半兵衛は〈薬用人参や白米、松の甘皮を粉にして丸めて蒸す〉、徳川家康は〈黒大豆、黒ごま、片栗粉、砂糖を調合〉など、それぞれ独自の製法を持っていたと伝えられている。
忙しいビジネス戦士も、オリジナルレシピで兵糧丸を作ってはいかが。
![戦国武将の健康習慣](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/2/d/570/img_2d0822e693f346ad8f36bd5f6f9c9330520716.jpg)
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歴史家、作家
![](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/1/80/img_f1d09b77a9a6bc334decc280dfae38db9721.jpg)
静岡大学名誉教授、歴史学者
![](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/8/80/img_48ee07d0aeea64494d69a5e4c9ecf2d412397.jpg)
管理栄養士、日本臨床栄養協会理事
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ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)など。
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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)
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