親亡き後、兄弟姉妹が絶縁状態に陥ってしまう「争続」の落とし穴
プレジデントオンライン / 2020年3月21日 9時15分
■2013年度の税制改正で、相続税の申告者数は2倍に
「うちの実家は資産家ではないから、相続税の対象となるはずがない」と漠然と考えていたら大間違いだ。
税理士の服部修氏(服部会計事務所)は「『まさか我が家に相続税が……』と考えていたサラリーマン家庭の方々が実際に相続が起こって初めて納税額が出ることを知り、右往左往して“申告難民”になるケースも多々見受けられる」と話す。
相続財産の分割は納税に関わらず、相続が発生すれば行わなければならない。2013年度の税制改正により、相続税の基礎控除額が「5000万円+1000万円×法定相続人の数」から、「3000万円+600万円×法定相続人の数」に引き下げられた。これにより相続税の申告者数は従来の2倍程度に増加したといわれる。旧制度なら相続税に無縁であった人も、考えなければならなくなったということだ。
「たとえば私が最近相談に乗ったA家では、通帳に200万円ほどしかなかったのに税務署から相続税の申告書や『お尋ね』が郵送されてきたんです」
と話すのは、目黒雅和氏(目黒雅和税理士事務所)。
「故人の死後半年程度を経過しており、相続税申告まで残り数カ月というタイミングでした。そのご家族は我が家に財産があるという認識は全くなかった。ですが調べてみると、家族も初めて気づくような、塩づけされた株式などの金融資産、畑や土地があちこちに出てきました。結果的には基礎控除3000万円+600万円×法定相続人の数(A家の場合、法定相続人が3人いたため、基礎控除額は4800万円)以下でおさまり、事なきを得ましたが、意外に知らなかった財産というものはあるものです」
■固定資産税は数万円、預貯金1500万円程度の「実家」でも…
また別のB家の場合。税理士の海老原宏美氏(タックスアドバイザーズ)が説明する。
「東京23区で目立たない場所にある40坪くらいの家でした。そこでご主人が退職してから夫婦で年金生活をしていたんです。家屋は相当な築年数で、毎年の固定資産税も数万円、預貯金は1500万円程度。ご夫婦も、そのお子さんたちも、“資産家”とはゆめゆめ思いません。ところが……」
父親が亡くなってしばらくすると、やはり税務署から「お尋ね」が届いた。子供たちが慌てて相談にきたという。
「土地に3000万円近い価値があったため、ギリギリ申告が必要だったのです。基礎控除額が4割減となったことで、これまでならセーフだった額も、アウトという相続が近年は増えました」(同)
■自宅のように容易に分割できないものだと問題が生じやすい
相続人は亡くなった人の財産に関する資料集めから右往左往し、そして税務署からの「お尋ね」にびっくり仰天する。相続税の申告や対策をサポートするため、服部氏、海老原氏、目黒氏らは2015年に「相続相談解決チーム」を立ち上げた。2016年にはチームで『サラリーマン家庭の相続』(あっぷる出版社)を刊行している。
「一般的なサラリーマン家庭であれば、相続する財産は自宅家屋とその敷地という不動産、預貯金を中心とした金融資産です。そこで争いなく、自宅と金融資産の分割を終え、定められた期限までに相続税の申告納付を行うことが重要です」(服部氏)
現金のように分割できる財産であればいいが、自宅のように容易に分割できないものだと問題が生じやすい。一般的に実家は、代々引き継がれた家か、両親が稼いで購入した家かは別にして「不動産は一つ」だろう。するとその不動産をどうやって按分するかが最重要ポイントになる。
「トラブルになりやすいのが、子供が複数いて、そのうちの誰か一人が実家住まいの場合です。両親どちらかが存命で、その子供と住んでいるケースならまだいい。子供たちは、残された片親が引き続き居住することは納得しますからね」(同)
兄弟間で起きた実家トラブルではこんなケースがあったという。
■妻や子、父親と実家暮らし→父親が他界→実家から出ろ
C家の長男は結婚して実家を出たが、次男は結婚以来、自分の妻や子とともに父親と実家暮らしをしていた。そんなある日、ゴルフプレー中に父親が倒れ、そのまま帰らぬ人となったという。
母親は7年前に他界しているため、相続人は長男と次男の2人になる。
長男「預金はほとんどない。最後に残ったのはこの土地と建物だけ。まあ2人で相続するしかないな」
次男「兄貴、2人で相続するとは、どういうこと? 俺たち家族はここに住んでいるんだよ」
長男「そんなの簡単だよ。売ればいい」
長男のあまりの言葉に、次男は絶句してしまったという。服部氏が説明する。
■子供の誰かが「家を継ぐ」というのは法的には間違っている
「相続人の片方が相続財産である自宅に居住しており、相続後も住み続けたいと希望するのは、よくあるケースです。長年住み慣れた家は離れたくないものですし、親と同居していれば『親の面倒を見ている』という意識もある。
しかし子供の誰かが『家を継ぐ』というのは法的には間違っています。他の相続人の同意がない限り、財産は法定相続分を目安に分割しなければいけない。つまり長男の言い分が正しいのです」
次男が実家に住み続ける場合は、「代償分割」をする必要がある。土地と自宅を次男が相続するかわりに、長男に不動産価値の半額を現金で渡すということだ。
「都心で家の相続税評価額が高いと、代償分割を成立させるには、多額の現金が必要となります。たとえば不動産価値が1億円で、相続分としての預貯金が1億円(法定相続分2分の1で次男分として5000万円)、もしくは次男に自己資金が5000万円があれば代償分割ができます。しかし、相続分と自己資金を合わせても現金は1000万円しかない、では代償分割できません。そうなれば実家を売却せざるを得ません」
また、本件のように子供の誰かが住居として使用していると、全くの平等は税務上困難だ。
■サラリーマン家庭の「相続リスク」8段階チェックリスト
仮に次男が代償分割取得により実家を相続し、相続税の申告期限まで住み続けると、「小規模宅地の評価減」の税制上の特典が適用できるため、長男より相続税が低くなる。一方で、自宅を売却した際には、次男は住居として使用していたため「居住用財産の特別控除」および「居住用財産の軽課税率」の規定の適用を受けられる可能性がある。
このように相続財産は法定分ずつ分けられたとしても、税払い後に残る現金がきょうだい間で大きく異なることになる。これも相続でもめやすい原因となっている。
相続相談解決チームは著書『サラリーマン家庭の相続』のなかで、「相続リスク」を8段階で示している。リスクに大きく影響する要素は「相続する金融財産、または手元の資金で納税ができるか」「相続人の間に争いはないか」。服部氏は「実家を『売る』『売らない』できょうだいが対立して、最終的に家庭裁判所に持ち込まれるケースもある」と言う。
【20%】財産のなかに十分な金融資産があり、遺産分割が可能、相続人は複数、争いない
【30%】相続財産が分割できない、相続税納付できる、相続人複数、争いない
【40%】相続人は1人、相続税が納付できない
【50%】相続財産が分割できない、相続税が納付できない、相続人は複数、争いない
【70%】遺産分割可能、相続税を納付できる、相続人は複数、相続に争いがある
【80%】分割できない財産、処分に合意できない、相続税を納付できる、相続人は複数、相続に争いがある
【90%】分割できない財産、処分に合意できない、相続税を納付できない、相続人は複数、相続に争いがある
※『サラリーマン家庭の相続』(あっぷる出版社)より抜粋し改変
■片親が存命していたが姉妹間でトラブルが起きたD家
ほかにも問題が生じやすい例として、立場が似通った相続人が遺産分割を行うケースがある。片親が存命していたが姉妹間でトラブルが起きたD家のケースを紹介しよう。
D家の姉は海外に留学し、海外の会社に就職。妹は日本で両親と同居。そして父が亡くなった。法定相続分は母親が2分の1、姉妹がそれぞれ4分の1ずつになる。ところがここで姉妹の喧嘩が始まった。
姉「法定通りっておかしいんじゃない? あなたは実家住まいで家賃がかかっていないでしょう」
妹「冗談じゃないわ。お姉さんは自由に好きな仕事をして、私は親の面倒を看ていたのよ」
それぞれがお互いの立場で言い分を主張し、ついには姉が「あなたは私立の大学に行かせてもらったじゃない」と学費面での待遇の差をいえば、妹も「私はいつもお姉ちゃんのお古を使っていた」と幼少期のことを持ち出す始末。
このケースを振り返りながら、服部氏は「感情論ではいつまでも決着がつかない」とため息をつく。
「相続人同士の争いは相続の手続き自体を滞らせます。相続税の申告には『10カ月』という決められた期限があるのです。期限内に分割ができない場合は、家庭裁判所に調停を申し込み、一旦は現金で税金をおさめる必要があるのです」
■女親はどの子にも「いい顔」をして、遺言を濁す恐れが
残された子供がもめないためにはどうすれば良いか。ベストは「遺言」だ。海老原氏はこう話す。
「片親が亡くなって、もう一方の親が相続を受け取るのは子供たちの間ではほとんど不満は出ません。ただし残された親が亡くなり、両親がいなくなった時というのは、重石が無くなったようにこれまで言わなかった主張をする人が出てきます。ですから遺言が大切。特に女親はどの子供にも“いい顔”をして濁してしまうケースが少なくないので、あとあともめがちです」
親の死をきっかけに積もり積もった鬱憤、過去の不満が特にきょうだい間で噴出しやすくなる。だが感情論に巻き込まれると、お互いに大損となってしまう。どちらかが泣くのではなく、双方が譲り合って折り合いをつけ、「相続税申告10カ月以内」の決着を目指したい。
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ジャーナリスト
1978年生まれ。「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『週刊文春 老けない最強食』(文藝春秋)、『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)など。
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(ジャーナリスト 笹井 恵里子)
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